□ 薔薇と彼 □
「お兄さん、かっこいいよね。ね、よかったら遊ばない?」

 わざわざ私服に着替えて出直してきた行動の理由は、ナンパなんていう安いもんじゃない。

(この身は既にあの人に捧げたもんやし)

 忍足は反射で返す。

「うざい」

 しかし馬鹿な女子学生は引き下がらず、腕を掴んでくる始末。
 これが同じこの学園の生徒かと思うと嘆かわしかった。

(まあ。それいうたら氷帝(うち)も同じようなもんやけどな)

 たちの悪い一部の跡部ファンを思い返しながら、静かに手を振り払ってなれた口調で告げる。

「あんた、【薔薇】やないんか?そろそろ散る時間やで。部外者ならさっさと消えんでええの?」

 呟かれた台詞に相手が凍りつく。

「まさか、【薔薇】の知り合い?お姉さま方の……」

「そうや。わかったらさっさと行き」

「……貴族組の彼氏なの?」

「まさか」

 薄く笑う。
 薔薇はあの人の親衛隊(ファンクラブ)。貴族組は付き従うことをときに許されるエリートたちのことを言う。
 彼女ら、特にトップを任される隊長とは交友があったがわざわざ教える理由はない。

「あいつらは男よりも惚れこんどる人がおるやろ?」

 冷たい拒絶に今度こそ少女は走り去った。  忍足は後姿を見もせず、待ち続けていた。  そのときを……

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 数分後。

(あー綺麗やったあ。至福のときや……)

 もう頭はめるひぇんにスイッチが切り替わっていた。
 理由は待ち焦がれた思い人の下校を覗いたこと。
 ストーカーやん?という突っ込みはノー。
 公然と許されたそれは特例の行為。

「出待ちご苦労さん」

 女が近づいてきた。
 先ほど目的の彼女に付き従っていた、「薔薇」の隊長だ。

「ああ。すまへんな。特例やいうても男なんかがおったら問題あるやろ」

「まあ工作は面倒だけど、あんたは特別だって。なんてったって、本気でほれ込んでる同士なんだし。あー、もうっ!!あんたが女だったら薔薇のトップ任せるところよ」

「嬉しいわぁ。でも俺は男やからあの方に惚れたんやで」

「それでもいいって。跡部派どころかそのおつきその2かと思ってたオッシーが、よもやマジにマニアだったとはねえ」

「そりゃ、男より――というか全人類見てもあんな理想おらへん。こう足がすらっとしてて、めっちゃ綺麗やん。踏みつけられたいとかは思わんけどそうされても本望や」

「病気だわ……でも分かる!!!さすがオッシー。男の中の男。跡部よりずっと男前だと思う!」

「おおきに。ところで、隊長さん、あれはどうした?」

「例のぶつね」

 女子高生は怪しげな袋を取り出した。
 MYアルバムと記された怪しげなファイルを開くと出るわ出るわ……
 目も覚める美少年の写真。
 ただし一人限定。しかもスカート姿――そう男とも見まがえるほどの格好いい女子高生。ここ姫宮女子学園(通称姫女)の英雄にして、生徒会長、のブロマイドであった。

「あー!!これめっちゃええ構図やねん。買ったと思ってたのに、コンプリできとらんかったか」

「それは姫女演劇部の前作よ。幻の一枚。……でもオッシーになら安く売ってあげてもいいわ。その代わり……」

「わかっとる。ぬかりない」

 MYアルバム(小売用)と記されたアルバムを徐に取り出す忍足。
 中からはばらばらと出てくる……

「私はいらないんだけどね」

「そらそうや。俺らはあくまで派やから」

「けど、これで買える秘密写真があるから仕方ないってもんよ」

「そういうことやな」

 ぎっしり詰まっているのは忍足の部活の部長にして、旧友(かなり近しい友人、親友とすら呼んでいい)跡部景吾様の大量の写真であった。

(すまへん、跡部。せやかて背に腹は変えられへんのや)

 友人をうってまでして、手に入れる根性、そしてでまち……そう忍足は筋金入りの「」派なのである。
 そもそも氷帝学園と姫宮女子学園は姉妹校であった。
 そして氷帝に帝王跡部景吾が君臨しているように、姫女にも王子がいた。女帝ではない。あくまで王子様なのである。宝塚の男役のような、173のすらりとした長身に短い髪。メゾアルトの甘い声。あくまでさわやかな色香を漂わせる彼女の名は
 氷帝の跡部、姫女のというのはここら界隈では知らぬもののいない美形王子を指す代名詞になっていた。ちなみに氷帝では7:3、姫女では3:7でそれぞれ母校の王子に多くファンがついているが、人気は二分されている。
 幸か不幸か、忍足が真剣に憧れた「星の王子様」(平部員とはいえ天文部なので候呼ばれる)は彼女であった。
 ここ数ヶ月の苦労振りが思い出される。
 写真のコンプリートのために走り回って、出待ちをくりかえし、その前の許可をえるため薔薇の面々に頭をさげ、友人の写真提供と引き換えに写真を貰うことを繰り返した日々に目頭が熱くなる。
 そして、今日ひさびさに憧れの様を目の前で観られたのである。

