□ 番外編・姫君と彼氏 □
「あ、悪ぃ。待った?」

 学生には不釣合いなハイソな喫茶店、窓際に読書中の彼女を見つけて、岳人は近づいていった。
 姫宮女子学園から徒歩数十分にある立地条件上、大勢の女子学生で賑わっているかと思われたが、他の客は初老の紳士だけ。
 商売繁盛よりも格を売る店に二人の制服は、だが浮いていない。
 姫宮女子学園はこの地区で一番の中高一貫性の(大学と初頭部つきの)有名お嬢様学校で、対する岳人の通う氷帝学園も同じく金持ちと高い偏差値で知られた歴史在る学校なのだ。
 制服一つとっても高額。なおかつ品がある。

「遅いわよ」

 しおりをさし、こちらを見ないまま、姫君ことは告げた。
 口調は厳しいというよりクール。
 だが、基本的にあまりこの調子は変わらないので、岳人も軽く、

「悪ぃ悪ぃ。本っ当ごめん!!奢るから機嫌直せよ」

 謝って横に腰を下ろす。

「当然ね。……で、また噂の「侑士」君?」

「そう。あいつ、またいろいろやらかしてさ!何より今日は監督が休みだからって四時間目の自習ごと蹴ってそっちに行ったみたいで、跡部がお冠だったんだぜ」

「それは激しい愛というべきか、あっぱれおっかけ根性と軽蔑すべきか難しいわね。相手があのじゃなければ褒めたたえるんだけど。忍足君趣味悪いわ」

 岳人の親友は恋人・の親友にして、姫女の王子様ことを公然と好いていて……その上彼女は大層な人気者なので、ファンと化している。の言うとおり「おっかけ」というべきか。
 氷帝に帝王・跡部景吾がいるとすれば、姫女には王子様・がいる。跡部なみに派手な王子は標準外見装備に「タカラジェンヌ」属性。
 すらりと伸びた脚と鼻のラインに切れ長の涼しげな瞳、ショートの硬質な髪。どれもこれもが完璧なお人である。
 あるがゆえにファンの騒動も多い。はそんな彼女のそばにいるうえ、なまじ容姿が愛らしいだけに巻き込まれっぱなしだ。天然のふわふわした長い髪と眠そうな目。付けられたあだ名は「白百合の君」。性格は逆にかなり格好いい部類(彼氏の岳人ですら憧れる切れ者で良くも悪くもさばさばしてる)に入るが……。
 逆に岳人の相方、忍足侑士はその多大なファンの一部で、そうなる前に帝王の側近と勝手に思われている(実際跡部にこき使われてるというより、面倒見られてる感が多い最近だが)わけで、こちらは顔だちの美しさと冷めた雰囲気から隠れ人気も高かったが、「ファン」化して、手段選ばずになった彼の行動には親友の岳人ですら退くことしばしば。
 ともあれ、二人とも騒動に巻き込まれてるだけに、二人のときくらい親友に関しては我関せずでいたいわけで……。
 最初に忍足の一目ぼれを知ったときですら、既に付き合っていたは「紹介してあげてもいいんだけれど、あんなのに引っかかるなんて癪に障るから遠慮しておくわ」と断り、乗じて岳人も「気持ち悪いくらい乙女化してんのに、これ以上感染されても困るから頼まねーって」と笑った。
 親友に優しくできない理由を持った似た者同士。
 でもテンションの高さは正反対。
 白百合と命名されてしまうだけあって「姫君」(こうとも呼ばれる)は大人しく見える。とどのつまり……

ってばまた氷帝の年下狙っておいて、何もさせずにポイよ?それにやめてほしいって言うのに、「〜さ」しゃべりするし。今日なんて子猫ちゃん……って何?鳥肌足ったわ。久しぶりに」

 静かな声音の毒舌に、無表情なだけで。
 対する岳人は

「聞けば聞くほど跡部みたいじゃん。そういうのが人気二分してるのってやっぱ俺らの学校おかしくねー?」

「そうね。まあ……おかげで岳人に会えたからいいけど」

「そか?」

 嬉しいと素直に顔にかいてある素直な彼氏。
 基本装備は「飛んだ」性格。明るく闊達。少し我がままとも言われているが、氷帝テニス部の良識となりつつある。何せ、まわりがまわりなだけに……。
 最近すっかり落ち着いてお得意の「ミソ」という口癖もそんなに出ない十五歳。
 覗きこんだ姫君にすっかり調教されたという説もあながちはずれではないらしく、

「お互いようやく親友にかまわずすむんだから、今日くらい我侭に行きましょ」

「ああ、甘えていいぜ?」

「……も少し包容力が欲しいわね」

「ひでー。優しさが足りねぇよ、。………いや、う……もうちょっとがんばるからさ俺」

 寂しげな視線――ときちんと気づけるあたりが既にすごい、と密かには感心しているのだが――に、焦る身長の低い彼が可愛いと思われるので、「ご褒美」を姫はきちんと用意している。

「キスしてくれる?」

 与えさせてやるのがポイントらしい。
 自分から、ではなく……が男心を掴む秘訣なのか?
 単に岳人だから、なのだろうが。

「なあ。部屋、来る?」

「ん……」

 ともあれ、甘い休日は親友の話題抜きで十分とばかりに過ぎていく。
 永遠に、きっと親友達のことなんかこの時間には割り込ませない。

(だから、侑士、悪いけどお前はもうちょいまともになるか可笑しくなっての気が向くまでは放っておかれろ)

 最近岳人が思うのはそんなことで。
 の気を別のところに向ける気もまたさらさらないのが現実だった。
 親友二人はいつ出会うのか。
 このまま螺旋。出会わないのか。
 お膳立てはしばしの間、絶対に調いそうもない。

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