□ めがねと彼 □
「一目ぼれや」

 唐突に相方が壊れたのは放課後のこと。
 教室に飛び込んできたのは午後三時半。
 岳人が補習を終えて、部活もないので――当然だ。今日は姉妹校である姫宮女子学園(通称「姫女」)との例会のため、生徒会以外どの部も休みなのである――帰ろうとしたまさにそのときであった。

「は?」

 思わず唸ったのも無理もない。
 岳人のダブルスの相方、忍足侑士という男は決して惚れっぽいたちではなかった。むしろ逆。
 クールな二枚目として、さらさらの髪と綺麗な目にコンタクト(この地点・つまり三年の春・ではまだそうだった)の彼は入れ食い状態で、女には不自由せず、下から上まで選びたい放題だったし、女遊びは跡部以上にすごいものがあったが、自分から求めることはなかったはずだ。
 岳人はそれをあまり好ましいと思っていなかった(正確に言えば、男なら夢だし、いいじゃん!とか思っていたのも、忍足に秘密で最近可愛い彼女をゲットして以来変わったのである)が、目を輝かせて飛び込んできた別人のような男にはさすがに黙り込んだ。

「もう一度言ってみそ?」

 最近試合以外じゃ少なくなってきた口癖まで飛び出す始末で、でもいつもやる気のない忍足の爽やかな笑顔――チャー○ーグリーンやぽっ〇ー(?)のCMにでも出られそうだと岳人は思った――に何とか反応する。

「だから、ひとめぼれや!」

「めばちこ?」

 そういえば格好つけてそんなこといってたなぁと思考がとびそうになるガックン(多分十五歳)。

「ちゃう!!一目ぼれ。男女が人目で恋に落ちることや」

「堕ちたのか?」

 お前に。
 それじゃいつものことじゃんと続けようとした岳人だが、忍足が丁寧に状況の説明をしだして止まる。

「つまりな、俺が生徒会室で王子様を見たっちゅうわけや」

「王子様?」

 わけがわからない。

「まさか侑士………男にまで……」

 手をだしたか。
 それなら納得がいく。
 それで別の楽しみを得て……こんなに変わってしまったのか。と岳人は彼女が呆れながら語った「女子校のよくある女の子の趣向話」を思い出し、硬直する。
 だが、

「生徒会室?」

 場所に違和感を覚えて、聞き返す。
 尋ねながら、そこで何が行われているのか思い出し、何となく状況を把握し始めていた。
 今日は例会の日。
生徒会室には、氷帝の生徒会会員と姫女の生徒会役員が親睦会をしているはず。跡部様は氷帝と「あちら」の学校で人気を二分している大スターなので、仕事は適当でいいという理由の元、気がつけば生徒会長を強制的にさせられており、そのお供に忍足を任命していたはずだった。
 なるほど……「女」だ。
 確かに見かけない種類の女は誰かしら忍足にまた新たに転ぶだろうが。

「でも王子って」

 呟きかけた途端、岳人の様子など放って、語り続ける忍足(たしかやる気のない低血圧男だったはずの十五歳)の言葉が耳に飛び込んでぎょっとする。

「えらい格好ええねん!あれは理想やで。もう跡部がかすんで見えるんや。すごいやろ?」

「跡部がかすんでって……相手女だよな?」

 思わず確認する。
 やっぱそっちの道に転換したとか?
 呟きはナイショである。

「当然やろ。綺麗やったなぁ。脚なんかすっとしてて(ここ重要!と突っ込みが入るが、岳人は圧倒されて聞いちゃいない)高飛車なんやけど、もっと上品な感じで、周囲の女子がきゃあきゃあ言ってるんやけど眼中にあらへん。せやかて、跡部と違うて、こう、なんていうんやろ、愛想があるんや。素っ気無いわりにしっかり相手にしとるんや。……まあ、顔あわせられへんくて俺、さっさと逃げ出してきてもうたけど……ああ!!勿体無いことしてもうた!」

 このどこがクールで大人?
 アダルティ?
 跡部の側近とか呼ばれて、何故かそんな言葉を冠している忍足侑士は影でこんなだった……という話は誰よりもまずこの自分、ダブルスの相方で私生活でも恐らく親友と呼べるだろう自分が知らない。
 岳人は幻覚だと言い聞かせるが、もう途方もなく続く相方の惨事(賛辞)に、諦めて、

