【SIDE 】
休日外に出る趣味はなかった。
練習を見に行くのもふらりとで、大抵が午後だったし、出来れば惰眠を貪りたいとも思う。
だがここで睡魔に負けて、不二の恨みを買って……あげく、校内で目立つよりマシだという考えも働いた。
ぬくぬく温かい布団の中、休日の朝……
――行くか。
ルドには二週間くらい行ってないがあっちゃんとはなんのかんの会ってるし、今更義理立てするような仲でもない。
それに暇なのだ。
実際、朝は兎に角昼すぎには確実にすることがなくて、うだうだしている自分が浮かぶ。(退屈だ)
渡された地図を見る。
たった二駅離れたところにその学校はあった。
* * * *
――来たはいいけど、ただの応援になっちゃうような……?
一日幼馴染体験、と簡単に不二は言ってくれたが、本気にすればするほど用意することはなく……結局ほぼ手ぶらで出てきてしまった。(幼馴染だから至れり尽くせりなんていうのは、それこそ漫画かドラマの話なのだ)
コート手前でちょうどアップ中の不二とすれ違う。
「何も持ってきてないよ」
「いいよ、そのままで居てもらう話なんだから」
本当のところ【ほぼ】手ぶらといっても、差し入れは一応持ってきているのだが、この様子を見るに凍らせたペットボトルの出番はまだまだ先だ。
――不二って汗かかなさそう……。
掛け声がかかってアップが再開される。
すぐに不二(と、ちょっと後ろを走ってた菊丸)は行ってしまった。
――さて……挨拶はしたし、暫くは見ていてもつまらないんだよね。
練習試合前でなくともアップのメニューなんぞ、そう違いがあるものでもない。
ルドルフの時同様、少し周囲を回ってみるか?
くるりとUターンする。
だが潰せる時間はあまりなかった。
自分の学校も(氷帝やルドルフみたいに)特別広いわけではないが、この学校の立地条件は、それよりもよろしくないようだ。
コートが独立して、少し離れた場所にあるせいで、校舎の方は覗けない。
従って、特に見るものもなく、周囲を一周できてしまったのだ。
取り合えず壁うち用のついたてのある、中庭のようなスペースと、水道を覗いて戻れば、敵陣側に出た。
……というより他にもどこかの学校か来てるのか、やたらと人口密度が高く、色味の違うユニフォームが見かけられた。
合同練習試合なのかなぁと首をかしげながら、休日学校にきた生徒を装ってふらふらする。
すると後ろから顧問にしては若めの、ウィンドブレイカーの青年が、
「危ない」
腕を引っ張って、飛んでくるボールをラケットで弾いてくれた。
知らず知らず球が飛んで来る範囲に入っていたらしい。
「平気か?誰かとはぐれた?」
「いえ……一人なので」
「そう?」
心配そうに覗き込まれるが、どうも迷子か何かと間違われている節がある。
――それだけならいいんだけど……
何となく苦手、な意識が働いたのは、一人と言った時露骨に嬉しそうにされたからだろうか。
「一人か。なら、応援に来たのならベンチにいれてあげるよ」
「あ、でも私ここの生徒じゃ……」
「平気うまく誤魔化してあげるから」
爽やかに、「俺ここのOBなんだよ」なんて笑われると断りづらいが……明らかに敵陣にいたら今日の約束を反故して不二の機嫌を損ねるばかりか、他の面子との関係も何となく憂鬱なものになりそうだ。
ルドはとにかく知り合いでもないのに、敵OBにベンチに案内されて敵を応援したらさすがに他の部員たちにも、どうかと思うだろう。
――というか、なんか腰に手……
あくまでレディファーストとばかりに自分を移動させてくれるが、その実ホールドして逃れられなくされているような気が、心なし……しなくもなかった。
自惚れであって欲しいが、予想外の不躾な行動に戸惑う。
今までも皆無ではなかったが(もっとたちの悪いのに絡まれたりマネージャーと勘違いされて連れていかれそうになったり)試合会場で巻き込まれる分にはあっちゃんやだーねが何とかしてくれた。
例えば今みたいな状態ならきっと「妹を連れていくな」とでも言って引き止めてくれる。
――これは逃げる……べき?
