◇  マジな言葉は受け入れられない ◇

 泣くのを見られるのだけは回避したかった。
 日吉相手なら幾らでも弱れるのに、滝は別なんだ。
 ――負けたくない……
 馬鹿にされる、って思わなくもない。
 そんなことはないって信じてる半面、滝が口を開いたらなんて言葉が飛び出るのか……予想がつかなくて怖いと思った。
 素直になれるはずがなく――

 *        *      *      *      *
 振られたというか、決着が付いたというか――
 そんな直後に顔をあわせるのはやっぱり気まずい。
 なんだかんだとその隣に愛着を感じてはいるけど、あくまで友達、だけに、本当は今日はもう帰ろうと思ってた。
 少し落ち着いて「平気だよ」って笑って、「無理できるあたり可愛くないね」って笑われて……それで何もなかったように、数日前に戻るべき。
 憧れ、として、時折胸を痛めたり……それでも遠くからささやかに見守ったり……そんな、ちょっとしたイベントごとに変えて……

 ――忘れたように今までどおり……なんて、都合がよすぎるか。

 ……というか、今までどおりに出来るのか危うい自分が有り得ない。
 頭はわりと冷静に働いているのに、なんだか途方にくれてる自分がいる。

「……なんか、どうしよう……」

 動きたくとも、目と鼻の先に、「来たで?」と滝の方を教えてくれた忍足(ふった人)がいて……そっちは向けない。
 かといって、突然逃げ出す失礼も出来ない。
 それに……今走って逃げたらなんだかんだ一番怒るのは滝、だ。(忍足には事情きかれるし、滝のせいで泣いたと思われかねないし)

 ――そうでなくても忍足の前で滝待ちって思われてる時点で、滝は怒りそう……
 ふと気付いてぞっとする。
 タイミングよく、滝と来たら私を見つけてくれるし(今回ばかりは来ないでほしかった……せめてもう少し)

「待ってたの?」

 奥に居る私でなく、手前側の忍足に向けて、私のことをきいて、肯定の返事に「ふうん」と徐にこちらを見た。
 予想以上に、冷たい口調。
 忍足に「じゃあ」と告げて、近づいてきた滝に思わず身体が強張る。
 ――誤解させるようなことは言ってないし、今さっきちゃんとふられたから……
 だからそんな目向けないで欲しい。
 でも、気持ちはもう飽和状態で……滝が来たことで言いたいことが全て抜け落ちた。

「あの……」

 朝も別々だった。
 ……宣言はして、少しだけ驚いた顔をされたことは覚えてても、滝が昨日のことを本当に許してるのか、確信がもててない……なんか弱気になる……。

 ――だって、昼も別だった……
 日吉に、その分説明とお詫びをしたけど。

『誤魔化すなら分からないようにやって』
 じゃなければ全部話せば?と……突き放されたことが忘れられない。
 冷たくする気なんてなくて、むしろ味方になってくれてると分かっていて……確信してるからあんなふうに忍足にいえたのに、何でだろう。

 ――本人が来ると弱くなる……
 滝にだけは蔑まれたくない、と心が叫ぶ。
 ちゃんと理解されてたいくせに、見透かされるのは怖い。

 ただこれだけは言わないと二の舞になる、とそう思って、

「……決着は付けたの」

 きっぱりといった。
 ――好きだったのはやっぱり彼で……忍足もすきになれそうで……止めた方がよくて、滝が特別で……
 だから、ちゃんと向き合ったうえで、「可能性が消える」道を選んだ。
 忍足に見てもらう努力より、見てもらえる可能性をつんで無関係になることを選んだ。その上で、誤解は多少生じてるかもしれなくても、ちゃんと「ふられた」んだ。

「そう」

「慰めてなんていわないけど……」

 本当は言わなくたって甘やかしてほしいときもあるけど。

「分かった。――聞かれたくないなら聞かない」

 ――話したくても上手く話せないんだよ?
 滝はズルイ……と、我侭なことを思う。
 だって、私がそういう天邪鬼で意地っ張りでどうしようもなく負けず嫌いだと知ってるくせに、滝はいつだって自分から質問してくれない。
 私が自分から話す分にはきいても「はなさなきゃ前に進めない」って分かってて、それでも「言えない」ことを、見てみぬふりをするんだ。

 ――そのポジションを日吉にやることすら防ぐのに。

 絶対甘えさせてくれない。たぶん、こんなときも。

 ――だから、慰めてなんて言わない。
 我侭って分かっててもこんな時くらい優しくして欲しいのに……。

「帰る?」

 荷物を持ち替えて私の様子を伺う滝は涼しげにみえた。
 歩き出す。
 いつもの道を。無言で。
 しかもその無言が重いなんて思っても居ないように普通に。
 そのまま、どんどん過ぎていくから、私も追いかけるほかないんだ。
 それが、ちょっとだけ頭にきて……少し寂しい。
 今日だけだから、そっちから事情をきいて――無理やりでも吐かせて……いっそ頭でも撫でてくれるだけでいい。
 そうしてくれたら嬉しいのに。
 ――ううん。そうやってって言えたらどんなに楽か……
 言えばきっとしてくれる。分かっててやれないから私で、望んでて知っていてやらないから滝で……

 ――だからいえない……。でも……?
 
