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「先輩〜!!」
派手な声に私は身構えた。
防寒用兼ねて買った飲み物がこぼれないように右手に持ち替えて……っと。
一瞬のタイムラグ、いつもウルサイ後輩は飛び掛って来る。
「捕まえた!」
「邪魔」
缶の中身に気をとられていて、応戦しそこねた私は慌ててそれを引き離す。
顔を掠めたくせっ毛がくすぐったかった。
「寒いんだからしかたないでしょ」
「理由になってません」
「寒い寒い寒い」
「真田君にまた言われるよ」
キャハハと後輩、切原赤也は変な笑い方をした。
「『たるんどる』って?」
お決まりの台詞を声真似つきでやったとき、後ろに長い影が下りてきた。
「たるんどる」
ご本人登場でした。
「げっ」
赤也が私を盾にする。
憧れの真田君の前で……そんなにくっつかないでよ。
睨み付けるが効果はなかった。
――まあ予想はついてたわよ。
諦め顔で、真田君に「おはよう」というと、
「ああ、神田か早いな」
と挨拶と共に帽子が振ってきた。
帽子は私でなく、後ろの赤也への制裁。
鈍い音がして
「痛ぇっ」
悲鳴があがる(ざまぁみなさい?)
「管理がしっかりしてなくて悪い」
「ううん、真田君の責任じゃないから」
こんな変な分かり合い方したくないはず。
でも去っていく真田君相手に顔が綻ぶ。
「先輩、喜びすぎじゃねー?」
赤也迷惑同盟を作ったら?と洒落で友人が吐いた暴言を思い出すが、それもいいかもなどと思ってしまった。
ああ朝一番、幸先いいわ。
「で?何?」
またくっつきだした赤也を殴って、聞いたら、
「マジに寒いんすよ。先輩、何か下さい。愛とか……てか、いやその温かそうな手でも今のところ十分なんで」
とバカな要求をされた。
うーん……。
「じゃこれ。一口ね」
私は缶を差し出した。手なんか触らせてたまるもんですか。一度許したら何されるかわかったもんじゃない!
当然、目の前で、念入りに口はぬぐってやったから間接キスだと騒がれる心配もない。
「ひでー。そのままがいいのに」
「いらないなら持ってくわ」
「いります!いりますって!」
ごくん。
赤也は嬉しそうに冷めかけのそれを飲んで、さっさと戻っていった。
着替えてないのに、十分前のチャイムがなったから、あれは遅刻ね。
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教室にいったら、そこは既に戦場の空気をかもし出している。
朝一番、真田君に会えたのはラッキーだったな。
たぶん、避難中だったに違いない。
私も用意してきたけど……。
今日は――
「今日は大変だと思うが、みにくるか?」
隣の真田君のお誘いは当然ありがたく受ける。
そのために、さっき我慢したとも言えるのよ。
うん。
「今日はギャラリー多そうね」
「ああ……毎年苦労する。特に幸村が……」
へえ。
あの人顔いいしなぁ。
真田君も?とは聞けず、私は一限の教科書(数A)とノートを取り出した。
そう、今日は何を隠そう【バレンタインデー】なのだ。(強調)
委員会の仕事あってよかった(哀しいかな。そうじゃなければ誘われないし、うまく渡せもしない)
……おっと、これだけは確認しなきゃ。
シャーペンを手に取りながら、様子を伺い、
「真田君、おせんべ好き?」
「ああ好きだが?」
「チョコレート食指気味になるだろうから、差し入れ持っていくね。甘くないものを」
「すまんな」
これが精一杯。
本当は一応チョコレートもちっちゃいのを真田君だけに作ってたんだけど、その出番もないだろうし、無駄はしない主義なのでさっさと弟どもに寄付してやったわ。
……自分でいってて痛いが、しょうがない。これは私の性分なので。
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そうして、四時間目。
ふう、疲れた。
ようやく『今日は大変だと思うが』の本当の理由が分かったわ。
真田君、本当に分かってないなぁ。
切なくなる
何故ならその「大変」の元凶は……
「先輩〜!チョコ下さいよ!!」
朝からそれを狙っていた(部室で延々と真田君に――よりによって真田君に!!――話していたという)赤也なのだ。
『私=赤也の彼女』の数式は刻一刻と、真田君の中で定式化しているという説もある。
柳、そんな分析いいから助けてよ。
「『真田君が好きなのに』と神田は言う」
「いや……言わないから、そんなこと……」
「では[思う]」
「………」
もう否定しないけれどね。
ちなみに今日は調理実習。
理系の選択クラスは何故か家庭科の授業が一緒なので、わいわいやっている。
柳と同じ班。
「「真田君と違うのが哀しい(……と言う)」」
ハモらないで下さい。
「先輩、俺は?」
「『いなくてもいい』だろう?神田」
うん、今の先回りだけは評価したい。
柳ありがとう。
「ところで、お前はなんでここにいる?四時間目は……」
「自習。お昼、家庭科室で食べるって聞いてたんで、先輩に会いにきたっす」
「ああ、神田にな」
「モチロン」
前言撤回。
赤也の仲間ならばいりません。
「あんた、一限の休み時間からずっと来てるのに、なんでこりないわけ?」
「クリアするまで粘る主義だから。いいじゃん。そろそろ諦めて本命チョコを俺にくれてもいいっすよ?」
「……………」
あーやってられない。
ちなみにこうしてる隙にも柳に隣の班の子がチョコレート渡してたりする。
青春。
真田君は基本的に直接渡す勇ましいお嬢さんよりも、私みたいに影からそっとというタイプが多いらしくて、靴箱と机が四時間にして大事件になっていた。
あれ?