判断が遅れた。
一瞬の隙をついて、相手は丁寧にベンチの裏まで案内すると、腕をひっぱって――
「ここにいたの?」
反対側から、もっと強い力に持っていかれた。
――不二だ。
後ろ側から掴まれたから表情も何も分からない。
でも、声で十分。
タイミングは全くあっちゃんと同じで、だがもっと呆れるより切実な――怒ったような口調で、「お世話になりました」と、そのコーチもどきのOBを遠ざけてくれる。
呆然とした年上の男の前で、しゃあしゃあと、
「心配した……」
「そんな、迷子の子供みたいな」という私のぼやきを封じるように、腕を取って早歩きを始める。
迷子よりもっと性質が悪いというような、愚痴を聞いた気がするが、これはスルーしていいところだろうか。
「邪魔して……ごめん」
少し離れた、青学側に近い方のコート脇まで歩いてから、静かに言う。
アップも、多分最終調整も終わったんだろう。
青学側に連れて行かれると、視線の先で、皆も軽く談笑していて――くつろいでいたようなのでほっとするが、不二は憮然としていた。
不機嫌の説明がない辺りも、あっちゃんに似ている。
気を許している【幼馴染】を演じれば当然かもしれないが、はっきり示される感情は新しくて……少し嬉しかった。
少々胸がいたんだのは……気のせいにしたい。
――あっちゃんと違って、妹扱いじゃなかった……
比べてるわけじゃないけれど、無性に「キツイ」と思ったのは、不二を気にしてるからなのか。
心配した、という言葉には、迷子扱いがにじみ出ていても、最初の一瞬――声をかけたときの設定は、多分【彼女】、そんな扱い。
演技のうちとはいえ、あっちゃんはそれを選ばない。
一般的にどちらが普通か……考えると不二のアイディアの方が普通だし、効力を発揮するものかもしれない。
――でも……今は、幼馴染なんだったら……
あっちゃんみたいに妹扱いして欲しかった気もする。
実際女の子扱いは悪くなくて…………
――でも幼馴染ごっこなんだから。
言い聞かせないと嵌りそうだ。
そういえば、いつだか、だーねが不二にあっちゃんを重ねてないかってきいたことあるが、あっちゃんが私を女扱いしたら……今の不二みたいにしたらきっと可笑しな感覚に耐えられなくて二人で吹き出すと思う。
――不二、とはやっぱり違う。いろんな意味で……。
言葉が見つからなくて黙っていると、そのうち不二は練習に戻っていった。
数十分の軽いサーブ練習とボレーの打ち合いがあって、ぼっとしてるうちに次のメニュー……。
それが終わると十五分の休憩を手塚が言い渡す。
また邪魔になると悪いので、休憩の頃合を計って会いにいくつもりはない。
でも、多分くるだろうなぁと思ったので、なんともなしに水場に向かった(これも待ち伏せになるのか?)
休憩の合図とともに駆け出して顔を洗いにいった類の選手よりずっと遅れて、そこに着くと、残っているのは案の定というか何と言うか……不二と菊丸だった。
近づいて……顔を洗い終って、水を飲もうとする不二の顔に、横からこつんと。よくあっちゃんたちにやるように、持ってきたペットボトルで軽く触れる。
「水分補給したいならどうぞ。今日暑いから……」
なけなしの差し入れは凍らせてきた飲み物。
「足りなくなるかと思って持ってた」
そういうときだけパスして、後は持ってかえるのだ。
説明に、不二はこくんと頷いて嬉しそうにした。
「ありがと」
横で菊丸がうわーいいなぁとか、ずっけーとか叫んでるのをいいことに、
「いいでしょ、英二。今日だけ特権」
誤解を招きそうな笑顔で、更に秘密めかして、
「幼馴染ごっこ中」
そう、不二は応えた。
本気で楽しそうで、からかっていたときのような他意もなさそうだから、私も頷いて同意しておく(菊丸のきょとんとした反応が面白いのが、分かったので)
ただ菊丸があまりに羨ましそうな表情をするものから、少し気安くなってきたことも助けて、後ろからもう一つ、ペットボトルを差し出した。
「もしよければもう一つ癖でもってきちゃってたりするけど……いる?」
青学で、クラスメイト相手にわざわざそんな面倒するなんて、悪いが考えたこともなかったのだけれど。
今は、大分慣れてきたかもしれない。
いつもなら、ついでで「だーね」にあげる分を放り投げると、菊丸は喜んで受け取っていて、それが何だか嬉しかった。
「ところで、さ。何なの?その幼馴染ごっこって?」
……相変わらず「幼馴染ごっこ」に心を奪われていたのか。
一瞬で、頭上に疑問符「?」が見える状態に戻った菊丸に、思わず笑いそうになる。
不二も満足したらしい。
説明を始めるでもなく、
「学校じゃ、人見知りなのために、人肌脱いで、ルドルフ贔屓ごと是正してあげようかと」
そういうと、視線を一つ。
矛先をこちらに向けてきた。
「へえ、なーるほど!、贔屓は駄目にゃー」
もはや「にゃー」なのか「なー?」なのか、分からないような打ち解けた調子で……菊丸は予想どおり不二の言葉にノッてくれる。
「ついでだから、この際、青学の裏データマン菊丸英二におっまかせ〜。不二だけじゃなくてうちの部に溶け込めるようにいろいろ教えてあげましょう!」
元ネタ(データマン)が誰か何となく分かるが触れないでおく。
結局、菊丸は手塚の眉間のしわが出来た時期から、大石ファンの特徴だの、テニス部のことを流してくれた。
不二がにこにこ笑って止めてくれなかったせいで、私は大分グレイゾーンの情報を得てしまっているような気がしたけれど……楽しかったからよしとする。
ついでにやたら人見知りの駄目な子扱いされてるようなきがするのも……まあ無視するとしておく。
――ただ、あんまり話さなかっただけなんだけど。
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