【不二SIDE】
「おはよう、」
とのやり直しファーストコンタクトから数日、挨拶は日課になってる。
ぎりぎりに教室に入るのは相変わらずだけれど、わざわざ机を軽く叩いてまで話す自分は、もしかしたら意地になってるのかもしれない。
「おはよ」
小さく声を返すも慣れて来たのか、一瞬顔をこわ張らせたものの次の瞬間には飄々と本のページをめくる作業に戻る。
週末、家に(寮の関係で書類の印鑑を押しに)帰ってきた裕太は沈んでいたから、彼女ははっきり断ったんだろう。
――だからって、おどろかなくてもいいのにな。
そのことが、兄である僕の行動を促している、とは思えない。(……というか、そこまでブラコンだったら気持ち悪い)
――他にひっかかることでも……?
電話で佐伯と話したときから思っていたことが一瞬浮かんで消える。
引っかかっているのはどちらだろう。
――案外僕の方かもしれない。
数人の好奇心がこちらに向いてると知って話しかけている。
悪趣味だろうか。
「不二、お前、何?のこときにいってんの?」なんて軽く聞かれたこともある。しかも適当にお茶を濁しておいた。
勿論、ソウイウ意味で、が気になるはずは勿論ない。
裕太が好きだった子なんて面倒勘弁して欲しいし、それ以前は特に印象もなかった相手だ。
だから、流石に英二に、
「ラッキーじゃん、不二。日直相手だって」
といわれたとき、一瞬戸惑ったんだ。
ただ、結局、英二が彼女の名前を挙げた理由は僕をからかうつもりではなくて、が真面目に仕事してくれるタイプだからだったのだが……。
ついでにいえば、彼女が、仕事を一人で勝手にやって相手を追い払う理由は単純に無能な相手とやると長引くからだと思う。
ヒドイ話、英二や黒崎・山口だの「やんちゃ」な男子相手じゃ無理がないと思う。英二の話を総合すると、彼女が単独作業した日直の相手はそういうタイプで……ようは、彼女は指示する時間を省いたまでだ。
――拘ってるのは事実かもしれない……
なんのかんの自分がを観察してるのは疑いようもない事実で、「からかわれた」と思ったことこそが、それを指し示しているようだと思えた。
* * * *
「」
「何?」
「日直。僕が相手だから」
このタイミングを逃がしたらさっさと仕事にかかられてしまいそうで、昼休みが終わる前に声をかけた。
は気楽に本を読みながら食事をしていて(横にいつだか彼女のことをぼやいてた友人がいたが、思い思いに別のものをよんでるあたりどうなんだろう?)読みかけのページに手をはさんだまま、一応礼儀程度に目を離してから、
「そうなんだ。……ええと、部活、大変だよね」
――つまり……?
遠まわしにいらないと言われているのだろうか。
英二たちと同じに扱われるのはちょっと癪だ。
優しさから来てるのならばまだしも、の場合こちらを避けているようにしか思えない。
穿った見方であったとしても、平穏・誰にでも平等を信条とする身として、その好意に甘んじてしまうのは許しがたい。
「黒板と、感想はやるから安心していい。英二は……大分迷惑かけてみたいだけどね」
少しだけ毒を見せれば、
「利害の一致だから。任せてもらえれば直ぐ終わるから」
――なんでここで笑うかな?
苦笑ともつかない、ほのかに頬を緩めた表情で神崎は応える。
「部活が忙しいのも分かるし、帰宅部としては使われるのも当然だから――」
だから、僕も安心してまかせろ、と?
そういいたいのだろうか。
――好意であっても、譲れないことがある……
照れるでもなく、ドアの向こうを見る彼女は休みが終わることよりもどうやら「周囲の視線」を気にしているらしい。
とはいえ、「照れて」ではない。
うざったい、とさり気なくさり気なく書かれている顔は、僕に対しても釘をさしているようだ。
――我慢していてもわかるんだよ?分かる人には。
そうされると余計かまいたくなる……そんな心理も知らないのだろう。
だが、今はいい。
実際、騒がれたところで対応できないでもなさそうだし、それではつまらない。特に何かしでかすつもりもないが、何となくそう思い、「じゃあね」と引き返しておいた。
* * * *
「分担するもんじゃないの?」
その方が早いとでも言いたいのだろう。
はせめてとばかりに口を開いた。
だがこの時間を逃すつもりはなかった。
「共同作業もたまにはいいじゃない?……ほら、そっち消して」
生徒総会があるから部活は少し遅れても大丈夫(大石も確か何かの代表で出ている)だという安心感が僕をのんびりさせる。
日直の仕事ならやることは限られているし、ちょっとした交流には最適だ。
あいにく五時間目の先生は板書にこるタイプで、黒板には端から端まで色とりどりの文字が並んでいるから、二人で消しても不自然はない。
隣から「何も二人並んでやらなくたって」と黒板にむかって呟く声は聞こえたが、「無言で分担作業」だけで終わらせるつもりはなかった。
――……にしても、そんなに嫌われたかな?
