予感〜Knighthood〜
「跡部、どこ行ってたぴょ」
家に帰ると、自室のベッドで当然のようにくつろいでいるがいた。
今日は遅い時間ではないので、眠そうどころか目が輝いている。
遊んで欲しいとでも言いたげな元気のいい表情は覚醒しているジローのようで、跡部は黙り込む。
実はこの目に甘かった。
「ああん?コートに決まってんだろ、ばーか」
照れ隠しに、ラケットを所定の位置に放りながら言うと、
「きよが探してたぴょ」
あまり聞きたくない名前が出てきてむっとする。
「ああ。分かった。――で?」
ここのところ、屋敷に入り浸っている千石清純の行動はいつものことで慣れているから頭にくる原因は別のところにある。
認めるのも馬鹿くさいと本人は思っているが、実際楽しそうにその名前を告げるが小憎たらしかった。
「ただそれだけだぴょ。はこれからお出かけだからぴょ」
「なんでお前が千石のことを俺に言うんだよ」
伝言を頼まれたのだろう。
あの実際性格のかなりイイ千石ならばやりかねない。
意識的に煽ってるのだ。自分を。
跡部は乗ってしまう自分にいらだちながら、に聞く。
「よ、お前、意味わかっていってんじゃねぇだろーな?」
脅してしまうのも悔しいのに、ああん?と睨みつけた瞳に映る全く理解していないらしい怒り顔のが可愛いのがまたむかつく。
本当のところもう一つ聞きたいことがあるのだ。
「清純はしつこいぴょ。そのままだとまたずっと居座りそうだから、ぴよこが跡部を探すって抜け出してきたぴょ」
鈍感だが、頭のいい義理の妹。
(今聞いても無駄だな)
『出かけるなら、なんでわざわざこの部屋に寄るんだよ?
「頼まれた」ってそんなに大事なことか?あいつがしつこいの今更だろーが』
声に出せない質問に苛立ちが募るが、それも「ひさびさぴょ」とはしゃぐ彼女の前には瑣末事になる。
すぐさま自信を取り戻した跡部は試すように、
「今、シャワー浴びてくるから待ってろ」
言いつけて、バスルームにむかった。
本当にこれから出かけるのなら――自分に用事も、これ以上の話もないというのならは出てくだろう。
(だがよ、きっと退屈しながら待ってるんだぜ。賭けてもいい)
「お前の負けだ、清純」
シャワーの音にかき消される声は自分にもひどく満足げに届いた。
* * * * *
あんなことがあってから(*RED参照)毎晩来ることは流石に控えるようになったぴよこだが、なんだかんだで真夜中に彼女がいないときは、跡部から出向くことも多くなった。
何もせず、なんとなしにからかって帰ってくる自分を、以前ならガキだと思っていただろうが、今は少し落ち着いたなと、跡部は思っている。
そこを漬け込まれて、死角ともいえる夜早めの時間に千石に侵入されていたわけだが。
「たく、腹立たしいぜ」
が待ってられるよう急いで出てくると、彼女は予想通りまだいた。
専用のラケットを片手に振り回している。
いつだか、部活用のラケットをおもちゃにしかけた彼女(どうやら練習がしたかったらしい)に、それは駄目だからと買ってやったものだ。
黒に赤い線の入ったラケットはデザイン的に強烈だが、彼女はどうやらそれがいたくお気に召したらしく、時折持って行っては素振りの練習をしている。
跡部自身も暇があれば付き合っていたが……。
「おい、あんまり屋内で振り回すなよ」
「ぴょ〜。だって、跡部も今日練習してきたぴょ」
部活じゃないのに……ずるいぴょ。
とか、何とか拗ねる声が聞こえる。
「あー」
なんというか、あれだ。
が来ると練習にならないのも事実で……確かに今日は故意においていった自覚がある。
「オフに見てやるから、あんまり我がまま言うな」
「、端っこで一人で打っててもいいぴょ。わがままじゃないぴょ〜」
確かにそれもまた事実。
