妹交換(前)



「……というわけで、よろしく頼んだ」

「ああ。こっちこそ。……特に神尾には注意しとけよ」

「分かってる」

 某日某所。
 密かな会談は行われていた。
 構成メンバー、内訳、跡部景吾、橘桔平。
 その中身は……
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<IN 跡部SIDE>
「へえ。じゃ、噂の妹君は家にいないんだ」

「だから俺らをよんだんやな」

「そりゃ、いくら使用人の目が光ってるからって、若い男女を二人きりってのはまずいもんな」

 岳人と忍足が跡部邸に呼ばれたのは実に一年半ぶりのことだった。
 新しい義妹がきてからというもの、どんなに見たいと願っても跡部はクラスメートはおろかチームメイトに至るまで、誰もこの屋敷にいれていない。
 例外は樺地と、ジローだったが、それも本当に稀で、そのジローが推測してみせた跡部邸の「秘密」についてはこの二人――特に忍足は興味を持っていた。

「ご配慮どうも」

 しかし招待のきっかけとなった「彼女」は確実に、跡部景吾の妹ではなかった。

「そんなんきにせんといてや……って……え……!」

 はきはきした調子と、かわら無すぎる年頃。
 それに、忍足たちは彼女の正体をはっきりしっていた。
 初対面とは決していえない。
 まあ、跡部が気に入っていた「妹」という意味では有りといえばありなのだが……。

「なんでいんの?不動峰のカノジョ」

 臆せず聞いた岳人にカノジョ――橘杏は気の強そうな笑顔でもって、

「今日はトレードの日なの」

 と告白した。

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<IN SIDE >
 一方、は橘家に再びお世話になっていた。
 杏はいないが、その分不動峰の面々に囲まれている。
 こちらのお目付け役は桔平と伊武深司であった。
 ――が、今は橘母とお出かけ中。
 部員達は桔平の部屋で作戦会議(今後の打ち合わせ)をしていた。

「……ところで、なんでこうなったんですか?」

 内村が的確な質問を出し、何となく妹分の到着に浮かれていた全員が「なるほど」と首をかしげた。
 決断力は大したもので、みんな声まで揃っている。

「……分からないんだが、杏の提案でな」

「えっ!でも杏ちゃんって桃城と付き合ってるんじゃ」

 まさか跡部と二股?
 ――とんでもないことを言い出すのは神尾で、周囲は当然呆れる。

「いや、それが何でも、多分跡部はできたばかりの妹に戸惑ってるだろうと。女兄弟というのは勝手が違うから、最低限のマナー(乙女の事情)を叩き込んでやると意気込んでいたが」

「ああ」

 なるほど。
 また全員一致で、頷いた。
 九州出!と名高い――九州男児?ともいう――杏の台詞だけに、並々ならぬ決意が取れて、ひそひそと桔平の部屋でちゃぶ台を囲んでいた面々は何やらわからんが「乙女の事情」とやらを叩き込まれる跡部に同情評を寄せた。

「……どうでもいいんだけどさぁ、なんで俺だけここに泊まり決定なんだよ。……ていうか……はどうすればいいのさ……」

 いち早く次の議題に飛びついたのは伊武のぼやきだった。
 心の中では、まあ神尾以外まだ幼さの残る彼女にはまる危険はないし、平気だとは思うけどね……なんて計算も働いている。
 これで、伊武は、別にのことが嫌いなわけではないのである。

「ああ、そうだな。うちの母もいるから一泊問題ないだろう。……ちと気になることがあってな……」

「なんですか?」

「……い、いや……なんでもない」

 桔平は唸った挙句に、「ともかく明日の練習は休みだし、に付き合ってやろう」と提案し、うまくごまかした。
 突っ込み役に回っていた深司と石田だけが異変に気づいて、後で問い詰めるかと覚悟を決めた。

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<IN 跡部SIDE>
「へえ、それできたんか。確かに女姉妹のおるやつはともかく年の離れた妹なんて誰にもおらへんし、ちょうどええわ」