(なのに、まだ変えてないアングルの写真があったなんて……)

 しかも過去のぶつ。
 収集はひとまず終わったとため息をついていただけに、自分のチェックの甘さに涙が出てくる。
 忍足は写真を引き換えると薔薇のトップにむかって、恥ずかしげもなく頭を下げた。

「同士なんだから気にしないでいいのに」

と彼女は言ってくれるが、氷帝での風はまだ冷たい(特に友人達)。
 なんだか相まって彼女の言葉に、胸が温かくなる思いだった。

「で、ところで、明日だけど天体観測日よ。来る?」

「あ、ああ!勿論いかせてもらうわ!」

 必死に返事。
 それは特別体験。
 一年に一回の憧れの日なのだ。
 一般公開なので、薔薇のOKさえ出れば(ここが重要。事務所を通してからという意味では桐野は既に芸能人なのである)参加可能なイベント。
 忍足は涙をぼろぼろ流しながら約束した。
 しかし、世の中はそううまくいかない。

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「跡部様ぁ〜〜〜〜〜〜〜」

「しつこい」

 あっさり切り捨てる帝王に泣きつくのは忍足である。
 最近良く観られるこのシーンに、流石の跡部のファンクラブ(こちらも跡部の「うぜぇ」の一言のもと、大概遠く離れている)は沈黙を守り、目をそむけ――以前の彼を知る周囲の友人は呆れ顔を向ける。

「お願いや〜!!今日だけ!せめて一時間でええ。早めに部活切り上げてーな!」

「駄目だ。今日という今日は出てもらう。……っつーか、ネタは上がってんだぞ?」

「ん?ん?なんのことやろ」

(あかん、写真のことどっからもれたんやろ?)

 お冠としかいえない跡部の様子に、忍足は焦りながら原因を探すが、

「岳人、きちんとパートナーひきずってこいよ。それからお前はグランド二十周追加。ついでにマネージャーの手伝いな。売った写真の代金分こきつかってやるから有り難く思え」

 犯人は楽に知れた。
 ダブルスの相方。
 別名影の男前、向井岳人。

「分かったな、侑士。諦めろ」

 潔いまでの言いっぷり。

「俺をうったんやな〜」

「そりゃ当然のことだろ?お前、最近可笑しいって」

 それはそうだ。
 彼女のシンパになってから忍足は完璧に壊れた。
 乙女化。
 涙がうるうるの目で迫られると、流石の岳人も退く。
 跡部など真剣に嫌がってるし、ジローにいたっては面白がるを通りこして心配しているときすらある。宍戸は近づかなくなり、長太郎と日吉は捕まって「無駄なのろけ話」(単なる観察・体験記)を聞かされないよう逃げ回る始末。
 部内はこの男のせいであれていた。

「おれ、あの人苦手だなぁ……跡部のが断然いいよ。うん」

 滋朗の言葉が身にしみるテニス部レギュラーAND準レギュメンバーである。

「そうっすか?でも先輩自体はいい人ですよ」

 これは長太郎。
 派というわけでもないが、部内で唯一均衡を保っている方だ。
 ちなみに日吉は例外で、下克上根性を女性に向けないという一点の理由により、確実に派なのだが。
 当然といえば当然。
 縄張り的にもここはきつい。
 忍足は滂沱の涙と共に、ラストチャンス。
 うるうるさせた目で跡部を見つめる。

「……んだよ?」

「お願いや、後生やから!!」

「で?今日はなんなんだ?写真の即売会か?オークションか?そういやこないだの最高値は俺様と張る1万5千円らしいな。まーにしても安いけど、お前工作したんだって?」

「(ぎくっ)」

「あっ、それともようやく思いが遂げられて、デートでも取り付けたか?」

「なわけないじゃん。な、侑士」

 相方の正しいつっこっみが痛い。
 泣き出す忍足をうざそうにどかして、ジローが机につっぷした。

「(ぼそっ)うるさいC」

「うえ〜〜〜〜〜〜〜ん」

 あーあ。
 こんな日常やだ。
 誰が呟いたのだか。
 だが、これが始まってもうかれこれ三ヶ月がたつのだ。
 いい加減慣れた。

  「じゃ、後でな」

 キンコンカンコーン

 昼休み終了の鐘にそれぞれクラスに散らばっていく。
 忍足は男泣き――というよりめそめそと涙を拭きながら、とっておきの作戦(五時間目も蹴って姫女に通おう大作戦)に出ようとさり気なくかばんを手にし……

