【SIDE 】
「ねえ、さん。ちょっと聞いていい?」
朝から視線は感じていたから来るだろうなとは思っていた。
多分議題は不二のこと。
隣のクラスの派手めな三人との接点はないし、他に私が目立ったことなんてないから他には考えられない。
……といっても、そのうち一人は去年同じクラスだったし、話しても問題ないはずだ。
たぶん、昨日のあれを見掛けて興味をもったか……あるいは、練習試合でも私は不二と話してたから、不二ファンの後輩辺りにでもきいてくれと頼まれたんだろう。
人気ブランドのテニス部だが不二のファンは下級生が主で、同学年でも大人しい子が多いのだ。
――試合の見学に彼女たちはいなかったし。
部活つながりはあるかもなぁ。結構面倒見がいいときいたことがある。
やましいこともないので、軽くこくんと頷いて、続きを促した。
「うん、何?」
「うちらの後輩がさ、聞きたいことあるっぽいんだよね―」
「面倒だけど話してくれるかな」
本当ごめん!と小さく肩を竦めて真ん中のショート――確か河合さんが両手を合わせた。
外見はかなり派手だしマスカラとかグロスのリップとかキラキラで、制服のスカートとかすっごいミニ……比較的地味にしてる私とは反対だけど、さばさばしてて嫌いじゃない。
こびたところがない、姉御肌……。
――やっぱり頼まれたんだ……。
変なところで、好感度が上がってしまった。
「ん、いいよ。なんだろ」
「いいの?!なんかちょっと、――その子、思い込んだら一直線っていうか……怖いとこあるから、うちらも着いてこうか?」
ちなみに三人できたのもその子を諫めるのにはそれくらいしないとだめだから……らしい。
――どんな下級生よ……
一抹の不安はあったが、やましいところはないから怖くない。
「平気平気、下級生囲んでたら心証悪くなっちゃうから」
請け負うと、河合さんたちは、「さんって結構話しやすいね」って笑ってくれた。
学園では目立たない方だが、こっそりギャル系の子とは仲がよかったりするので、たぶん性に合うんだろう。
昼休みに図書館でということで、詳しい場所を聞いていたらチャイムがなった。
――もしや……不二とのことって結構広まってる?
それはそれで困るなぁとぼやきながら次の授業の用意をしにロッカーにいくと、クラスの悪友その一に声をかけられた。
「あんた何やらかしたの?随分ジャンル違いじゃん、河合たち」
「後輩が用があるらしい」
「ああ、あの人らは無害だもんね」
「けど平気?」と再び聞かれたところをみると、やっぱりうわさになってるんだろうか。(だって、今、彼女は、不二の方をちらっと見ていた)
少し不安になりながら、教室に戻る。
授業が始まって、数時間、昼休みまではすっかりそのことは忘れていたのだけれど。
* * * *
私を呼んだ子は大人しい、いかにも女の子といった感じの子だった。少なくとも見た目は。
中身は分からない。
図書館の奥に先輩をわざわざ呼び出してる時点でどうなのかという話もある。
さすがに開口一番、
「先輩、不二先輩と付き合ってるって本当ですか」
かまされるとは思わず、
「いや、それは……」
言いよどんでしまった。
こういうことを敢えて聞いてくるだけはあって、とにかくめちゃくちゃ可愛い。
――もったいない!こんな積極的にしなくたっていいのに。
確認しないで先輩を呼び出すあたり、不二には苦手がられそうだから(そういったら、ずいぶん自信あるんだねとか嫌味いわれそうだけど、でも確信してる)
「噂っていうか、見たんです!先輩たちが映画館から出てきたの」
見られてたとなると変に言い訳しない方がいい。
――ヤヤコシイことになったなぁ。
パターンを考えるが乾や不二みたいに、ぽんぽんと出てくるわけでもなし……
――刺激しないで納得のいく理由、か。
手がなくもない。
あっちゃんを好きな子に呼び出しをくらった過去があるからも、大方のパターンは読めていた。
――でも、最初から話をきいて、素直に応える義理なんてないんだよな……。私が不二をどう思おうが、彼女には関係ない……
面倒になったら河合さんたちを頼ってもいいわけだし。
結論。
『 今回は適度に言い訳をして、後は勝手に判断してもらえばいい。』
最低限の事情を話して、それでも駄目な場合、あとはもう誰か別のひと(NOT青学テニス部)目当てということにしてもらう。
気が進まないけれど、私は簡単な説明を試みた。
「不二とは偶然会ったんだけど、私、ルドルフのテニス部に何ていうかね、幼馴染みがいるの」
「不二先輩の弟さんがいるところですよね」
裕太君がきいたら怒りそうな調子――不二の「弟」情報を知ってることを誇張するように聞こえるのは穿ちすぎだろうか。
話の流れは理想的なので頷いて続ける。
「うん、裕太君の先輩で――彼からの預かりものを渡さなきゃならなかったんだ。でちょうど持っていたから」
だからお礼に少しお茶したのだ。
説明したが、彼女は渋い顔をした。
悲痛な面持ちをみるに、どうやら疑惑は続いてるらしい。