「でしょ?いくら跡部君が女慣れしてるからって、やっぱり妹じゃ勝手が違うもの。女の子なれはしてなさそうだし。兄弟自体がいないんじゃ不安だもの。あんな可愛い女の子を任せては置けないってね」

「それでわざわざ来たのかぁ」

 いつの間にやらやってきた橘杏は、 さっさとなじんでいた。
 だが、実のところ、杏の提案には解せない部分も多く、跡部は戸惑った。
 不動峰の部長との取引は杏が引き金で、何か企んでいるに違いないと思ったのだが、この調子だと本当に、単にの姉貴分としてやってきただけなのかもしれない。

「まあ、かたいことはいいにしてー……あとべー、俺寝る……」

 ジローがいつの間にかソファーを陣取っている。

「ああ、それがええわ。俺らは宴会な」

 買って来たらしい缶ビール(*お酒は二十歳になってから!)やらカクテル類を取り出して、忍足が誘う。
 横で岳人は既にでっかいベッドを陣取って、おつまみを広げはじめていた。

「おい、お前ら。いい加減にしとけよ」

 そういいながらも深く考える気をなくした跡部は杏の様子を伺う。
 兄貴の過保護さが身にしみている跡部としては、橘には悪いと思いながらも今日くらい羽目を外させてやってもいいかと思わないでもなかったからだ。
 普段そうとう取り締まられているのだろう。
 杏は嬉しそうに、勝手に忍足から「サンキュ」と差し出した缶を受け取っている。
 女受けしそうな果実酒だったが、結局杏は無茶な飲み方はしそうもなかったので安心した。
 酒も強そうだ。

「いい飲みっぷりじゃん」

「おれーもー」

 微妙におきかかってる慈朗も含め、皆それなりに(よいかどうかは別として)慣れているタイプばかりだ。
 跡部は根負けしてOKを出し、自分も加わる意思表示に、忍足の方に手を伸ばした。

「後でちゃんと片付けろよ」 

 遠出しているから不安といえば不安だが、場所が場所なだけにの心配をする必要もない。
 少しリラックスしたのも事実だった。
 何となく後ろめたさもあったのかと意外にも驚きながら、ソファに寄りかかり、跡部はプルタブを空けた。

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<IN SIDE >
「あーそれ……」

 部長の言葉に対してというより、口をついてぼやきが出てきたらしい。
 部員達はその日夜まで、カードゲームやらPS2やらに散々付き合わされた。
 夕食後すぐ疲れきって寝てしまったに布団をかけながら、伊武は部長の方を見た。
 石田が横で凍っている。
 ちなみに他の部員は命令により、宴会用の買出しに行った。
 結局この家の敷地でも何とかなるだろうと、皆泊まりこむことになったのである。
 橘の部屋はありがたいことに、直ぐ隣が仏間でつなげてしまえばかなりの人数が泊まれる。
 流石にを野郎どもの中に放り込むわけにもいかないので、一応橘の個室に橘、伊武、石田と共に泊り込む手筈になっている。
 ちなみに母親の監視つきなので問題は間違ってもおこらない。
 部屋割りも、律儀に母親の方に移そうとしたが、がごねた結果だ。

「……部長…それ……ちゃんは跡部の最近出来た妹って……」

 石田をはじめ、橘に至るまで皆、本当の兄妹だと思っていたらしい。
 伊武は「あれだけアキラが騒いでたのに……」と思ったが、その神尾は事態の「深刻さ」に気づいていないのだから仕方あるまい。
 寝てる少女を起さないよう、静かにベッドサイドに腰掛けながら伊武は

「……そうといえばそうなんだけど……」

 簡潔に答えた。
 ちなみに隣部屋の部員にも散々抗議されるだろうこと必至だが、何故か当然一つしかないベッドに寝るのは伊武とで(名誉の為言っておくが、境界線は張ってある)橘と石田がそれぞれ下のスペースに布団を敷いている最中という異様な事態である。――これもの指名なので文句はいいようがなかったが、おかげで「ロリータキラー」が最早定着した伊武はからかわれっぱなしだ。

