black knight
「おい」
声をかけられた清純はのほほんとした顔をそちらに向けもせず、一蹴した。
千石清純十五歳。
性格、多分「黒」。
「何?おれ、今のところ何もしてないけど?」
彼の、目下見定め中の少女(とはいえ、狙うにしろまだ幼すぎるのだが)、その兄貴は腐れ縁のテニス仲間で跡部【おれさま】景吾という。
後ろでふて腐れているだろう旧友の様子を察して、多少面倒なことになったなぁと思う千石である。
(ま、結構たのしーんだけどね)
「やっぱり昨日のアレはお前か」
呆れた声の中に本気の憤りがあることを確認すると、ついつい顔がほころぶ。
凶悪といってもいいほど艶っぽさを含んだ表情を隠して、直ぐに千石は少女に付随するこの跡部いじめというオプションを利用し始めた。
「さあ?が窓からいれてくれたんだからOKってことなんじゃない?」
跡部に邪魔されたけどねえ。
嫌みったらしく、ねめつけると、相手が本気でへこんだ様子で砂を蹴った。
「……何か――」
「何もしてないよ。まだ今んとこ」
「っ」
これは本当だった。
少女の相手も悪くないけど――発育不良ていってもあの子はあったかいし、抱きしめてるだけで気持ちいいから、もっとさきのことを教えてやるのもオツだとは思うけど。
震える肩を怒らせる自称兄貴が憎らしくもあるから教えてやらない。
(あの子はあの子で渡したくないし)
なんだかんだいって、兄貴だからと純粋に慕うの清らかさがいやになるほどむかついてたし。
「なに?跡部もしたかったの?それとももうヤっちゃったとか?」
「馬鹿言うなよ」
羞恥心に跡部の顔がかっと赤くなる。
(こーゆーとこ、俺様のくせにうぶなんだよね)
ああ、くそむかつく。
の笑顔にかぶるものを感じて、千石は振り返った。
「そうだね」
にっこり。
「は跡部の義妹だもんね?」
ダメージを与えないふりで与えて――。
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夜。
「っ」
「むっ……何かようかぴょ?」
「冷たいなぁ」
「清純は怖いから近寄らないぴょ」
跡部邸への出入りは自由に出来た。
兄貴の方とのかかわりはそう短いものではない。
学校の連中を家に招かない跡部でも、いっとき選抜チームでつるんでいたときに自分は数度どころかほぼ毎日ここに入り浸っていたことがある。
千石は友人に裏切られた気持ちでいる跡部の傷ついた様子を思い出しながら、それでもその渡されたカードの効力を封印ここに出入りさせてもらえていることを思って、笑った。
結局景吾はいいやつすぎる。
それに恵まれている。
目の前の愛らしい少女を見て、少し冷たい気持ちがまた戻りかけた。
好きだなあと思うのはその強い目だ。
まっすぐ睨みつけられるのが一番心地いいなんてマゾかもしれない。
昨日忍び込んでちょっとオイタをはたらいたから、警戒されているらしい。
「何もしないから、ちょっとだけ。いいデショ?」
「ぴょ〜」
返事を待たずに抱え込むと、彼女の部屋に直行。
ドアの前で悶々と考え込んでる兄貴に気づいて、廊下に隠れる。
「跡部ぴょ。どうしたぴょか?」
好奇心がそっちにいってしまうが悔しくて掠めるように唇を奪って、
「ぴょ…(むごむご)」
大声を出されるのを回避してから、しばらく様子を見て……。
兄貴が立ち去ったところで部屋に入る。
