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「なんや、おったんか」
ここのところ、やたらと遭遇するのは何の嫌がらせなんだろうか。
――偶然……って残酷。
わかっていても、対処の仕様がない。
* * * * *
逃げるのは弱さだと思うから、少しでも話すようにしようと思うの。
……とは、今朝方滝に宣言した内容だ。
いざ話しかけられてどうしていいか分かんなくなるなんて想定外だったんだから。
「滝の応援?って……引退やもんな、俺ら。日吉か」
「ううん。滝を待ってたの。今日は部活に顔を出すっていってたから」
同じく後輩の練習につきあう――という名目でたぶんテニスを楽しんできたのだろう忍足が聞いてきた。
軽くシャワーで流した後拭いたのか、生乾きの髪から落ちる水にドキッとさせられる。本当に整ってるのだ、と近くにきて実感したのだけれど――
「そうか……好きなんやな」
肩を竦める仕草より、含みある笑顔より、その、少し低い声とイントネーションが私にとって鬼門なのだ。
――誤解はされたくない。
でも嘘はもっとつきたくなくて、一瞬答えに迷う。
けれども、反射で生きてきた数年間はだてでもなく、唇は答えを選んでた。
「大好きだよ。親友として」
もう骨髄反射の域だと思う。
強がりも何もあったもんじゃない即答に、忍足は意外そうな表情を見せたけれど、違うことが通じたのか。
――いや、それこそ希望的観測か。
偽りない答えにせよ、滝と私の関係は日ごとに説明し辛いものになってる自覚があったから、苦笑を加えた。
「暇ならちょお、岳人待ってる間話さへん?」
口説くでもなく、自然に誘われることに(多分滝の友達だから、だ)悪い気はしない。
素直に嬉しいと思えないのは滝を待ってるから、か。それとも……
「別にいいけど」
苦手、なのかもしれないんだ。実は。
今更だけれど、好きで苦手って変だろうが。
何にせよ、本当に今ここから逃れてしまいたい自分がいる。
できるだけ警戒しすぎないよう。それでいて近づきすぎないよう、部室の方をみて(滝の助け船を待つように)答える。
「なぁ、なら、の好きなやつってどんなん?」
「……」
これでときめくような安い性格じゃない。
でも、ほかでもない忍足が滝でない誰かを好きだと見透かしたことに一瞬凍る。
この人なら、分かるって思ってた。
思いこみじゃないかといわれてもおかしくない程度の接触で――それでも惹かれて……。
「……うん、そうだね……」
――あいつは、この人じゃないのに……。
何で分かっちゃうかな。
泣きそうだ。
滝でも日吉でもなくて……分かってないくせに。
「もうちょっと優しいよ。でも意地悪なところは同じ。……で実はへたれ」
滝よりも。でもきっと忍足より性格は悪くて、諦めが早い。
そう、やっぱり別の人だ。(それに終わってる)
――だって話してても穏やかで胸がつままされるような気持ちにはなれない。 少なくとも忍足の前では。
「へたれって…容赦ないなぁ。せやってなんか分かるわ。俺もそうやもん。……で、ふられる」
「もてそうなのにね」
今は誰かいないの?とか、あのときの彼女とはやっぱりだめだったの?とか。
聞きたいこと、今なら聞けることがたくさんある。
アプローチだって出来るんだろう。
――でも言いたくない。
忍足を、忍足としてちゃんと知らなかったくせにそういうのを聞くのは反則だ。 知れば好きになるから知りたくなかった……実際、別人って分かっても、これじゃ忍足のことは好きになりそうだけど。
「せやね、まあテニスが一番ならええわ」
「一番なんじゃない?やりたいと思えるうちは」
――本気になりたくて、なりきれてないか疑って……それで彼女も静かに手放したように……?
