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気にしないと言えば嘘になるけれど、滝が彼女を見始めたことを私は黙認した。
日吉が私を気にしている素振りに、気づかないふりをしているように。
* * * *
「おはよう」
「おはよう。朝練もないのに早起きご苦労様」
わざわざ近くまで迎えに来てもらうのは気がひけるから学校の付近で待ち合わせて一緒に登校する。
あの朝と同じ光景に一週間もせず慣れてしまった。
滝の側にいるのは居心地がよかったし、何より楽。
「またご飯抜いた?」
「ん。だから、飲みながら行かせて」
「行儀悪い」
「知ってる」
ウィダーインゼリーを吸いながら歩いたり、鞄を持ってもらうのは断ったり(彼氏に預ける気持ちが正直分からない。自分でもてやと言いたいし、持とうとする人が嫌いだ)今までと変わらない。
ただ一つ違うのは……
「あのさ……」
「日吉?」
「そう」
気にかかるのは必要以上に私を避けたかと思えば、一昨日からやたらと接触を持とうとしてくる日吉のことだ。
……何となくね。
分かってるんだ。
私と滝に何があったか、うすうす感づいてることも。それで弟みたいな、親友みたいなポジションの彼が傷ついてること。ううん、弟や親友でおさまらないからこそキツイってことも。
――でも私は逃げるっきゃないから。
知っててこの状況を選んだ横の御仁にも責任がないわけじゃない、軽く言い訳をして、その後やっぱりこの言葉を選んだ。
「ごめんね、滝」
理由にさせてもらわなければ、日吉に転んでしまいそうな弱さを見た滝は、いわば日吉のために私を選んだようなものだと思う。
本人が認めなくても、私が愛されていないことくらい分かってる。
そこまで馬鹿じゃない。
――自分だって、居心地がいいのは滝でも、惹かれるのは違うから……
冷たい空気と、本来もってる生真面目な部分は誰かさんの方がまだ掠るのだ。
「今更だろ。可愛い後輩を変な道に引きずり込まないなら構わないよ」
「うん」
――忍足のときみたいにもう、誰かと重ねたりしないって。
言わずに、通じるのは私らの悪い癖らしい。
すぐそこはもう校門。
すれ違う数人に付き合ってるのかと尋ねられて「違うよ」とか「大好きだけどね」とか曖昧な答えを返してみたり、「おはよう、ご両人」とゴク普通に挨拶されて、それに応じて……
――滝とならもう溶け込んでるんだよね。困ったことに。
忍足に、「滝にしとき」といわれたとき痛切に感じた喪失は、その「当たり前」なところだ。
最初から滝を好きだと思ってたら――有り得ないけど、あの人の影に忍足を重ねて忍足を好きだと思い込んだり……反対に忍足自身を好きになったりせず、一直線に滝を見つけてたとして――未来は変わってたかもしれない。
「でも、そんなならいらないけどね」
「お世辞ありがとう。貰っとく。……ゴメンね、本当は――」
先読みされた言葉に対して、もう一つの言葉を飲み込んだ。
滝が最近誰を見始めたか、実は知ってるんだ。
まだ「好奇心」の段階だってことも。
それから……彼女が絶対滝に振り向かないことも。
分かってるから黙ってる。
「何?」
分かってるのか分かってないのか、滝は適当に流そうとするけど。
――ちょっと妬けるし……もう少しだけ……
「うん。滝に彼女できたら嫌だなって」
「またそれ?」
言っただろ?と滝は笑う。
――分かってる。君は、私を選ばない。でも、私がいても許される人を選ぶ。友達やってられるような子。
そういったし、事実だろう。
――でもあの子は条件にあうんだよ。
滝が最近気にしてるのは私の友達だ。ただ残念ながら私はまだ滝を離せないし、滝じゃ結花……彼女からしても役不足だから、結局、このままいるしかない。
――辛いけど、このままでいろって言うのは君なんだから……。
心配そうに見てる日吉の視線を無視するやさしさを、確かに私は選んだんだ。
滝に逃がしてもらうことで、滝を利用しながら、滝に打ちのめされながら滝の隣にいること。
そういったら大げさかもしれないけど。
「毎日いいよなー。二人ともなんか親友ってかんじで」っていうがっくんの言葉にはちょっと救われたか。
