□ それもまた日常の延長 □
【SIDE

 試合を見に行った。
 多分、始めて……。
 そして、彼は負けた。
 これも多分始めて……。

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「ミーティング……終わったわね?」

「ん……」

「行こ」

 岳人の手を取った。

「でも侑士、放っておくと何するか……」

 焦ったように岳人が言うのが聞こえたが、

「別々にいた方がいいときもあるでしょ?」

 ぴしゃりといって、手を引いた。

「百合……俺……」

「うん」

「なんていうか……」

「取りあえず帰る」

 振り向かず隣も見ず、会場を後にする。

 トコトコ……

  ひたすら歩いて。

 トコトコトコトコ……

  行きよりも長い道のりを黙々と進んで。

 駅につくと二人分切符を買って、は一枚を岳人に渡し、二人で改札を潜る。
 休日の電車はすいていて、腰掛けられたから横でぎゅっとそのまま手を握って、静かに四つ通り過ぎる駅を数えながら、

「叔母様たちは相変わらずね?」

 「イコール留守」を確認して、五つ目の駅で乗り換え、運良くそのまま隣のホームに停まっていた電車に飛びのる。
 三つ目で下車。
 その間も、何か言ったら崩れそうで、は沈黙を保っていた。

 もう数度遊びに来たことのある岳人の家につくと、鍵を受け取って慣れた手つきでドアを開けて、上がりこんだ。
 岳人はようやくペースを取り戻したように、手を洗い、コップについだ水を飲み干した。
 今度は岳人がが洗面所から戻ったのを確認すると、その手を引くでもなく無言で前を歩き出す。自分の部屋の前に来るまで、放っておけとばかりにの方を見ないのに、それでも歩調は優しかった。ゆっくりのペース。
 最初にベッドに腰掛けたのはで、

「流石にここからは私には何もできないけど……」

 立ったままいる岳人を手まねきで呼んで、目の前のうなだれた彼の、腕を自分の肩に乗せて、

「もういいよ、好きにして」

 ――誰もいないから。泣いてもいいし、それ以外でも……。

 言葉の外に含んだものに、の声も危うく掠れる。
 大胆な言い方も初めての緊張感の前に、この先どうなるのか分からない不安に消される。
 でも……

「わりぃ」

 は何かしてあげたかった。
 がんばったねなんていうと陳腐になる。

「ううん」

 抱きついてきた岳人を受け止めて、

「格好よかった」

 普段あまり口に出さない賛辞を送った。
 本音とわかったのだろう。
 岳人は頷いて、

「……俺のせいで!俺が油断してたから……っ……」

 意味をなさないような自責の言葉と、悔しさを零して。

「うん」

 そのたびは同意でもなく、なだめるでもなくただ聞いて相槌を打って。
 聞いてもきりがないと分かっていたから、

(少しイライラを出した方がいいのよ?)

 いつもストレートな性格とはいえ、合い方の手前珍しく気の張っていた彼に、キスをした。
 それが前触れ。

「……んっ……っ……」

 余裕なく、求めるように逆に相手に繰り返され、熱が着実に上がった頃には、景色が転倒していた。
 胸元から進入する冷たい手に、目を細めて彼を見ると、一度中断してシャツを脱ぎ捨てる彼の、翳りある横顔がうつりゾクッとした。
 彼は少年なのに、彼は男なのだというリアルが切実に押し寄せて、たまらなく指が痛む。
 目を逸らす動作すら遮り、肌を晒され、すべるささくれ立った指が与えるくすぐったいような――強すぎるような感覚に仰け反らされる。

(これでよかった)

 妙に確信した。

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【SIDE 岳人】

 指がゆっくりと滑り、キスが落ちる。
 付けた刻印は数を増やし、鮮やかな色は良そうに反して美しいとは言いがたい――まだ青くなっていないのが残念に思えるその半端な橙色。
 なのに、傷つけること、自分と証しを付けることにはえらく感覚を刺激されて……。

