□ 休日の彼 □
 たまの休日は見たい映画のため、ついでに神保町に足を伸ばす。
 制服のままだが、あまり気にしない。(午前中は部活で、直行したためだ)
 目的は古雑誌を置く専門の書店。
 全国チェーンの古本屋とちがって、それなりの高額取引になるとはいえ、品揃えはぴか一の店内は意外とおしゃれである。
 忍足は休日気分を満喫していた。

(あの友人役の美青年よかったわぁ……ちょっとさんに似ておった)

「あかん。【様】やった……」

 ファンになってまだ日が浅いので、呼び方が甘い。
 愛しているとはいえ、今後はファンを自認していくのだから「様」づけは必須。
 これは「跡部様」同等の位にいるにとっては当然の扱いなのだ。

「跡部にわざわざ様つけるんわ分からんおもっとったけど、さんやったら当然やな」

 うっかり「さん」づけに戻っているあたりが、女性ファンと少々違った「恋情」の濃さを示している――のだろうか?
 どの道、うっとりしながら学校特集の雑誌をあさってるあたり、そう大差なさそうなのだが。
 更に言ってしまえば、映画という趣味も気づけば定着してしまった忍足の恋情の賜物であった。
 の趣味は映画鑑賞と公式に発表されている。(ファンクラブ会報21にて)
 さて、ところで先ほど忍足が褒め称えたのが「美青年」であるのも彼がホモだから!ではない。
 腐女子の皆様には残念かもしれないが、ノーマルカップリング好きや夢好きにも残念かもしれないことに、忍足侑士はそんじょそこらの美青年が立ち浮き出来ないほどの美貌の女生徒(属性:漢)にぞっこんほれ込んでいるのである(表現古いが)
 跡部同様というのだから、当然タカラジェンヌ並みに人気もあり、実際男役ばりの格好よさはお墨付き。173センチという長身にすらりとした脚が実に魅力的であった。

(それにしてもヒロインの気持ちわかるわ。あれだけ綺麗な方にほれ込まれたらそら迷うにきまってへんか?……いや、むしろなんであっちに靡かんのや!)

 映画、特にラブロマンスを本気で趣味にしてしまったあたりは無理にあわせたのではなく、そもそもの忍足の資質――乙女化の素質が原因なのかもしれないが。

 月刊誌【学園お嬢様】の200×年9号を探しながら、忍足は完璧に浸っていた。
 ここのところ、何かあるごとにそうなるので友人は「またトランスしてる」と呆れ顔だが、本人はこれで幸せである。
 そう、たとえ変人やらおっかけやら、金の無駄遣いやらとののしられようと。

「てんちょ、相談なんやけど、これの9月号って在庫ないんか?」

 漁った結果戦績があがらず、やむなく店長のところにいく。
 数ヶ月通い続けた結果、十年来のお得意のようになっている彼だからこそ出来る芸当だ。
 番台さながら高いレジに座った中年のおっさん(店長)は彼に気づいて笑いかける。

「おうオッシーか。ショーケースにあるぞ。ただ一桁違うけど、平気か?毎週」

 一桁違う。
 万のうえの位というところだろう。
 忍足は腐っても氷帝。
 金持ちのボンである。
 しかし、仕送りも厳しい。ファン歴の浅い間は古いコレクションの収集だけでも月ん十、ン百万出て行ってしまうのだから。

「背に腹は変えられんやろ」

 最近口癖になりつつある台詞を連呼しながら、

「ちょお勉強してくれへん?」

 可愛げに尋ねる。
 常連である。
 この手の店に珍しく本人美形である。
 店長はその気がある。

「……うーん、オッシーの頼みだ!もってけ!二万までさげたる」

 めちゃくちゃ下がった値段で落札。

「おおきに。……ところで学園内の新聞やらうっとる店があるってきいたんやけど?」

 狙いは姫女こと姫宮女子学園の校内新聞。
 氷帝の新聞を売りつければバックナンバーも買いたい放題ときいて、実は跡部のところだけ切り抜いて持参している忍足侑士(いまだ中学生)