それが一番正解だから。
* * * *
「先輩」
お昼を食べ終えて、滝は委員会に出てる。
いつも一緒にべたべた、でもないので、こういう日だってあるのだ。
で……適当に女のこの相手(といっても大抵がノートかしたり、ちょっとした相談受けたり程度でみんな彼氏持ちだから彼氏んとこにいっちゃう)をおえて図書室に行くと、困ったというか……予想通りというか……日吉に遭遇した(ここ数日お部活で忙しいらしく。昼一緒にしてない)
「……何?」
冷たくなりすぎないように、滝をまねて返事する。
正確には滝をまねて見られるだけで意識はしてなかったんだけど、忍足曰くにてるらしい。
「もう……いいんですか?」
視線の先に、丸めがねの彼がみえる(言うまでもないけど忍足ね)
日吉のいいたいことは分かりやすい。
ゆっくり頷く。
恋愛にはいたらなかった忍足への想いは、「似てる人に重ねてた」って言葉で気持ちにけりをつけて捨てたのに、忍足の言葉の幾つかは確かに今も私に息づいていて……しかも困ったことに滝関係ばっかりなので今は癪に障るけれど。
――「ほんと館は滝がすきなんやな」「滝といるときが一番可愛えで」「滝のこともっと話してみ。きっと好きになるから……」とか……。
ただ、忍足は違ったから。
これじゃまるで……
「……滝の方がよっぽど好きだったみたい」
「……?」
――実際滝とは付き合ってないのに。
日吉には誤解しないでほしいとすら思うのに、なんでだろう。
曖昧な気持ちを閉じ込めて、それでも滝以上に日吉に慰められてたとしたら……それは耐えられないと想像がついたから何事もなかったかにして流した。
好きだから、馬鹿にされたくないし、負けたくない。
――結局、日吉の好きな私でいたいんだよね。
「巻き込まれちゃ駄目だからね。私が日吉を好きで居られるように、ちゃんと其処に居てよ」
茶化していうと、日吉は眉宇を潜めた。
視界がぐらついて、あんまりよくは見られなかったが……日吉の方が本当は好きだなんて、絶対言わない。
――そもそももう恋なんてわかんないんだよ。
忍足を好きだというのが思い込みにすぎなくて……――ううん、忍足に似てるっておもってたあの人への思いを摘まれてしまった今、安易に誰か好きだなんていいたくない。
好きでいることも、大げさに恋愛なんてもんにのめりこんでる自分も……本当はどこかでストップをかけたいのに駆けられずにいて……気持ち悪い。
――ややこしくしたのは自分じゃん……。
生真面目な日吉の顔をみてると、つくづく分かってやってる自分が救えすぎて、頭を抱える。
「なんか、疲れた……ごめん愚痴っちゃって」
「……アンタは……。いつもそれですね」
「……格好悪いとこしか見せてないか」
――これじゃ日吉が同情するよ……
駄目だなぁと思う。
この後輩の優しさが手ばなせない私のがよっぽど馬鹿……(悔しいくらい滝の言うとおりだ)
思いながらそれでも伸ばされた手をつかむと、思わぬ熱さにドキドキした。
ぐらりと視界が揺れたのを見透かされたのか。日吉がそのまま、壁につかまらせてくれて、「休んでろよ」と呟いた。
低い声に、脳がしびれる。
こういうときの日吉って残酷なまでに甘い、と思う。
本人気付いてないけど誘われてると思いたくなってしまうくらいに、魅力的で……困る。 ついでに、鋭い――
「滝さんは、アンタ『だけ』じゃない」
――……気付いた……よね。昨日、委員会の手伝いで滝はきてたし……あの子もいたから。
たぶん見てぴんときたに違いない。日吉はあれで滝のこと好きだから。
「知ってる。……滝って結花のこと、タイプだよね絶対……。でも結花は違うからいいの」
「自分一人じゃなきゃいやだって嘆かないんですか」
――呆れてる?それとも……?
「結花は、ちょっと変わっててもはきはきしてていい子だし。まあ、滝をもってかれるのは哀しいけど……――正直結花のタイプは間違っても滝みたいなのじゃなくて……悪いけど樺地君みたいな、なんていうかごついのだから………」
これだけ聞くと「どうせ振られるから滝は戻ってくる」みたい……に思えるかな?
