□ 支配のきっかけ □
 人のいない音楽室を求めるのなら昼休みは早い時間。
 放課後は準備室。
 朝ならばいつでも平気。

 の登校時間が無駄に早いのはそういう理由だった。

 ピアノは4つのときから習っていて、一日一度は触れないと気がすまない。
 だが学校からの距離を考えると、生徒会の活動などを終えて帰った後にはもう許されない時間なのだ。
 金持ちな実家の状況を知っているから両親を説得して防音室を作ってもらうところまではこぎつけたが、工事は数ヶ月先。
 しばらくは音楽室のグランドピアノで代用というわけだ。

 学校につくと教室には寄らず(時間のロスになる!)音楽室のある特別棟に直行。
 音源のいい第一音楽室に忍び込む。
 担当の女教師に気に入られる程度には腕前があったから、鍵はフリーパスで借りられた。
「長くやってるからってそうそう上手く弾けてたまるものですか?」と言いながらも、他にやることがなくて続けていた結果の腕だが、自宅よりいい設備(たぶん国内最高だと思われる)、ピアノをいじれるようになるとは、ありがたいばかりだ。

   その日もピアノをいじっていた。

「誰だ?」

 演奏が中盤までいった辺りで入ってきた者がある。
 かなり背が高く、すらっとしたスーツ姿の男。

「弾いてちゃ悪い?」

   声を返す。
 相手は見慣れない顔だが、三十代、ないし四十代。しかしその年代で学びやにいるからにはまず想像される教師とはどうあがいても結びつかなかった。第一、教師ならばこの時間は会議だろう。
 合唱部や演劇部、文化系の部活動は大抵外からの顧問を雇っている。ましてや吹奏楽などはパートごとに指導者がついているような話も聞く。そのうちの一人に違いないと、玲は思った。

「いや、続けてくれ」

 薔薇のスカーフが目立つ男は、そう先を促した。
 問題はない……見て取って、は演奏を続ける。
 さっきより一層煌びやかに。
 人がいるとこうも張り切ってしまうのは性質なのか、相手の落ち着いた様子が癪に障ったせいか。
 数曲思いついたままに弾いてから、休憩しようかとそちらを見ると、相手は眉に一層しわをよせて考え込んでいた。
 見ようによっては無表情とも取れるが、には分かった。
 少し可笑しくなる。
 相当の神経質らしい。
 小さなことは気にしない主義の玲としては、観察するような相手の目の意図が読めず、そこにワクワクさせられていた。

「第二章の四小節目がずれている」

「ええ。そうね、音が汚くて嫌いなの」

「複雑さがいいと思うが?クラシックは譜面どおり踏めてその上に表現を求めるものだ。お前のように、簡単に弾けたつもりで賢人の美学を崩すのは許さない」

 呆れた。
 これではまるきり吹奏楽の[先生]だ。
 確かな部分もあり、気持ちのうえでも認められる。
 真剣に弾いていたから、その感想はある意味真摯ともとれる。
 でも、は椅子から立ち上がらずにあいての腕を引き寄せて言った。
 からかうような口調だ。

  「何をしたいの?私はピアノを弾きにきてる。まあ聞きたい気持ちも分からないではないけれど、批評したいなら帰って?……うまくなりたくて弾いてるんじゃないの。残念ながらこれは気晴らし」

「勿体無い」

「私が決めるわ。別に忠告を聞かないわけじゃないのよ?……ただね、私はジャズが専門。クラシックは趣味。カチッと弾けるからこそ、ね。分かるでしょ?」

「ああ」

 無口でいけ好かないと思った。
 ならば邪魔しないで出て行けばいいのに。
 どうしたものか。

「崩してみたら?」

 言葉は口をついて出た。

「そうね、手始めに私と不倫なんてどう?」

 言って気づいたことがある。
 ――なるほど、私が崩したいのはこの男なのか。
 クラシックな人間。
 退屈な男。
 たぶん、そうしてるだけの……

「ねえ、名前は?」

「榊太郎だが?……それから残念ながら独身だ」

 【榊】ね。わかった。
 と納得した素振りで、腕を絡めて、更にそのまま……

「スリルにかけるわ」

 微笑を浮かべた。
 は、最初こそ本当にそう思ったのだが、どこかイタズラをしているような感覚を覚えた。

  「…………………役不足か?」

 相手が予想外のコメントをくれたせいで、拍車がかかる。
 は答えを返さなかった。
 男を知らない時期はとうにすぎていて(この年でソレも問題だが)でもけしかけるにしろ、積極的に行くタイプではなかったはずだ。

「屈服させたいっていうと怒るでしょ?……詰まらないじゃない?」

 おかしな成り行きになったなぁ、そう思いながら、首を上に逸らし、榊のネクタイを引き寄せてキスした。

 榊は従順に従った。

  「可愛いっていったら怒るわね?」

 今度こそ少し嫌そうに顔をしかめた彼を見て、は笑った。
 年相応の笑顔になるから、本気で笑いたくはなかったのだが、思わずふきだしてしまい、

「……どっちがだ?」

 やり込められそうな雰囲気を、唇と力技一つで退かす様子はやはり年以上に大人で……

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  「……ねぇ……欲しい?」

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 クスクス
 でもテニス部顧問・噂の教師とは知らず、ピアノに押し付けて彼に迫る制服姿ははたから見ても艶やかなのにどこか可愛いらしい。
 何より甘い責め苦を与えられている当の43歳だけが、そんなことを思っているなど、誰が気づいただろうか。

 だからこそ、後で

「……反則よ、見かけ若すぎ。せいぜい36くらいだと思ってたわ」

「……どっちがだ(実のところ年齢以上に幼い顔をして誘うじゃないか)」

 口に出した真実に含まれる「絶妙の嘘」に、玲は気がつかず最初の「支配」は彼女にいった。

「教師だなんて聞いてないわ」

「…………」

「問題よね?私に迷惑がかかるんだから、言わないでよ?……その分好きにさせなさい」

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 数ヶ月後 IN朝の音楽室

「…………待ってた」

 告げるのは榊=教師。

「ここに朝来る必要なんてないでしょ?榊には」

「いたら悪いか……」

 口をついて、出た言葉が拗ねたような響きを持った。

 立場が逆転したのは、このささやかなアヤマチのせいなのか。
 榊がを一瞬でも可愛いと思ったことを後悔したかどうかはわからない。

「ねえ、榊?【最初】を逃すからいけないのよ?」

 可愛いなんて甘い言葉じゃ勝てないのだと、は綺麗に笑った。

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 ひと気のない音楽室を求めるのなら昼休みは早い時間。
 放課後は準備室(時にテニス部部室)。
 朝ならばいつでも平気(朝練の途中はこちらにいるから)。

 の登校時間が無駄に早いのはこういう理由になった。

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微妙にしくじった?……書き直すかも。……この人のRゲ作りたい(ヲイ  バシバシ攻め落とす真剣な逆ハ勝負もの・ただ確実にジロには嫌われてるかと。ウチ的清純とは傍目にバトル繰り広げ、黒チョタを育成(コレは本編でお目見え予定?)。忍足は同類で跡部と榊を責める……んなもんイラナイデスか?(真剣)