橘さんと一緒

 唐突だが、跡部景吾は妹を別のところに預けることになった。

 学校で集団旅行なのである。
 家に人は山ほどいるが、まあ一日くらいは仲良くできる誰かの方がいいと思ったのだ。
 だが……当然仲がよくても除外される存在もある。
 学校が違えばいいかと考えても、千石清純は危険度最高峰だ。
 では学年が違うからといって、樺地に預けるのも手だが、それは手にあまるだろう。
 ……というか懐きすぎると思われた。
 長太郎には安全さを見出しているが、日吉も含めやはり後輩に任せたくない思いがある。
 では……他校で他にと考えたとき、沸いてきたのが伊武であった。ちなみに神尾でないのがPOINTである。

「なんでおれが……」

が基準なんだから仕方ねぇだろうが」

 理不尽だ……。
 オフの日に、朝早くから呼び出された伊武はぼやいている。
 流石に年頃の男がいる所帯に放り込むのは気がひけ、景吾は偵察をかね、自ら挨拶にいこうとしているのである。
 まあ礼節を考えているあたりはいいが、基本的に強引な景吾であった。

「そうか……それならこういうのは……」

 横で黙って(やむをえなく)案内していた伊武が立ち止まる。
 本来さっさと逃げるところであるが、何となく逆らいがたい何かが働いているのはどうしてだろう?
 ともかく、このまま預かる羽目に陥るのは御免被りたいー―そう思ったときに沸いた妙案の為である。

「ああん?」

 珍しく(自分の身がかかってるだけに)伊武はきびきびと提案した。

「……なるほど。そいつは思いつかなかったぜ」

  *   *   *   *   *

 提案が受け入れられた結果、意外なところにはお泊りすることになった。
 そして朝から浮かれている。

(これから二日も家を空けるのに……)

 悲壮感のない別れの朝に、景吾はちょっとむっとした。
 兄馬鹿たる所以だ。
 樺地を置いていくことはまだ日常的にあったが(同じ敷地内に暮らしていない分当然である)とは出会ってこの方、長く離れていたためしがない。
 合宿も春は校内で済ませられるため、一日のうちに顔をあわせない日は全くといってないのである。
 ホームシックの予感が早くも漂わせる跡部景吾である。

「行ってくる」

「いってらっしゃいぴょ。早く帰ってきてぴょ」

 それでも、そういわれると顔が綻ぶ。

「そっちもな。気をつけろよ」

「平気だぴょ。深司もアキラもいるぴょ。それににお姉ちゃんが出来るぴょ!!」

 兄貴では足りないのか?
 つい言いたくなるが、あんまり嬉しそうなので、景吾はその頭をばふっと撫でる程度でやめておいた。

「あんまり迷惑かけてんじゃねーぜ」

「うん、分かってるぴょ」

「あと、不動峰の橘にもよろしく言っておいてくれ」

 そう。つまりはそういうことだった。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

<不動峰サイド>

「うわぁ、可愛い!」

 その日、橘杏は一日中とても嬉しそうだった。
 兄は兄でその様子にどことなく機嫌がよさそうで、練習のメニューも心なし軽くなっていた、とその日部員達は、後からながら皆そう分析した。

 ちなみに杏が大絶賛しながら抱えてるのは、あの氷帝の跡部景吾の妹である。
 不動峰部長、橘桔平は後輩(伊武)が唐突に、氷帝の跡部の名前を出したときは果し合い(せめて「試合」と読もう)かと思い、覚悟(?)を決めたが、聞いてみれば簡単な話で一も二もなく、了承した。
 修学旅行中、妹を預かって欲しいというのだ。
 聞けば、両親は海外で仕事、家にはお手伝いさんしかいない――これがいる地点で既にブルジョワジー。理解しがたいものではあるが――という。

「……橘さん、すみません……こんなことに巻き込んで……」

 と伊武がすまなそうに、にジャージの裾をひっぱられながら来たときから、橘は小さい物体に興味深深だったが、前日跡部が本気で(誤述ではない)乗り込んできて、わざわざ頭を下げて頼んだところを思うに、扱いには気をつけたほうがよさそうだと踏んだ。
 以降、もっぱら杏に任せている。
 まあ、杏が嬉しそうなので、桔平も満足していた。

