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人のいない音楽室を求めるのなら昼休みは早い時間。 放課後は準備室。 朝ならばいつでも平気。 の登校時間が無駄に早いのはそういう理由だった。
ピアノは4つのときから習っていて、一日一度は触れないと気がすまない。
学校につくと教室には寄らず(時間のロスになる!)音楽室のある特別棟に直行。 その日もピアノをいじっていた。 「誰だ?」
演奏が中盤までいった辺りで入ってきた者がある。 「弾いてちゃ悪い?」
声を返す。 「いや、続けてくれ」
薔薇のスカーフが目立つ男は、そう先を促した。 「第二章の四小節目がずれている」 「ええ。そうね、音が汚くて嫌いなの」 「複雑さがいいと思うが?クラシックは譜面どおり踏めてその上に表現を求めるものだ。お前のように、簡単に弾けたつもりで賢人の美学を崩すのは許さない」
呆れた。 「何をしたいの?私はピアノを弾きにきてる。まあ聞きたい気持ちも分からないではないけれど、批評したいなら帰って?……うまくなりたくて弾いてるんじゃないの。残念ながらこれは気晴らし」 「勿体無い」 「私が決めるわ。別に忠告を聞かないわけじゃないのよ?……ただね、私はジャズが専門。クラシックは趣味。カチッと弾けるからこそ、ね。分かるでしょ?」 「ああ」
無口でいけ好かないと思った。 「崩してみたら?」 言葉は口をついて出た。 「そうね、手始めに私と不倫なんてどう?」
言って気づいたことがある。 「ねえ、名前は?」 「榊太郎だが?……それから残念ながら独身だ」
【榊】ね。わかった。 「スリルにかけるわ」
微笑を浮かべた。 「…………………役不足か?」
相手が予想外のコメントをくれたせいで、拍車がかかる。 「屈服させたいっていうと怒るでしょ?……詰まらないじゃない?」 おかしな成り行きになったなぁ、そう思いながら、首を上に逸らし、榊のネクタイを引き寄せてキスした。 榊は従順に従った。 「可愛いっていったら怒るわね?」
今度こそ少し嫌そうに顔をしかめた彼を見て、は笑った。 「……どっちがだ?」 やり込められそうな雰囲気を、唇と力技一つで退かす様子はやはり年以上に大人で…… ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** * ** ** * 「……ねぇ……欲しい?」 ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** *
クスクス だからこそ、後で 「……反則よ、見かけ若すぎ。せいぜい36くらいだと思ってたわ」 「……どっちがだ(実のところ年齢以上に幼い顔をして誘うじゃないか)」 口に出した真実に含まれる「絶妙の嘘」に、玲は気がつかず最初の「支配」は彼女にいった。 「教師だなんて聞いてないわ」 「…………」 「問題よね?私に迷惑がかかるんだから、言わないでよ?……その分好きにさせなさい」 ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** * ** ** * 数ヶ月後 IN朝の音楽室 「…………待ってた」 告げるのは榊=教師。 「ここに朝来る必要なんてないでしょ?榊には」 「いたら悪いか……」 口をついて、出た言葉が拗ねたような響きを持った。
立場が逆転したのは、このささやかなアヤマチのせいなのか。 「ねえ、榊?【最初】を逃すからいけないのよ?」 可愛いなんて甘い言葉じゃ勝てないのだと、は綺麗に笑った。 ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** *
ひと気のない音楽室を求めるのなら昼休みは早い時間。
の登校時間が無駄に早いのはこういう理由になった。 |