――日吉は分かってないから、そう思うかも。
滝は私を好きなんかじゃないし、本当はアイツもアイツで大概優しくないくせして。ただ突き放せないくせに、いかにも好きみたいなポジションにおさまってくれるから……残酷だ。
ただその残酷さがすきで側にいる私には、滝を拒む理由がないから……
――だから文句いえないんだよ……。
滝にいてほしいから、浮気を公認したふうに見えたとしたら日吉は納得できなかいだろうけれど。
――こちらにも暗黙の了解がある……
それに、何より滝は滝で誰かいい人を見つけた方がいいんじゃないかなと思うのも事実で……だから推奨してる自分もいるし。(嫌だと思うのと、速くいい人を捕まえてと思うのと……両方本心なんだよ?)
「卑怯ですね、って言って欲しいですか?先輩にしては弱気ですねとか」
日吉は少し考えてそう呟いた。
多分、そういわれれば楽で、いいと思ってる自分がいたから、吃驚した。
でも……
「言うの?」
「いいませんよ」
――だろうな。
「ただ……アンタはそれでいいのか聞きたい」
と、日吉は言った。
つかまった拍子に落とした本を本棚に戻して、何もなかったように……ちがうな。ちょっと距離が近い。
――いいワケない……。
でも、日吉を滝の代わりにするのだけは――
その腕が自然に私の横を通って、戻した本の代わりに、私の腕に触れようとするのをスローモーションで見るのは馬鹿な女のすることだ。
ドラマを望む阿呆にはなりたくない。
巻き込んで巻き込んで、周りに迷惑かけまくってる自分を知ってるからこそ、もう……
腕を避ける手前に、私は共犯者の名を呼んだ。
今度もまた……結局助けられるのは、アイツだけなんだから仕方ない。
「滝」
「、図書館にいると分かりにくいっていっただろ」
――牽制。
明らかに日吉に向けて吐かれた台詞に、日吉は肩を落とした。
「馬鹿にして……」という呟きに、死ぬほど「ゴメン」と言いたかった。
「俺は……」の続きを滅茶苦茶聞きたかった。
でも……
――聞いたら負けなんだよ。
君が好きでいたいし、君にずっと好きでいてほしいから、それは聞くべきじゃない。
もし仮に私が憧れを打ち砕いて、日吉に汚い色をつけてたとしても、自己満足でもいやなものは嫌なのだ。
「いいんだ」
結局助けてくれるのは滝であって、最後まで自分でやれと強制するのも滝だ。
でもその力をくれるのは日吉だから、抱きしめたいのを我慢。
――このままでいたい。
卒業までもう少し。
一緒にさせて欲しいと思うから、「隙有り!」と日吉の肩を一度引き寄せて、
「折角人を支えといて、自分で倒れちゃ用ないよ」
意味深にならないように軽く。
いつだって救われてる、と言外に匂わしたつもり。
――好きなんだよ。
恋愛じゃなくて、友情じゃなくて深いところで多分。
君たちを手放せない。
唯一の人にしてしまいたいとか思わなくもなくても……でも今分からない。違うとも思うから。
「滝……ありがとう」
「自棄に、センチメンタルじゃない?日吉、騙されるないでよ、こういうからは何かわがままがでるから」
そういって、後輩を小突く滝と、ゆがめた顔を赤くする後輩を見て、自然を頬絵がゆるんだ。
――終わらせなきゃ駄目だ。
忍足だけじゃなくて、あの人のことも、好きだったこと全部。
ちゃんとしまって、誰かに向き合えるまで、一緒に居られるのだとしたらなおさら。
「日吉」
こちらを向いた真っ直ぐな目にもう一度、
「ありがとう」
幻滅しないでくれて。
卒業と同時に、離れてくだろう予感もありながら、私は言葉を紡いだ。
「テニス頑張ってね」
お別れみたいな。
* * * * *
忍足に重ね見てたのは、好きになっちゃいけない人。好きになれと周囲から強制されてると思ってた人。お互いに好きだとおもい合ってたのか、依存してたのか分からない。
周りに一緒にあることを望まれて、一緒に居ようとおもってた、たった一人の幼馴染……
END
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