「ねえ、ずっと側にいたいなって思わない?」
可愛らしさを滲ませつつも、半分は本気だった。
コイツがいつも直ぐにでも消えてしまいそうに見えるのは、綺麗だからじゃなくて、薄情だからだ。
「好きだよ」
言葉は自然に落ちて、
「知ってる」
憎らしいほどヤツは落ち着いていた。
******************************************************************
滝というのは一年の時のクラスメートで、はっきりいって私の好きなタイプだった。
大人しくて何となく寂しそうだが、実態はマイペースな綺麗な姿勢の人だと思い込んでた。
それはあながち外れてもいなかったと思う。ヤツは、友達はさり気なく多いし、クラスメートにもごく普通に頼りにされている。(大体うまく逃れるから面倒見のいい印象はないのだけれど)
ただし私がこの人と話すようになって事実をただしく認識できたのは翌年のことで、友人の友人の友人というふざけた位置に彼が来てからのこと
クラスメートよりも一見遠いこのポジションで交流が進んだのは私の功績だと胸を張りたい。
威張っても意味ないけどね?
この人、結構裏で人気あると思うのよ。私としては。
「滝、助けて?」
クラスまで乗り込んで滝に頼むと、滝は仕方ないなと顔にかいてこちらをみた。
「また?」
「お願い!ちょっと人数足りないの」
委員会の人員は氷帝じゃ立候補制で、生徒会は跡部のせいでやたら出張って見えるが実質機能していないし(あの王様は忙しくてらっしゃる。担ぎあげられたはいいが、うまく人使って適度にこなしてるだけだ)、単純に人数の少ない委員会やら多いが使えない委員会やらも多かった。
うちの委員会はまさにそれ。
部活とニアリイコールとされてる委員会
いわゆる【文化祭実行委員会】だ。
私の肩書きはパトリ。
英雄=パトリオットではないが、そうだと主張したい。
多忙極まれり、パートリーダーの略だ。
よりによって私に一番似合わない接待なんて持ってきたの誰だ?
出て来い!
――というわけで……実際数ヶ月で、
「塾へ行くって帰っちゃったイベント担当の代わりにそっちのチーフになる?うん、その方がまだまし」
と、役割をチェンジし、【イベントパート】のリーダーになったのだが……。
その後、『メンバー皆がトンヅラです。いえ、下級生は残っておりますが』という黄金パターンが毎回続き、やむなく私は広報のヤツの友人に声をかけたのだった。
それが先月。
ちょうど部活が終わる時間、ヤツの友人とやらは必ずそこを通り、クラスメートに声をかけてたから、
「あのさ、もし疲れてるのならお茶でも入れるから議室によってかない?」
私はそう声をかけた。
ナンパなみの手口だったと思う。
まあそこで、いつの間にか横から現れた広報のヤツが「それはいい!」と図にのって、「跡部、いいよな?こいつ、借りるぜ!てめぇ生徒会の癖に仕事できないんだから、人材派遣くらいすんだろ?」とあの跡部相手に大口を叩いてくれなきゃ、ナンパ失敗に決まっていたんだが。
ナンパ相手――滝は「別にいいけど」と軽く言って、だがしっかりフルセットで私に入れさせたお茶を飲んで帰った。
思えばあのとき既にそういうやつだった。いわく、『マイペース』。
「で?今日は何?」
一ヶ月、なんだかんだと滝を仕事に巻き込んで――部活のない合間やら休み時間やらに――気づけば毎度この状態。
朝一番。
練習が終わった滝を私はとっつかまえた。
「……責任押し付けられたみたい……」
「また?馬鹿じゃない?」
「……そうかも」
にわか相談所。愚痴ともいう。
といっても、滝はへえへえやるねーとかどんどん流していくからそこまで相談持ちかけたり、愚痴ったりしないんだが……駄目だったからこうしようとか、次はこうするんだがどう思う?とか、そんな感じで打ち明けるうちに定着してしまった。
「今日部活ないよね?」
「さあ。雨だからないんじゃないか」
「おととしからの日本史の過去問でどう?」
「お茶も」
「了解。お茶もつける。昼、学食集合。OK?」
「噂広まるよ?」
既に微妙に注目が集まっていたもので、二人でその議題で盛り上がったばかりだったから、滝は切り替えした。
「別に関係ないんでしょ?」
「そうだね。そっちがいいなら」
噂に振り回されて頭にくると騒いでいた(正確にはキレていた)のは私なので、これでもう解決。取引成立。
* * * * * * * *
そして昼休み。
私は先に席をとっておいてくれた滝とガックンに感謝しつつ、腰を落ちつけた。
今日もBラン(Bランチ・例によってAはない。可笑しな学校だ)
ガックンこと向日と昨日みたテレビについて馬鹿トークで盛り上がり――それくらいしかあのことの共通項ないし、親密ってほど親密でもないから。