 げしっ

 まだいた岳人に蹴り倒された。
 流石は相棒。
 伊達にとんでるわけじゃないらしい。
 五時間目が終わった後も、岳人は男らしく席の前まで迎えにきて、

「おい、行くぜ」

 まるで跡部様のようにのたまった。
 忍足は強引な方法に弱い。なぜなら彼の憧れのあの人がまさに、そういうタイプ(女版跡部)であったからなのだが、岳人は逆にばんばん男を磨いていた。
 女々しいやつがそばにいると、人間勝手に男にならざるを得ないらしい。
 同情を禁じえない跡部が、

「ありゃ、もう完璧に立場逆転してるな」

 そう評し、周囲の(ばればれに違いない)状況を把握する人々がその言葉に大きくため息をついて答えた。
 まさにそのとおりである。

**********************************

「……で?どこがいいの?」

 間違えはジローの一言だった。
 うかつにそんなこと聞こうものなら……

「まず、冷たい瞳やろ?それから真っ白な肌に綺麗な睫と髪。意地悪なとこも背高いとこも皆や!そう皆!」

 あー
 可哀想なほど露骨に呆れる面々。
 だが、本人はきづいてないのが最大の不幸だ。
 ともかくそれでも部活に出てきただけいい――そう思っていた氷帝テニス部メイツ。
 それもまあ、この後延々と続く言葉を聞くまでの話。

「あの、人を見下ろせる視線も、でもどこか格好ええ微笑みも。全部や〜!スカートの短さがたまらんていうやつもおるけどな、どっちかっていうと、運動してるときの姿の方が惚れるねん。跡部なんかより断然ええやん?なんでわからへんの?……(以下延々)たべごろやんな」

「……………」

 シーン。
 沈黙はどこに落ちたのか、本人も気づいていないらしい。

「なんや?綺麗やろ?俺の王子様」

 語尾のハートマークは乙女のもの。
 だが

「……なあ、跡部。食べごろって……」

 ジローでも聞き逃せなかった昔版忍足侑士(=現役たらし)の復活のような台詞に跡部はため息をついた。

「きくな。俺様はきこえてねぇんだよ」

 複合されると正直キモい――嘆くわけにもいかない部長はだんまりを決め込むことにする。
 ある意味似た者同士のに同情をよせるが、自分にはここまで熱烈にやばいファンがいなくてよかったと心底考えている。

「跡部、侑士のやつ、さっさと向こうにやっちまった方がよかったんじゃ……」

 流石に岳人もひくほどだった。
 三十分後。
 結局、気持ち悪さには勝てず、忍足を解放することになった正レギュラーは監督が気まぐれで今日の練習を休んでくれてよかったと天に感謝していた。

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「おそいじゃん。もう終わっちゃったよ」

 がーーーーーーーーーーん。
 うまくいかないものはうまくいかない。
 もてたはずの忍足が一目ぼれで変態とよばれる一歩手前(今のところ一般生徒にはばれていない分すごいのかしれないが)になったり、実は担ぎ上げられて敵対させられて見える跡部との中が、まるで手塚と跡部のように微妙なわかりあった男の友情を呈していたり、岳人が男前なうえ、実は忍足がのどから手が出るほど欲しい情報筋(姫女)に彼女をゲット済みだったり……世の中どうまわるかわからなければ、それがよく進むか悪く進むかも分からない。

「落ち込まないでよ。その分、いい情報仕入れたからさぁ」

「えっ!」

 すぐにも乙女のようにもじもじ始める忍足は気持ち悪かろうが、周りに理解されなかろうが、なんだろうが幸せなのかもしれない。

「今日、ネット【裏】オークションにかの君の生写真とりたてが出品。出所は珍しくも白百合の君」

 白百合の君――天文部の部長にして、かの君こと、憧れのの幼馴染。
 豆知識おしまい。
 はい。
 当然忍足は叫ぶ。

「落とす!」

「残り十時間!!!頑張ってね。私は財力的に及ばないから」

「バイトならまかしとき」

「…………あんた生活費もけずってるもんね」

 それでも幸せそうにへこんで泣いているのだから……この先もきっと忍足のおっかけ人生は続く……。
 そう。
 次の日、たとえ――

「岳人〜武士の情けや。昼めしわけてくれへん?」

「やだ。お前、どうせ金全部写真につかったんだろ?」

「これで三日めしぬきやぁ」

 こんな事態をむかえ、あまつさえ、

「練習にも来いよ。今日は監督がチェックにくるんだぜ?」

 と、運の悪いスケジュールになやまされたとしても……。
 頑張れ、忍足。
 報われる以前に、まだ顔さえも覚えてもらえていないのだけれども。

 

 *いつ会うんだろう
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