「で?誰だって?」

と、取りあえず名前を聞いた。

 答えは本人ではなく、その本人に「馬鹿が。勝手にでてくんじゃねー」とラケットで突っ込みを入れた帝王跡部景吾であった。

「あっ、跡部様。すまへん。許してや」

 何やらあやしげな誤り方の忍足に跡部が一歩退いた。

「なんや、親しげやったよな?」

「あ、ああ」

「なんでもええ。情報くれへん?」

「あーん?」

 岳人はそこにきて――人の会話はさておき、ようやく誰だか納得がいった。
 
 氷帝に帝王こと跡部様がいれば、姫女には星の(?)王子様ことがいる。
 彼女はタイムリーに確か向こうの生徒会長で、跡部も。お約束だが、普段実質の仕事はうまく下にやらせている跡部が合同生徒会時にだけわざわざ呼ばれるのも、彼女に対抗したい跡部派(既に派閥まであるらしい)の動きあってのことだ。
 両校で人気を二分する2人は一言でいえば属性が同じだった。
 目立つ。麗しい。うさんくさいーーいや、多分どこかでパフォーマンス精神が旺盛なのだろう、時折言動が芝居がかってる。ちなみに、跡部が「〜〜よ」なら、は「〜〜さ」語尾で張り合うなといいたいが、言う奴も今更いない有名人。
 ともかく三拍子どころか四も五もそろっているにはちがいない。
 ちなみに、割合は氷帝で、跡部派7:3。姫女で、7:跡部3の互角であり、男女比もそう変わらない。(無論どちらにも組みさないものは抜かすが)
 ところで、普段の忍足なら「まあ大物に眼つけたな」で終わっているだろうし、「そりゃ落ちないぜ。跡部落とすっていってんのと同じだろ?」程度でスルーして、向こうもむきにならず「冗談や」で打ち切られるだろう会話だが、今回の忍足はみてのとおり違った。

「お願いや」

 真剣そのもの。
 AND乙女なうるうる目。
 跡部がげんなりしているのはきっとこの症状を多少なりとも理解してのことなのだろうが。
 岳人はこのときから早くも悪寒がしだしていた。

「まあ……」

 同じなのだろうか。
 跡部もやむないと知ってか――むしろ関わらないようにしようとしてだろう――あっさり話はじめる。

「あいつとは初等部からの付き合いだからな」

 初等部のときはいなかった(IN関西)忍足である。
 ちなみに初等部でも交流会はあるにはあったが、微々たるもので、跡部との家柄を考えると恐らく財界やら親の関係で出会ったに違いない。

「ずるいやん!」

 拗ねだす忍足は一気に子供化していて、実際おいおい……と真剣に思うのだが、ひとまず無視。
 岳人は跡部の紹介を聞いてみた。
 実のところ、その名前は諸事情により慣れ親しんでいたのだが、ここは第三者の意見を聞くべきだろう。

「まあ言うなれば俺様の女版だろう。いや、女くさくねぇし、空気が読める同士だな」

 珍しい褒め言葉に驚いたのは忍足も同じようで、特有の嫉妬の(女か?と思わせるような執念深げな)まなざしで続きを待っている。
 その後……

「部活は?」

 とうとうメモを取り出した忍足は「誕生日」「身長」などの公式データと(何故跡部が知ってるのか疑問だが、たずねればお互いに勝手にライバルにされたのにやさぐれて意気投合してるようで、公式は適当に作ったらしい。……とあとで、真実は岳人だけが聞いた)他に、いくつか有名なことを聞き始めた。

「「無所属」」

 声がかぶる。

「これは有名だから俺でも知ってるぜ」

 何故?と言われる前に岳人が言う。

「なんで俺、あないに綺麗な方をしらなかったんやろ。様はほんま普通であらへんで」

「あれだけ目立ってたのにわからねーなんてお前くらいだろ」

「だよなー跡部」

「その論理で言うと、俺様をしらねー「たらし女」も向こうにいるかもな」

 あくまで俺様に言ってみせる跡部に、忍足なみに男ハンターがいたら分かるだろうとつっこみかけるが、その女たらしの欠片も見えなくなった忍足の目は飛んでいる。

「せやったらなんで有名なん?」

 いや、訂正。
 むしろ必死の形相だ。

「ああ、あそこ女子校だろ?所属なくて、助っ人って制度の方が多いんだよ」

「それか!」

「もっときかせてくれへん?」

「すまんが、いちいちの出てるもんまでは流石にチェックしてねー」

 あいつも騒がれんの、疲れるときあるしなーと跡部が、むしろ重要事項もらしてるのに聞いていないファンとかしつつある忍足(むしろ初恋の女の子か?)に嘆息するかしないかのうちに「さらばだ」と走り去っていってしまった。

 調べてにいったのだろうが。

「さらばだって……」

「ああ、あいつの影響だろ?」

 最早聞くまでもなかった。

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 その後の忍足の行動は最速を極めた。
 手当たり次第に人に噂の彼女について聞いたのである。
 当然有名人なので、ばかばか話をきけたわけだが、数分で知れたことは敵対している(これは最早本人関係ないらしいとここにきて、さっきの言葉を聞いてなかった忍足はようやく知った)「跡部派」に阻まれ、行動不能に陥った。
 結局、めぐりめぐって自主トレで、唯一解放されている体操室に残っている部員を何とか捕まえて話を聞くことになった。