即、彼は相方の元へ――名前も知らなかったがどうやら相方はエライ美丈夫?らしい。友人が噂していた。
私は残された滝と一緒にさっさと食事を食べ終えて、お茶をすすった。
滝は私が放り投げた市販の紅茶に、眉宇を不機嫌な顔をしながらも、「で?今日は?」とお決まりになった台詞を繰り返す。
「うん。結局接客パートの責任者も私になってたみたいで、コレ」
鞄の中をさす。
一部だけ除いたそれに滝は、
「やるねー……」
声を詰まらせた。
鞄からはみでた膨大な量の紙の束と茶封筒。
氷帝のような大きな学校になると関係者やら他校やらに案内状を撒くのが恒例。
それが数百分残っていたのだ。
「少しづつ下級生にも分担して、私の友達もフル稼働中。それでも残り数十通あるの」
「締め切りは?」
「明日。だから誰か『当て』がないかと思って……」
「勿論、俺は数にカウントされてるんだ?」
「当然。だって滝はやってくれる。信じてるもん」
「やるねー。そういう言い方されると嫌でも断れない」
私は嘘つきだった。
断りたけりゃ断る滝という男を知ってて、それで「信じてる」だなんて……。
でも、滝は滝を信頼したそぶりの私を信じてくれた。
嬉しくなって、私は「だって本当だし」と返した。
今度は本当。
信頼には信頼をという滝に、なんとなく滝という人が一段深く理解できたように思った。
嘘つくのはやめだ(さっきの「嘘」は「本当」になったからカウントしないでいいよね?)
「誰かいない?」
「字が綺麗で、細かい作業が得意な――ああ、そうか」
だからガックンには頼まなかったんだ、と滝は今絶対心で唱えたに違いない。
ああ計算高いって素敵で憂鬱。
お互い読めてしまうのが何だか嫌な瞬間だ。
向日はいいやつで(というほど知らなくても何となくわかるし)好きなんだが、仕事とそれを別に考えられてしまうわけだ。
「誰かいないかな?跡部とか、怖いところを覗いて」
「安心して、跡部に頼みはしないから」
絶対無いねーと滝は言う。
それこそ適材適所じゃないもんな。
第一、文実の仕事でここまで行き詰ってるのも不介入の生徒会のおかげだし(システムを考えたやつが悪いから跡部様に非はないが、本来これって生徒会の仕事だと思う。今の時期、彼らは他の仕事ないはずだから。……そもそも公約に書いてあったわよ。生徒会書記の……)
「だれでもいいんだけど……もう周囲に知り合いいなくてね。テニス部は大所帯だからいけるんじゃないかな?と」
「後輩使うつもり?」
「正・準レギュラー以外とか」
「それ、権限の行使みたいで俺はパス」
「だね。まあそうなると結局…………」
「レギュラーか。一人、あてがないこともないよ?」
「本当!じゃ、それで!!」
教訓、簡単に頼みごとはしないこと。
後にその安易な願いごとを、私はめちゃくちゃ悔やむことになる。
* * * * * * * * *
放課後やってきたのは忍足侑士――岳人のパートナーだった。
滝とはクラスメートらしい。
うちの学校は2,3年クラス替えないから来年も会わないだろう。貴重な出会いを後で友人に自慢してやろうと眺めると、愛想のいい眼鏡は、
「ほな手伝うわ」
あっさり承諾してくれた。
「ありが……」
……とう』とお礼がてら仕事を頼もうとすると、横から滝が言葉をかぶせた。
「ありがとう。じゃコレ。……多いかもしれないけど」
「なんで滝が渡すねん?」
手元には私から奪った束(滝に渡す分も入ってる)
半分を忍足に寄越していた。
「俺の仕事の請負だから」
「そうなん?」
「うん。駄目なら滝に全部やってもらう予定だった」
「かと思った」と滝が呆れてる。
でもさ、私もその倍あるんだよ?(何にせよ理不尽だよな、うん……ゴメン滝)
まあ、初対面にそこまで渡すのはまずいし。
……結局のところ、滝2:忍足1にわけようと思ってたわけで――滝に先読みされたんだな。
滝め。
正しいから文句は言わない。
「……ちゃっかりしとるわな」
言わないが、私の表情に大体の事情を悟ってか、忍足は苦笑した。
滝は涼しげな顔で認める。
「うん。GIVE AND TAKE派だからねー」
理不尽な依頼は受けないと滝は笑って、ついでに忍足が
「俺もそうにきまっとるやん」
真面目顔でいえば、
「レディーファースト、なんだろ?」
と、なぜだか「意味を含めてます」といった様子で切り替えした。
「げ……きいとったのか」
「偶然通りかかっただけだよ。女の子たぶらかしてる現場にね」
「あんなの逃げるためにきまっとる」
「てことは逃げたいと?で、今俺にそれを知られてることになるね」
「………」
滝様勝利。
言っちゃっていいの?と最後まで言わずに相手をKOしてしまうあたり脅しに年季が入ってるわ。
