◇ マジになったら笑えない……(滝視点) ◇

 

「ばれていないつもりですか?」

 彼は言う。
 いつもより覇気がないのには気付かなかったふりをしよう。
 ――自分は彼女をそういう意味で好きではないのだから。

*      *      *      *
「どうかした?」

「……」

 呆れを通り越し怒りに変わっている後輩――日吉――に、できるだけ穏やかな声をかけたものの、逆効果は目に見えていた。

に用事なら図書館にいるけど?」

「よく……何もなかったふり出来ますね」

 咎めるよりも裏切られたと。見損なったのだと。瞳が語っている。
 わざわざ次期部長と宣言されたばかりの彼が部活前に呼び出すくらいだ。いやむしろ朝から幾度となく彼が尋ねようとしていたことも知っている。
 その度に同じクラスの忍足や、呼び出しにためらうだろう宍戸を使って煙にまいた。
 ただ昼休みまでは執拗には居ってこず引き下がっていたのだ。

 ――跡部に手をまわしてまでってことは日吉のやつ確信してるよな……

 それでも自分はうそぶく。

「何のこと?」

「体育の後タイを外す癖を直させるべきだった……」

 ――ああ。

 分かりにくいようでばればれなの態度には気を払っていたが、根本的なミスをしでかしたのか。

 ――あの痣を日吉は独占欲だと勘違いしたのか。

 呼び出し原因は理解できたが、ある意味においてこの後輩は間違っている。
 あれは痛み。
 ヒドイかもしれないが彼女への戒めでしかなかった。(あるいは傷つけられたと願う彼女の願望をかなえようとしていたのか)

「あれだけはぐらかして結局……あんたは」

 続きが見えていたから、きっぱり否定する。

「それはない」

 好きだとか愛しいとか渡したくないとか。
 愚かすぎる彼女への同情すらない。
 だからばらせなかった。抱いたとも、多分二度とそんなことにならないとも。
 受験資料を手にしなおし、日吉にはテニスバッグを渡して下駄箱から遠ざかるよう勧める。
 聞かれてよい話ではない。
 日吉にもわかったのだろう。ゆっくりと進み始めた。
 ただしあくまで納得してないオーラが漂う。

 ――これじゃあ万が一に見られたら大方の会話内容まで推測されてしまうな。

 のんきに考えながら、憎憎しいくらいすっきりしている身体を動かした。
 生々しさを思い出すほど悪趣味でなくとも、多少繊細さをかいていようと、やはりその肌はよくて……下手に付き合えばそっち目的になれなくもない気がする(不謹慎だし、こんな昼間っから考えることではないが)
 ただ、ぎゅっとかんだ唇から零れる可愛いとはお世辞にもいえない悲鳴(きいてて辛い、って俺が言っていいか悩むところだが)や、瞑りすぎて開かなくなった瞳は……もう出来れば見たくない。いや、絶対に見たくはないものだ。

「あんまりがふざけるから軽い仕返しはしたかな?怖がらせようと思ってちょっと、ね。でも痕をつけただけだ」

「……目がはれるくらいに――声が枯れても許さない痕ってどんなですか」

 声が震えてるのは日吉の方じゃない?
 ……と言う返しがとっさに出来なかったのは、やりすぎな自覚があったからだ。



「あんたは――
 あんただけは手を出すべきじゃなかった」


 のうのうと、「はそんなに弱くはない」と言い切ることが出来なくて、下を向く。
 朝型、クラスの近づいた日吉を見て、が辛そうに目をそむけたのを見たからだろうか。

『私のせい、か。滝、本当ごめん……』
『秘密の恋ってのもいいんじゃなかった?』
『……無理だった、か』
『恋じゃないしね』
 笑っていたけれど、身体への無理は透けて見えていた……それは事実。
 女の子には違いなかった。無理はさせてはいけなかった……。
 
