◇ マジになったら身がもたない  【日吉編】 ◇
 

 以前は、「宍戸さんが相手をしてくれない」とイライラしている鳳の心情を理解できなかった(悪いがその欠片たりとも)。
 ちなみに、一部女子には誤解されているが、アイツが恋愛感情で先輩を見てるわけじゃないことは分かってる。彼女はいるとかいたとか聞いたし。

「憧れるだろう?」

 鳳は純粋に目を輝かせて聞くが……

「相槌を打てと言われても困る」

 跡部部長の「ぱっちーん」よりはまだ頷くだけの余地があるとはいえ――そうストレートに聞かれて肯定できるほどかというと困惑せざるを得ない。

「宍戸さん、努力家だぞ。日吉も好きな」

 誤解ではないが、一部何か勘違いも混ざっている気がしたので、鳳を適当にのして(平たく言えば実力行使。下克上の基本だ)、それからついでにズバリ聞いてやった。

「宍戸さん関連か?朝からいらついてる理由は……」

 鳳は沈黙。
 悔しいよなぁとか何とか言ってるがまあ放っておくことにする。
 朝練習の付き合いを断られたか何かしたのだろう。

「跡部部長と打つから来るなっていうんだ。……それはそれで羨ましいけど、やっぱり何ていうか悔しいよな……俺、いっつも朝練一緒してたのにって思うと」

「………」

 ……あの先輩の部長への固執とその因縁を考えてものを言えという感じだな。

 ――でも、まあ……

 前は全く分からなかったのに、少し――最近になってからほんの少しだけだが、わかるような気もする。
 鳳にソレは微妙な嫉妬で、多分俺にも少しばかり覚えのあるもの……。

 *    *  *  *  *  *  *  *  *
 昼休み、鳳とミーティング前の打ち合わせをしないかといわれたのでOKを出した。
 先輩とは毎日約束があるわけじゃない。
 こうしてパン買ってくることもあるし、クラスのやつと食事をとることだってある。
 やきそばぱんの袋をあけながら、鳳の横に腰掛けると、偶の屋上の景色が綺麗だった。

「久しぶりだな」

 成り行き上、付きまとわれて(と表現していいと思う。あるいは懐かれて、だ)先輩と食事をするようになってから何だかんだで此処にはこなくなった。
 一年の頃は一人で此処にいるのが好きだったが、いつの間にかまわりにも人が多くなってる。
 あの人の五月蝿さに比べたら、クラスメートなんて大人しいものだ。
 ――馴染みやすくなったっていうのは本当かもな。
 連中の言い分を考えながら、パンを齧っていたら、練習メニュー用のノートを取り出していた鳳が遠慮がちにこちらを覗きこんできた。
 
「日吉、よかったの?」

「何がだ?」

「あれ」

 指したのは、すぐ下。
 見慣れた女生徒が通っていた。
 この時間はいつも一緒にいるあの人――先輩だ。
 毎日約束してるわけではないのに、罪悪感を覚えた。

「あっ」

 一拍遅れて、向こうと目が合う。
 とっさに反応できず、浮気現場を目撃された主婦のように後ろめたくて、俺は黙り込んだ。
 ため息が飛び出る。
 ――ああ、あの人は絶対拗ねるから――……
 事情説明くらいしてやるか、と口を開きかけたが――
 
「あっ、滝先輩……」

 鳳の声が遮った。
 ヤツは慌てて「こんにちわ」とデカイ声を出した。
 何事かとヤツをみて、その後再び下を見れば、先輩の隣には当然のように滝さんが陣取っていた。
 俺に気づくとにこりとする。
 よく聞こえないが何か言ってるらしい。(口が動いてる)
 俺はわかったようなわからないような様子で無難に軽く相槌を打っておいた。
 そのとき、先輩が滝さんの制服の腕を引っ張った。
 背が高いあの人は、そのまま耳元に何か囁いてる。
 滝さんは傍目には綺麗な――知る人には意地悪そうに見える笑みを浮かべて、先輩に言葉を返し……それから、今度は本人からは見えないようにそっと苦笑してみせた。
 「いつも悪いね」と声が聞こえてきそうだ。
 普段なら、滝さんの代わりにそこには俺がいて――迷惑そうにしながらノンビリ過ごしているはずだ。
 俺は違和感を覚えた。
 大体、俺が無視すると好きでも何でもない癖して寂しそうな顔するあの人が、なんで今日は機嫌がいいんだ?

「本当は滝さんのことが好きなんじゃないか……」

 声に出てしまっていたらしい。
 はっとした時には既に遅かった。
 横で鳳がオーバーリアクションを取ってる。
 ――凝固してるなよ。

「日吉、それって――」

「言うな」

「ヤキモチってヤツじゃ……」

 突っ込みが正当であっても認められない。

「そんなことない」

 そもそも滝さんに言われたじゃないか。
 昼休み一緒にいることも、あの人に深く関わることも――
 「止めた方がいいから」と。
 そのとき、滝さんは本気で真剣に心配していたたようだったから、俺は軽く頷いたはずだ。
 「絶対それだけはありませんから」と言いながら。
 それでも滝さんは曖昧に笑って、
「ならいいけどねー」
 警戒とも違う微苦笑で答えたのだが。

 それが余裕からくるものなのか、先輩のことを本当はどうでもいいと思っているのか、今も分からない。
 でも――

「ん……?まてよ――……?」

「どうかした?」

 鳳が尋ねる。
 いや、滝さんが先輩をどう考えようといいんだが……

「俺は何考えてるんだ」

 好きじゃないとかどうとか、考えた地点で既に――……

「やめよう」

 どつぼにはまらせられるくらいなら、罠でも面倒でも自ら飛び込んだ方がましだ。

「悪い、鳳。図書館にいってくる」

 図書委員でよかった。
 あの人の行動の予測もつきやすい。
 ――きっと、本人を見れば、馬鹿なことなど考えようもないだろう。
 危い賭けをせずにも済む。
 例えば……

「滝さんってあの先輩の何なの?」

「……保護者だ……と思う。今のところ――」

 ――でも、あの人馬鹿だから……。
 うざいけど放っておけないという感想は滝さんと重なる気がして、ああはなりたくないと真剣に願うが――その一方、それがどういう気持ちを呼び起こしかねないか、俺は思い知らされていた。
 慌ててパンを飲み物で流し込んで、走り出す。
 ――急いで助けないと……
 はたして、それは…… 

「どっちを……?」

 答えは出ない。
 出来るだけ、出したくない回答もあるのだ。
 あの人の瞳の先に誰がいるのか、知ってるからこそ――……
 滝さんの緩やかな気持ちの流れも、予想がついてしまうからこそ――……

 *    *  *  *  *  *  *  *  *

 それは鳳が時折抱く感情と同じかどうかは分からない。
 けれど、類似していると思う。
 もしかしたらもっと焦りにも似て……

 結局図書館で捕まえた先輩は滝さんに逃げられてまた拗ねていた。
 その表情に俺は仏頂面で、いつもどおりを装い、偶然のようにそばで愚痴を聞くのだが、本当にはめられたような気分になった。
 ――なんだ、もうどうってことない……
 だから、認めない。
 マジになったら身が持たない。
 一瞬の気の迷いだ。
 滝さんもきっと――……
 ――というか、あの人は何を考えてるんだ……。
 謎は深まるばかりだ。


BACK