試合が始まると後は本当に見慣れた光景。
 初めて自分の学校側のフェンスについた感想はなんともいいがたかったけれど、観客も少なく、とにかく楽しめた。
 黄金ペアと呼ばれるだけあって青学のダブルスは安定してる。
 あっちゃんたちみたいに、計算されたプレイともちょっとちがうワクワクするテニスに見とれるうちにあっという間に終わってしまった。
 そしてシングルス……

「あ、……今のってアウト?」

「そ。――不二のやつ、本気だにゃ」

 軽々と試合を終えた菊丸が横で解説を引き受けてくれるから辛うじて分かるんだけど、実は私はシングルスには詳しくない。
 ……そこまでの違いはないんだろうけれど、作戦?とか勝敗の鍵を握るのが何かとかはもちろん、コートの範囲なんかもアヤフヤで、折角応援を望んでくれた不二には悪いくらいだった。
 
 ――あっちゃんは向こうにいたときからダブルスだったんだもん……

 言い訳になるが、亮ちゃんと組んでる二人が私は好きだった。
 小さい頃はやる方に混ぜてもらったこともあった。
 でも、どっちもダブルス。
 ダブルスしか面白くないっておもってたくらいなのだ。
 
 ――なのに……

 サービスエース。
 相手の球をぎりぎりで受けるように見せて、のカウンター。
 ぎりぎりのイン……。
 どんなプレイもすごく綺麗。
 ダブルス以上に一瞬で決まる勝負に、魅せられる―― 
  
「ダブルスとシングルス、プレイスタイルがちがう……」

「うーん。不二はシングルスプレイヤーだから、こっちが本気」

 「多分」と付け足されちゃう辺りが、不二らしいのかもしれない。
 今だってすごく真剣にしているようにもみえるし、時折笑みを浮かべて遊んでるようにも見える。
 相手が弱いのか、強いのか……
 兎に角レベルが高いことだけはわかった。

「やっぱり……ダブルスが好きだけど」

「わ、言っちゃうんだ?ま、俺もそうだけどねん」

「だって……なんか二人だから楽しいっていうのが、見ていて面白いの」

 それは本当で……でもシングルスの楽しみとはちがうんだって分かってきた。
 けれど、この試合で確信したのは、私は……観戦には、ダブルス向きだってこと。

 ――だって……こんなの心臓に悪すぎる……

 こっちも見ろと言わんばかりに、コートで一人、惹き付けて――目をそらすことを許さない、それがシングルス。
 よく覇者という言葉が使われるが、それこそシングルスの勝者に相応しい称号かもしれない。
 ダブルスも勝者は勝者でやはり強いしひきつけられるものはある。それでも、【孤高】の覇者は、シングルスにこそ似合う響きなのだ。
 そして多分、天才と呼ばれる以上に、孤高の言葉が似合うのは……

「イン!」

 審判か観客か、――兎に角、判定の声が飛ぶ。
 圧倒的にリードしているのは、自分より十五センチは長身の、向こうのエースとやりあっているクラスメイト……

「不二はシングルスとダブルス両方こなすし、去年青学(うち)にダブルス要因が最初すくなかったこともあってさ……ダブルスに転向してもいいってよく言ってたんだ」

「うん……」

「でも、ちがった」

 そんな菊丸の真剣な声に思わず横を見ようともおもった。
 けれど、試合から目が離せない。
 そう、違う――

「不二はシングルスプレイヤーなんだな。……ダブルス組んでもやりやすいし、サポートもしてくれる。けど、一緒に戦うってより上手く合わせあってる感じがね……いい意味でも悪い意味でも大石とはちょっと違うんだ。
 ……だから、こうやってシングルス見てると好き勝手やれるくらいのがアイツにはあってんじゃないかな……」

 頷いていいのか迷った。
 でも、「組むのが嫌でも、嫌がられてなくても、やっぱりシングルス向きって思うんだ」といった彼の言葉は、なんだかすんなり飲み込めて、自分もそれなりに不二のことを分かってきたのかなと思えた。

「6−1」

 審判のコールから数分、不二はさっき渡したドリンクを片手にこっちに来た。
 大分時間は立っていて……菊丸も別コートにいってしまった。
 にもかかわらず呆然としてたせいか、コートを駆けていた彼を見てたのはついさっきのようだ。
 近づいてくるのにすら気付かなかった。