「ぴょーーーーー!」
をおろしてやると、怒って、目をくるくるさせてる。
「あはは、ごめんごめん。でも駄目だよ」
「何が駄目ぴょ」
「景吾んとこなんか行っちゃ。兄貴とはいえ男なんだから、軽はずみすぎるデショ、夜中に近づくのは」
(景吾が君を好きだなんて、もっともわかっちゃいないんだろうけど)
友人が落ちてくさまを見てくのも悪いとは決して思わない人でなしでも、この子がそうなるのだけは許しがたいだなんて、おかしな話だった。
愛とか恋とか面倒は抜きにして、このかわいい子を抱いてると満たされるから。
千石は静かにベッドにねっころがり、ちょこんとこしかけた少女を引き寄せた。
黄色い少女の髪はさらさらしてて実にさわり心地いい。
(なんかイブ君の髪、思い出しちゃうのはちょっとやだけどねー)
「……何があったぴょ?」
きよのがよっぽど危ないぴょ〜とかなんとかぼやいていたの小さい声が唐突に、なだめるように聞いてきた。
つい押し黙る。
「別に」
「じゃあ、なんで跡部とけんかするのかぴょ?」
「さて」
(君がわるいんだってことで――それでいーじゃんか)
もう一つの理由は分かってて、でも思いたくない。
なんだかむしゃくしゃするだなんて。
その理由が多分、「まっすぐで綺麗で自分と違うから」だなんて。
「…………ずるいぴょ」
「何?」
半分起き上がって彼女を自分の上に引きずり倒すと、そのまままた頭を撫でてきく。
優しい手つきに猫みたいに気持ちよさそうに目を瞑った少女がぐすんと鼻をすする。
泣いてるわけじゃないからごねてるみたいで、愛しい。
千石は我侭なタイプははなから相手にしてなかったが、この少女だけは何だか手放せないのだ。
「普段はちゃんとお兄ちゃんの顔なのに、きよはより子供みたいぴょ」
「へえ。じゃ、景吾はちがうわけだ。景吾たんはたんを大切にしてるですかー」
マネージャーだった下級生の真似をして、千石はおどけて見せた。
ちょっといらついてもいた。
「ふざけてるなぴょ。跡部もぴょ……なんでみんな……もういいぴょ」
黙りこんでしまう。
結局、こういう妙に敏いところなんかのせいだと、千石は思う。にちょっかいを出すわけを。
今日はちょっと凶暴な気持ちだったけどこうなるともう今日も酷いことは出来そうにない。
「あーあ、怒られ損だなあ」
(結局なんだかんだいって、まだキスしかしてないじゃん、おれ)
いつもだったらとっくに戴いて飽きたり、もっと酷いめ遭わせて逃したりしてるはずのペース。
は上に乗ってるけど、ただ乗ってて本当に何もなくて――こんなに静かだ。
「ね、あいつものことこんな風にしてるの?」
少しだけ意地悪な質問をぶつけて、きょとんとするの反応を見ようとし――
「……もっと意地悪ぴょ」
意外な返事にびっくりした。
思わずを撫でる手を止めるくらい。
(嘘だろ?あの「純真」の塊みたいなとこのある景吾が?)
意地悪なふりか?
ならまあ、分からなくもないけど、でもそれならあんなに必死になることも――。
一つだけ嫌な可能性を思いついて、顔をゆがめる千石には無遠慮に顔を近づけた。
こつん。
おでこをくっつけてくる。
「うわぁっ」
しかけるのは得意だけれど、流石にこの年の子に迫られる(?)とは思っていなくて声を上げる。
だが、は
「熱はないぴょね」
不安そうに覗くだけ。
(凶悪に可愛いーてこういうこと?)
