【SIDE 裕太】
「おい、裕太。お前の携帯なってんぞ」
「あ、すんません」
練習が終わり、部室に戻るなり部長が教えてくれた。
「なんかうるさいくらいコールあったけど平気か?」
再びすみませんと口を開きかけたが、その前に「俺らは気にしねえよ」と頭に手を置かれた。
長身が羨ましい。
「彼女ってことはないだろうし、また兄貴?」
横から聞いてくるチームメイトに不吉なこというなよと思う。
「断定すんな。金田、ついでに予想するならせめてクラスのやつのイタ電程度に止めといてくれよ」
それも十分嫌だが兄貴に比べれば雲泥の差なのだ(可能性は同じくらいだし)
着替えを済ませ、バッグに荷物を詰める。
一応通話がいる可能性を考慮してからメールをチェックした。
金田じゃないが嫌な予感がする。
携帯を開く。
FROM:兄
件名:練習中かな
本文:
来てない?
悲しいかな予想は当たったらしい。
《来てる》とやむなく返信。
数秒置かずに案の定電話がかかってきた。
『今日、うちは自主練なんだ』
部活はないのか聞こうとして、先手を打たれる。
「何があったんだよ?」
俺が嫌がるからにせよ、兄貴がわざわざ電話してくるなんて珍しい。
『ちょっと泣かせた……っていうか、逃げられた感じかな』
「な、」
一瞬理解できず……次いで、理解できたらできたで同時になんだか怪しい想像をしてしまい――黙り込む。
『裕太が好きなんだって知って、興味半分に近づいたんだ。気があるふりしたけ
ど……効果はなかったな』
二の句が告げなくなるとはこのこと。
――最低だ、コイツ……
いけしゃあしゃあとよく言ってくれる。
あまりのことに思わず、むせそうになったが、何とか事情を聞きだそうと態勢を整えた。
すぐ激昂しない辺り耐性がついたと思いたいが、
――先輩のこと好きだったの忘れてた勢いだし、俺も結構、薄情かも。
この兄の性質を引いてるのかなと、妙に不安になってしまう。
――でも今はそれどころじゃないからな。
我に返って、話を促す。
まずは彼女のことだ。
「からかってたのかよ?……で、理由がばれて逃げられた、か」
周囲に不審がられないように声色を潜め、出来るだけ自然に部室を抜け出した。
移動のためにあまりよく聞こえなかったが、一拍置いて、
『ううん。とっくに理由はばれてたし』
外のざわめきや車の音に紛れながら、何やらとんでもないことが耳に飛び込んできた気がしなくもない。
『木更津もいたし。わりにすぐ気付かれた』
とっくにばれてた?
木更津先輩経由で……?
察しの悪い自分にも少しづつ状況が見えてくる。。
……というか兄の自分への嫌がらせなら、まあ基本的に読めるのだ。問題は自分の知らないうちに暗躍されてしまうから、普段は対応できないだけで……
「俺のことをからかおうとして近づいて?先輩をゆ、誘惑した……けどひっかからなかった?」
今みたいに自らある程度話す気がある周助相手なら――本気で隠しに入らない彼の考えなら、読めなくはないが……。
――これはちょっと……
厚顔無恥にも「そう」とうなずいてくれるのは癪だし、
「馬鹿正直に言ったのか?」
問いかけに、やっぱり「そう」と更に軽く応えるさまには、むしろ頭が痛くなる。
――知らずにいたかったというか……
「ならなんで、その後普通にしてんだよ!」
『わかんないよ』
「途中でってことは謝って、ちゃらにしてもらったんだよな」
それもそれで豪快だが、兄のからかうレベル次第で彼女なら…と納得もできる。
でも、周助は今度は頷かなかった。
――兄貴の馬鹿……
『…………木更津…………好きなんじゃない……分かってたのに……試すようなことしたりしたから……はずっとからかってるとおもって……』
詳細は、ノイズのせいで全て明確とはいかない。
止む無く移動する。
それでもあまり変わらないところを見ると、あちらの電波の具合が悪いらしい。(その証拠に、暫くしたら元に戻った)
ただ、ドサクサ紛れのやり取りの中でもはっきりわかったことがある。
――……先輩の方はどうかわかんないけど、この馬鹿は彼女のことが好きってことか。
恐らくはそういうことなのだろう。
――なのに何で……んなことになってんだよ。わっかんねー……。
それは後でも分からないままなのだが、先日練習試合のとき気紛れに「兄貴が彼女をすきだったら〜」などと考えた罰でもあたったのだろうか。
あれは半分冗談だったが、気付けば半分本当になりつつある。
――参った……。……てか、そもそもアイツが彼女に逃げられてるのも別に俺のせいじゃないだろ。
兄貴もすきなら最初から馬鹿なことしてんじゃねーよ。
そもそも何なんだ?その軽さは。(自分も別に好きだったこと自体遠いというか忘れてたから人のこといえないが)
ノイズまみれの部分は適当に頷いていたが……大雑把に事情を捉えて、歯切れの悪い言葉だけが続く兄に呆れている。
かといって、このうえ『どうしよう』といわれたところでどうにもならない問題
だ。
『それこそこっちがどうにかしてくれ、だ』と、言いたくてもいえない状況を、相手はわかってるのだろうか。
――打つ手がねぇな。
弟に兄が頼ってくるなと、普段自分を頼れ頼れ言ってるどこぞの馬鹿兄貴に教えてやりたい。この時期、弟の方が頼りになること。
『兎に角からかってると思われてるんだ』
「自業自得じゃしかたねーよ」
『分かってるよ……でも』
「だから、それで何したいんだよ、お前」
鞄をもちかえて、携帯の音量をまた少し上げる。
沈黙ではなく、今度はゆっくりと息を吐く音が聞こえた。
それから途方にくれたように、答えられた。
『俺もわからないんだよ、裕太』
俺にわざわざ電話かけて一体何が「分からない」だ。
――怖い疑問だけど……もしや、コイツ彼女に好きともいってないんじゃ……?
