□ 帝王と彼 □


「付き合うことになったんだろ?いいじゃねーか?」

 いいながらも跡部は違和感を覚える。
 横で毎日のように「!」言いながら、浮かれ暴走っぷりを疲労してきた忍足が、いつになくシリアスにため息をついているからだ。

「よくないんや……」

 缶を蹴って、忍足はベランダに腕をついた。
 寄りかかって遠くの空を見る様子はアンニュイで、跡部はもう何ヶ月も前のことを思い出す。
 ――そういえばこういうキャラだったな。
 女ひっかえとっかえ。跡部の側近、クール系など、総称はまだ残っているものの、少なくとも当人の近くでそれを使う人間や、素行を注意する人間はもう消えていた。
 逆に岳人のように良識人は、別の意味でまだ忍足を憂いていたが。

「アーン?何が悪ぃんだ?あいつをしとめるなんて中々できねーぜ?ファンが嘆いて大変なんじゃねーのか?」

 ――もしかしてそれか? 
 はっとして、跡部は様子を伺う。
 可能性はある。
 跡部に一時的な噂が立ったときも相手の女はファン倶楽部から呼び出しを受けていた。
 のファンともなれば、「気品」にウルサイ薔薇(リーダー格のファン貴族のグループ)が手出しはさせないだろうが、疎まれるという意味では全く同じである。
 本人や薔薇には見えないところで、既に忍足は何かされているのかもしれない。
 まして相手はほとんど女だ。
 のせいで、女たらしの果てまで行き着いたが、彼女がゆえにフェミニストにもなった忍足には、無碍にやり返したり避けたりすることはできないだろう。

「……むしろ泣いて喜ばれたわ。完璧なファンや!許すって薔薇の隊長さんにもお墨つきもらってんのや」

 跡部の心配は杞憂に終わった。
 忍足は「恋に生涯はつきものやで?その方が萌えるわ!」などとまたわけのわからないことを口走っている。

「じゃあ何が問題なんだよ?」

「……本人」

「はぁ?」

「本人や……ほら、あるやろ?――ん?跡部には経験ないかもしれへんな。本当に憧れたもん手にいれるとどうしたらいいんかわからんのや。王子やで?上流階級や!それが俺みたいな庶民とおって……不安にもなるやろ?」

 わけわかんねーよこいつ……
 と心底跡部が思ったのはいうまでもない。

「あいつがそんなこと気にするか?……そもそも庶民じゃねーだろ、てめぇも」

「ま、氷帝はボンが多いわ。確かにうちかてそこまで激貧やあらへん、中流上以上や。けどなぁ、跡部。あれはもう気品がちがうんやで?」

 ようやく調子を取り戻したらしい。
 こういうのもなんだが、跡部はそろそろこの気持ち悪いと相方にど疲れている仕様の忍足を見ないと落ち着かないほど慣れてしまっていた。
 時間とは恐ろしいものである。

「馬鹿か?」

 お決まりの文句を返して(これもどうだろう?)跡部は忍足を無視して、教室に戻ろうとした。
 気づいてしまえば簡単なことだった。

 ――これはのろけってやつじゃねーか?

 そういうことである。
 しかし、立ち去る前にものすごい力で引き止められ……
 
「おい?」

「…………そうやな……」

 顎に手をかけて、カラダの線を身体検査のように軽くたどって……真剣に逃げようとする跡部に昔ながらの「たらし顔」で忍足が迫ってきていた。
 ついでに言えば、後で跡部派この光景を「ヤツの目はマジだった」と苦々しく思い出すことになる。
 「きゃー」とか遠くで女どもが奇声を上げた。
 最早黄色い声ですらない。
 ぎょっとしたクラスの男子と目が合い、睨みつけてから何とか忍足を引っぺがしたが、跡部はものすごい力で肩をつかまれていることに気づいた。
 何とか引き離そうとするが、忍足は身じろぎもしない。

