劇場サディズム  ――予告もなく――
【SIDE 】 

「おはよう、さん」

 教室に入るとありえない人がありえない挨拶をしてきた。

 ――いや、クラスメートなら不可思議じゃない……

 とはいえ、穿った見方をしたくなるのは、テニス部のアイドル君と朝の教室に二人きりと言う出来過ぎたシチュエーションが信じがたいからか?それとも……

「…………」

 無言のうちに先を促すようなこの笑顔が妙に『うさんくさい』からか?

 ――失礼か。
 慌てて、自分にツッコミを入れて見るも、散々言われてきたとおり口の方は考えの垂れ流しよろしく、

「おはよう……?」

 疑問形のまま。
 これじゃ相手も首をかしげるわけだ。
 他の子みたいにのぼせ上がった様子もないだけに不審度アップ。

「何?どうかした?」
 
 ……と、一瞬、温和が売りの不二(だと思う)の眉間が、ぴくりと動いたような気がした。
 すぐに戻ったし、本人気付いてないんだろう。
 思わずおきかけの鞄で音を立ててしまったが(今度は普通に心配な顔されただけ)そのまま金具を明けて、教科書を取り出す。
 一時間目の用意をさっさとするのは、ぎりぎりまで他のことに集中するためだ。

 ――……?なんか返事を待たれてるっぽい?

 逃げ切れない、じぃーっと音のたちそうな視線を感じた。 

「……珍しいって思っただけ。席近くなってからも敢えて挨拶とかしてなかったから……?」

 答えを待ってる様子に、何だか知りたがりの子供みたいだなあ、とファンに知られたら殺されそうな感想を抱くも(さらに言えば、微妙に、ややこしいと思ってる)言えやしない。

「そうだったっけ?」

 心底意外そうな顔されたが、呆れていいかな?
 ――この人他人のこと(自分)把握しているのかって疑問に思ったことはあったけど、本当に気にしてなかったとは……。
 ひとまず、文句代わりに「『さん』づけもどうかと思うから止めて」と注文をつけてみた。
 ――クラスメートに「さん」づけってほど大人しい柄でもないんだって。
 挨拶されるなら気軽な方がよい。
 それから、まだ分かっていないようなので(ついでに興味深深と顔に書いているので)一応、説明を加えてみる。
 
「そっちは朝練だから早いんだろうけど、こっちはそうでもないし、大抵菊丸が席のっとっちゃって、先生くるまで適当に時間つぶしてるから」

 だから席が近かろうが同じクラスだろうが挨拶も初めてなのだ。

 ――お互いにマイペースだからと思ってたけど、不二って……
 幼馴染み(亮ちゃん)も相当のものだが、軽く上回っているのだろうか?

「ああ」

 一息ついてわかったらしい不二は、静かに鞄をおろし始めた。
 こうなるともう会話はないはず。

 ――斜め前でよかった。

 嫌でも前を向かざるをえないことにやけにほっとする。何となく、なのだが。
 ……けれども、すぐにも「そうか」などと声がかかって聞き返すことになる(話しかけでなければ、独り言だがこの人のイメージ上それはなさそうだった)

「今日早いのってその本のせい?」

「あー」

 わかってるなら止めてくれるな。読まさせてくれ。
 ……言いたいが、恐らく確信犯だろう。

 ――これは確実に暇潰し相手のご指名だよなぁ。

 その質問なら話の種にはなるだろう。
 結局、私は幼馴染みの本を持ち出したら、その神経質な友人の持ち物だったこと、今日返す予定だと連絡がきたこと、朝の教室ならば誰もいないし集中できると思って珍しくいつもより三十分早くきたことを白状させられることになった。 
 不二はふうんだのへえだの言いながら素直に聞いていたが、ふと、

「まあ人選としても相当珍しかったしね。テニス部は有名だし」

 「だから、話しかけられて驚いたのは本当」だと、付け加えたら、何故だかまたむっとして見えて……

 ――他意があるって思われたとか?

 それはそれで困る、と、弁明をしかけたときには、予鈴がなってさあお終い。

「おっ、不二。早いじゃん!おっはよー!」

 入ってきた菊丸が「珍しいにゃ。遅刻しにゃいなんて」だのと言っているが、

 ――にゃーって……言われても……

 それより、涼しい顔した不二をどうにかしてほしかった。
 (顔とかはともかく、怒ってる気がする……)
 なんだかんだで、菊丸に挨拶をしながら、彼の機嫌は直ったようだが。
 不自然な交流はそれで最後。
 後は普通の授業になった。

 *        *      *      *      *
 ただし、放課後はちょっと大変なのだ。
 何故なら……
 昼にかかってきた電話は案の定、あっちゃんの催促で――
 
「ああ、本返しに?行くよ。だってあっちゃん、観月君におこられちゃうんでしょ?」

『それでさ悪いけど、放課後出来るだけ早くこられない?出来ればこっちの部活が始まる前とか……そっち確か一時間短かっただろ?』

 下駄箱でこそこそ話すほどの内容じゃないけど、何となく声を潜めてしまったのは実は、その一時間短い、発言に関係ある。
 正しくは短くなんてない。
 あっちゃんに言うとお互い困るから言わないだけで、本日はばっちり六時間ある。
 ――ただし、最終授業はホームルームなんだよ。
 いざとなったら抜け出すつもりなのだ(大方そんなことせずとも、先生が勝手に早めに切り上げる。よって問題はない。別のクラスの癖に乾がよく口走ってた。うちの担任は子どもがちっちゃいから急いで帰りたがってるのだと)
 ちらりと……またも珍しい影を見かけたが昇降口では当然だろう。
 男子は昼わりと好き勝手テニスだの、サッカーだの適度にばらけて遊んでるし。 【不二】はあんまりイメージではなかったが気にしてないだけで菊丸に引きずられてるのかもしれない。
 十分ありえると判断して……ついでに、少し距離は離れてたし仮にすれ違っていたにせよこちらの通話の意味が通じてしまう関係でもない。

「まあいいや」

 それより、大変な放課後は「観月君の本を秘密裏に返すミッション」などどうでもよくて、その後の「部活後裕太君に何とか断る」ところにある。
 本を借りて、返さなきゃならなくて〜は事実。
 でも、付き合いが長いから、あっちゃんが考えそうなことは分かった。
 本は、あっちゃんが作った切っ掛け。
 結果的に私が何とかする他ないから、敢えて裕太君のことを引き合いに出さないのだろう。

「なら、がんばらないと……」

 ふる、というよりも誤解をとく気分の方が大きかったから、緊張感はなかった。
 けれども、誰も特に「好き」でもない自分が……と思うと不自然に思えてならない。
 もっとも、最大限に不自然なのは、人気者のクラスメートだったんだけど。


  そして 放課後は来る――     
                   TO BE CONTINUED 裕太SIDE       



忍び寄る影なのかなんなのか。
 そろそろようやく始められるところ……まだ序みたいな……。
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