「そうなのか?」

 橘が確かめる。
 その疑惑とは【跡部はと本当の兄妹ではないのかも疑惑。】
 シスコンのレベルを超越した跡部の様子に不安になったから、ではないようだ。
 まあ氷帝でも有名人なので調べずと分かる事実なのだが、何故今更それを気にしたのか?伊武は不思議に思った。

「いや、実はな。杏がこの子に夜中話を聞いたところ、どうもそれで悩んでるらしくてな」

「悩む?」

「できたばかりの兄に戸惑うことも多いのだろう」

 ――ちがうだろ?
 思わずぼやきたくなる伊武であるが、何とか堪えた。
 部長の前である。
 それにしても、石田ですらも気づいていないのは彼女が幼すぎるからだろうか?
 よもやが悩んでるのは「恋煩い」だなんて、思いもしないのだろう。
 伊武は頭を抱えた。

「跡部は氷帝200人の頂点に立つ男とはいえ、兄としては新米だからな。それでアドバイスをと思ったんだが、俺がそう口を出すわけにもいかないだろう。それで、取りあえず何だか思い悩んでいるようだから一度預かって、話をきくかということになったんだが……」

「相手は子供だからな」

 石田の意見はもっとも。
 騙されているわけでもなく、それもまた事実なのだ。
 ただ、同時に女でもあるわけで――分かってきた伊武としては複雑だった。
 そもそもあまり隠す必要は余り感じていなかった伊武である。――金持ちとしてまずいのかもしれないが、モラル的にまずいとは感じなかったし、そんなこと知ったことじゃない。
 そもそも伊武にとってはどうでもいいことだった。

「……なんで頼るんだろ……」

 安心しきって眠る少女にそう不利なことも言えず、また真面目気質の(と勝手に伊武はじめ部員は決め付けている)橘に無駄な心労を覚えさせるのもなんだと思って、伊武は適当にぼやいておいた。

「……一人っこってさぁ……おにいちゃんに憧れるっていうし……そのうちなれるからたまには跡部も困ればいいんじゃないかなぁ……」

 最後は本音。

【 いや、きっと彼も彼なりに困ってるんだろうけどさぁ。 】

 最後の言葉は他の二人に聞こえないようにぼやく。
 眠りこけている少女が無性に羨ましかった。

「まあ楽しめればちゃんも喜ぶからいいんじゃないか」

 石田の意見に頷き返し、戻ってきた部員達の声に窓から(*橘の部屋は二階)覗いて手を振った。
 橘も一応落ち着いたらしく、「後は杏がうまくやるだろう」と呟いている。

「……杏ちゃん……何か企んでる……んだよなぁ……」

 きっと。
 気づいたに違いない
 女の勘――彼女がそこまで深く察するかは分からないけれど。
 提案したという地点で何がしかの仕掛けはあるにちがいない。

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<IN 跡部SIDE >
 仕掛けは既に動き出していた。
 調子にのらせて忍足と岳人(彼の場合勝手に飲みまくって寝たともいう)を沈め、隣の部屋に強制退去を命じると、ソファにくっついたジローを無視して、跡部は杏に視線を向けた。
 慈郎もどかしたかったが、外聞もあることだし、まあ害はないのでいいと思うことにした。
 お膳立ては整った。