「何やってんだ?アーン?」

「跡部や……跡部やと思えばええんやな……そうか……跡部か」

「は?」

 なにやらまたトリップしているらしい思考に跡部は疑問符を投げて、それから取りあえず……

バギっ 

 殴りつけておいた。
 *    *  *  *  *  *  *  *  *  

「痛いやん、何さらすねん?」

 さっさと教室に入った跡部を追いかけて、忍足が頭をさする素振りを見せる。
 跡部はどうせわざとだろうと、特に気にせず、自分の席に腰掛けた。
 ちなみに別のクラスである。

「何すんだはこっちの台詞だろーが」

「あー……」

 忍足は前の人間の座席を陣取ったが、既にまた怪しい目に変わっていた。
 ぎょっとして跡部は後ずさるも、今更立ち上がって逃げるには不自然だ。

「あのな……言い辛いんやけど……そのな……」

「アーン?はっきり言えってんだ」

 気色悪い。
 言ってもいわなくても同じだろう。
 ――乙女くさくなりやがって……。
 跡部がため息をつこうとしたそのとき、またも半端に男前な表情の忍足にとんでもない言葉をかけられることになった。

「俺とデートせぇへんか?」

「は?」

 今日三度目のフリーズ。
 他の人間にはどうやら聞こえていなかったらしく、大きな声になってしまった跡部の方にばかり視線が向けられたが原因など分かりきっていた。
 跡部は取りあえずヘッドロックで応戦しようかと思ったが、今日の忍足には勝てそうもないと直感で悟り、大人しく、

「何言ってやがる」

 バキッ

 やっぱり殴りつけておいた。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  
 話を聞いてしまえばそれは単純な理由だった。
 つまるところ、跡部と同じ属性のの前で、単なる一ファンに成り下がってしまう忍足が、跡部をに見立ててデートの練習したいということだった。
 当然跡部は黙らせる為に、グランド三十週を命じて、相方の岳人に見張らせたが、効果は薄い。
 何故なら今日は合同生徒会があるからだ。

「侑士か?どうしていた?」

 校門ですぐさまを見つけて走り出す忍足を止めるだけの気力が岳人にはなかった。
 むしろの横にいる=自分の彼女目当てで、ガードが緩んだという話もある。

「(や!)」

 忍足は目が潤みそうになったが必死に言い聞かせた。
 跡部で練習ができなくても、目の前の人間は「跡部」なのだ。
 女版跡部。
 そう、跡部にしているように振舞えばいい。
 の惚れた忍足侑士という男は確かに、こんな潤目の乙女ではなく、おっかけでもなく、クールでだるそうな昔の忍足だった。
 いや、今でも十分そういうところがあるが、にだけはおかしくなる。
 そもそもこのおかしなカップルが成立しているのは、忍足が暗闇で彼女がだと気づかぬうちにであったからであって、そうでなければ「クールでやる気の見えない男」が好きなには見向きもされず終わっていたはずなのだ。

 ――跡部なら、どうするんや?

を待っとった。今日合同生徒会やて聞いたから、じきにくるな思うてな」

 精神統一完璧。
 それではもう恋人も何もないだろ?と横で岳人たちが見えていることにすら気づかずに、忍足は「見えない跡部」と会話をしていた。
 ちなみにその光景は当然、ホンモノの跡部本人にも流れ、帝王跡部は頭を抱えることになるわけだが、それはまた別の話。
 からすればこの侑士も侑士なのだから、いつもより少しおどおどしてないな?出合ったときのように格好いいなという程度の感想である。

「迷惑やった?」
 
「いや……嬉しいさ。お前とは中々会えないから、どう口実をつけて会いに行こうか悩んでたんでね」

 騙されている……というか忍足が自分を跡部だと思っているとは想像もせず、は実に彼女らしい調子でそういったものだから、忍足は更に苦難に耐えねばならなかった。
 心臓はドキドキしっぱなしである。
 まさに脳内体内は全て恋愛の周波数で構成されている状態だ。

「ん?どうかしたか?」

「いや……跡部が待ってんねん。ほな、いこか」

 身もだえしたいほどの心地を抑えて言えば言うほど空回りでクールになり、そんな忍足には惚れていく。
 可笑しな循環に気づいているのは、事実をほぼ正確に見ている岳人と、

