□ 秘め…… □
「長太郎」

さん、どうしたんです?氷帝(うち)に用ですか?」

「跡部に会いにきただけさ。久々に長太郎の顔も見たかったからね」

「はは……可愛いこと言いますね」

 そんなつもりもないくせに。
 長太郎はかけられた腕を軽くかわした。
 この女はどこまで「ふり」をすれば気がすむのだろうか。
 自分の幼馴染で、先輩の「女」。
 いつの間に詰め寄ったのか、不安を覚えたが自分を惑わせる為ではないと知って安心した。
 でも……。

「忍足先輩ならいないっすよ?」

「だからだよ。お前のことはあいつには秘密だ」

「いつまで?」

 口をついて出た言葉に戸惑ったのは長太郎の方で、相手ははっと目を見張り、すぐにその瞳が妖しく光った。
 楽しがってる。

(くっ……)

 正直頭に来たが、これも慣れなくてはこの女の相手などしていられない。 
 だというのに、長太郎は一瞬間をおいてしまった。
 その人の瞳はいつも挑発的で、でも本気だと知っているから。
 彼女の目に自分は決して映らない。
 かといって映らないのならばそれに越したこともない状況が今ある。

「浮気、ですか?」

「それはどちらに向けて言ってる?私があいつに浮気していると?それともお前に浮気していると?」

「本気なんて、貴女には似合わないですよね?」

 張り詰めているのにも飽きて、降参とばかり気楽に尋ねる。
 相手の空気も優しくなった。
 だが、は静かに首をかしげる。
 瞳が面白がっていた。

「さあ?」

 それでも本音なのだろうと、何となくそこまでは分かるが……。

  (一体、これは何を示してるんですか?)

 長太郎は考えたが到底相手の考えが読めるとは思えなかった。
 跡部部長ならば軽く分かり合えるだろう予想がつく。
 幼馴染とはいえ、長太郎にとって、とは跡部景吾同様手の届かない存在なのだ。
 ただ単にファンよりは近くにいるだけ。
 忍足や他の人に比べて、という意味でいえば、とは比較的近いはずだが、それも時間単位のことでしかなく――現に跡部のことも初等部から知っているが、中学編入組の忍足よりも遠い。
 別に忍足と張り合うつもりもなかった。
 長太郎は部活の先輩は先輩として、純粋に尊敬している。
 そして、このままそうしていたい。そう思っている。

「俺と忍足先輩のこと、邪魔してるのがそっちって行った方がいいんじゃないですか?」

 呆れたように呟けば、

「でも、時折お前は私を本気で奪いたくなるだろう?」

 その忍耐力を試してる。
 彼女は全て見透かしたように言う。
 プライドをくすぐられる存在だ。
 好きとか嫌いとかそういう次元の話ではない。
 だが、実際この女を組み敷いて鳴かせてみたら……と思わなくもない。
 もっといえば、そうしたところで懲りない彼女を知っているから、灸を吸えてやりたいと思わないでもない。
 忍足に心を奪われるくせに、他人に全く空虚なが許せない。
 跡部よりも女の分複雑で、そこが彼女と接する上で難関になる。
 は淡々と、少しだけ満足した表情を浮かべてから踵を返したが、

「さあ、そろそろ行くよ。「姫」はそこで大人しくしていればいい」

「なんすか、その言い方。貴女はいつもそうだ」

 遠慮がちに手を掴み、告げる。

「じゃあ奪ってみれば?……叔父様が業を煮やして動き出す前に、無理にでも私を縛り付けてしまえるのなら、私の心も動くよ」

「冗談は……」

「冗談?」

 見下ろす瞳。
 冷たい目は跡部が他大勢の女へ与えるものと同じ。
 つまりその程度の扱いなのだと、長太郎は思い知らされ――顔がかっと熱くなる。

(やってみせようじゃありませんか)

 忍足のことはその瞬間頭になかった。
 あるのはこの女の愚かさだけ。
 忍足にはすまないが、この女が彼に相応しくないのならちょうどいいだろう。
 長太郎はその腕を取った。
 案外細いが、そこは流石に鍛えられているだけあってしなやかな筋肉。
 脈の変わらぬ速度を確かめながら、そのすべらかな肌に指を滑らせる。

「貴女が本気にしたいならしますよ?俺は親のことなんてどうにでもなりますけど、このまま「遊び」を続けるのにも嫌気が差します」

「相変わらず堅いな」

 首元に手をすべらせて進入させても彼女は動じない。
 だが、吐息が真実を語る。
 所詮身体は身体。
 長太郎は熱くなる自分を戒めて、最後の一言を放った。
 そろそろ頃合だと思って、「止めよう」と言おうと思ったのに、今更急に方向転換する自分が少し滑稽で――でも目新しい分、なんだか愛しかった。

「ゲームをしませんか?貴女はそろそろ忍足先輩に飽きてきてるはずだ。俺にしてください、。本気で相手をしたくなりました。あんたが戻れなくなるほど俺にのめりこんだらアウト。忍足先輩をボロボロにした挙句に、結局忍足さんがいいっていうなら、今度は本気になってくださいね」

「本気に?」

「そう。忍足先輩に言いなりになって俺を楽しませてください。気安さと、目新しさで言えば可愛い後輩にはむかわれて真剣に愛されたら、貴女は落ちる。……そういう人でしょう?」

「……そうだろう」

 もうこの地点で、一歩リード。
 ここで乗ればこの女は自分のものになる。
 あの全て悟った年上風を吹かせた目も、冷たさと人を弄ぶ態度も、自分をかえた全ての要素を今度は改造できる。
 それは長太郎にとって甘美な誘惑だった。
 忍足に対して、罪悪感は不思議になかった。
 どの道、このままいればこの女はあの風変わりで、でもどこか食えない先輩をも引きずりおとしてしまうに違いないから。
 それに少しだけ思っていた。
 忍足の、跡部が――が天才という実力を覗き見たい、と。

「同意しなくても、もらいます」

 校内で、しかも見られるだろうことを意識しながらも唇を奪い――敢えて自分から忍足にばらす気もさらさらなかったし、嫌われたいとは思っていないから、秘密裏に、を条件に足そうと考えて、その腕をひっぱり建物の影で再び深く唇を重ねなおす。

「ゲームスタート……。ただし秘密裏に。無論最終的にばらすでしょうけれど、そのときはお互いフォローなしですよ?」

 挑むように。

「愉しい」

 壊すように。
 最初で最後の、お互いの本気が今表に出ようとしていた。

*これはかなり後の話 伏線よりも予告で
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