赤也は?
よく考えたらこいつモテるんだよね。
「おい、切原。お前目当ての女生徒が来ているぞ」
戻ってきた柳がバトンタッチ?
見ればドアの向こうに可愛らしい一年生がいた。
男の趣味は悪いのだろうが、なかなか好感度高い子。
今時珍しくスカート丈も短すぎないし、はにかんでるさまといい、本当に赤也には勿体無い。
「え?ほんとだ。じゃ、もらってきまーっす」
ほら、こいつ、軽いし。
「現金なやつだ」
私は柳の言葉に思わずつられて、相槌を打った。
そうしたら、柳が吃驚したようにこちらを見たから、
「……何か顔についてる?」
「……興味深い」
何やらデータをとられているようで、嫌な感じだ……。
せんべ激辛のまわそうかしら。
結局、赤也はその後戻ってこなかった。
告白されたのかな?
ふと思うが、
「ま、関係ないし」
さーて!放課後は真田君(だけじゃないけど)にアタックだ。
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コート=練習場の風景についてはもう語るまい。
囲む囲む。
他校も含めて女子女子女子。
我ながら女であることに気持ち悪さをおぼえるほどに、女性陣で包囲網ができていた。
「こっちだ」
練習が終わってからもそれはひどくて、柳の手引き?でようやく部室に入る。
特別扱いにはちがいない。
少し後ろめたかったが、仕事だと言い聞かせた。
部室は女マネもいない部活ゆえ、殺伐としていたが暮らせないほどでもない。
……住み込むような場所でもないから、数十分居られれば問題ないんだけど、ほら、弟(男子校)の話とか聞いていると、部室なんて入ること自体が吐き気痙攣?そのほかを併発する危険地帯だというから。
みんな着替え終わって待機中だった。
確かにあの様子ではしばらくは帰れなさそうだ。
やたら背の高い日本人離れした子に席を譲られ、会釈をかえす(あとでジャッカルだと聞いた。単なるあだ名だと思ってたら真剣に国籍が違ってびっくりだ。……しかも同学年らしい)
「あ、これがプリントね」
まずは資料。
真田君に渡して。
「助かる」
うわー。
もうこれだけで幸せなんですけど?
はっ。
ここでくじけちゃ駄目。
今日はここから。
「女の子と贈り物にはもうイライラしているかもしれないけれど、これ辛いものだから。よかったら皆で食べてね」
そういって出した包み。
おせんべいはきちんと手焼きだ。
おばあちゃんの知っているおせんべい屋さんで焼かせてもらった(自作は一部のみよ)
きちんと自作部分を真田君に差し出して、他を適当に。
……手を出すのが早かったから赤也にも渡った。
すごく嬉しいと顔にかいてあって、なんだか頭にきたのでこつんと頭を叩いておいた。
「調子にのらない!」
いつもどおりだ。
その日はそこまで。
真田君の「手作りか?すごいな」というお褒めの言葉も貰ったし。
普段むっとしている柳も
ぶん太に懐かれそうになった(その後ずっと後ろをついてこられた)のは計算ミスだったが、赤也とちがって可愛いしね。
ギャラリーが冷めた頃、ジェントルマンにエスコートされて部室を出たら、
「先輩、送ります」
……と真田君向け仕様(要するに大人しい顔ね)で赤也がいたのは困ったが、実際、嫌がらせされかねないから申し出に甘えることにした。
赤也といるのはもう真田君命令だと思われているうえ、真田君とは完璧に仕事上の付き合いだと納得されているため、誰にもひやかされない(それはそれで切ない)。
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「なんで部長にあげなかったんだよ?」
色気もへったくれもない速度で歩く。
隣を併走(?)する赤也の一言目はこうだった。
「あげたでしょ?あれ、私の焼いた中で一番うまくいったところだよ?」
「じゃなくて、チョコレート」
「それは……」
勇気がありませんでした、ハイとは言えず、私はちょっと俯いた。
実際そこまですきかといわれると困るし、告白する?などという乙女的思考にいたってはいないのだが、そこを突かれると痛い。
「ま、いーけど。せめて俺には、女の子してて欲しかったりして……」
「無理。役不足。バカ」
ぽかっ。
殴りやすくなってるなーこの頭。
「いてっ。…っーか、最後の余計だろ?」
「馬鹿でしょ?あんた」
「そーかもな。……まじに欲しかったしさ」
しょげた?
可愛いとこあるのは分かってるんだけどね。
赤也は俯いて、ちぇっと舌打ちした。
「くれっていったじゃん?」
そうだ。
予約予約!とまくしたてていたのは一週間の話だ。
前日にも微妙にうらめがしくこちらを見てたのは知ってる。
(そしてその直後柳と真田君に集中しろと叩かれてた)
「仕方ないなっていいながらもならくれると思ってたのに」
「呼び捨て厳禁」
「やだね」
「勝手にいってなさい。……ほんと馬鹿」
「……なあ、先輩、マジに機嫌悪くねー?」
横並びに歩いてた赤也は無神経にこちらを覗きこんでくる。
私は諦めて、[ヒント]はあげることにした。
「あんた、覚えてないの?……もうとっくにあげたでしょうが」
「へ?」
朝一番。
気づいていて言ってるのかと思った。
私が飲んでたのは紛れもなく、ホット『チョコレート』だったんだから。
「……気づかない馬鹿にはマジになんてなれないわ」
「……んだよ?」
偶には女の子したくなる気持ちまで、否定はしない。
相手は誰でもよかったのだと、そう思うことにする。
たぶん、あれはハズミだから。 |