劇場サディズム   
【SIDE 不二周助】

 試合について感想を聞こうとは本当は思ってなかった。
 がひどく退屈でもしない限りどう見られているかはこの際おいておく。
 それでも、ほとんどはじめてのシングルス観戦が楽しかったといわれれば嬉しい。
 くると踏んではいたし、ちゃんと視線も感じていたが、実際言われると違った。

「戻らないの?」

「もう終わったから僕の出番はなし」

「そ」

 そっけない返事にもなんだか緊張が感じられたから、あえて「いつもどおりってとこかな?」と笑って横に座った。
 今日一日はいくらなれなれしくしても許される。
 目立つとあわてられても気にしない。

 ――何かせずにすむように……配置も終えた……。

「皆には弟のこと聞くために呼んだスパイってことにしてるから」

「……ブラコンだと思われない?」

「もう遅いよ。観月との試合の話はきいてるでしょ?」

「……まあ」

 にごる返事に、彼女が何を浮かべたか、分かってしまった。
 最初は、裕太のことで彼女をからかおうと思って近づいた。
 裕太のことで、という時点で、彼女からすれば十分にブラコンの範疇だろう。
 
「人見知りなさんの改善計画手伝ってます、って英二も触れ巻いてたしね」
 
 怒らせると少しずれる会話は照れているから。
 好かれてるかなと思う。
 素直に。
 ただ、あきれられてもいる。

 ――ゼロ距離になりすぎてわからない、か。

 木更津に言ったことは本当で、大切なのはあの双子とは少し違うが、こうしてみると、その境界線も曖昧なものじゃないかとも思うのだった。

 ――こんなに近くにいたら、もし好きになっても気づかない……なんてね。
 
 それは、自分だから、であって、木更津に適用される例ではないが、小さいこと――過ごした時間にすら嫉妬しているのが可笑しい。
 気付きもしなかったくせに。と自嘲していると、は何を勘違いしたか、「あのね……」と唸った。
 本当に機嫌を損ねたようだ。

「私、人見知りでもないよ」

「知ってる」

「なら――」

「俺も天才はともかく、救世主や英雄になったつもりはないから」

 だから、人見知りの克服なぞという木更津のような、過保護な理由で連れ出したりはしない。
 そう告げたらどうなるだろうか?
 真っ直ぐに……目を逸らさせないよう至近距離で見つめたら、彼女が少し怯えてみえて……

「その……裕太のこと……」

 からかっていてごめん、と今更謝罪が出てきそうになる。

 ――今謝るのも可笑しいか……

 不審そうに覗く少女に慌ててなんでもないと返し、少しだけ優しい気持ちになって頭を撫でてみたいとふと思った。
 木更津が、甘やかすように、優しくできれば……謝罪より、その方がきっと今に相応しい。
 手を伸ばす。

「葉っぱ、ついてる」

 指先にふれるふわふわ柔らかい感触を愉しんで――ふと、我にかえる。

 ――違う。甘やかすなんてただの名目で……

 紅くなった頬を隠すように、目を瞑る少女はかえって自分をあおっていることに気付いているのだろうか。

「はい、取れた」

「別にとらなくても……またふってくるし」

「ふわふわしてて柔らかいね」

「や……あの……そっちがサラサラしてるだけだから」

 恥ずかしさに照れた素振りを見せるほど挙動不審になって、【意識しています】と、目の前の男に示して喜ばせてくれていることを……意識しているのか?
 到底そうは思えない。
 笑いがこみ上げてくる。
 指をそのまま髪に滑らせて、同じくらいじゃないかな?と徐に言えば「セクハラだ」と指摘される。
 「そんなからかって……あっちゃんもそこまでしない」と、怒られる。

 ――当然だよ。

「何が当然なの?」

「あくまで僕が君の幼馴染だったらって設定だ。彼と全く同じじゃ困る――」

 ――同じにはなりたくない……。
 でも。
 感触を愉しんで、その柔らかさと……甘い匂いに惹かれ思わず口付ける。
 ……すると、ミスを犯したのか、と、思わず凍りつくような一言をもらった。