「やっぱ、まだ手放せないなあ。あいつにやんの勿体無いし」
「ぴょ?」
「ね、。景吾とおれと、どっちが意地悪?」
おかしなことを聞く――そう思ったのか、は首をかしげたが、やがて――。
「きよの方が意地悪ぴょ」
「へえ。あいつはやっぱ優しいんだ」
「跡部はよくわからないぴょ。きよはわかるぴょ」
(んだよ、それ……)
少しいらだったが、聞きたいから我慢することにして、まっすぐ見つめるの頬を撫でてやる。
くすぐったそうに顔をしかめてから、「ほらぴょ」とは言う。
「清純は跡部にかまってほしいんだぴょ」
一瞬、時間がとまった。
思いもしなかった答えだ。
だがありえないとも言い切れない。
少女は顔を赤らめて言葉をつないだ。
「……もそうだから……分かるぴょ」
(ずっりぃー……)
こんなところで、そんな顔は反則だ。
そんな内容も聞きたくなんてないのに。
「上手くいえないのが苦しいぴょ。時折かまって欲しいのに、でも言えなくって、そんなとき、いらいらするぴょ」
もっともっと俯いて。
「きよも家族みたいに一緒にいるからきっと同じだぴょ?」
(おいおい、よしてくれよ)
でもは目を逸らさなかった。
俯き加減でも、こっちをじっと見て、上にいるのに下から覗き込むようなアングルで、捕らえている。
そのひたむきさに、千石はここのところ確かにちゃんと向き合えずにいた旧友を思い出す。
なんだかんだいって、あの旧友のことはやっぱり憎めないのだろう。
でもって、選抜が終わってからキーだけ貰っておきながら使う理由が見つけられなかったことで、機会がもらえなかったようでひとりぽっちにされた自分もどこかにいる。
そんなとき、見つけたのがこの少女なのだけれど。
彼女は理由どころか、彼女自身を欲しいとも思わせてしまったのだから、もうこうなったらOUTだ。
「ねえ、。慰めてくれる?」
千石は言うなり、有無を言わせず小さい唇に噛み付いた。
その後、優しく舐めるように数度ついばんで、満足したように唇を離す。
すぐさま、正気にかえったから小さなこぶしに殴られることになるけれど、「傷みも男の称号ってことで」と笑った。
(今度こそ、本当にのこと好きなんだけど――って。兄貴にいったら殺される?)
それでもいいような気までしてくる。
(まあ当分わかってなさそーだし。本気にされそもないから、大人しくしてるつもりだよ、兄(あん)ちゃん?)
まともに見てなかったはずの景吾の顔は意外と克明に思いだされて苦笑した。
兄妹そろっておとすのって駄目?親子どんぶり? だなんてきしょいこと考えて、ぶるっと震える。
「おれノーマルだって」
でもどっちも好きは好き。
だから、正々堂々もたまには悪くない。運だけで乗り切って……なんて冷めたことしてたし、あんま熱くなんのは得意じゃないのも本当だけど。
(流されっぱなしで暗いのもやだしなー。人からかうの好きなのはほんとだし)
「?」
自己完結の台詞に、きょとんとするぴよこ。
このままいると、ただじゃすまないような気分になりつつ、
「今回だけは見逃してやるよ」
上から彼女を遠ざけて、「帰るね」と昨日忘れたボールを握った。
「ぴょ?」
そろそろたまってきた眠さと展開の素早さについてこられず、は起き上がりひらひらの服を整えながら首をかしげた。
「意地悪。やめたげる」
「なんでぴょ?」
全く分かってない姫君に千石はウインク一つ。
「は笑ってる方が可愛いからね」
そして、からかうなら以上に兄貴の方が面白い。
景吾も意地悪だっていってたから、の印象をさげないですみそうだし。
「お休み」
ドアから出ないで、窓をあけて、軽く柵をとび越えてあっというまに退散した。
これくらいのこと、いつも大したことない気分でしてたのに、今日ばかりは運がいい自分を知っていてもどきどきした。
(これって新鮮)
翌日、全くもって事情を理解していない兄貴に宣戦布告し、見事に殴られることになるが、殴られた方も殴った方もそれまでと違い、どこかわくわくしていたのは彼らの姫君にはナイショである。
「ねえ、。おれ、のナイトフッドになるから」
「おい、千石!!何、ぬかしてやがる」
「え?「景吾」もそーじゃないの?」
「おまっ!…………呼び方……」
「だって、「お兄ちゃん」は妹を守るもんデショ。――あ、おれ?騎士っていえば決まってんじゃン。当然、姫をゲットするから」
「きよ!……上等だ。覚えてろ。お前には渡さねー」
兄貴づらを平然とする跡部が少し可愛いと思ったのもナイショだ。
事態は本当のところ、それどころでなく展開していたのだけれど。