【SIDE 佐伯 それから数日後】
「ふうん。じゃあ久々に兄弟水入らずか。……で、裕太君は、彼女とはどうなんだって?」
『うん、仲よさそうだったよ。振られたことも、とっくに、ふっきれてるみたい』
あの電話の後、練習だ、遠征だ……と忙しくなっていたから、久しぶりだった。不二はメールも頻繁に送るタイプじゃないから、これだけの間で連絡を取り合ってる事自体が珍しいくらいかもしれない。
実は、本題は練習試合の打ち合わせで――部長を通さず何かサプライズ(要するに終わってから遊ぼうぜってことだな)があれば、と相談にかけたが、ひとしきり話すと何だかんだで共通の話題――裕太君のことになった。
それから必然的に、推測するにかわいそうなことになっている、あの彼女のことだった。
――吹っ切れてる、か。
それより、問題は、不二……
「お前は、裕太君に言わなくていいのか?」
『言うも言わないも何もしてないんだから、いいじゃないか』
「でも、裕太君の相手って知ってて、からかってたんだろ?」
『まあ……』
――マズイだろ。
彼女が怒って「ハイおしまい」ですむような珍しい子ならいいが……。
もしも好かれてたら、どうしようもない泥沼だ。
いくら裕太とて、終わったことでも怒るに決まっている。
焦って、「平気か?」と尋ねると、呆れたように不二は「平気だって」と再度こたえた。
『こっちももうクラスメートとしてしか接してないんだ。ばれちゃったからね』
「そうか」
珍しいが、この調子だとは惹かれる前に「からかい癖」に気付いて、遠ざけたのかもしれない。
ただ不安が完全に消えたわけでもない。
俺は、不二は女子をひっかけるのは大得意だと思ってる。
幼馴染というか、ジュニア時代からのライバルというか……テニスコートですら(女子と合同の試合とかはとくにだけど)そうだったし、よくよく知った仲・見ている仲だから、分かることがある。
――コイツは、相手の気持ちを悟るのが得意だからたちが悪いんだよ……
一応、
「相手の方にすかれたりとかは?」
確認に確認を重ねる。
まさかと思うも、不二が何かを言いよどんでる様子にみえたからでもあった。
『まさか』
不二は、驚いたように返した。
『有り得ない』
その、ため息混じりの調子が珍しく弱弱しい。
そこにきて、ふと今日、自分が不二に違和感を覚えていることに気付く。
「観月がすきだとでもいわれたか?」
――負けて、プライドに傷がついたとか?
からかい半分だが、本気も半分で聞く。
何故なら「たぶん不二は多分弱っている」のだ。
滅多に見られたもんじゃないから面白かったりもするが、数パーセントの心配もあった。
そして、そこで――
『違う。……木更津の幼馴染だよ?』
意外な人物の名前に、かえってこっちが吃驚させられる。
「へえ、(彼女の相手は)淳か」
木更津には複数覚えはあるが、学校がルドルフとなれば一人だ。
しかも、……ということは、もともとの同級生の可能性もある。
驚きは当然だ。
『裕太曰く、ね。……でも、そう単純な風にも思えない』
「確かに。淳は顔はいいけど、観月やお前よりは地味だしな」
『というか、たぶん、誰も好きじゃないんじゃないかな』
加えられた推測は負け惜しみでもなさそうだ。
詳しく話をきくに、どうにもその子は純朴そうなタイプだった(中性的な印象を受ける)
そのくせ、妙に不二が、悔しそうにいうので、
「なら分からないだろ。不二を好きになっててもさ」
付け足して、そして――
『冗談』
三度、即答を食らう。
予想外の反応だった。
可能性を加味して、「かもね」くらい言うと思ったのだが、そこまで手ごわかったのだろうか。
「笑えない冗談か。でも、もしそうだとしたら、ばれたとしても成功じゃないか。からかうつもりだったんだろ」
揶揄したくなるところを我慢し、出来るだけ平常心で言うと
『……そういえば』
と間の抜けた返答がくる。
「忘れてたとかいうなよ」
そういったのは、違和感の理由がつかめそうな気がして、のこと。
でも不二は、
『裕太のための制裁、とか考えてたわけじゃないし、気分だったから……特に自分を好きにさせようと思ってなかったかもね』
そんなこちらの探るような様子にも、気付かずに漏らしてくれる。
その言葉から、口調の隙間から。
「……本気でいくたちじゃないだろ」
『まあね。結構、本気で遊ぶつもりだったのかも』
不自然なダンマリも知らずに……集中して話を続けた。(コレが既に怪しい。らしくなさすぎる)
『知ってるから警戒されてるのかとおもえば、彼女、裕太と僕のことどころか、こっちに興味がなくて……。なのに、あの態度っていうのが不思議だったんだよ。これっぽっちも意識してないのに無視はしないで律儀で……』
――電話の向こうの苦笑を、どうとれって?
まるで、それは「のろけ」だと。
どうしても誰も突っ込みをいれないか。
歯がゆいが、ここで口出しをしても、コイツは認められない。
それから……気付かせない方がいいことがある。
「……で、新鮮だったその相手とは?」
もしも、近づいたら、と思うとぞっとする。
でも、
『嫌われたというより無関心に戻った』
「不可思議だな。頭にくるなら分かるが無関心って……曲がりなりにも下世話なこと探求されて。普通怒ったり――」
『してないね。あれは』
そういい切る友人が、少しだけ可哀想にも思えた。
「打つ手なし、か」
声がこぼれる。
厄介、の理由を、俺はもうしってる。
多分不二が――不二だけが気付いていない。
『ま、気晴らしだから』
馬鹿だなこいつ。
つきたくなるため息を堪え、「ミイラ取りがミイラ」の事実を……一言を封印した。
「分かった、報告ご苦労な。また試合で」
『負けないよ』
「こっちこそ」と切った会話の裏で、そのどうしようもなさを嘆く。
不二は厄介で、許されないことがきっかけで、その相手に近づいた。
――弟との相手に恋をする?
それだけの、単純な三角形ならいい。
そのうえに、滑稽なまでに気付いていないが、気付かぬうちに失恋しかけているのがこの幼馴染だ(しかも自業自得ときている。好きだから苛めちゃいました?といい勝負だ)
実られてもヤヤコシイその恋の行方を応援するわけにはいかないが……それでも……不憫がすぎた。
「さて、淳か……」
迷った挙句、俺は携帯のアドレスを検索した。
久々の相手(淳)にプレッシャーを与えるより適任がいる。
「ああ、亮……。夜分、悪いな」
彼女が青学なら……
――練習試合でどうせ会うんだろうから、な。
こっちが先だ。
怒らせたらマズイ双子だけは敵にまわさないように。
できるのはそれくらいしかなかった。
――不二が本気にならなきゃどうしようもないんだよ。
それから、彼女が本気で傷ついていないことだけを祈った。
彼女のためにも、不二のためにも。
|