劇場サディズム   ――予期せず――
【SIDE不二周助(兄)】 

 予告もなしに堕ちるのが恋なら、理由もなく堕としたいこの苛立ちは何?

  *      *      *      *      *
 ひさびさに帰って来た裕太が居間で落ち込んでた(オレンジジュース片手にだった)から、「どうかした?」と軽く声をかけたのが始まり。

「何でもねぇよ」

「……そう」

 素っ気なくしたのが良かったのか。
 しばしの沈黙の後、

「聞きたいんだけど」

 迷いながらもお声がかかって、密かに嬉しかった。
 小さい頃、要領はよくない癖に誰からも「構われる」裕太に、一才しか違わない僕は苛立って八つ当たりのように手を放してしまったことがある。一度だけでなく、何度か。誰にも分からないように。
 裕太は当然覚えてはいないだろうが、思うところがあったのか、年を重ねるにつれ、だんだんと僕と話さなくなっていった。
 こういっちゃなんだけど、兄弟仲はいつのまにかよくなくなっていて……ただまわりは、僕が裕太にかまっているから「仲がいいのね」なんて言ってる。

 ――流石に英二や佐伯には呆れられるけどね(特に佐伯は厳しい。妙に構いすぎ、って……。……あいつがいるときに、裕太放って遊びにいったこともあるから可笑しな罪悪感の理由も、ばれてるんだろう。幼馴染の嫌なのはこういうところだ。ごまかしがつかない)

 先を促すためにも出来るだけいつもどおりを装いながら、言葉の続きをまつ。
 すると裕太は言いづらそうに、可笑しなことを切り出した。

「観月さんがタイプってひとじゃ、俺とはあわねーよな」
 
 ――え?
 直ぐに答えは出るが一体どういう話なんだろう。
 少し黙ってしまったら……

「あ…その…」

 裕太は、「やっぱり話すんじゃなかった」とでも言い出しかねない顔をみせた。
 そんな面白い話題――もとい、滅多にない真面目な相談(?)をここで辞めさせるわけにはいかない。
 多少慌てて、答えを返す。
 率直に一言。
 
「それ、趣味悪いんじゃない?」

「……あのな……」

 裕太は「兄貴、そこまで観月さんのこと……」だのとぼやいてるが、そこはそれ。否定はしなかった。

 ――ただ。わからないわけじゃないんだよ?

 観月は性格はさておき、(女の子の観点からすれば)顔はまあ悪くない部類なんだろう。
 線の細い、中性的なイメージ。
 ついでに成績はいいだろうから知性派だの理知的だのと騒がれても不可思議とは思わない。正直自分も普段きゃあきゃあ言われてる人間なので何となく感じるものがある。
 彼の場合も、観賞用――僕と同じ類なのだろう。

「先輩、学校でもまあ下級生とかに人気あるんだぜ?同級生でもいかにも【優等生】って先輩とか……時々呼び出されてるし」

「だろうね。で?」

「あー……いや、なんていうか……もういいだろ」

 ――今更何を。

「大体分かっちゃったよ」

「は?」

「……まあいいけど」

 ――裕太が好きな子が、観月がタイプだっていったってことでしょ?
 さらりと告げるのもどうかと思ったから言わないでおいてあげよう。
 ただ、それではここでお終いになってしまうから。

「うーん、そうだな。観月狙いって、あの強烈な性格を知ってるの?」

「あ……」

 ――知らない、だろうね。
 アイツは外面はよさそうだ。

「つまりそういうことだよ、裕太。見かけがああいうのがいい、ってだけなら、憧れの領域を出ないんじゃないかな?そういうタイプの子なら、直接告白ってこともないだろうし」

 【万が一ああいう性格がいいっていうなら、よっぽどのマゾだろうから、キツイだろう】と思ったが、(そんなどうしようもない趣向の子はいないだろうから)敢えていう必要のないことだ。
 裕太には綺麗なアドバイスを一つ。
 それからこっそりと、そのろくでもなさそうな――ただわりとありがちなその子のことを考える。恐らく、特定の人を指しているに違いない。
 ひと、というからには上の学年か?
 昔から裕太はなんのかんの、年上好みなのだ。(姉さんのせいもあるとおもうけど。……でもさすがに、恐怖はうえつけられてるから、一見大人しい系が好きなんだ。学習能力って偉大だ)

「実際付き合うとかに興味はないんじゃない?」

「…………。だよな……」

 ――あれ?落ち込んだ?
 もしかして「付き合ってください」とでも言ったはいいが、答えを「保留」にされた、とか?
 ふと、気付いたそれを口走ってしまったのは本当に偶然。
 それから、裕太が「そんなもんだ」と認めたのも。
 
 *        *      *      *
 そう、知ってしまったことは、それだけではなくて……
 結果的に、数日後、保留を長引かせられていたらしい裕太が、同じ理由でふられたこと(観月の方がすきになりそうだから?……そんな見た目だけでの根拠?)や……そしてその相手も……

「……へえ、裕太の先輩の従妹って、うちの学校なんだ?」

 ――大人しい、普通の、子……多分それだな。
 騙される程馬鹿だとは思っても見なかった名前が、姉さん経由で回ってきたとき、何故だろう。特に何というわけでもなく、いやな感じを受けた。
 自分の斜め前の彼女――は、決して嫌いでもなく……好きでもない、いつもの大勢のうちの一人にすぎない。裕太を傷つけられても、多分……他意は彼女にだってそうはなかったはず。

 でも何となく……だが、衝動に駆られる。
 取りあえずは接触を図ろうか?それとも……

 ――予告もなく堕ちるのが恋ならば、前兆なく理由もなく気にかかるこの苛苛はなんだろうね?
 
「まだ分からないんだ……」

 それでも、何かが始まってたのかも。
 まあ、テニスも特に出来ない、試験期間中だったからというのが大きい理由なんだけど。たまには、クラスメートに話しても……などと言い訳を考え、正当化するように佐伯に電話をしたのが、午後十一時。
 やめとけといわれても「何か」する気はないから……

「おはよう、さん」
 
 このとき何かが始まっていたと、あとで気付くのだけど。

                         

                   


兄は女々しくなく、どうでもよさげに……が目標。

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