そんなこんなで忍足に仕事が行き渡ることになった。
そして即日バイバイ。
仕事=手紙をひきうけて、私に会いに来たのは当然滝だったし、私もその方が楽でありがたかった。
* * * * * * * * *
でもね、偶然やら運命ってあっちゃったりするのよ。
翌日か翌日。もっと後のことだったのかもしれない。
「あ……」
とんでもない(というほどとんでもなくはないが)現場を私は見てしまい、相手は硬直した。 電話でふられてたとしか思えない会話が聞こえたんだが、たぶんやっぱりふられてたらしく、
「きこえへんかった」
と、一瞬遅れで、こちらに向かって言い含める声が放たれた。
「きこえへんかったやろ?」
意図が分かった私は頷くこともせず、
「何かいたの?鳥とか?」
とぼけて見せた。
分かってしまうのだろうなぁ、この”しらない素振り”も。
そういう意味で彼は滝と同じ人種だ。
静かに「おおきに」と呟きかけて、口を閉じ、
「いたんかな?……ま、ええわ。おったら七不思議になれる声かて、いなかったことにしといた方が恐ろしくあらへん」
恐ろしく強がりな硬い表情で笑った。
プライドの高い人は好きだ。
大体の事情(遠距離相手で本気だった女に振られてた)に気づいたら、親近感からか私はどきっとした。
そう。私は滝にもこの地点では秘密にしてたけれど長い間ずっと好きだった人間と別れたばかりだった。相手が信じられなくて、信じたいのに遠くて……。
だからなんていうか、その瞬間、忍足の気持ちをのんで、忍足と私が一緒になったような気がしてしまったのだ。
ついでに、今これが恋になれば実らないのだという彼のプライドまで読めてしまったから、ごまかして印象が残らないように視線を逃したりもしたのだれど。
――もう、遅いな。
そのシーンをみてしまったために、私は忍足を安易に好きだといえなくなってしまった。
忍足とはうまくいかないと見とれた瞬間にも痛感したからだ。
何となくだけど絶対の核心。
――この人、絶対私を好きになんてならないわ。
恋愛において、直感は何より正確なバロメータでタイミングは結末に采配を振るう審判員。だとしたら忍足が私を覚えていない様子なのはラッキーでも、このタイミングでであったことこそもうアウトだ。だって、同じように忍足に会えない。向こうが忘れてても、私はこの日を忘れないから。
私はもう無駄と知りながらも慌てて走りだした。
それから……
隣の隣の教室で、帰り支度をしている滝を捕まえた。
勢いが逃げる前に急いで口を開く。
「クサイこと聞いてていい?」
「やだ」
「よね?でも聞く。永遠てないじゃん。信じる阿呆より疑ってんのに信じたい弱い人が好きだったらどうすればいい?」
「は?具体性にかけるね」
滝は滅多に答えない馬鹿な質問に、気がむいたのだろう。答えを返した。
「『信じさせられれば?』とかアドバイスするのが筋だろうけどそもそもそういうこと詳細もわからず口を出しても仕方ないし。……でも、そうだね、神の有無と同じで永遠も確認できないんだから、気にするなっていってやれば?」
滝さん、君はリアリストです。
そういうとこ、好きだけど。
答えが、さっぱり跳ね返ってきてないよ。(あれ?滝相手にこんな風に思ったの始めてだ。いつもこの人の返答は適切なのに)
滝も何かに疑問を持ったらしい。
不思議そうな表情を見せた。
「それ友達の話かなにか?はそういうの納得しないし、そういうヤツ苦手なんじゃなかった?」
うん。
苦手だ。
でも理由はきっと『好き』だからなんだよ?
いつも強いふりで、飄々としてるくせにどこか弱い人間に惹かれる私を、滝は知らない。
滝の素っ気無いところが堪らなく好きな私を知ってる滝は、『恋愛として好き』な人を選定する私の基準をしりようがない。
そういう話、核心については一切私は彼に話さなかったから。
そういう話、滝にとってはどうでもいいと分かっていたから。
(苦手というか、微妙なのが何となく、付き合いで見えてきたから。例えばそういう気持ちに触れる相談をするにしてももっと具体的に答えられるもので、しかもかなりドライな話し方を選んだ)
でも、ああ、どうしよう。
こちらもこちらで問題がふってわいて出た。
滝が可愛く思えてきた。
好きだという心だけ、そこまで深読みできない(体験がないんだろう)滝が妙に愛しくなってしまった。
ボタンの掛け違いはここから始まったのだと思う。
気づけば私は口走っていた。
これが一回目。
「私、滝の方が好きだし」
報われなくてもこの人ならきっと阿呆な不安に悩まされない。
代わらない彼がとても愛しい。
事実ではあった。
ただ恋じゃないだけで。
「ありがとう」
スルーされたけれど。
* * * * * * * *
TO BE CONTINUED?
|