「どうだった?」

 問われてようやく返せる。

「お疲れ様。強いね、やっぱり。シングルス見たの始めてだから――」

「ビックリした?」

「というか、楽しかった」

「それはよかった。張り切ったかいがあるよ」

「張り切った……の?」

「まあ」

 そこそこに、というのが怪しい。
 
「――もうちょっと相手が強かったらなぁ、とか思ってない?」

「ばれた?」

 ――やっぱり……
 呆れつつ、肩を上げ下げすると、不二は「悪くはなかったよ」と告白した。
 性格がよろしくないのにも大分慣れてきたのか、流せる自分がいる。

「戻らないの?」

「もう終わったから僕の出番はなし」

「そ」

 なら、いっか。
 過剰に反応してもどうなるものでもないと分かるから、そっけなく応えた。
 本当はちょっとどきどきしてるのに、不二はそれこそ幼馴染みたいに「いつもどおりってとこかな?」なんて笑って、横に腰を下ろす。

「ちょっ……目立つって……」

「皆には弟のこと聞くために呼んだスパイってことにしてるから」

「……ブラコンだと思われない?」

「もう遅いよ。観月との試合の話はきいてるでしょ?」

「……まあ」

 ――聞かなくてももっと手っ取り早くいっちゃえば、私をからかった原因だって……裕太君だったよね?
 突っ込みたいところだが、わざわざ自分からこの居心地のよさを壊したいと思うほどマゾでもない。
 
 ――今日一日くらい、いいか。
 つきあって楽しんでしまえば……。

「人見知りなさんの改善計画手伝ってます、って英二も触れ巻いてたしね」

「あのね……」

 そこは訂正しておくところだろう。
 クラスの一部や去年からの知り合いにはばれてるが……

「私、人見知りでもないよ」

「知ってる」

「なら――」

「俺も天才はともかく、救世主や英雄になったつもりはないから」

 ――俺っていった……?
 気のせいかな。
 ここも流してしまおう。
 ただ、真面目な表情に再びつきんつきんと喉の奥が熱くなるのだけは止められなかった。
 風邪でもなんでもなくて……ただ何か言いたいような、止めたいような、あやふやすぎる気持ちがこみ上げてくる。 
 言葉にならないから歯がゆくて、そんな感覚……
 
「その……裕太のこと……」

「ん?」

「いや、何でもない――。それより……」

 言いかけた言葉の代わりに、立ち上がった不二の手が伸ばされる。
 ――え?
 突然のことで、動けなかった。

「葉っぱ、ついてる」

 指先が、髪に触れ、毛先が揺れる。
 さらさらと零れそうなのは、むしろ不二の方で――私は寝癖を無理矢理直しただけだったから、今更ながら恥ずかしくなる。
 コートの片隅、皆に見られているわけがないのに、注目されてるような錯覚に、思わず目を瞑った。

「はい、取れた」

「別にとらなくても……またふってくるし」

「ふわふわしてて柔らかいね」

「や……あの……そっちがサラサラしてるだけだから」

 言ったら大笑いされてしまった。
 その、指をそのまま髪に滑らせて、同じくらいじゃないかな?って笑う。

「……それセクハラ」

 いじけるような声が出てしまった。
 不二は一層笑って……

「そんなからかって……あっちゃんもそこまでしない」

 約束と違う、と言外ににおわせたのに、その笑みを大きくするばかり。
 それから「当然だよ」と言った。

「何が当然なの?」

「あくまで僕が君の幼馴染だったらって設定だ。彼と全く同じじゃ困る――」

 屁理屈も此処に極まれり。
 そんなの……不二を相手にしたときから分かってた。
 けれども、ここまで真面目な目で見たれたことはなかった。
 ここまで本当に幼馴染だったみたいに振舞うとは思わなかった。

