【SIDE】
「おはよう、」
やたらと視線を感じるのは、自惚れではない――と思う。
気付けばこの人気者の挨拶は日課になっていた。
テニス部が教室に入るのは相変わらず始業直前だが、不二はわざわざ一声かけてくれるから何となく返すようにはなった(無視は失礼だ)。
「おはよ」
流石に周囲の目も怖いから極力話を続けさせないようにするのだけれど。それでも本のページをめくる合間視線を感じるのは否めない。
素っ気なさが好奇心をくすぐったんだろうか?
――単純に人見知りなのもあるんだけど……。
ファンは怖いがなんのかんの不二とは話してみたいとも思わなくもないのだ。予想とちがってわりにイイ性格みたいだし。
* * * *
「神崎」
「何?」
「日直。僕が相手だから」
挨拶以外でまともに話したのは昼休みが終わる直前だった。
皆見と別々の本を読みながら何となく一緒に食事をしていたら向こうから話しかけてきた。
目を通していたページに慌てて手をはさみ、
「そうなんだ」
と答えたが、ふと部活が大変だからしろってことか?と思いあたる。
菊丸と組んだときは、いられたら邪魔だと判断して一人で日直したがどうすべきか?
控え目に尋ねれば
「黒板と、感想はやるから安心していい。英二は……大分迷惑かけてみたいだけどね」
プライドを傷つけたのだろうか。
毒気のある言葉に思わず苦笑がもれた。
「利害の一致だって……任せてもらえれば直ぐ終わるから」
きょとんとした不二にすかさず一般庶民の暇さ加減をアピール。
「部活が忙しいのも分かるし、帰宅部としては使われるのも当然だから」
――気楽にできるのから助かるし、気にしないでよいのに。
そういえば皆見はいつの間にか消えてたが、妙な気をつかわれたんじゃないよね。
ドアの向こうを見ると、おせっかいな友人よりも数倍たちの悪い幾つかの視線。
――うざったい。
……とはいえ不二のせいでもないから怒れないのが辛いところ。
そうこうするうちにかの王子様はほほ笑んで退場した(相変わらずうさんくさいんだがどうして誰も気付かない)
* * * *
「分担するもんじゃないの?」
その方が早いと分かりきっているのに、何故だろう?隣りをみれば並んで黒板消す彼の笑顔がみえた。
どうやら説得しそびれた模様。
「共同作業もたまにはいいじゃない?……ほら、そっち消して」
本人曰く生徒総会があるから部活は少し遅れても大丈夫(大石も確か何かの代表で出ている)だそうだが、妙に楽しそうなのが釈然としない。
――やはり知らずに地雷を踏んだのか?
嫌がらせにしか思えない……。
確かに、五時間目の先生は板書に並々ならぬもんを注ぎこんでいるので、二人でも消しごたえ満点だが……
「不二、何も二人並んでやらなくたってよいのでは?」
ばれたら何をいわれるやら、と一応提案。
しかし本人はますますニコニコしている……
――だめだな、何がツボに入ったか笑ってるし……。
仕方ないから日誌も半分頼むことにするか。いつからかわからんがあのややこしい作業は勝手に女子向けになってたし……。(でも私は苦手なんだよ)
ややこしいのは罪!
シャウトを我慢して、仕事に戻ることにした。
掃除に邪魔なチョークを不二に渡す。
……と、ふと指先がかすめた。
「あ……」
――粉ついちゃったかな?
きれいな指を汚したとあれば重罪だ。
私はともかく周りが許しそうもない。
慌てて見たが、同時に阿呆なことも考えていたから対応が遅れたのだろう。
「え……」
擦れ違うだけの指先を、包むように覆ったのは彼の指だった。
離れようとするも、軽くつかまれたままなかな開放されない。冷え性な身としてはありがたいのかもしれないが……
――ちょっと……?
覗き見れば不二様はやはり笑っていて……しかも今度は意地悪な笑みときている。
最近の不二の行動を考えると、意識させられるというより怖いけど……
――……にしても、くっつきすぎだって!
