劇場サディズム   
【SIDE 不二周助】

 ラケットの裏面で叩き付けたボールは狙いどおりぎりぎり相手コートのライン上に落ちた。

「イン!」

 誰かが叫ぶ。
 は見ててくれるだろうか。
 ダブルスの応援しかしないイメージがあるから少し不安だ(すくなくともルールが分かってるかは怪しいと思う。何となく)。
 コートチェンジの声がかかって、ふと移動に乗じて周囲を覗けば、はじの方にの影があった。

 ――他のことを考えていられるような試合じゃ、どっちにしても熱い視線は期待できないな。

 反対に、こっちが必死になっていたらその視線はもはやどうでもよくなるのだと思う。
 まずは勝つ。
 確実にこちらに寄せられる興味に、自分の気分が上昇していると感じながら少し速く片をつけるかと、ラケットを握りなおす。
 次はこちらのサービスゲーム。
 予想以上の速度で、狙ったままの軌跡を描いたボールに、コールがかかった。

「15ー0!」

 結局その後も調子よく出た高速サーブ(いつもより速かったのは偶然だろうか)と得意のカウンターでそのセットを奪い、試合終了となった。

 *        *      *      *      *
「ナイスファイト」

 ベンチに戻ると先生も特にいうことはないのか、同時平行でやってる越前の試合を見ていていなかった。
 代わりに大石がいて、僕の戻りと大体同じくらいの時期に、ちょっと後ろに英二が合流する。

「ありがと。英二、そこのペットボトル取ってくれる?」

「ドリンクならここにも」

「いや、あれがいいんだ大石」

 の差し入れはさすがに幼馴染み用だけあって、慣れてるんだろう。可愛げより実用性の方針だった。

「へへーん、俺らの差し入れ凍らせてあったからまだ冷たいんだにゃ」

「へえ、羨ましいな」

 試合前に足りなくなると渡されたドリンクはこちらからリクエストしたように今すごく欲しくてありがたいもの。
 タオルにくるまれたそれを軽くふって飲むと、足りない水分が一気に身体に吸い込まれるようだった。

「マネージャーがいたらあんな感じかも」

 ――……とかいって英二、我が儘し放題にするとは容赦なく見捨てると思うよ?

 いつの間にか慣れてきている彼女の行動パターンを浮かべ、ほくそ笑んだ。
 とはいえ、

「ルドの奴等ずるいなぁ」

「確かに」

 これには同意。
 仮に毎度この調子だとすれば、裕太じゃなくてもちょっといいなぁと思うやつは山程でてきそうだ。

 ――そういえばさっきも敵のOBに明らかに狙われていた。

 また誰かに声をかけられていたら……と思わなくもない。

「ちょっといってくるよ」

 英二たちに合図しての場所を指す。
 誰かが来る前に、隣に行きたい。
 今日は一日、木更津の代わりになるけど、それだけじゃなくて、ただそばに。

 今日は、何とか木更津と違う僕を認めてもらう――それが目的だったはずなのに。
 甘やかすことで彼女が手に入るなら易いが、そんな簡単には行かないだろうと分かってるのに。
 ――わがままになる。
 もっともっとと貪欲になっていくから困る。

 ――なぜなら僕は……

 決まっている答え・その原因は、嫌になるくらい単純で、いつもなら反吐が出ると思う類のものだったけれど、あの時――他のやつに手を取られる彼女を見て、思わず助け舟を出して……本当につきあってるみたいに振舞っていたのだって、無意識のうちの願望なのだと思う。

『心配した……』 
 そうもらしたら、は「邪魔してごめん」と言った。
 でも本当に欲しかったのはそんな言葉じゃなくて……。
 引き寄せた途端、完全にが安心してくれるのも、本意ではなく……

 ――ただ、木更津と同じように親しみやすくても、決して【友達】にはなれないことを思い知らされるだけだなんて。

 ほっとしたように、大きな目ですがってくる(ように思えただけで、きっと彼女のことだから本当はしゃんとしていたんだろうが、こっちにはそう思えるほどに……意識してたんだからしようがない)彼女に我ながら勝手なことに、苛立ちさえ覚えた。
 
 ――…本当に好きっていったらどうするんだろう。

 意識させたいと思っているわりに、朝からあまり顔を合わせていないのはなぜか?

 ――それはそれで作戦っぽいよね?

 でも違う。
 もちろん、木更津と同じポジションに置かれるくらいなら、せっかくだから甘やかせるだけ甘やかしたい気持ちもあるが。
 作戦で動けるだけの余裕なんてとうにないことは自分自身一番良く知っている。

 ――無視できないレベルになってる……。

 今日わざわざ応援に来ていろいろしてくれているのはすごく貴重だと分かっていて、それが嬉しくて仕方ない。
 何ということのないふうにしていても、どうしてか気に駆けているし、周りから落ち着いてみえても、の動き一つで激しく消費する。

「もう今日は終わりだから遠慮しないでいいぞ」

「何それ」

 らしくない大石に笑いながら、その言葉どおり、安易に近づきかねない自分にどきりとした。

 ――まだ早い……

 彼女扱いした一瞬、はこわばっていた。
 また、からかわれると思ったのかもしれない。
 こういう勘だけははずしたことがない。
 傷つけてしまう、失敗したかもしれない――そうおもうと無性に怖い。
 ――それに。
 幸い今彼女の横に目立った人もおらず、終わった試合の余韻をかみ締めるようにはコートを見てるけれど、もしまた横に誰かが来たら……?
 自分がどう動くか分からないのが、何より怖い。

 ――何か大きな牽制がいる。
 今日はあくまで、あまり踏み込まないでいたい。そのためにも……。

「参ったな……」

 意識はさせたいけれど、それよりももっと甘やかすつもりだったのに。
 少しだけ考えた後、に声をかける前にまずは携帯を取った。

 ――下手をすれば、遠ざけられてしまうかもしれなくても。
 それでも今誤って、彼女を傷つけたりしたくない。
 短縮でナンバーを入れると、不機嫌そうな返事があった。

「裕太、そこに木更津はいる?」

 



 制御できないのが本当のところ。 そこまで大人じゃない。

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