 ……睨み付けてもひかず、こんな自然に――

 不二は指先をそのままとって自分の輪郭……髪に近づけた。
 触れさせられた切り口はちくちくしたが、軽く少しだけ風にそよぐ髪は見た目どおりやっぱりサラサラしている。

「やりすぎ……からかわないで」

 思った以上に細い声が出た。

「からかってない。一度やってみたかったんだよ」

 そのあくまで真面目、といわんばかりの調子が痛い。

「意地悪」

 ――自分の気持ちをしってるのか?この人は……
 と、すら思ってしまう。

「謝らない。同じにみられるみたいなことを此間帰り際にいってたのは君だよ」

「だめ」

 ――信じたら裏切られる……。
 期待したくないし、あの時は本当にそう思っていたから敢えて否定したくない。

「木更津が特別じゃないなら僕も特別じゃないし同じ条件なのに、何で?」

 徐々につめてくる距離から逃れようと一歩退く。

「ちが――」

 同じじゃない……
 全部本当だけど、条件も何も違いすぎるくらい違うと思い知っていたから……今日一日で嫌になるくらい意識させられたから、何とか伝えようとして――

「……油断しすぎ」

 人差し指をちょこんと悪戯に唇におしつけた不二に、苦笑された。

「またそうやって……」

 からかって……。
 ――からかうの、本当好きなのかな……
 どくんどくんと音をたてる鼓動をおさえるべくこっそり息を吸いながら、(幼馴染だし)これくらい阿呆っぽいやりとりでも許されるんだろうと、そのおでこをコツンと殴った。デコピンより、ちょっと強く……
 本気で頭にきてたから許されると思う。
 不二も不二で、怒ってはいない様子だった。
 その癖、彼はぼそりと付け足すのだ。

「からかったんじゃないよ」
 
 ――ごめんね、なんて謝らないで。
 何がしたいのか分からなくなる。
 そもそもの狙いはなんだったんだっけか?

 息が詰りそうで、何考えていいか分からなくなってきて……。
 首をかしげてみたら、いつもどおりの調子でますます分からない言葉が投げかけられる。

「やっぱり、違った?」

 何が?誰が?
 大方予想はついても、こないだの女の子みたいに浅はかな勘違いではないと思える。
 そういうんじゃなくて……このごっこ遊びへの不二の……罪悪感?別の狙い?
 分からなくて――ただ結論が出た、ということだけが嗅ぎ取れた。

 ――特別だった?誰が……?

 あっちゃんの真似をしていても、それが不二で……
 不二でなくたってあっちゃんの真似なんて出来ないけれど、他の誰かだとしたらここまで哀しくなれるだろうか?
 限界に来ていた頭はもうそれ以上働いてくれそうにない。
 何となく察したのか、

「ここまで」

 不二はゲームの終わりを告げた。

「実は午後から――」

 後の言葉は必要なかった。
 なぜなら、目の前に、今到着したであろう学校指定のバッグをもった白と茶の少しお洒落なジャージが見えた。
 ルドルフの一団だ。
 少し遠くから、此方を見つけて手を振っている。

「というわけで、本家本元の幼馴染に返すよ。うちはそろそろお開きだけど、あっちはこれからだから、応援して送ってもらって」

「でも……」

 何がしたいのか?
 なんで、こんなことになったのか、分からないのに、離れるのはどうだろう。 不二は勝手に何か結論をつけたようなのに……納得できない。
 意識に反して、目が勝手に熱くなった。

「泣きそうな顔……」

「え?」

「そんな表情させたとあっては君の幼馴染に怒られそうだし……今のままじゃ駄目なんだ」

「――不二?」

「ごめん。……裕太とちょっと話してくるよ。も……木更津は来てること連絡してあるから」

 そのまま不二は駆け出した。
 向こう側であっちゃんは、私に気付いている、ということなのだろうか。
 私と不二がいたことに。
 そのうち、手塚とこの学校の主将に話をしに来た観月君だのに会ったり、あっちゃんとだーねに軽く挨拶をしようとして……途中で何故か止められたり(結構時間が詰ってるから今日は部外者禁止らしい、午後)……有耶無耶になってしまうのだけれど。
 不二に触れられた髪が、有り得ないのに、熱を持って感じられて……。一日もたってない短い時間だったのに、そのままでいられればなんて思ってしまって……。 一人で歩くことになった帰り道、無性に長く感じられた。
 あっちゃんは、メールで待ってていいよといってくれたのに、今日だけは会う気にはなれなかった。
 比べてしまいそうだったから。

 ――どっちがどっちを?

  こんなにも違う、それぞれの【大事】



 恋愛にはならない幼馴染って、説明に難しい距離。
 ラストまで あとちょい。

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