苦笑して、そちらを伺えば、
「日誌、半分書いてくれる?」
どうやら妥協してくれるのか、彼女は聞いてきた。
日誌は細かいから女の子が請け負うのが通例(ああいう作業すきだよね、女史って)だが、にとって「ややこしいは罪」とのことだ(ぼやいてるの、きこえてるんだけどなぁ)
頷いて、チョークを預かろうと手を伸ばす。
ふとかすった指先は粉がついていて、その上冷たくて――
「あ……」
だから、とっさに一歩近づき、細い指先ごと掴みなおしてみた。
「……え、と……」
相手はいきなりのことに目を白黒させた。
――意識してるとか?……ありえないよね。裕太の兄貴なのに。
それならそれでいい。
くっつきすぎている自覚はある(わざとやったから当然だけど)
――でも……。
こちらから、これ以上何かしでかすつもりはないんだよ?
勝手にどきどきされるのは迷惑だ。
それでもからかいたくなるのは、何でか?
――……さあ。なんでだろう。
ただ、今行き成り冷たくしたり、馬鹿にしたりしたいわけでもないのだ。
だから、
「手、真っ赤」
手を開かせてからかうように言う。
白い手にところどころピンクの粉。
指ごとその手の中のチョークを握らされたせいで、の手は大変なことになっていた。(粉が出ないタイプ、って嘘だと思う)
「わ、ちょっとなんてガキな悪戯を……」
といいつつも、実は結構むっとしてる(に違いない)はわりと子どもっぽいと思う。
「あのね」
一通り小言をまくし立ててから、彼女はため息混じりにいい、打算もなさそうな真っ直ぐな彼女の不機嫌顔にふと違和感を覚える。
「ま、もういっか……。でも、不二って意外と話しやすい人だったんだ……」
「そう?」
――わざとかもしれないよ?
心の中の呟きはにとどくはずもなく、彼女は彼女で「悪戯されるとは思わなかったけど……」と一人ごちた。
「こそ、男嫌いって言われるわりに話すから吃驚した」
勿論これは嘘。
男嫌いといわれてることはないことはないだろうがそれすら捏造だ。
――要するに嫌味だよ。裕太に飄々と返したっていうし、それなりに「慣れてるんだろう?」
……と、サラリと言ってやったはいいが、戻った言葉は
「少し幼馴染に似てるからかも……。あと、そっちの学校では友達もいるからかな」
「へえ?どこの学校?」
「聖ルドルフ。テニス部なんだけど知らないと思うな。……あ、でも目立つか。アヒルだし」
「……あひる?」
話の運びは正しい(狙いどおりだ)が、出てくる人物に裕太の気配がない。
しかも観月でなくて、あひる――多分柳沢のことだろう(失礼な話、他に浮かびようがないたとえだと思う)
――わざとはぐらかして……はいないよな。
「だーね。口癖がだーねで…………あ、名前は……あれ?出てこないような……」
「仲がいいのに名前覚えてないって……」
「うーん。あっちゃん以外は大抵わかんないよ。観月君が苗字だっていうのだってこないだ初めて知ったし、そういえば後輩の苗字も……わかんないんだよね。向こうは知ってもらってるのに悪いって思うけど」
「でも、どうも苦手で」と、は本当にすまなさそうな顔を見せる。
……が、こちらこそ「すまない」事態に直面しているのかもしれない。
――裕太のこと……分かってない?
「ふふ、って結構ヒドイ人なんだ」
――やばい。面白すぎるよ……。
彼女は分かってなかったんだ。俺が裕太の兄だと、知るよしもなかったのか。急接近していた理由は、そこだったはずが、全くのお門違いだったなんて……。
それが物凄く楽しい。
更に、彼女をからかいたい衝動に駆られ、一言付け足す。
「僕の名前も覚えてなかったりしない?……ねえ?」
「いや流石に」だの「あ、けど実は知ったのは今年で」だの……返った反応も真剣な辺りが笑えてくる。
――それもどこまで続くんだろう?
裕太のことを知ったらどうなる?
特に変わらないような、気もしたが、まだとっておかなくちゃと踏みとどまった。
「木更津君によろしく。……ルドルフならちゃんと覚えてるよ」
黒板を消し、さっと日誌に移りながら、まだてんぱってるにそう告げた。
木更津、と幼馴染の名前をだしていなかったことに、このときはまだ……こちらも彼女も気付いてはいなかった。分かるのはもう少しだけ先のこと。
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