【SIDE裕太】
「諦めるの?」
書類を取りに帰る機会が増えたのは、まとめて此間やらなかった自分のせいだ。
――……だが、何故に毎度兄貴に出くわす?
リビングでお茶を目の前に舌打ちを抑えて適当に相手をしてやれば、なんのかんのと失恋話を根掘り葉掘りきかれるわ……挙句こんなコメントを出されるわ……
――踏んだり蹴ったりってやつだよな、これ……
「んだよ?」
彼女は無理だと助言してくれた当人が何を今更……と、嫌味の一つももらしたいところだが、そこを何とか堪える。
兄貴が珍しく苛立ちを孕んだ視線をしたかと思えば……あろうことか、普段ありえない動揺した様子でそのまま口を噤んでくれたせいだ。
「兄貴……?」
「いや、今唐突に虫の知らせがね」
――……とか、にこやかに返されても……な?
「意味わかんねーし」
こんな調子で、次の瞬間にはもういつもどおりの笑顔があるのだが……それにしろ……
――気のせい……じゃなさそうだな?
さっき、普段動じないコイツが、確かに困惑した表情をみせていたのだ。
まるで言うつもりのないことが口をついて出て来てしまったかのようだった。
本当は何かあったかきいてみたいところだが、誤魔化されるのが関の山。
取り合えず……
「ま、いいだろ、好きってより憧れでちょっといいなあってだけだったし」
できるたけ早く話を切り上げようと感想を整理(しながら、合間のお茶をすする)
「てかさ、まあ分かってたんだよ」
兄貴にいわれずと、自分が彼女向きでないことは。
「観月さんに片思いならまだ何とか夢も見られるんだよなあ」
「え?」
「ただあの人相手じゃ違うっていうか……違わないんだろうけど分が悪いとか以前に、なんていうか俺、認めてるし」
要するに敵は一目ぼれなんてかわいいものではなく……俺にとっては「完敗」するほかない最強の相手だったということだ。
ええい面倒だ、いっそ話してしまえ、とばかりに「俺なりの推測」を告げれば、兄貴は兄貴なりに納得したらしい。
「なるほどね。幼馴染みとは……定番な」
これだけの情報のみでよくぞ、という感じではあるが、ずばりな関係を言い当ててしきりに頷いていた。
――そういえば、兄貴(これ)と木更津先輩を似てると思ったことがあったが、昔の俺も相当馬鹿だよな……。
ルドルフに移った当初、掴みどころのないところをこっそり重ね見てたのは秘密(……そりゃ、まあ今だってあの先輩の全てが分かったわけではないが)
取り合えず、木更津先輩はここ(兄貴レベル)まで人をすかしみないし、結果分かったことを使って脅したりもしない事は分かってる。(ただし怒らせなければの話)
―― 一緒扱いしてすみませんでした……
テニスも日常でも兄貴ならライバル心をもてても、先輩にそういった気持ちをもてないのは、先輩の方が弱いだのといったことではなく……あの人が大人だからだ。
今の俺には分かる。
観月さんのことも尊敬してるが、なんのかんのうちのチーム一大人なのは木更津先輩だと思っているんだ。
だから……
「……で彼女を深く知ってる木更津に譲る?」
否定は出来ない。
ただ、軽くぴきんともくる。
「あのな……」
「ふうん。まあその程度なら引き下がって正解だよね」
――お前いたいけな初恋の傷口に塩を塗りこむか?
「そもそも木更津先輩が先輩を思ってるとはきまってるわけでは……」
悔し紛れに付け足した。
これでも、それなりに俺だって先輩が好きだったんだ。
やたら絡む兄貴をさっさと退けて、コップを台所に運ぶために席を立った。
兄貴はそうかなと首をかしげているが……
――……どっちにしろ終わったんだよ……
「どうせお前には関係ねーだろ?」
別に、コイツが結佳先輩をどうこう思ってるわけでもないのに、やたら絡まれるのは不快だ。それに、なんてか、兄貴がそういった系統の話題に興味を示すという構図事態に妙な違和感を覚える(ブラコンではない。純粋にコイツはその手の話が好きでないと直感出分かってるんだよ)
「まあね」
手をひらひらと返されると、「からかいたりてねーな」と気持ちはげっそりしたが、ここまでハッキリ言えば何かまた言われる危険もないだろう。
そう思っていたから気づかなかった。
兄貴は既に十分すぎるほど、先輩の方に興味を持っていたということに。そう、多分俺と同じようにからかえる対象として、標的に出来る程度に彼女がおいしい逸材となっている事実に。
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