あっちゃんならまだしもこの距離はまずい。というか、なんのかんの不二は顔が整ってるから……
「手、真っ赤」
指先をこじあけられると、握らされたチョークのせいでピンクの粉が手を染めて大惨事になっていたが、顔の方が同じ色になってるんじゃないかと思うと気が気でない。
「なんてガキな悪戯を……」
なんとか抗議はするが当人はこちらの心知らず……
「何?」
「あのねぇ」
小言の限りを尽くしても返るのは笑顔ばかり。
――諦めだ、諦め。
「不二って意外と話しやすい人だったんだ」
「そう?」
「悪戯されるとは思わなかったけど」
「神崎こそ、男嫌いって言われるわりに話すから吃驚した」
そうか?
男嫌いも何もかこまれて育ったから……
「慣れてるんだ?」
――ていうか……
今更気付いたが不二って……
「少し幼馴染に似てるからかも……。あと、あっちの学校では男友達のが多いし」
「へえ?どこの学校?」
「聖ルドルフ。テニス部なんだけど知らないと思うな。……あ、でも目立つか。アヒルだし」
「あひる?」
――あれ?通じない?
一番目立ちそうな一人をあげたが反応が薄くて期待外れだ
「だーね。口癖がだーねで…………あ、名前は……あれ?出てこないような……」
「仲がいいのに名前覚えてないって……」
「うーん。あっちゃん以外は大抵わかんないよ。観月君が苗字だっていうのだってこないだ初めて知ったし、そういえば後輩の苗字も……わかんないんだよね。向こうは知ってもらってるのに悪いって思うけど」
――でも、どうも苦手なんだよね。
すまなくはおもうがコレばかりはどうしようもない。
人には得手不得手があると感づいてくれ。
いいたいが、それもなんのその。
「へえ、って結構ヒドイ人なんだ」
返ってくるのは心底おかしそうな笑い声ばかり。
「僕の名前も覚えてなかったりしない?……ねえ?」
「流石に」
それはない。
「あ、けど実は知ったのは今年で……まあ……テニス部っていってもうちの学校には興味がなかったというか……」
「ふうん……」
――雲行きがまたもあやしくなってきたところで去りますか……っと。
さっと深入りさせないよう話をうけながして、日誌を手にする。
……というのに……
「木更津君によろしく。……ルドルフならちゃんと覚えてるよ」
――やっぱりわざと忘れたふりしてたのか。
* * * *
学校が終わると部活のある子たちとはぐれて塾か、ルドに直行。さもなくば図書室にてのんびり過ごす(委員会の当番だから強制なんだけど)
そのパターンも、英語が苦手だったり古典の予習をしわすれたりすることも変わらないんだけれど……敢えて言えばここのところ……
「そうだね、確かに増えてる」
溜め息をこぼした私に、あっちゃんは呆れた声を返し、更に言葉を続けた。
「の口から不二の名前をきく回数」
――ああ「増えてる」の内容か。
気付くも、何と答えていいのやら。沈黙が心地悪い。
「ただ気に入られてるのとも違うんだよ。恨みでも買ったかな」
「……否定できないか。結佳はところにより無神経だし」
「……」
――えーと?幼馴染みに対するフォローは?
「本当でしょ」
ぴしゃり、聞かずに返る辺りが容赦ない。
ただ信頼があるからキツくあれる彼を知っているから、悔しいながら降参。
いつだって、あっちゃんは正しい。ことに私に対する評価は。
ただ今日はやけに心配されているような……?
――だーねが久々にいないから?……練習でつかれてるとか?
分からないが、「不二との出来上がりつつある可笑しな日常」は、あっちゃんをして吃驚させるに足りたらしい。おかげで、
「まあ何はともあれ不用意に近付かないように。不二は馴れ合って楽しいタイプには見えない」
「そう?」
「うん」
小さくうなずいて、あっちゃんは踵を返したが、これはかなりいらだっている……。
この話はもうお終いといわんばかりに、手を振り、コートに戻っていく辺りが既にらしくない(あれで半端な話の終わり方は好まない人なんだ)
ちょうどタイミングよく遠くから観月君が練習開始の合図がきこえた為、引き止めるわけにもいかなかったが……。
――なんか…へん……。そこまで心配することかな?
かすかな違和感を確かめながら、私はコートのすみ、ベンチにかけた。
今柳沢がいないことが悔やまれる。
「淳、何機嫌悪くしてるだーね?」と彼なら軽く聞くことができるだろう。
私がきいてもきっと教えてくれない、そんな気がした。
そしてそれは正しく…… またあっちゃんの危惧も多分正しい……
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