 ふっと、私は思いつきを口にしてた。
 私だから、許されるのは変化球を。半歩先を行く背中めがけて。

「滝を好きって言った」

 それは、嘘にならない嘘だ――
 いつもなら別れる分岐に差し掛かる頃だった。
 はたと……滝は立ち止まる。

「何でそういうことを言うんだよ」

 向き直る。

 「馬鹿か」

 罵られる。(たぶん半分以上は本気で)

 ――……よかった……あってる……

 零れる涙を無理やり止めて、選択の正しさをかみ締める。
 力が抜けそうになるのを堪えて、ぎゅっと唇を噛んだ。
 大きく息を吸う。
 目が合えば、その先で滝がかなり怒ってるのが分かった。
 ほんの少しの変化でも、気付ける。
 滝は、きっと怒ってる。

 ――自虐的な私を諌めるように。叱るように。

 その同情も心遣いもこんな形でしか見られないんだと思うと情けないけれど。
 でもそれでも、見える方がいい。
 今は飄々と待たれてしまうような優しさをもらうくらいだったら、とことん馬鹿にされた方がいい。

「誤解は後で解く。……でも、【もう今は】滝より好きじゃなくならなきゃいけないの……本当……」

 だからいいでしょ?いい訳に使わせてもらったの。
 最初で最後のつもりで、喧嘩を売った。
 ふらつく視界に伸ばされた手……もたれるのは嫌で静かに払う。
 その光景が、日吉のときと逆だななんて思ったりした。
 それから、滝から「諦めたように」見える微笑にきりかえて、

「それにね……勝手に勘違いされただけだよ」

 それでも訂正しなかった。
 それを逃げだと滝は思う?
 ダシに使われても嬉しくないと思うのか。あるいは、この言葉すら嘘と見抜いてくれるのか……
 ――それこそ、滝じゃなきゃわかんない。
 けど……

 予想より大きな結果が出た。
 歯軋りした滝は、私の手首を掴んで――こないだより穏やかに、けど強い調子で責める。

「ふざけてるね」

「……うん」

 平然と。
 出来るだけ平然と答えて?
 自分に命じて、目を逸らさないよう努力する。

「好きでもないのに、よく言う」

「……そうね」

 ――泣かせてもくれないくせに。そっちこそよく言う。
 なのに、あれだけで分かりあえてしまえそうな忍足なんかよりずっと……ずっと滝に泣かされたい。
 失恋未満の失恋に泣かされて溜まるか。
 同情されて気を使われたり、どうしようもないことを見透かされたり……そっちの方が何倍も堪えるのに。
 ――分かられてしまうなんて、たまらなく嫌だし……全部わかってなんかいないくせに。
 気持ちが溢れた。
 今まで溜めてた問いかけが……自分自身に跳ね返る。
 いったい、滝は私の何なの?
 誰にも答えられない問いかけには、私自身答えが見つかってない。

 目が熱い。
 涙が零れて染みてる。
 何も分からなくて悔しいからか、ただ滝に頭にきすぎて沸点を越えたのか。あるいは――?
 分からないことだらけだ。
 ――ただ一つ言えることがあるから……
 引き金を引く。

「滝よりはよっぽど日吉の方が好――」

 言う唇を塞いで、

「もういい」

 滝は、痕が付くほど強く……掴んだ手首に力をこめた。
 ぎりぎりと骨まで食い込みそうな痛みに、目がちかちかとする。
 (この人もテニス部だった)
 でも、これだけ激しく見られるのならもう構わない。
 場所が近かったのは幸いか災いか。
 引きずられるように自宅前までつれていかれて、玄関の鍵をこじ開け、靴も脱がせず引きずり込まれる。
 滝の部屋は二階の奥で、鍵がかかってて……親は金土は帰ってこない。
 情報なんて、わかってた。
 ――そういうつもりはなくても、そのくらい長い間一緒にいたんだから。
 強張った表情を見せる資格はないから、ただ精一杯強がるだけ。
 バランスを崩し、放り出された床と上からのぞく鋭い視線に、絶対屈しない。

――望んだのはそっちだよ?」

 確認が投げられても、

「忍足にもいったの」

 そう答えるだけ。

「滝が好きって」

 ……と、そう嘘を再び告げなおすのが始まりの合図。

「覚悟して。俺は好きじゃなくても出来るよ」

 何が?なんて野暮はきかない。
 そのままもう……後は傷みだけを与えられる行為にのぞむだけ。
 容赦なく、噛まれて、ちぎれたボタンと……乱暴に一部だけ肌蹴させられて……不安定な体勢を好き勝手に押さえつけられて……

 ――望んだのは誰?

 どこかで最初からこうなることを、いつからか理解してたかもしれない。
 考えられる中で最悪のシナリオを、回避するつもりはもうなかった。
 ――そう、たぶん……
 滝に、気持ちがばれたあのときから。

              END
 滅茶苦茶な年頃……  
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