黄色日和(SUNNYDAYS)

 その空間は何故か陽だまりのように見えた。
 学校の敷地内にいながらこんなにほのぼのしたのは始めてだろう。
 跡部の休憩する休日のコート、その視線の先には黄色い髪の毛がふわふわと風にゆれていた。

「髪の色一緒だー」

 図体はそう小さくも無いが子犬を思わせるひとなつっこさで、普段は眠たげな目をきらきら輝かせて一つ目の毛玉が草の上でころころと転がっている。

「ほんとぴょ。お揃いだぴょ」

 すぐ横に付き従うように転がる一回り小さい毛玉はぱふっと音を立てて、大きな黄色の上に乗っかった。
 好奇心という宝石を一杯詰めた、としか表現できない瞳をくるくるまわして、小さい毛玉は可愛い顔を覗かせる。
 なんともほほえましい光景である。
 正体は、片や義妹、片や本当に起きてるのか普段から不安にさせる友人。どちらも跡部がよく面倒を見ている相手ながら、二人だけで勝手に何かわかりあってる子犬みたいにじゃれ付きあっていて……今のところ全く手間がかからなかった。

っていうの?へえ。あ、おれのこと、ジローって呼んで」

 間延びした声が聞こえる。
 跡部は話半分に耳を済ませていた。
 何となくわって入れない何か――言うなれば「同類」のみが持つ感覚というのだろうか、それが会話にあって、まざるにまざれないが、それもまたのんびりしていて心地よいと思いはじめていた。

=アナローグ3世の略称ぴょ」

「ふう〜ん。ちょー可愛いっ」

 あくびしながらでも話に付き合っているところを見ると後輩も随分気に入ったようである。
 義妹の方も嬉しそうに顔をほころばせて、のんびりくつろいでいる。

 後輩はじゃれつくように飛び掛る小さい身体を寝たままの体制で、そのまま遊ばせてやって、自分からも戯れに手を伸ばす。
 そのときのジローは、寝たままを「高い高い」しているような状況だった。
 なんだか、本当にほのぼのしい光景である。

  「本当のお兄ちゃんみたいぴょ」

「ん、それいい!」

 ちょこっと覚醒した声に、跡部は反応した。

(はあ?兄貴は俺だ)

 思っていても言えない「兄貴」である。
 が、耳はダンボ。
 そのうえ、実際兄貴としていってるのか怪しいほどの執念がある。
 既に拗ねたようにつぼまれた口やら、少しだけ逸らされた目が疑わしく、一人百面倒に突入しているが気づかない。
 とはいえ、相手がジローだから苛立つなんて恥ずかしいことできようはずもなく、何となくのほほんとした気分も喪失されない。
 が……。
 おまけにそこに、「災い」が具現化してやってきた。

「あれ。。「ジロー」君と仲いーんだ?」

「おれ、やいちゃうよ?」と軽く笑うのは千石清純。
 選抜からの腐れ縁、一応、跡部の友人である。
 一時期の疎遠が嘘のようにここ数日、跡部邸に入り浸り中(というのも若気のいたりで、彼に鍵の一つを預けたり、と仲良くなられてしまったり諸々の事情あってのことだが)の千石の言葉を、跡部はとっさに静止できなかった。
 実のところ既に疎外感を感じ始めていたのだから当然である。

 でも、千石が声をかけたくっつきあって睡眠におちかけている二人はよりによって二人して「天然」の逸材である。
 多少親しかろうが、くっつきすぎだろうが、気にならないほどのはずで――

「ジロー君、ズルイよね?」

「…………」

 こちらに同意を求められても困る。
 跡部はますます目をそらせた。
 だが、ふと目に飛び込んだ光景にぎょっとする。
 いや普段なら「ほわん」とした目で過ぎただろう二人だ。
 氷帝名物「昼寝の達人」はふにゃらとあくびをすると、疲れたようにぬいぐるみがわりにを抱きしめてそのまま寝入ってしまっていたのである。
 午前中、少しハードな自習練を命じた為、流石に疲れていたらしい。

(でもそれだけのこと――)

「ジローお兄ちゃん、苦しいぴょ」

 ――いつの間に呼び名に「兄」をつける?
 跡部はもう耳だけでなく、助けてやる風を装って身を乗り出したかった。
 だが、何となくそれも憚られた。

(っ……)

平気?……ていうか、景吾、暗い」

 暗いのに追加されたーなどと叫びつつも、ちゃっかりの髪を撫でて、空気の吸いやすいよう腕をゆるめてやって、千石は「お兄ちゃんねえ」と苦笑する。
 ジローがあまりに気持ちよさそうで、やはり邪魔が憚られたらしい。
 そこまでも嫌がっていない様子である。
 確かに押しつぶされていたが、そのうち楽な体制を発見したのか、ジローの黄色い髪をいじり始めるはジローと同じ属性に違いなかった。
 そして、そう瞬時に判断したのだろう。
 千石はまだゆとりを見せている。

「妬くまでもないのに……(鈍感だねー)」

 言葉を飲み込んでの言葉にも、少なからず事実を指摘されて跡部はますますむっとした。
 そんな「跡部様」顔に、千石はゆっくり微笑んで(それはたいていろくなことのない印なのだが)憂さ晴らしを始めてくれる。

「――ねえ、【お兄ちゃん】でいいの?」

 最近悪友に復帰気味の――一時期よりはましになったが、のネタで真正面からからかうところは変わっていない――彼に耳元で告げられて、跡部は石化した。

「へえ?じゃ、おれもおれも。……ねえ、俺にも言ってよ。それ!お兄ちゃんてさー」

(混ざりにいくなよ)
 思っても、いえない跡部景吾【微妙なお年頃】である。

「来るなーぴょ」

 ちょっと邪険にしつつも、お気に入りの場所を見つけたせいか何だかくつろいでいるを跡部は何だか複雑そうに見つめ……でもって……

「きよはお兄ちゃんて柄じゃないぴょ」

「じゃ、跡部は?」

「…………」

「へえ」

 黙っちゃうんだ。
 千石の感心した囁きに、跡部は顔をほころばせた。
 そして決めたのだった。

「おい、千石」

「きよでいいって」

「お前、敵な」

「へ?ジロー君は?」

「あれは例外。に悪いことをしないからな」

 満足したところを見ると、跡部は決して鈍感ではなく、その沈黙の示す意味合いをある程度は理解しているらしい。

「へえ、珍しい」

「【兄貴】だからな。いいやつと悪いやつの区別くらい手伝ってやらねーとな」

 珍しい本気の色に、流石にまずいことしたなあと年がいなく考える千石である。
 その後、景吾はのほほんとねたままのジローと戯れるぴよこを見つめて、新たに安全断定したのであった。

(逆にこれを期に、俺を二度と「兄」と呼ばせないようにできそうだしな)

 心のうちを知らないのはぴよこばかりであった。
 起きていた慈朗のほくそえんだ顔にも何となく気づいた超人的なスキルはこの日ともに身についた。

「えー兄ちゃんって跡部は髪、黄色くないし、黄色に会わないから駄目だよ」

 ずれた答えにずっこけるのはまた別の話。


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