◇ マジになるには資格がない。 ◇

「【本気】って何?」

 告げた滝の目がすごく冷たくみえた。
 ――突き放されたんだ。
 間違って、甘えて……。そう、失敗した。
 自分の行動を思い返し、怖くなる。
 これ以上滝に話しかけられない。

 「あの人に彼女が出来た」とは、落ち込みながらついた私の嘘。
 これだけ側にいたんだ。滝は、見破ってたに違いない。
 ――本当は違うの。
 もう分かってたから。
 あの時のアイツはとっくにいなくて、あの時のアイツしか好きじゃない。
 忍足に重ねてたのも、過去のあの人で……

 ――本気なんて、分からない。

 とっくに散っていた思いのやり場がなくて……忍足のことも、別に憧れてたかもしれない薄情な自分や嫌で私は逃げ出した。

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「甘いものは……」

「苦手って知ってるからジンジャーと、アールグレイ……。たぶん日吉も食べられる」

「戴きます」
 ……と、少し迷って、日吉は私の手から小さいビンを受け取ってくれた。
 中に入ったクッキーは味見もしたし……そこそこのものだと思う。
 だから――ごめんね、は言わない。
 素直に全部ぶちまければ楽だけど、多分その方がずっと失礼だ。
 滝にあわせて生地に練りこんだアールグレイの葉っぱの匂い(滝はこれがすき。言われなかったけど、食べてる表情で分かったから、だからこれを選んできた)が、無言で私を責めてるみたい……
 居たたまれないけれど、それは私への罰だから我慢して黙り込む。

 移動教室にあわせて、通りすがりの滝に会いにいったのが五時間目。
 大分落ち着いたから、残骸整理に乗り出したのが放課後。
 雨がやんだとはいえ、コートは荒れていたし、珍しく図書委員の集まりだったから日吉には会おうとせずと会えた。

 ――言い訳しても無駄だよね。

 要するに、滝宛の感謝のクッキーを、さっきのアレで渡すのが怖くなって、日吉に押し付けたのだ。

「量多かったら、ほかの子にも……」

「……いえ」

 うっとうしくならないように、他の子含めてでもいいと思ったのに、何故か日吉は貰うとはっきり言う。
 避けられた視線に、気付かれたかなとズルイ考えが頭を舞うけど「滝さんにあげなくていいんですか?」と直球で聞かれれば、頷く他ない。

「今日は……なんていうか、会ってない」

「何が――」

 あったのか、と聞くのか?
 たぶん、それが普通だよな……なんて思ってみてると、日吉ときたら大げさなため息をもらしてくれる(滝の真似じゃないだろうが、なんかやたらと似てきてる気がする。癪だ)

「別にいいですけど」

 冷たいというより、話したければ話せというスタンスに切り替えられた。
 声が柔らかい。
 ――……やっぱり優しい。
 滝の場合「話してもいいけど勝手にすれば」と微妙に突き放しにかかるのに、日吉はちゃんときいてくれようとしてるって分かる。
 だからこそ、「お礼代わりにきいてくれる……」と。
 こちらも素直に、口にできた。
 なのに……

「あ……」

 はっと日吉の目が見開かれて、「これ、取り上げられるのかもな……」とぼそりと漏らされると同時……

さん、【僕】の分は?」

 日吉にあげた瓶でなく、私の手首をぎりぎりと締めて、滝は、明らかに怒った表情でこちらを見つめた。
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「痛いって……」

「悪いけど、日吉。コイツちょっと借りる」

 いうまでもなく、滝が私を引きずって書庫に立てこもった(書庫は私のみ出入りできるし、鍵も……まあ携帯と一緒にもってるから滝にはばれてんだけど)

「鍵かけないけど、邪魔が入ると困るから」

 さっきの他人みたいな口調を元に戻して滝は言う。
 やたら苛苛した調子だけは治らない。
 ただちゃんと距離をとってる辺りが、滝らしいと思う。(さっきはわざとやったにちがいない……日吉の手前、たぶん日吉を私から遠ざける為に)
 でも、もう完全に呆れてしまったんだ。……と思うと怖い。
 今更抜け出せなくて、黙って俯いた。
 後輩にまで、また迷惑かけて愚痴ろうとしてたから、頭にきてるのか?次から次へどうしようもない報告をしてくるから迷惑してるのか……。
 どっちでもありえるような気がして、だからこそもう関われないと思ったし。日吉にだって……深く話す気はなかったんだ(さっきだって滝には絶対話せないと思ったことだけを……少し。ほんのすこしだけ漏らすだけのつもりだった)
 ぐだぐだと悩んでいたら、すぐ上(ってほど身長さはない)声がふってきた。

「……で、が、誰を好きでもいいんだけど」

 突き放すような声が痛い。
 耳を塞いで、最初からやり直したいって思うくらい、怖くて……逃げ出したくなる。

「ただ、嘘を付かれるにしても半端なのは不快。っていうか、俺は騙されないのに、お前はなんで……」

 泣いたら嫌われるだろうなって分かってても目が痛んできた。堪えて、つんと鼻に抜ける痛みにぐっと目を瞑ったせいか、余計に感覚が染みるのが、なんかムカつく。滝にでなく、自分自身に……凄く頭にくる。
 ここで「ごめん」と分からずに謝るのは反則だ。
 なんとか持ちこたえて、本気で不機嫌な滝に、一歩近づく。
 滝はそのままの表情で、

「話せば?」

 と、告げた。

 ――これはどっちだ?
 全部言ってしまうべきなんだろうか。
 彼女ができたんじゃなくて……ただ彼と、久々に交わした会話に「差」を思い知ったんだって。好きだった頃のあの人と、今のアイツが違うって思い知って、【誰】を見てるか分からなくなったんだって。
 ――忍足に、重ねてた?それとも……忍足を……?