「それはデマだ。お前んとこ含めても取締がきつくてな。数年前はこの店にも在庫抱えてたんだが、すまんな。今は」

「さよか。まあ、いい買い物できるし、おかげでここはチェックはいらへんのやからええやん。また来させてもらうわ」

「おう!じゃあまたな」

 忍足は残念に思ったが粘ってどうなるものでもない。
 店を出る。
 ……と、そこで……

「「あ」」

 姫宮の制服を着た女生徒(休日も来ているあたり、恐らく学校行事か試合や大会など遠征帰りなのだろう)とすれ違った。
 お互い、顔は見たことがある。

「氷帝の忍足侑士……」
「あんた、【薔薇】の隊長さん……」

 通称【薔薇】。正式にはファンクラブ。ついでに彼女は貴族組とよばれる、週に数回彼女と直接会える位置にある――いわゆる幹部のトップであった。
 あれだけおっかけを重ねていたのだから、覚えられていても可笑しくないが、派とよばれるファンは氷帝の帝王こと、跡部派――嬉しくもなんともないが忍足の友人のファンと二校を二分にするほどの人数がいる。

「俺のこと知っとるんか?」

 知られてない方が普通。
 特に跡部や相方こと向日岳人に叩かれて、できる限り向こうの学校からは目立たないようにファンをやっていたのだから。
 思いなおして、尋ねると、相手はあっさりと説明した。

「そりゃね。跡部の側近でしょ?幹部はそうも思ってないけど、やっぱり人気をあの方と二分してるんだし、跡部派は敵だもん」

「はははなるほど……」

 勝手に側近にされていく正レギュラーの身を自分も含め慮りながら、乾いた笑いを建てる忍足侑士(何度もいうがまだ中学生)。

「……って思ってたんだけど、もしかして……」

 相手は困惑とも驚愕とも付かぬ顔で、忍足の手元を見つめている。
 手元には姫女の特集記事ばかり入ったので有名な雑誌類。

「せや。俺、派やで?今はばりばりの」

「みたいね。跡部に殺されないの?」

「や、あれは部活一緒で仲ええダチやけど、それだけで別に側近やあらへんし」

(側近てのは樺地みたいのを言うんやろな)

 荷物もちの二年を思いながら、あれ?もしかしたら様の側近(というかご学友)と呼ばれてるあの人も同じなのかなぁと考える。

「そか。白百合の君みたいなもんね」

「やっぱり、あっちも友達なんか。側近じゃなくて」

「そうよ。あの方も気難しい美人さんだけどね。時折真剣に様の上をいってらっしゃるって報告もあるくらいで……当然私達とて白百合の君には手出しできないし、むしろお慕い申し上げているくらい」

 白百合の君とは、天文部部長のことである。はさまざまな部活動(主に運動部)に借り出されるマルチな才能の持ち主だが、所属は天文部と生徒会。生徒会は当然生徒会長をやっているわけだが、天文部は平である。その上に立っているのが御堂ゆかり。通称白百合の君。ついでに生徒会では副会長を務めている。

「白百合の方も、そっちの人気投票二位やもんな」

「おっ、詳しいわね」

「まあ跡部にこき使われてる俺らと違って、同等のご学友ちゅうんは本当やろうな」

「へえ、跡部【様】ってそんななんだ」

「ああ、生まれたときから王様みたいでな。せやかて、そこまで横暴ちゃうし、時々目立つことやらかすくらいなんやけど」

「なるほど」

 納得されてしまう跡部も跡部だが、派閥が争っていても実のところ跡部との仲は悪くない。お互い顔見知りで、一目置いているらしい。
 派閥での争いは下部層ではあっても貴族組はないも等しい。

「ねえ、よければお茶でもどう?」

 だからこの提案はしごく当然であり、忍足は本気で喜んだ。
 女好きだと誤解されているが、この場合は純粋利益のためだ。

「ぜひおごらせて貰うわ。そのかわり……」

「OK。様について私もありったけの情報あげるわよ!だから、そっちはできれば氷帝の帝王様について二、三教えて」

「ファンちゃうのに何知りたいん?」

「跡部派だからって見くびれないのよ。情報を持ってるやつもいるしね。あとは純粋に情報屋がいるから、それを売るの。いいでしょ?様のために。あ、でも……友達できついんだったらいいわよ」