「私、橘杏。よろしくね」

「杏お姉ちゃんって呼んでもいいぴょ?」

 杏は感動している。
 と同じで、女姉妹のいない杏にとっては「一日お姉ちゃん体験」は本当に喜ばしいものなのだ。
 跡部景吾には、あの失礼極まりない第一印象とプレイ・演出の派手さから、不信感が募っていた杏だが、妹は別物である。
 第一、わざわざ心配して、頼みに来たという辺りが今までと違う。
 意外と悪いやつではないのかもしれないとまで思いはじめていた。
 聞けばテニスも、その跡部に教えてもらったというし。

「お兄ちゃんたちは練習に行くんだけど、ちゃんどうする?」

「行くぴょ」

「お兄ちゃん、いいでしょ?」

 久々に見学に行っても。
 妹にそういわれれば断る理由はなかった。
 横で、を跡部邸から引き連れてきた伊武――伊武も変に気に入られたものだな、と桔平は笑ったが、本人は不服そうにそのまま橘家の玄関に立っている――に視線を向けると、

「……橘さんがいいなら……いいんじゃないですか……顧問いないし……」

 同意して見せた伊武がどことなく返事を渋った理由を桔平は知らなかった。

*    *    *    *    *    *    *    *

 数分後、不動峰のコートにはマネージャーよろしく、二人女の子が追加されて、周囲の視線をほしいままにしている。

「橘さん、あれで小さいもの好きだからな。可愛いものとか……」

 杏に手を出したら殺されるが定説の不動峰では、新たに一人増えた女の子に興味が行っていたようだが、数分で誰も不用意に近寄らなくなった。

 理由その@ 言うまでもなく、橘さんが連れてきたから

「神尾、外周走ってくるな?」

 にっこり。
 大仏の顔にも怒り。
 何故だか旧知の仲らしい神尾は、その少女をいたくおきに召しているらしく、練習中もずっと彼女を見ていた――はっきりいって、杏のときと同じなので、部員はもう真っ二つに、「女好き?」疑惑を抱く森たちと、「あーあまたか」という雰囲気で流す桜井側に別れている。ちなみに内村みたいにどうでもよさそうにしてる者もいたが。
 それで怒りを買ったことは明白。
 部員達は皆一応に、この光景に、敬愛する橘部長の中で、ぴよこの位置づけが杏と同等らしいと判断。

 理由そのA 杏が独占したがっているから

ちゃん、うまいわね。お兄さんってそんなにしょっちゅう教えてくれるの?」

「跡部は忙しいから、ジローお兄ちゃんと樺地に教えてもらうぴょ。キヨもうまいけどただ遊んで帰るだけでテニスはあんまりしないぴょ」

 聞きなれた名前に杏は「なるほど」と思う。
 樺地は跡部景吾の側近のように付き従っているが、確かに面倒見はよさそうだ。
 後もう一人は眠い顔をした、起きると子供みたいな人だったと記憶から引き出す。
 もう一人は覚えがなくて、アップから戻ってきた兄桔平の方を見るが、

「まあ氷帝は二百人もいるからな」

 と、お手上げの様子。
 ともかく、万事が万事、この調子で杏がそばを離れず、に質問AND教えるを繰り返している。
 近づこうとしても近づけなかった。
 ついでに、今の会話をたまたま聞いてしまった石田が、ぎょっとして、

