「そろそろ降参したらどうですか?」
慰めの言葉の代わり、背後からは呆れたため息が吐き出される。
ついぞ本気の告白に数度目の「はぐらかし」(何が「冗談いわないでよ?」だ……あの馬鹿め)をくらってしまい、誤魔化しで「本当の好きな人」として、声の主の名を出したばかりだったりする。
たまたま出くわして、体の好いいい訳にされてしまった彼が、私を突き放すのは当然のことだった。
「……なんで、こりないんだか……」
確かにこれで五度目だ。
軽く言う「好きだよ?」の中にどれだけの想いがつまっているか、彼こそがその不毛さを一番よく知ってるんだろう。
――そりゃそうだ。
横でずっと失恋し続けてるのをみてるんだから。
心配にもなるというものだ。
――……いやちがうな……。
この一つ下の後輩、ヒヨ(と呼ぶと怒る)がこうも優しく忠告してくれているのは、同情からでも心配からでもなんでもない。
単純に毎度毎度逃げ場に使われているから。
そう、毎回……。
「言い訳なら、忍足先輩でも宍戸さんでもいいでしょう?」
「ごめん……」
「分かってるならやめろっていってるんですが」
――そのとおりですね。ええ……
でも、上手くいかないんだよ(君の前じゃ気持ちのコントロールなんてできやしない)
タイミングがよすぎるんだよ(いつも君はそばにいるから
とってもいい訳にしやすい関係なんだよ(君は私が嫌いだから)
何より、どうしても「好きなのはヒヨだから」ってあの馬鹿を安心させてしまうのは……
――なんのかんの突き放さないからだよ?君が……
けれどもそれを言うのはズルイ、と本能で悟ってる。
ヒヨが、私を出来の悪い姉(もしくは妹、というべき?)として扱っていることにはうすうす気付いていた。
疎遠になっていた数年があれど一応幼馴染みたいなもんだ。
他人などどうでもいい、という態度の分、コイツの身内意識は正直かなり強い。
こんな仏頂面してても、冗談みたいな話「一緒にいてあげるね?」なんて笑いあってた頃もあったのだ。
もしかしたら今こうして甘んじて被害を受けてくれるのも、その延長なのかもしれない。
「ねえ……」
声をかければ頷く気配に、安心して話を続ける。
「あの馬鹿、気付いてるよね」
「でしょうね」
「生殺しって酷くない?」
「…………まあ」
「好きでもないなら優しくしなければいいのに……」
そうしたら、もっと簡単に諦めたかもしれない。
あるいは、ちゃんと失恋だってできるのに……と思う。
だが――
「好きなんでしょう?」
、苦虫をかみつぶしたような、その声が雄弁に真実を語るから。
言われずと本当のところ分かっていることに、思わずとまった。
自分の甘えを指摘されるようで、真っ直ぐなヒヨの目に落ち着かなくなってくる。
「先輩のことが、あの人は好きなんでしょう」
――彼の「好き」は身内に対してのものなのだ……
彼……滝の――
分かっていたことを突きつけらるのはいつだって気分がよろしくない。
とはいえ……
「あの人は、どうでもいい人間には考慮しないんだ……」
「…………」
――悔しい……
より近いところにいるのは、こいつで私ではなく……
私を理解するのもまた……
「だから、先輩にも気付いてもらいたいんだと思うんですが……」
「何に?」
「『好きじゃないこと』、に」
――誰が誰を……?
好きじゃないって?
「まだ分からないとか言うなよ……」
「口調が……」
ずっと昔敬語になったのはあちらから。
寂しかったから甘んじて呼び方をかえてやったのはこちら……
一瞬、彼にふられた傷すら忘れて、指摘してしまう。
ヒヨの……若のため口なんぞ、滅多にきけるものではない。
しかも私に対しての……
「口調ごと戻さないとアンタは気づかない。……滝さんもややこしいことをしてくれる……」
「あの馬鹿がどうかした…の…?」
「振る真似で、が泣きつくのをみてるんだろ?悪趣味なんだ……あの人は」
――泣きつく?誰に?
相手は一人しかない(目の前の彼だ)
――……とすれば? それは……
「……ちっ」
「舌打ちしなくても……」
「がないても放っておけばいいことはわかってるんだ……」
――放っておかれたら困るよ?
そうしたら、それこそ本当に絶望だ、とふと……浮かぶ(あれ?おかしくないか?)
ヒヨは、呆れている。今度もまた本気で……
でも、よくよく考えれば照れているのかもしれない。そういうことが昔もあった気がする。(恥ずかしくなると呆れたような調子になるんだ・半分怒ったような……)
「分かってるんですよ、俺は」
なのに、あの人は――、と憧れの男友達の悪口を繰り返しながら、幼馴染みは、「でも仕方ないんだ」と只管自分に言い聞かせるように呟いた。
「何が……」
何が仕方ないんだろう?
――気付かねばならないのは何?
ヒヨに意地悪をする人を好きになったとは思いたくもないし、……そもそも滝がどうやってヒヨを困らせるのか浮かばない。
ただはっきりと分かるのは……
「ならなんで…………」
――なんで見捨てない?
ヒヨが私を放っておかない理由にこそ、その答えがあるような気がして……私は静かに唇を開いた。
返るは――
「欲しいものを手に入れたいだけだ」
真っ直ぐな視線。
こちらが思わず硬直したのをいいことに、言葉は続く。
「手の内にあったはずがすり抜けてたとはいえ、他を手にする気はないんで」
そう、欲しいものは目の前にある――と……コイツは言うのだ。
しかも、こともあろうに……駄目で仕方なくてあきれ果ててて、ふられまくってて……どうしようもない幼馴染なのにと……悪態もオマケにつけてくれる。
――なら……
なんで手をのばさない?
首をかしげるより先に、目が痛んだ。
苦しいのは罪悪感じゃない(だって私はきっと知ってた)
混乱も……してるようできっとしてない。
ただ……ただただ、ぼーっとした私の髪を毎度好き勝手にいじる指先が今日は小刻みに揺れていて、その不自然さが溜まらなく苦しいから。
――きっと伝染したんだ……
ふとしょっぱいものが唇を塞ぐ。
答えを求められていなくとも、喉が渇き、真っ当に意識が働かない中、柔らかい感触だけが生きていた。
希望を全て答えつくした相手は、怖いくらい落ち着いている。
「仕方ない」
数度目の息を吐かれる。
「大人になるまで待ちますよ」
まるで大人の男の人みたいに言う癖して、アンバランスに引っ込められるのは肩に触れていた手……
「――そんなには待たないくせに」
「嘘つき」とせめてもの強がりと、導き出した答えで返せば、
「そっちこそ」
答えが返るから――。
堂々巡りはしばし続くのだろう。
――本当に……本当に、欲しいものを手に入れたいだけなら……
「 奪ってくれればいいのに…… 」
挑発とばかりに囁いて、踵を返す。
今度立ち止まるのはそちらの番だ。
追いかけるから、それまでそこで呆けてくれていればいい。
――本当に欲しいものを手に入れたいだけ……
彼の言葉そのままに、今度はこちらから……
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