「……ぁっ……」

 我慢がきかず、もれる声に、いつもよりも素直なを見つけて、岳人はそこら中を這わせる手を速めた。

(早く奪ってしまいたい)

 でも最初はきついと散々聞かされていたから……。
 それに、ようやくたどり着いたその泉は既に濡れて花開いているのに、沈められる一本の指ですら、彼女は綺麗な眉宇を潜めていて――辛そうに見える。

「やっ……」

 触れたとき反応の甘い、前の方に親指を滑らせてやると、少しだけましになったようだが、肩が震えていた。
 それでもはしがみついたから、岳人は触発されて余裕なくその細い身体を堪能するように妬きつける様に熱を求めて唇と手で蹂躙した。
 脱ぎ捨てた制服と、予感で用意していた必要なもの。
 全てが自然に思えて、だからこそ全く甘さを含まない日常の流れ。
 いやらしいとか気持ちいいとかもう何も考えずただ最初は自然に……そのうちどんどん間断がなく押し寄せる感情に、やがて逃れられないところまで自分に溜まった熱のせいで、

「俺もう……」

 言葉にならない声を出して、数本まで増やして彼女の中に差し込んだ指を一気に引き抜くと、

「……ぁ……ふぁっ……」

 感覚に嬌声を上げる少女に間もなく熱いものをあてがう。

「………めぇっ……んっ!」

「力抜いて」

 途中までできつすぎて溜まらなくなったから、もう余裕なんてなく命じて、かみ締めすぎて血の滲む少女の舌を自らのそれで舐め取って、何度も求めて水音を立てることで気をそちらにそらせる。

「くっ……」

 隙をついて、今度は一気に押し込んだ。

「や!痛っ……やだぁっ……」

 悲痛な叫びに気が引けるよりも前に、岳人の方が温かい熱に包まれて刺激に実が持たなくなりそうになる。
 髪をなでつけ、何とか自分を抑えようとしても、身体は勝手に快楽を求めて動きかけ――焦る。

「い……いから……」

   彼女の涙の滲んだ目でそういわれてはもう堪えようもなく、岳人は何度もその奥を突いた。何度も何度も……。
 結合部からは音が耳にいやらしく届いて、匂いや熱や視覚、全てが刺激される。

「ぁっ……ぁふっ……やぁぁっ!!!」

 その度本気で泣く彼女に申し訳なく思うのももう後からのこと。
 そのときはただ、快楽を得ることしか頭になく――そのまま百合の中を汚してしまいかけ、慌てて引き離すものの、それでも飽き足らず何度も何度も足りずに彼女を貪った。

「ん……」

 やがて疲れきって――快楽に堕ちてかもしれない――気を失ってしまった百合の横、自分もようやく今日の疲れが押し寄せてきた。
 ふと彼女の家に電話をさせなければと思ったが、岳人はその彼女の「友人」を思い出し、何とかしてくれるだろう。そう決め込んで、百合を抱きしめてそのまま眠りについた。

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【SIDE

 試合は休日。
 今日は月曜日。
 朝になっていることに気づいたが、後の祭りだ。
 取りあえず朝食を作ろうと張り切れるほど腕はなかったが――自身、自分はお嬢だし、ケーキやクッキーなんかのお菓子類なら得意なのに……と分析しながらも、はあるものだけでも何とかしようと起き上がりかけて――

(あ……)

 脱力する。
 たちあがれない――そういうことである。

(シーツも洗濯しなくてちゃいけないのに……)

 ソコに違和感が残って、その上さらに痛むのが恥ずかしく、もう何がなんだか分からない。

(情けないわ、自分……)

 冷静に思うが仕方ないので横で寝ている彼氏の顔を眺めた。
 ふとベッドサイドの目覚まし君五号(命名BY岳人)と目が合うと、針は七時を指していた。
 朝練はないにしろ学校いかせなきゃと覚悟を決めるが、何せ動けないもので、その状態のまま岳人の顔に掛かる髪を払ってやってから、ため息をついた。
 起きないかなあと思いながら見つめると、妙に現実感がわいてきた。
 昨晩を思い出しかけ、慌てて自分にストップをかける。
 の顔は既に赤くなりかけていた。