「ああ、あの人はすごいですよ」

 珍しく日吉が褒めたのでライバル視したくなったり。
 更に聞くと、武道も極めているらしく、道場主の息子である日吉は彼女の通う道場の師匠に紹介されたらしい。

「手合わせをもらいましたけど、あの人には完敗ですね」

「下剋上、せぇへんのか?」

 女性にはしないのだろうか。
 素直に「できません」と日吉が言うので、本気で尊敬であって、愛ではないと安心したり。
 また宍戸からは

「演劇の最優秀賞とったらしいぜ?クラスの女が騒いでやがる。ロミオ役だったけな」

と、とんでもない衝撃の告白をうけて、忍足は眼をハートにして「王子様や……」とうごめいたりもした。
 滝まで、

「ああ、ピアノコンクールも常連。あとは確かバレーボールと陸上だったけ?やるねー」

 知っていると知って忍足は灰に――もといハイになった。

「あかんわ。これはまず全ての写真と情報の収集をはじめるところからや」

 闘志の宿る瞳は誰にもとめられそうにもなく、結局岳人のところに戻ってくるなりそういって消えていった。

「なあ跡部」

「あーん?」

 残された二人はぼーっとしていた。

「……俺、もう侑士がわかんねぇ」<

 跡部は何も言わなかったが、気持ちが通じていると岳人は確信していた。

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 後日談(翌日の彼)

「……侑士?」

 思わず聞き返したのはわけがある。
 どおりで跡部が部室でため息をついていたわけだ(跡部の方が先に忍足に会っていたのだから)と岳人は了解する。

「おはようさん。なんや、岳人。辛気臭い顔しよって」

「お、お、お、おまえ……」

「ああ、似合うやろ?」

 そういって指したのは新品のめがね。
 確かに格好は悪くない、いやむしろ正直なところ、頭のよさが上がったようで今までとは違う系統のよさが前面に押し出されている。
 そして……

「髪もかよ!!」

 髪もさらさらの癖のない毛がいつのまにか髪質ごと?とでも聞きたいほど変化していた。

「元に戻しただけやねん」

 かげりのある年上系、わけありクール男に仕立てあがった彼に理由をきいて、更に固まることになるのはその数秒後。
 聞きもしないのに喜んで新制「乙女」忍足が耳打ちで(可愛く)教えてくれた。
 やめれーと叫びたい岳人に、とめる間もなく。

「あんなぁ、昨日きいたんや」

 差し出された紙には「姫女校内新聞」という題名とともに、特集(トップ)記事、『王子様の私生活』と銘打たれた原稿と……インタビュー

『どんなタイプが好きですか? 髪の長めの子かな。癖がある髪なんてとかしてあげたいものさ
Aさんからの質問ですが、眼鏡についてどう思いますか? 眼鏡は知的に見えるね』

「これか……」

 心のそこから罵倒したくなった岳人を、見ていた部員は皆(後で理由を知って)応援したのは言うまでもない話。
 しかし何故?と問いたいことに、この日から影がある男と評されるようになり、忍足の人気はますますあがった。(跡部の側近扱いされ、周囲が近寄らないため性質はばれないし)さりとて仲間内では狂ったとか乙女化したと恐れがられるようになるのもまた事実。
 この後、更にまた「たらし」忍足がとある事情で光臨するようになるのだが、それはまた別の話。

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 おまけ。その放課後待ち合わせて帰ったがっくんと彼女(まだ秘密だが、姫女の生徒)の会話。

「生徒会お疲れ。断っといたくせに、また呼び出して悪かったな」

「いいわ。これくらい役得がなくちゃやってられないし、ちょうどよかったのよ」

 生徒会の役員である彼女には前日、間違っても跡部に転ぶことはないだろうからと思って何もいわなかったが、一応、相方にほれるなと警報を出すべきだったかと思いなおした午後。
 もしもあのまま「乙女」な忍足だったら、万が一ほれることもないだろうが。

「侑士見たか?」

「顔はあわせなかったわ、残念ながら彼物凄いスピードで帰っていったから」

(やっぱり)と安心しながらふと思う。

「何かあったの?」

「あ、ああ……そっちの王子にあいつべたぼれになったみたいで人が変わってて怖い」

に?そう」

 もともと素っ気無い彼女は少しだけ意外そうにはしたが、すぐに「それだけ?」と目で問うてきた。

「まあお前に手出されなくてよかったけど」

「私が転ぶと思ってるの?」

「そりゃ……」

 思わないと言い切れない交際期間数ヶ月。
 恥ずかしいと思いながらも下をむいたところ、彼女がくすっと笑った気配があって、余計へこんだ。
 しかし、顔をあげると

「馬鹿ね。ありえないわよ。……岳人」

と、言葉とともに優しいキスが降って……

「私との共通の趣味知ってる?」

「?」

「可愛いものが好きなの。それも格好よくてね」

「………」

「そういうことよ」

 岳人は両方だもの、と駄目押しをされては負けたも同然。

「そうか。ならもう一度……」

 格好つけないわけにはいかない。
 相方が可愛くなっていく(?)のも逆現象で必然なのかもしれないと納得するのだった。

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