ふと『困ったら僕を言い訳にしておけば?』といった、あっちゃんの言葉が浮かんだ。
けれど、そのまま従うのは嫌で、少し考える。
『彼氏ってことにしてもいいよ』という言葉そのままにしたら……そりゃ、彼女はルドルフには興味がないだろうからあえて調べたりはしないだろうし、都合はいいけど。(というかバリバリ不二のみに関心がいってるタイプだ)
――取り合えず、穏当に、「幼馴染の活躍をききたかったから」って言えばいい。
「……あんまり話してくれない分、その幼馴染の……あっちゃんの話も聞きたかったし、あっちも裕太君と交流が途絶えてたからね。利害が一致したんだ」
これでも彼氏だと勘違いされることがあるのは謎(幼馴染が恋人とは限らないと、夢見る乙女たちに、どうか誰か教えてあげて欲しい)だが、実際、「あっちゃんの近しい知り合い(例だーね)」となら、ふらっとあったらお茶くらいするし、そういうことにしておこう。
裕太君と不二もあの調子じゃ……はなしてないに違いない。
――ま、問題はあっちゃんの場合、様子見をするまでもなく私とよくあってるし、不二は他人にそこまで興味もたないからあっちゃんの情報なんぞもっていないってとこ。
けれども、それは彼女の知る由のないことだ。
それに、結局、どういう意味でいったって、この子はきっと恋愛ってとるんだろう。
何かを否定されるようでそれがちょっともどかしかったり、苦しかったりするが……どうしようもないことがある。
案の定、彼女は、「ああ、その人が彼氏なんですね」と納得したようにうなずいて……私はそれにうまく言葉を返せなかった。
――あっちゃんのいうとおり言い訳にしちゃったみたいで……どっちかっていうと……彼女よりか自分が許せないんだよね。
「ちがうよ」と呟いて、からかうように「これからですか?」といった少女に苦笑で応えた。 これできっと、騒ぎは収まるんだろう。
「勘違いしてすみませんでした」
――いえいえ、今もまだ勘違いしてますよ、あなたは……っと。
観月さんみたいな、口調で、やり過ごして、彼女が去っていくのをただ眺めてた。
ははは、と乾いた笑い声が漏れる。
「なんか……なぁ……」
どうしていつもこうかな?
「は考えたまま口にするくせに、口下手だ…」と言ったあっちゃんの言葉は的を射ている。
上手くいえれば、変に新しい誤解なぞ生まずに対処できるのに。
……そんな自己嫌悪に浸っていると、後ろから見慣れた顔がぬぼっと現れる。
吃驚して目を見開いていると、彼――乾は、ちょっと困ったように切り出した。
「自分で何とかしたから出て行かなかったんだけど、もしかして助太刀するべきだったか?」
「あ……観てたの?」
癖なのか、眼鏡を上に少しずらして窓の外を眺める。
「不二の噂だろう?確率が高いと思っていたから、つい……」
もしかしたら、覗きを責められたと勘違いしたのかもしれない。
律儀な様が可笑しくて、ぷっと吹き出したら、ようやくペースを取りも出したのか、
「ところでどこまで本当なんだ?のことだから避けて通ると踏んだんだが」
データ収集が始まったようだ。
普段は、あんまり答えない(そもそも最近話してない)が、予期せぬ登場で気が晴れたこともあり、素直に教える。
「裕太君とルド絡みで話したことと、いろいろあって――まあお礼にお茶はご馳走になったかな」
「珍しいな」
「本当にそれだけだから隠すほどのことでもないよ」
「……珍しいのは、不二の態度の方だ。あまり人付き合いを楽しむ方でもないと思ってた」
「そう?」
本当はわかってる。
あんなきっかけだったから、不二の気紛れなんだ。
乾は目をしぱしぱと、厚い眼鏡の向こうで瞬かせて、
「そう言うところか」
ふむと考えこむように告げた。
ついでに、ふと思いついたことを聞いてみた。
「ねえ、そんなに噂になってる?」
「河合はうちの組だからな。朝方あの子がきて話し込んでいたから隣の席の俺もきいただけだ。広まってはいないし、今ので沈静化するだろう」
「そっか」
「良かったな」
うまく切り抜けた、といいたいんだろう。
でも後味はよろしくない。
嘘はなくても結果的にあっちゃんをダシにしたことを思い出すと、またブルーになりそうだ。
それに……彼女のようにはっきりとした思いでなくとも、自分も結局のところ不二が気になってる――余計に、嫌な感じがした。
「大騒ぎするにせよ下級生だし、放っておいてもよかったかも……」
「憂鬱なら不二にいうんだな。噂の出所はあいつだ」
「え?」
「滅多に構わない不二が相手にはムキになって付きまとっている」
――裕太君の……あのときのことか。
ぴんときた私に気付かず、乾は忠告した。
「はっきりさせた方がいい」
でも、もう遅い。
不二の嫌がらせはとっくに解決済み。
説明をする理由もないので曖昧に笑って返し、乾と別れた。
よもや、彼の忠告が後ろに来ていた不二に向けたものとは思いもしなかった。
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