(女の子みたいなのに……精悍だなんて卑怯)

 やっぱりちゃんと男だった彼氏に誘われて、つい優しいキスを落とす。
 けれども、そのまま甘くしてやるのもなんだか癪になって―-―本当を言えば主導権を誰であろうと渡すのが苦手だったうえ、昨日はムードも減ったくれもなかったのだからこれくらい許されるだろう――頬をつねる。

「ん……」

 その後、ついでに腕を取ってブンブン引っ張ったら、岳人はようやく起きた。

「うわっ!いてっ」

「おはよ、岳人。学校、遅れるわよ?」

 冷たくわざと言った百合だが、直ぐに目をそらすくせで照れ隠しが見破られ、抱きしめられてしまった。

「馬鹿」

 これじゃベタな「ばかっぷる」だ。

「………こんなの私のキャラじゃないのに……」

 言って見せたら、笑われた。
 機嫌は直ったようだ。
 まだすべては解消できなくても、取りあえずでいい。

、学校は?」

「行きなさいよ。……私は後から……」

「さぼり?」

 可愛げに覗きこまれて、百合は思わず言葉に詰まる。

「たっ……」

「た?」

 分かっててやってるのか?と一瞬考えるが、岳人の顔は状況を理解しているとは思えない単純な疑問を浮かべていて、

(現況のくせに……)

 殺意が沸かないでもないが、諦めて告げる。

「立てないの」

「えっ」

(赤くならないでよ)

 はますます熱を持つ頬(多分真っ赤)を隠すように布団にうずめた。
 結局、その日、は説得で岳人を学校においやると、その帰りを待って、この部屋で過ごす羽目に陥る。
 親友には見破られることを見越して、「さぼり」と簡単にメールを入れておいたが、どうせ場所も状況もバレているに違いない。
 ふと連想で、岳人の方の悪友(相方)を思い浮かべる。

(岳人も岳人で、帰ってきたら侑士侑士五月蝿いんだろうな……)

 悪友、こと姫女の王子様のファンと化している噂の「侑士」君も、なんだかんだで結局「女」を全てきったわけじゃないだろう予感が、にはあった。
 一度だけ見たことのある、あの冷めた瞳を思い返し、「まだ岳人には黙っててもらおう。にもわざわざ連絡しなくて平気そうだし」とまた開きかけたメール画面を閉じる。
 元気になった岳人なら多分、彼をも無意識に救えるに違いない。

「天然は強い……か」

 結局いいようにされている自分も決して嫌ではなかった、と納得して、一応着替えだけ済ませてからまたは惰眠をむさぼることに決めた。

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【SIDE 岳人】
 昼休み、忍足侑士は相変わらずマイペースにやる気なさそうに、ベランダにいた。
 表情は穏やかで、

「なんや。岳人が泣いとる思て慰めの台詞考えとったのに元気そうやん」

 強がりかもしれないし、ダブルスの難しさを思っていつものコミュニケーションを装ってくれたのかもしれない。
 でも岳人は、

(ちぇ。俺が何かいう必要ねぇじゃん)

 それが切なくもあるし、嬉しくもある。

  「まあな。だって、俺らまだ高校もあるじゃん。やろうぜ、ダブルス」

 軽口で、「本気」を返した。

「ああ。――せやかて、上(氷帝)いくとは限らへんで?」

 ひらひら
 わざとなびかせる紙はあさって提出の進路調査(ほとんど内部進学だが、一応お決まりの、というあれである)。

「え?!」

 岳人は思わぬ展開に真剣になった。

(侑士が別の学校にいく?)