思いつきがまたも、「有り得る」気がして、たどり着いた結論に頭を抱えたくな
る。
もう自分の中では、それは決定稿だ。
馬鹿か?と思っていたがここまでとは思わなかった。むしろポーズであって、あくまで裏があると信じ込んでいたのである。
――これのどこに裏が…あんだよ。
「俺が好きだから近づいたって……?」
『――ごめん』
「俺の許しはいらないだろ」
許してもらうならあの人にだ。
何せ間違えなくあっけらかんと返すだろう。
心配はない。
それでも何か足りないなら兄貴の言葉が足りないのだろう。
想像がついた。
……今度は外れている気がしない。
「来いよ」
『やっぱり――、まだいるんだ』
「ああ。だから来い。余裕綽々かよ。俺に慰めろとでも言う気か?それとも、木更津先輩とくっつくようお膳立てさせるのかよ」
――違うだろ?
自分でやりたいこと分からないでどうすんだよ。言わないで、引き下がるなんてだせぇんだよ、兄貴……
言いたいことは他にも山程あった。
でも我慢して、唇をぎゅっと結ぶ。
文句をいう権利も、彼女のもの。
「引き止めとくから絶対来いよな」
そう告げて、後はもう通話を切るつもりだった。
ところが……
「おい……」
違和感を感じて、受信音量を最大まであげる。
ぴーぷーという信号機音、トラックの重量あるタイヤの刷れる音にまざって、バスの案内が聞こえた。
耳慣れたバス停の名前と、誰かの喋り声。
――あきれた……。
「お前、こっちにむかってんだろ。音きこえんだよ」
どれだけ言葉の当てにならないやつなんだろう。
『ばれた?』
届く声は明るい。
――すっかりペースが戻ってやがる……
飄々と答えている兄はいつもの子憎たらしい兄貴だ。
だが、もしかしたらこれで(考えがたいが)自分のこと気にやんでいたのかもしれない。
「俺に遠慮するくらいなら近付くなよ」とは言わないでおいてやろう。
――でもよ、兄貴のくせに……
「……世話焼けすぎだっての」
まあ珍しい逆転現象を楽しむのもありだ。
* * * *
「後五分でつく」と告げられたので、もう一つお節介を引き受ける。
「そのままにしといてやるから携帯代払え」と、喚いて……通話状態のまま「待
て」とあえて口にしないまま、彼女に近づいた。
「木更津先輩と何かありましたか?」
話しかける手前、携帯の向こうからは今だ懺悔じみた声がきかれたが今更何か言われたところでもう気にならない。
「残りの懺悔は、彼女に言え」と内心活をいれ、先輩に声をかける。
「――ううん――どちらかというと………」
先輩はいいよどんだ。
兄の仕業でぎくしゃくしたらどうしてくれよう。
思わず握り直したら、弾みで間違えてスピーカーのオンボタンを推してしまい、いいタイミングで声が漏れた。
『ごめん、裕太』
きかなかったことにしてほしい。
気まずくならないかと、顔色を伺う。
どうやらそれ以前に、先輩はヤツの声自体にびびったようだったが……
『――、もらっていい?』
決定的すぎる一言は、あまりにも傲慢で……これから後はどうにかしやがれ、とやけになる他無く……
「……ってわけで……あー……後はあの馬鹿から直接話し聞いてやってください」
そういって逃れるという選択肢しか手元には残らない。
「……あ……」
「木更津先輩のが趣味いいと思うし、兄貴っつっても自分の弟のこと玩具程度にしか考えてない仕方ないヤツだけど……こんな焦ってんの初めてなんで」
よろしくお願いします。
自分のことはきにせず、と一応告げて引き下がる。
――こんなのが兄貴で恥ずかしい。
けれど、多分こういうのが、先輩の求めている変わり者なんだろうから。
変な具合に確信を強める自分がいる。
「ま、数分もすれば辿りつくだろ」
最初から、多分……来るつもりだったに違いない兄貴にざまあみやがれと思いながら、退散を決め込んだ。
意味がわからないヤツの行動こそ、衝動だからこそ出来るもので……そうまで動きはじめたのなら、後押しは、もう必要ないだろう。
――癪だしな。
それでも願うのは、出来るだけ幸せそうな、そんな風景。
兄貴のために、というより、自分の先輩が妹みたいに可愛がってる一時は憧れた彼女のために。
ただ、ふと思い立ち、少し部室の方に向き直って謝罪をしておく。
――すんません、木更津先輩。兄貴に引き渡します……
恋愛というのでもなさそうだが、ある意味兄より厳しい(先輩の)お目付け役のあの人に頭を下げて……。
時間が来た。
たぶん、ハッピーエンドの時間。
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