「あー今度は侑士のやつ、何やってんだ?あれ、おかしいよな?」

「……そうね。なんていうか……毎回の目つきやら挙動不審以上に、あそこまで化けると感動すら覚えるわ」

 だけ。

「まあもうのことだから、半分以上気づいているはずよ?どこか変だって。それで面白がってるんじゃないかしら?」

「さすがにそれは侑士が可哀想じゃん?くそくそ侑士!アホなんだよ、あいつは」

「騙されてるってワケでもないと思うわよ。が面白がるってことは……ほら、帝王と比較すればわかるでしょ?跡部が面白がるのは何よ?」

「あー……」

 納得言ったらしい岳人は微妙そうな表情をうかがわせた。
 跡部=の構図を使っているのは身近にいるもの皆だった。
 よく似た性格。
 だからこそ片方がつかめれば分かる。

「結構気に入ってんだな、あれで……あんなの侑士も」

「そうね。ただ、あのクールっぷりに瞬間でも目を奪われたのは事実だから……どっちに転んでもあそこはうまくいくんじゃない?」

 そうつまりそういうことだった。
 *    *  *  *  *  *  *  *  *
 翌日。

「なあ跡部」

「もうお前いいから黙れ!」

 事情を知らされた跡部はますます眉間のしわを濃いものにしていた。

「ツレナイなぁ。ええやん?ちょっとくらい……」

「あいつのことはあいつに聞けよ」

「せやって……」

 結局忍足は乙女のままだった。
 むしろ、男にしろ女にしろ関係なく、好きな人間のことは知りたいということなのだろう。
 ただ、昨日の成功に味を占めたのか、朝から跡部の教室までわざわざきて質問ぜめにしていることを考えると、周囲も跡部に同情をよせる始末。

「次は休日デートなん?どこにいったらええ?」

「てめぇで考えろ!」

 をゲットするために走っていたときは散々調子のいいことを言って、女から情報を貰っていたくせに、なぜその手が本人には使えないのだろうか。
 忍足をおいやって跡部は、お騒がせの原因、自分とよく似た噂の女を思い出した。
 生徒会に忍足と連れ立って現れた彼女はごく自然に忍足を下がらせ、合同文化祭の統括を始めたが、さり気なく隣の席の跡部にこう告げたのだ。
 「あいつは面白いな」と……。
 それはつまり気に入ったのだという証。
 ついでに、
 「私のファンだといいながらも、何でか完璧に好みになるときがあるんだ。お前が羨ましいさ、跡部よ」

 そう魅惑的な笑みを浮かべるに跡部は「分かってやがるなら何とかしろ」と悪態をつくだけだ。そんなことしようものなら「つまらないな」と言い出す彼女の性格が分かってしまうあたりが問題なのだと自分に理不尽にも腹を立てつつ……。

「いくら似てるからってあいつは女だろーが?」

 呟いた瞬間、忍足が過剰反応を起して、

「そうか……跡部とはできへんことをすればええやん……せやって、そんときまで跡部の想像するんか?それはキツイなぁ。俺、女の方が好きやで?」

 というものだから、「女と男だけの差で選ばれてんだとしたら、複雑だ」と感じて、

 バキッ

 ここでも殴っておいた。

 その後、「それはまずい……」と考え直した忍足が自ら

 「のとこに行って来るわ、自分最近人のこと気安く叩きすぎやで?」

 なんていう更に疲れる発言をおいて、去っていく頃には跡部は後で様子を見に来た岳人のみならず、長太郎や果ては宍戸、日吉にまで次々と同情されてしまっていたという。
 一方、さっさと出かけていった忍足がの扱いを覚えて、段々と「跡部、跡部……」の呪文を唱えなくなるのには大体一週間を要したと言う。

 END

 

 *恋に落ちた直後編
 ゲームと微妙に被るため頭が必要な今日この頃……微妙に設定が違うからプチパニック
BACK