 それはいやだ。
 跡部たちには一学期の最初のうちに聞いておいたが、彼には決めて掛かっていたから聞いていなかったことが今重くのしかかる。

「どこ!どこ行くんだよ!!おい!!侑士ィ!」

 狭いベランダでつめよって、紙をとりあげようと逆側に手を伸ばしたものだからバランスが崩れた。

「危ないやろ」

 間一髪、受け止めたのはやっぱり忍足で、

「だって!侑士!」

 馬鹿した顔と、半ば本気の表情で、次に言った台詞は、

「姫女や」

「は?」

「女のふりして、女の園で三年間!!の側近を目指すで!」

 急に岳人を萎えさせるに十分な御馬鹿丸出しのそれであった。
 向こうも当然半分はからかってるのだろうが、最近は普段が普段なだけに(*部活では跡部様が怖いので試合前は至極まともだったが)笑えない。
 それでも岳人は自分が安心していくのが分かった。

「侑士……それ無理だから」

 笑いがこみ上げてくる。
 向こう側からはタイミングよく跡部が見えた。
 樺地の代わりにジロー(寝てる)の首根っこを掴んで、後ろには何故か微妙に離れて、宍戸がいた。

(結局集まってんじゃん)

 ――仲いいな、俺ら。
 妙に、和やかになって、

「なあ跡部!また侑士が馬鹿言ってんだぜ!」

 ちょっと聞けよな。
 怒鳴った。

「アーン?」

 変わらないあの調子で、

「どうせ、姫女にもぐるとかだろ?そいつじゃ無理だ。可愛くないしな。忍びこめるっていうなら岳人、お前のが向いてるぜ?」

 とか声が戻ってきて、

「うわー!それもむかつく!」

 近づいてきた跡部にいってやると、横からまた忍足が余計なことをいう。

「跡部こそ、きっと綺麗になるで。一緒いかへん?姫女高等部」

「アーン?これまた狂ったのか?おい岳人?」

「みたいだな」

 岳人は相変わらずな自分達に嬉しくて、てんぽよく声を返した。

「まあ無理だ。諦めろ、忍足。…てことだ。来年もよろしくな」

「テニス部入部けってー」

 はしゃぐのは特権とばかりに言えば、皆なんだかんだでその気らしい。

「オレもー」

 寝ぼけたジローが答え、宍戸が頷く。

  「なし崩しで結局侑士もー」

 言えば、相方は苦笑してOKを出した。

「相変わらずやる気ねー」
 といいながら、実はあるのを知っているのは岳人だけじゃなく、みんなそうで、言葉を受けて跡部が静かに宣言した。

「今度こそ勝つぜ」

 その吸い込まれそうな強い瞳に、

「当然!」

 岳人は身を乗り出して、皆を見た。
 声がいくつか重なる。
 ここで終われば綺麗なのだが、まあ、ここですぐさま、

「俺はも追うんや」

 忍足が本気でボケをかまし(むしろ最早真剣だと誰もが思っていない)

「そのまま一生追いつかずにいろ」

 トンっと肩を叩く跡部が日常。
 更に、今回岳人はこれは後で百合に報告と頭の中にメモし、少しだけ昨日のイイことを思い出し笑っていたら、

「ねえねえ、昨日の子だーれー」

 とんでもないところから(寝ぼけジローの癖に!!)ツッコミが入って、「寝てろよ、そのまま」とか思ううちに、にやにや笑いの跡部と忍足AND宍戸に

「ほお、がっくんも大人の仲間いりかいな?」

「ほお、隠してんじゃねぇよ。いい度胸だな。アーン?」

「やるねー(滝の声真似)ばれてんの、激ダサだな」

 問い詰められて、けれど見かけ(むしろ性格)によらず照れ屋なあの子のため、

「ジローの見間違え。あれは俺の親戚のねーちゃん」

「なんや、つまらへん」

「激ださ」

「………(にやにや)」

 跡部はともかく、ばれては不味い相手(=相方)からは辛くも逃れ、ある意味少しだけ大人になった気がした。
 ごまかしの初成功を、百合にどう報告しようか。
 少しだけ、顔が綻んだけれど、これもまた日常の延長。
 何も変わらずにいていいのだ。
 五時間目の宿題はやってなかったが、チャイムがなるまでこのまま馬鹿騒ぎして怒られるのも悪くないと、岳人は思った。

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