「で?」

 何かあるのは杏がこちらにきたときから分かっていた。
 最初に切り出す方が跡部は得意だった。

「何なんだ?」

 用件は。
 杏は、「しょうがないわねぇ」と苦笑いして、だがずばり聞いた。

「実際のところ、どうなの?あの子とは」

「どうって――」

「あの子、恋してるみたいだから気になったのよ」

「だ――」

 ごまかす気もなく、確信も何もの気持ちは分からなかったから跡部は誰にだ?と尋ねようとした。
 しかし、声は別のところから返った。

「あとべにー。でしょ?……相手なんてに決まってんじゃん?」

「……ジロー。おきてたのかよ」

のこと、聴こえたから起きたー。気になったC」

 すっかりソファに張り付いていたジローが半分起き上がって、ベッドの上の杏と、横のソファの跡部を見比べる。

「――お前、のこと好きなのかよ?アーン?」

 目がぱちぱちしている。
 覚醒してやがる。――そう跡部は思った。

「かわいーC。妹みたい」

「…………」

 思わず黙り込んだのが敗因だったのだろうか?
 絶妙のタイミングで跡部は杏に攻撃をしかけられた。
 これがしたかったに違いない。

「黙っちゃうってことは、跡部君はちがうんだ?」

「ちがわねぇ」

 条件反射で答えるが、杏よりも伏兵が厄介だった。

「そんなんじゃ駄目だよ」

 唐突なジローの言葉はまた眠くなってきたのだろうと思わせる響きをもっていて、でもしっかり追い討ちつきだった。

「マジなら隠さなきゃ……むにゃむにゃ……」

 眠くなったらしく、すぐにクッションにダイブするが。

「寝てろよ」

 慈郎を横目にため息を漏れる。
 残るは二人。

「で?こんな夜更けに男と二人でいていいのか?杏ちゃんよ?」

「ん?ジロ君もいるしね。だいたいあの子がいるのに、今更何かできるの?それとも女かたっぱしから代えてるって言う噂は真実なのかしら?」

「ウゼェのがよってきてるだけだろ?こっちからからかう以外の目的でいくかよ」

 遊んだこともなかったわけではないが、言う必要はない。
 第一、今は一人だけだ。

「そう。……でも、なんか変なのよね……」

 杏は軽くスルーして(自分もからかわれたのかと一部納得の素振りも見せたが)首をかしげている。

「跡部君がちゃんのこと好きなのは本人ももう知ってるんでしょ?」

 ……今更否定できねーな。
 跡部は諦めて頷きかけ……

「まてよ?」

 少し考えて、とまった。

「……意味がわかってねーかもしんねー」

 今度は杏の方がため息をついて、否定に入る。

「そんなわけないでしょ?分かってるに決まってるじゃない?あんな分かりやすいのに、分からないとでもいうの?」

「………まあな」

「じゃなかったら、あの子が何か隠してることがあるとか……」

「隠し事?」

「女の子なんだから一つや二つあるでしょ。あーあ、おねえちゃんのつもりだったんだけどなぁ。やっぱ、恋愛ごととかそっちの方面は得意じゃないみたい」

 気を取られた直後に、杏がそう「妹」らしく言うもので、跡部は「そういえば妹交換だった」と思い出し、

「跡部君は新米ながらなかなか嵌ってるのにね、『お兄ちゃん』。まあ200人の大所帯を背負ってきたんだから当たり前かもしれないけど」

 とフォローされている事実に、

「……付き合ったからってそう恋愛ごとなんて得意になるもんじゃねーだろ?」

 と、桃城とのことを考慮して、そう返した。
 少しは兄貴らしいかなと思いながら。
 気恥ずかしくなって下を向くと、面白いのか感謝してるのか、よめない調子で、だが、本当に嬉しそうに杏の声が追いかけてくる。

「ふふっ……ありがと……」

 *    *  *  *  *  *
 結局、何をしにきたのだかよくわからない状態で、杏は自分に用意された部屋に戻っていった。  
「でもね、子供なんだからリスクはあるの、忘れないでよ?」

 最後に告げた杏に、跡部は

「俺らも子供だぜ?」

 いつもの余裕ある調子で返したが、ふと『リスク』に夜の『コト』を思い出し、考え込む。

「……いや、マジで嫌がられたことはねーよな?」

 そう信じたい。
 杏には聞こえなかったらしい。


「それもそっか」

 ドアの向こうに消えていく。
 その姿に、を重ねて、【ナイショ】の可能性に思いを馳せると、跡部は今すぐに会いたくなった。
 兄貴ではない感情で。



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