「やりすぎ……からかわないで」

 ――からかってなんか……

 ないと言えるのか?
 前は確実に同じ行動で彼女を困らせていた自分が。
 拗ねたように見えた少女に、無性にむしゃくしゃして……
 それで尚も傷つけるように、唇が言葉を――紡いでしまう。
 
「謝らない。同じにみられるみたいなことを此間帰り際にいってたのは君だよ」

「だめ」

「木更津が特別じゃないなら僕も特別じゃないし同じ条件なのに、何で?」

 怒りに捕らわれて、強く言い過ぎてしまう。
 もうこうなると、止まらないのだ。
 まるで自分の口が自分のものではないように、激昂するような調子になってしまっていた。

「ちが――」

 ――まずい、失敗する……。
 あわてて、言葉を詰らせたところを人差し指で小突き、

「……油断しすぎ」

 下手すぎベタすぎる行動に自己嫌悪に陥りながらも体裁を整えるように、上手く笑ってみせた。

「またそうやってからかって……」

 疑いは回避するも、今度は安心されきってしまう。
 なぜ、こうも一挙一動を図って自分が乱されているのか。

 ――は分かりやすすぎる……

 だからこそ、ダイレクトに返る反応が怖くもあり……こちらもある程度 素直に「本当」を口に出すことを強いられる、のだと思う。

「からかったんじゃないよ」

 ぽつりと……漏らす本音。

「――やっぱり、違った?」

【 木更津とは違う。
  それは当然なのだけれど、それに気付いてくれた? 】
 ……と、本当に効きたいことを堪えて聞けば、流石に謎賭けがすぎたのだろう。
 神埼は、黙り込んだ。

「……特別だった?」 

 これ以上は、言わずにいいことが口をついて出そうだ。
 ――今日は……やめておかないと……。
 後悔しそうだ。

「ここまで」

 濁すような言葉で制止して、短いゲームにピリオドを打つ。
 彼女は、多分自分でも気付いていない。
 なのに、泣きそうな顔をしていた。

 ――自惚れていいなら、僕も踏み込みかけているから……。でも、信頼はできないから。
 だから、彼女は迷っているのだと思いたい。
 それは願望で……やっぱり木更津だけがいまだ特別だという可能性とて捨て切れやしないけれど。

 今は引き下がるべき。
 分かるから、突き放す。

「そんな表情させたとあっては君の幼馴染に怒られそうだし……今のままじゃ駄目なんだ」

「――不二?」

「ごめん。……裕太とちょっと話してくるよ。も……木更津は来てること連絡してあるから」

 遠ざけて、落ち着いて考える時間が必要だ。
 安心しきって笑う彼女は、自分を木更津と同じ類に思っているのだろうか?
 そう扱いたいと……思って、出来なくて困惑するのなら……

「信頼しないでよ……

 意識をさせることで、からかっていると思われたら――もう踏み込むことは許されないだろう。
 でも、木更津と同じ立ち位置で見守るなんてやっぱりできやしない。

 ――裕太のこと……からかうつもりで近づいて……だから……?

 裕太に言えばおさまるのだろうか?
 それでも……きっとどうしていいか、自分は迷うのだろうが、まだましになるのか?

「分からないな――」

 比べさせて区別させるか、同じにさせて大切な位置に座るつもりが、ますます距離のとり方がわからなくなった。
 恐らく自分は何もなかったように振舞えるだろう。
 ただの友人、クラスメートに戻れる気もする。

 でも……
 それでは嫌だから、どうしたらいいのか、と考えているのだ。

 ――なのに……普通に戻らない方法が分からない……。

 明らかに、自分の中で彼女の位置は「普通」では済まされなくなっているというのに。

 



 焦ってやがる…… 乙女脳きもいよとか言われかねない、駄目すぎる恋愛初心者

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