【SIDE】
今日が何日かよりも、本当は、昨日の別れ際――真田が困ったように抱きしめたそのぬくもりが忘れられなかった……
今時流行らない対決。 手塚誕生日 非情編
「……」
沈黙が痛い。
今更だけれど、手塚と二人きりという空間にきづいて、ちょっと辛くなる。
いやじゃない……むしろ。
(でも、何か重い……よ)
「昨日は」
といって俯いたあげく、手塚は黙り込んでしまった。
「えっと、真田たちが来て、なんか巻き込まれちゃって……」
半分は本当で、半分は嘘……になるのだろうか。
柳君と、仁王が来たのは本当だけれど、その後からかわれる真田をかばったのも――それで、学校を抜け出したのも私がしたことだ。
確かに、真田が(私なんかのことを、他の人に話したり……柳君曰く「惚れてる確率……ううんそんなのどうでもいいけど……ううん よくないけど……とにかく話したりするのがよくなかった。
原因は真田で、真田のせい。
でも――
(なんでかばっちゃうの……)
しょげた大型犬というべきか、あの身体で弱いところばかりみせられるのだから、たまらない。
と……。
「そうか」
考え込んでしまううちに、手塚は「やっぱりな」と、妙に納得したような、重苦しい頷きをくれた。
再びどんよりした空気が部屋を支配する。
「ねえ?何か……怒ってる?」
なんか悪いことしたのかなぁ、と少しだけ考えて……ふと、思い当たらなくもないことに気付く。
(そうか……)
真田は――立海は、やっぱり立海は手塚にとってライバルなのだ。
きっと私だっていい気がしない。
クラスメイト……ううん友達に、そんな人たちと親密にされたら……なんていうか、それは個人の自由だけど、ちょっとさみしい……と思う。
ましてや誕生日なら……
(ん?……でも……)
誕生日なら、誰か好きな人と一緒にいたりとかするんじゃないのかな。(いいながら、ちょっと凹むけど。少しはやっぱり……まだ手塚に、憧れているから)
と、手塚は急に……
「……真田とは……親密なのか?」
可笑しなことを聞いてきた。
「うーん……そうでもないよ。ていうか勝手にあっちが怒ってるだけだし。生活がしっかりしてないだの、身だしなみにきをつけろだの……お父さんみたいで」
「父親、か……」
「うん」
――本当のところ、それが第一印象で……今は違うのだけれど、まだ認められない。真田がまるで、兄どころか……弟みたいだなんて。ときどき、妙にほっとけない、「男の子」にみえるなんて。
恥ずかしいどころか、シュールだ。
「ならば――」
(……ええと?)
手塚?近くない……?
きこうとした声はその真剣なまなざしに消され、手塚が一歩、またずいっと私に近づいてきた。
「俺よりも優先しないでほしい。……すくなくとも誕生日は」
(え?それって……)
これは、期待するべきところなんだろうか?
鼻先がふれてしまいそうな距離で、手塚の長い睫を見つめていると、もうどうしようもなく照れてきた。
勘違いだったとしても……これだけ端正な顔が近くにあるのだ。どきどきするのは無理もない。
「……お前は、真田のものじゃない」
それは 当然だとしても。
「 俺を選んでくれ ――」
聞こえた言葉。
意味を問うより先に、そっと落ちた柔らかい感触は……目を瞑る暇すら与えられなかった私に、彼の本気を捉えさせた
少しだけ、寂しそうなもう一人の影を瞼に落して。
ふと、その一瞬……
一瞬「ちがう」と思ってしまったから、応えられなくて……
「……ごめん」
落した言葉の意味を、一番理解できていないのは私なのに、手塚にはその何かがよめてしまったようだった。
距離をとる。
その、こぶし二つほどの隙間は、真田とは違い「落ち着く距離感」なのだ。
(真田は……近寄らないくせに、遠くから手を伸ばすんだ……)
こぶし二つなんぞすぐに飛び越えて、引き寄せ、頭を撫ぜられたこと……
『無理をするな』
『無理なんてしてないっ』
『そんな顔で言うやつがあるか……』
――『出来ないなら出来ないと言えばいいだろう?俺で手伝えるのなら……俺は背負いたいと思う』――
恥ずかしいやつだと思った。
そんなキャラじゃないって……。
でも、「いいよ別に」なんて可愛くない言葉をなげた自分を引き寄せて――抱きしめておいて、ゆっくり距離をとったその「こぶし二つ分」は……
(紳士の距離……)
からかわれても、真田は「手がとどけばいい」と言った。
照れたような調子に、減らず口がつい「きもい」とか、漏らしそうになったのは本当につい此間。そもそもが知り合って……数箇月。
あっという間に、そんな距離を定着化させた面影が脳裏に舞う。
「?」
トリップしていた思考のこちら側、手塚は、その「こぶし二つ分」の距離で、私に接する。
これまではもっと遠くて……。
近づいても今まで一度だって、断り無く髪を撫でたり……胸に顔をおしつけさせたりしなかったのだ……。今日の、一度を、抜かせば――
(わ、わ……)
そう、今のは……間違えなく、……
「すまなかった」
キス、だ――。
嬉しいはずなのに。
好きだから多分どきどきするはずなのに……。
「誕生日プレゼントは強奪するものではなく、もらうものだったな」
「う……あ……っと……ごめん。混乱してて」
「無理もない。――祝って欲しかったが、の心はもう別のところにあるようだ」
「う……」
どうしてだろう。
否定が出来ない。
一瞬浮かぶ、情けない表情(これは、たぶん、私がこのあと「手塚とキスしちゃった」とあえていったとして――言わないけど、もしも言ったとしたら、の、予想図だ) それが誰か?もう言われずと……誤魔化せない。
「……とんだ誕生日になってしまったな」
切ないように、ふとこちらを真面目な目が見つめたが、そのまま少しだけ上唇をもちあげて手塚が笑ってみせる。
「いいものをもらいすぎた」
無理なのかもしれないけれど、それはとても手塚らしい表情だったから、「ごめん」のかわりに、少しだけ考えて、私は――
「おめでとう」
今日に一番相応しい言葉を。
それから、言い訳のように、それでもちゃんと。
「催促もできないくせに、いじけてるようなトウヘンボクよりも格好いいと思うよ」
ドアを出て行く手塚に教える。
そのトウヘンボクが、気になってしまったことも……。きっと他に誰もあんな情けない顔させられないだろうから……。
(手塚の方がずっと……。でも――)
「でも……だから、私がついてなきゃ駄目なの」
「すごいな、そんな風に言い切るとは」と乾辺りにはびっくりされそうな台詞だ。自分でも分かる。
悔しいから……本人にはまだまだ言えないことも。
だけれど、どうしてか、手塚には伝わってしまったのだ。
お祝いにもならないのかもしれないのに……。
「は正直だ。――そのままでいればいい」
それがお前の良さだ。
だから、と。
「祝ってくれてありがとう」
嬉しかった、と。
言われた後、耳の奥がぴりりと傷んだ。
(この切なさも、きっと、あの昨日の真田が悪いんだ)
つんとする鼻を無視して、曇った視界を拭う。
ぽんっとのっけられる大きな温かい手が……紳士の距離を崩すあの手が、今は無性に欲しかった。
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