 友人と想い人。
 どちらをとるか?
 きかれれば後者を取る人間が氷帝のテニス部で。
 ここにテニスが入ると、迷いだすやつも多いが、忍足は迷わず「想い人」をとった。
 今までではありえなかった選択肢。
 彼女がいようが、そのこと寝ようが関係なくテニスをとったし、気分次第で友人をとったりもしていた。
 だが、ここに来てとんでもない変化を遂げていた。
 そもそも、選択肢が違う。

 友人 VS アイドル

 が正しいとも言える。
 でもって忍足は、友人よりもアイドルを選んだ。

  「せやな。跡部の話なら怒られん程度に出来るやろ」

「それで十分よ!跡部様さまさまね。寝癖の直し方一つでン万いくんだから」

「へえ、そりゃすごいわ。……まあやりすぎるとほんま洒落にならんから(殺される)少しにしとくけどな」

「わかった。一定以上は聞かないことにしとくわ。決めたは今日から、【オッシー】!私達は同士よ!薔薇に入れなくても精神は本物と認めるわ」

 休日は女の子とデート。
 むしろこちらが定番なのだが、内容は校内新聞を握る女生徒の情報だったり、新聞に出入りする方法だったり、ガードマンの手薄な待ち合わせ場所だったり……その他全てが彼らの共通のアイドルに関すること。
 熱弁に、喫茶店の店員が(チェーン店でもない高級店で、訓練された方にちがいないのに)一歩退いて見ていたり……。
 微笑ましい制服デート――と最初は見ていた周囲も、漂う怪しい空気に早々に退去していたり……。
 まあ、忍足の休日のコースは段々と人からずれていっていた。
 それでも日が暮れ、解散する頃には本当に意気投合。いい友人になって、

「じゃ、校内でもよろしく!」

と、潜入する手筈まで整ってたりして。

「今日は有意義やった」

 納得して、帰途につく忍足の顔ははればれとしていた。

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 次の日のこと。

「なあ、侑士」

 最近さぼり気味だった分――理由は様の校外試合の応援だったり校外公演の観覧だったり、校外お茶会への潜入だったりだが――朝練にはしっかり出てきた忍足に、相方が不可思議な目を向けてきたのは部活終了して、すぐのこと。

「なんや、岳人。今日はええ天気や。絶好のおっかけ日和やんなぁ」

「おい!」

「ええやん。今日は部活出るで。今日は氷帝で行う剣道の試合にあの方がおいでになるんや」

「……あーもう。……ところで、いいにくいんだけどさ。侑士、ファンはいいけど女誑かすのはやめた方がいいぜ」

 忍足はきょとんとする。
 ついでに覗き込んできたダブルスの相方の目を見るが、彼の目は真面目モードだった。

「何の話や?」

「だーかーら!!」

 最近多いお説教モードになって岳人が声をあらげた。ちなみに岳人が微妙に格好よくなったと周囲が言うのは、忍足の堕落のせいで出るこのモードの為といわれる。

「昨日、お前神保町にいただろ?」

「ああ。映画が最終日やったから」

「そいでさー喫茶店に入ったんだって?隣に女がいたとかで……しかもそれが姫女だって聞いたんだけど」

「なんで知ってるん?」

「噂だよ!うわさ!お前、の追っかけ始めてから女遊びやめたことだけは褒めてやろうと思ってたのに、のために女利用するなんて最低だぞ!」

 そう。
 確かにおっかけを始める前は女ひっかえとっかえで、その面に関しては跡部といい勝負だったし、入れ喰い状態だったからあえて誰かひっかける必要はなかったわけで……のためになんてことはなかった。

(「のため」?)

「なんで様のためやねん?」

「様つけるかあ……ま、いいけど。お前、女の子は本気だったらどうすんだよ?お前、マニアだし、知ってるんだったらいいけど、お前ただのファンじゃないだろ?」

(はあ)

 ただのファン。

 いや、行動は確かにそうだったが、実際の目標はあくまで彼女を自分の女にすること。あの気高さと格好よさを自分だけのものに……。

「せや。俺の目標はそういえばあくまで【様】をおとすことや」

「だろ?」

――てか、『そういえば』って何だよ?
とか岳人が言っているけれど、忍足もはっとしながらもどこか可笑しい自分の思考回路に気づけていないので、普通に受け流す。
 昨日の密会――というかファンの会合――が姫女の「王子」ことの秘密を探る為女を利用しようとした結果のデートだと思われていることすら、忍足は気づけていなかった。
 むしろ、おとすのかぁと妙な納得をしようと――ファン精神から男精神へ転化しようと試みて、頭がぐるぐるしているところなのだ。
 あわれ、ファン精神にのっとられつつある忍足である。
 さて、そこに何やら見慣れた影が近づいてきて、呆れてそれ以上言葉を続けられなくなった岳人のかわりに言った。