 ――でも……。
 自分でなければ彼が選ばれてたんだ。

 それは正論とはいえないのか?
 日吉には分からないんだろう。だから日吉が相手じゃ駄目だった。
 そんな理論、共有できるのは俺とくらいのもの。
 
「ふうん。日吉だったら?我慢がきく?」

 無理だと判断した。
 が忍足にふられて――あるいはその前に忍足を通じて別の……もう会えない誰かを見ていると自分で気付いて――自暴自棄になって……それで誰かに抱かれたがるにせよ、相手は日吉ではいけなかった。
 日吉では、コトがおわれば関係が変化してしまうから。
 ――その方がは悲しむ……。
 だから自分が、とそう思ったのだ。
 たとえ……

『滝、ごめん……』

 ――選択を謝ったとしても。
 は、俺には罪悪感をもったとしても。

 ――最初から自分だけが彼女を愛さないから……。

 相手に相応しい。
 きっとこの先も自分は変わらないのだ。
 ただ、もしかしたら……と反省がないでもない。
 俺はこの後輩を見誤っていたのかもしれない。
 が望んだのはたった一つ。変わらずにいること。

 ――でも、これで、日吉が血迷わないとして……それでも、日吉はに普通に接せられる?

 この一点。それだけが気掛かりだった。
 気づかないで突破できる、と信じてた。
 でも、その一方で、ばれるとしたら日吉だろう予感もある。
 今、日吉ははったりをかましている、のかもしれない。
 だとしたら、俺は……それにのってはいけない。

 ――秘密の恋、がいいのなら……。
 
「頼むから普通にしててくれる?」

「何もなかったからですか」

「そう。悪戯はしても、を女としてみたことはない。何かした記憶も……」

 それに、日吉はのらなかった。
 信じない、のではない、と日吉は言う。

「出来ません。俺はあの人に『同情してた』と気付いたので……」

「恋ではなく?」

「似たようなもんですがあんたがいるなら俺はいらないはずだ。にもかかわらず俺は、あの人の近くにいれば嫌なほど関わってしまう」

「好きなんだ……を。……なら、もし俺がシタとしたら?」

「…………」

「酷い男だと思う?あれだけ誘われてかわしてたこっちの気持ち抜きに?許せない?」

「確かに不用意なのは、先輩の方ですね」

「趣味じゃなかったからってくらりといかないわけじゃない」

 いいきる辺りが非道だと自覚はあるけれど。

「いや。でもアンタはしなかった、と……」

 そう。でまかせを、言った。
 ――全て信じるんだ?
 だから駄目なんだよ……。
 日吉はよく堪えたけど、でもはもうもたなかった。彼以外誰も好きになりたくないけど何も頼らず生きるなんて無理だから。

「――アイツは、自分を絶対好きにならない俺じゃなきゃ駄目だった。人のことをすぐ信じるようなお人よしは受け付けない」

「俺は」

「優しいから駄目。の罪悪感をこれ以上増やさせないでよ」

「アンタがそうやって増やしてるんじゃ――」

「かもね。俺は彼女をそうみてないし、痛みはない。好き勝手にしてても可笑しくない。だったら?単純に、彼女がきずものかもしれないのが許せない?」

「そういう扱いは……」

「なら『何もしてない』、それで信じて」

「……嘘つきはどっちだ」

 答える言葉はもっていなかった。

 俺は知ってた。本当は自分がほだされかけたこと(いやほだされたのかもしれない)

 ――でもな、日吉……

「同情だから駄目なんだよ」

 本気で好きならば、これにめげずに行ってほしいとも思う。だが、日吉がいけなくなることをもっとよく知っていた。

 ――知っていて牽制したとか?

「まさか……」

 手に入れたはずのものが、すり抜ける。
 すり抜けたはずのものは、手のうちにあるような錯覚を起こさせる。

「滝先輩……アンタこそ、馬鹿ですよ……」

「……そうかも」

 笑顔が、いつもどおり皮肉げになっていたか、今回ばかりは検討もつかなかった。

                END
結末……手前みたいですが続きます。
いろいろ痛い話ですみません。
もともと日吉と滝と主人公という組み合わせは恋愛との境界線……
まだまだ波乱はあるかと。  
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