私自身のデジャブと、あのとき、偶然みてしまった忍足の本気とが重なってふれあう。
――そして、消える……――
「なあ」
一瞬、目が交差した。
忍足は、私をみてなくて、私じゃない誰かをみているのかもしれない。
遠い目をしていて、寂しかった。(まるで私みたいだ、と思うとかえって恥ずかしい。失礼だったと思うから)
「諦めたみたいなこといいよるな。やっぱ滝と居るとクールになるんか」
「かもしれない」
見透かされるみたいで、反らそうとした目は……けれど反らすことが叶わず、
「滝にしとき」
どういう意味で言ったのか、聞けなかったけれど、
「そばにいるべきや」
日吉じゃなく、滝に?という意味なのか。俺なんかやめろというべきなのか。
……ただ、もう私は突き放された。
別の意味でのショックを受ける自分がいる。……たぶん、自分に対して、の。
忍足を誰かを重ねることなんてもう二度と出来ないや。
こんな強い存在感、こんなはっきりとした意志……主張されてしまえば、ただ忍足として意識させられるだけだ。
――けど、忍足として好きになるのは……やめた方がいい。
明らかな距離を感じてる。
――うまく切り上げなきゃ…
可笑しくなってしまう。
――守りたいのは、忍足よりも……
それを軸に培われてきた意地悪で狡い親友の方。同情してしまうまっすぐな後輩の方。
「意外と話しやすくてビックリしたけどな。ちょお知り合いに似てる…」
たとえ、そういわれたのが社交辞令でも、
「日吉と滝と……噂がどっちか思ってたんやけど、どっちも大事なんや……」
大事――忍足にとって、だけじゃなくて私にとっても。
たぶん忍足は気づいてる。事情は分からずと、私にとって何が大切かだけは。
だって第三者なんだ(としかもう思えない。当人なんかじゃない)。私なんかよりずっと見えて当然な位置にいる。
「どっちも大切やろ」
そう、この言葉だけは嘘じゃない。
――忍足にとっての私は、滝と日吉の大事な友人で、大事な友人でありたい私でいいんだ。
あやふやな憧れ。
忍足への思いは、絶対なくせなくなってなんかない。
「唯一の人」じゃない……、この忍足は。
――でも、滝も違う……
つかんでたはずの【唯一】と思ってたはずの何かはとっくに泡になっていた。
情けなくて涙が出そうになるけど、気づかせてくれたこの人に惚れるのも安易が過ぎる。そう分かるから、ただ頷いて、
「もっと前から話してたら忍足も同じくらい好きになってたかも」
「おおきに。今からそうなってもええで」
「友達ならね」
「ああ」
「親友は滝だけで十分だけど」
「そら厳しいな」
降られたことになるのかな。
遠ざけられるまでもなく、多分気持ちは通じず……それ以前に気持ちがあるのかさえ分からないけれど、たまに話せればいいと思う。
好きにはなりたくないと思う。
これ以上の距離には踏み込んで、また喪うなんて耐えられない。
「滝が選んでくれてるんだよ。厳しいのは当たり前」
信頼はされてる。
いつだって助けてくれるとは思わないが、大切にはされてる。
狡いでしょ?でも少しくらい意趣返ししたいんだ。
せめて今、忍足の前でだけは、滝の特別、でいさせてもらおう。
怒りながらも認めてくれることを知ってるから傲慢に微笑んで、
「ほら、その滝が待ってるで」
だからいったやろ?滝にしときって。
言葉には聞こえないふりをして……そういうんでもないんだよと教えることも絶対しないし、滝だったらやっぱり忍足の方がそういう意味で対象になることも言えずに、じゃあねと後ろを向いた。
忍足といる私を見て、少しだけ「この痛いやつ」と顔にかいた失礼な滝(多分!ううん絶対そう思ったに違いない)の腕に手を絡める勇気はないけど、少しくらい泣いても許される。きっと今日だけは甘えても――。
こぼれかけた水滴に気づかないふりをして、歩調を速める。
私の陣地に向かって。
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