「だったら、他の女と付き合う気ねーんじゃねぇの?――こいつは、情報のために気持ちもねぇのに女誑かすなって文句いってんだろ、つまり」

 真の側近たる樺地を従えて登場したのは、当然ながら氷帝が帝王。

「おう、跡部。まあ確かにその通り、別のやつに惚れる暇なんてあらへん」

「だろうよ。こいつ(岳人)はこれで意外と真面目だから五月蝿く言うだろうが、ま、俺は利用できるもんは利用するってお前の姿勢が嫌いじゃねえ。多分もそうだろうよ。あいつはそういうやつだ」

 繰り返すが跡部とは似ている。
 非常に気があってるが、同類なのでくっつかないのはありがたい――と忍足は思っている。
 で……出た結論。
 目を輝かせて忍足は聞く。

「俺って脈有り?」

 跡部が俺を好き。=様も俺を(以下略)
 狂った思考回路に、こちらの世界に戻ってきた岳人ともども跡部が嫌そうに顔を歪める。

「気持ち悪ぃ。ちょっとはましに戻ったかと思ったが、お前、の話題ふると乙女になるのやめた方がいいぜ?あいつ、あれで男前が好きだからな?」

(なるほど。男前か……ってことは……アレやな)

「跡部、侑士を煽んなよ」

「アーン?まともになるんだったらもう手段選んでる場合じゃねーんじゃねぇの?こいつが使えないと俺様も、お前も色々困るだろうが」

「でもよ……」

 そう、その「でも」の理由になってしまうもどらなそうな忍足の思考回路は

「そうか。様のためになき捨てようがなんだろうが女利用すればええんやな。まあ薔薇には借りがあるかて、新聞会にはないわ。目指せ男!俺はやるで。サンキュな、跡部!!」

 そして走り出す。
 女を真剣に「利用」するために。
 『様』のために。
 思考は「漢」――でもどちらかというと、なにやらあやしげなファン精神の方が過多な気がする。

 残された岳人と、跡部は

「ありゃ最悪だな」

「どうすんだよ、跡部!あれじゃ姫女の子たち……」

「ああ。認めたくねぇが、あいつが本気を出せば誰でも落ちるだろ。天才だぜ、あれでも。……むしろ正攻法で責めればも堕ちるかもな、今のあいつなら……」

「ならそういってやれよ!他の女に迷惑かけんな」

 微妙に話をきいていたクラスメートが岳人のファンに転ぶのも速そうである。
 岳人の剣幕に、流石の跡部も否定できず、頭を抱える。

「流石に俺の側近ってことになってるやつが、はじからの下を喰うなんて外聞の悪ぃこと許せねーじゃねぇか。何とかやつを回収しに行く……こい、樺地」

「………ウス」

 この後、数日、真剣に忍足を見張ることになった跡部であるが、天才は本物だった。
 裏で岳人が彼女(IN 姫女)に、

「最近、うちの子はじから泣かせてるらしいわよ、あんたの親友。どうにかしてよね」

 と呆れられ、

「できるもんだったら、跡部が直々にどうにかしてるぜ」

 そう命乞い(?)するのもそう遠くない未来。
 忍足の手段を選ばずはこの頃からスピードアップしていったという。

「さっさと、本人にアタックしてみればいいのに」

 今のところ正体は秘密。だが、かなりに近しいらしい岳人の彼女。
 岳人はそれだから忍足には彼女のことを極秘にしている。
 しなくても、今忍足は何も見えていないわけで、人をからかっている余裕もないだろうが。

「だよなぁ」

 あきれたため息をつきあって岳人は彼女を見やり、

「まあ、退屈しないからいいんだけどね」

 珍しくも派でも跡部派でもない自分の彼女の冷めすぎた答えに――むしろそっちもの知り合いなんだからもうちょっと何とかコメントしてやれよとか思いながら、自分ももうそろそろ親友を放っておくか……という気分になるのであった。

 

*岳人の彼女、正体ばればれ
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