今日みたいに千石が確実に来ない(山吹の練習日)と知っているときに連れて行く分には問題のないはずだった。
「じゃ、来てもいい。でも俺の方見てんな」
「なんだぴょ」
「恥ずかしいだろーが」
からかわれんだよ。
と、ぶっきらぼうに告げる。
だが、本当は逆。
テニスの方が大事だとはいえ、練習ならいざしらず休日のお遊びともなれば、余裕さえあればついにテニスを教えたくなってしまうだけなのだ。
飲み込みも早く、なかなかいい筋をしている。
テニスをするのが楽しいと思ってしまうのである。
そんなこと露知らず、は「みてないぴょー」と抗議した。
じたばた暴れるのが五月蝿いので、取りあえずしゃがみこんで、キスで黙らせておく。
ただ、少し唇が震えていたような気がして……跡部は何となく不安になった。
「……他のヤローにはあまり近づくなよ」
「跡部はすぐを置いてくくせにずるいぴょ」
気のせいだったのだろうか。
はすぐさますっかり「生意気な妹」に戻っていた。
跡部は取り上げたラケットをしまいこむと、その黄色い頭をぽんっと軽く叩いた。
「練習んときはな。でも他の時間でいいなら、ずっとそばにいてやるよ」
少しだけ真面目になった自分に照れていると、目の真摯さを読まれたか、が息をのんだ。
意味を租借しかねて、こちらを凝視する。
「どうやったって、結婚まではお前のそばにいることになるんだけどな」
(兄貴だかんな)
でも、その後は?
……なんてことを考える年ではなかったから、これまで考えてこなかった。
でもふと怖くなった。
その「後」を考えなければ、全く意味がない。
未来は果てしなく遠くて、全く予想が付かないが、彼女とどんな風になっても結局その「後」にしか、形は残らない。
ただの間違いで終わらされてしまう。
「――だから、お前は勝手に消えんな。誰かにもってかれねぇようにしとけ」
「は消えないぴょ?」
どうかしたかぴょ?
小さい姫君が首をかしげている。
かすかに揺れる瞳に跡部は気づかなかった。
だが、嫌な予感がして、跡部はを抱き寄せた。
彼女に誰かが住まっているのではない、それは分かる。
(結局このパターンかよ)
勝手に不安になって嫉妬するような言動。
無駄な接触。
それも全て「がき」だった自分と言い聞かせてきた跡部だが、ふと「理由」に気がついて、ぞっとする。
攻め手に回るのは得意だったはずだ。
(けどよ、「兄貴」である限り結局守り続けるしかねぇんだぜ?)
千石に負けかけるのはそのせいだと、わかっていながら――。
何度も攻め手に回りながら、肝心なところでは守るほかない。
「どうかしたぴょ?、お出かけやめたのになんで、跡部は不機嫌なんだぴょ。つまらないぴょ」
「いや、なんでもねぇ。ちょっとな、神尾の馬鹿が言ってたこと思い出しただけだ」
「神尾ぴょ?リズムに乗るのかぴょ?」
「ばーか。んなわけねーだろが」
(Knighthood……騎士団。守る、か)
ま、最終的にロミオとジュリエットってのも悪くないしな。
と、静かにが近づいてきたので、千石に対抗するわけでもないが(いや対抗したかったのだろう)唇に噛み付いた。
「笑え」
「何言い出すぴょ?跡部、可笑しいぴょ」
「いいから、笑ってろよ」
「今日の跡部、どうかしてるぴょ」
きよみたい。
困惑と衒いと、いつもどおりの苛立ちの表情を見せて、でもその後、頭をまた撫でてやるとはぎこちなく笑顔を見せた。
(不届きな言葉が聞こえたが、まあ守るためなら逆らうやつは斬れ。これが鉄則だな)
神尾の冗談から出た言葉は本当になったようである。
跡部はすっかり「騎士」に影響されていた。
だから……見落としていた。
いや、そうでなくても見落とすにちがいなかった。
千石との交流のブランクがそうさせていたのかもしれない。
と千石。二人に何かあったことを、彼は見逃していた。