「わかんなくなった……」

 ――忍足が気になるのは面影を追ってたからなのに、違くて……やっぱり今の彼のことはもう好きでいられないって分かってて……でも……。
 そのまま、あのときのあの人を好きなままでいたいのに、いつのまにか忍足のことは別みたいにみえてたんじゃないか?それとも、「あのときの彼」が欲しいから、その面影を追ってるのか?
 分からなくて、ただ、そんなふうに半端な自分を滝は許さないと思ったんだ。
 だから、全部なんていえなかった。
 ――滝には軽蔑されたくない……
 それで遠まわしに、「彼女が出来たから彼を諦める」といったんだ。
 このままでは、あの人を好きだとはもういえなかったから。
 ――それに忍足のことも……

 滝は「忍足は忍足で好きなんだと思うけど?」って簡単に言ってくれるけど、私は忍足をちゃんとなんて見てなかった。
 たぶん、ただ重ねてただけ……
 アイツが本気なら仕方ないって誤魔化したら「本気って何?」って聞かれて……でも、言葉に返す答えを持たなかったのは、私が本気どころか「偽物」をみてたから。

 滝からすれば、半端な状況は、確かに散々振り回しておいてふざけるなって感じだろう。
 ――だけど、滝には……滝だけには……
 なのに、

「どう思ってたかなんて大方予想はついてる。泣くならちゃんと泣けばいいし、できないんだろうけど。別に誤魔化さなくても気にしない。さっきのも……日吉じゃなくて、ちゃんと俺に貰って欲しいなら言えば?」

「……そんな――」

「誤魔化すなら分からないようにやって」

 声は冷たくはなくて、戸惑いながら顔をあげれば、滝は本気で困惑したように肩を叩いて……出るように扉を指す。
 突き放されたのか、と危惧してたのに、

「忍足のこと忍足として気になるんならそれも悪くないだろ」

 なんていってくれるのに。
 ただ一言、「好きだと思ってたのに、今のあの人じゃなかった」……その言葉だけが言えずに書庫を出る。
 喧嘩……にはならない。
 落胆されてしまったのは本当でも……たぶん、今のでうすうすだけど伝わった気がするから。
 滝はただ、「もう怒ってないから……ただもうちょっと真面目に向き合ってみろよ」といい、「毎度、日吉に迷惑かけて恥ずかしくない?」と本当にいいわけの出来ない注意をくれたけど……。
 流石に今日は気持ちの整理が付かなくて(昨日久々に話したせいもあって情緒不安定なんだよ)私は背を向ける。
 誰とも会えない、と思った。

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 なのに……こういうときにこそ会うのが人というもの。

、滝しらへん?」

 見たくないと思っていた――ちょっと前まで会わずと「見たい」とは思ってたはずの、彼は、何も知らず声をかけてくれる。
 ――本末転倒…………
 でもここで逃げたところで、どうなるわけでもない。
 それよりも、ちゃんと会話が出来てることのほうが今は可笑しいと思った。

「さっき図書室で一緒だったけど。……部活?」

「ああ、後輩の誕生日なんや。それでお祝いせなって話になってな」

「滝はそういうのわりと覚えるの苦手なんだよ。……でも、ちゃんと気持ちはあると思うから……」

 なんでこんなに素直に話せるんだろう。
 ――お祭りみたいなこと苦手です、って顔して、実は得意で……

「せやね。滝はんはクールやけど、根が優しいねん」

 ――さり気なく周りのことちゃんとみてて……

「……薄情というか、希薄なとこもある。変にイージーなんだよね」

「お、結構いいよるな」

 ――ノリがよくて話しやすい……。

  って……全部、あの人に似てるのに……。


「ほんとは滝がわかっとるな」

「付き合いが長いからね」

「というか……自分、わりと人見知りなんやね」

「……かもしれない。突飛な会話がOKなタイプはいいんだけど、どのくらいの距離で話していいか、時々迷う」

「せやから、滝と一緒にいるときが一番可愛えで。自然体で。委員長って感じやもんな。図書室におると」

「だから、委員長じゃないって」

 会話を重ねれば、ちゃんと違うことも……本当は見えてる。

 ――これは、忍足、なんだ。
 
 今更実感してどうするのか分からない。
 もっと前から、少しづつ分かってたことだ。
 ただ、これは試練かもしれないから……あの人が忍足とどうしても重なる。それは多分事実で、止むことはないけれど。好きなところが同じだけなら……?

『もうちょっと真面目に向き合ってみろよ』なんていわれなくたって……

「……――もう少し真面目に向き直ってみるよ」

 忍足を、ちゃんと見る。
 間違えないように。
 「そういうところ、見てて心臓に悪い」って荒げた滝の口調を思い出して、一度だけ、こっそり呟いた。

                END
 前日に会ったのは、要するに本命との接触ということで。
 ……人は変わるもの、比べてみれば特にくっきり……。  
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