「部長……もしかしてその子……」

「ああ、氷帝の大将の妹だ。うちで預かっている」

 というやり取りをしたために、付け加えられる理由に、

 理由そのB あの跡部の妹だから。
                  というものがあるのは言うまでもない。

 流石の不動峰メンバーも、敢えて跡部【ブルジョワジー+狙われたら何となく派手な仕返しされそう】景吾の怒りを飼いたいとは思わなかった。

 しかし実のところ何よりの理由はというと……。

「深司、キックサーブって何だぴょ?」

「あー……見てればわかるから……めんどくさいんだよね……話しかけないでくれないかなぁ………練習中で……」

「う、うん……ごめんぴょ」

「そこまで拗ねることないんだけどさぁ……いや……」

 杏と楽しんでいる合間合間に入るこんなやり取りの数々。
 橘兄は数度目になると呆れて、絶えかねたように伊武に注意した。
 注意の内容は当然……

「おい、深司。小さい子にそんな言い方をすると誤解されるぞ?」

「あ、橘さん」

 すんまそん。
 ……言わずと出てきそうな表情に、神尾が焦るが、まあ伊武の方は相変わらずに注意する気は全くなさそうだった。
 だが、逆にの方が、

「練習の邪魔したぴょ。のせいだぴょ。ゴメンナサイ……ぴょ」

 謝まるものだから、深司もそこまできつく言ったつもりもなかったのだろう。
 素直に、

「……いいって……別に……」

 と、こんな対応を見せる。
 部員は好奇心を隠し切れずに見ていたが、ここで杏が登場し、

「さ、ちゃん。こっちで練習の続きしようね」

「うん、杏お姉ちゃんと練習ぴょ」

 こんな感じでを引き取って、お開きとなった。
 だが、こういったやり取りが幾度かこの後もあったということで……

 理由そのC 杏すら差し置いて、何故か伊武【ぼやく】深司にべったりだから

 これこそがのそばに寄れない最大の理由になった。
 災難なのは伊武で、これ以後、ますます練習にならなくなった神尾と共に、「ロリコン」というレッテルを貼られてしまったのはいうまでもない。
 幸いにして、伊武は一日の終わる頃には、向こうの方が彼に懐いている事実を理解され、改めて「ロリータキラー」という魔のあだ名を冠することになるのだが……。
 全く持って不遇の人である。  

*    *    *    *    *    *    *    *

 夕食の当番は意外にも杏と桔平だったので、はお手伝いをすることになった。
 だが、コック付きの跡部邸では全く何もしてこなかったである。
 危なっかしくて見てられず、結局大人しく遊んでることになった。
 ピンチヒッターの子守はまたしても伊武であったが、今日の功労も含めて、橘家の夕食にも招待されているので役得といった感じで静かに一緒にTVゲームに興じていた。
 意外と食べ物に弱いタイプなのかもしれない。
 いや、桔平に従順なせいが大きいのだろうが。

「ごちそうになっちゃってすみません……」

 きっちり食事した後、橘家を出ようとした伊武は、見送りについてくるの無邪気すぎる言動にどうしてか後ろ髪を引かれる思いがした。
 気がかりがいくつか在る。
 神尾にズルイと言われること含めて、面倒の方が多い気持ちは変わらないが、いかんせんここに住まうは敬愛する部長なのだ。
 予期せぬことで、動揺させたくないという、に対するというよりそちら側への配慮もあった。
 後は本人がもっとずっと先に、後悔しては可哀想だと、今の環境への同情もあったのかもしれない(何せ、彼女の周りを取り巻いているのは台風みたいな黒い騎士団なのだから)
 ともあれ、ふと不安になって、橘兄妹の目を盗み、余計なことをいった。

「あのさ………橘さんには言わない方がいいと思うけど……」

「何をぴょ?」

「…………気づいてないんだったらいいんだけどさぁ……跡部さんって意外とあれだからなぁ」

 ちょっと同情したくなった伊武である。

「血つながってないとか云々。……(ボソリ)……シスコンてことにしといた方が安泰な場合もあるから……」

「ん……?分かったぴょ。跡部のこと、本当のお兄ちゃんって思ってていいぴょね」

「あー……うん………」

 絶対的に分かっていない台詞として受け止めて、伊武は適当に流す。
 ふと、長く付き合ったわけでもないが知ってる範囲のの性格から考えるに、理解の行かない部分があって首をかしげた。
 彼女の性格なら、普通に本気で「お兄ちゃん」として、一緒にいるんじゃないのか?
 相手の方(景吾)の気持ちはとにかく、意外な何かを見つけかけた伊武である。
 だが、まあ今のところ流す。それも伊武深司らしい思考パターンであった。
 後に、事実に感づいたとき「裏づけ」として記憶を掘り返し、「うわー」と悲鳴をあげることになろうとも今は忘れている。

 そして、はてさて忠告の、その結果。
 取りあえずの災難として……

「しすこんってなんだぴょ?」

 伊武が帰り、寝る準備をした後、はとんでもない人にとんでもないことを聞いてくれた。
 人はこれを爆弾発言とか地雷を踏むとか言うが、誰もが言いたいことを突付いてくれたという点では評価される言動だ。
 相手――不動峰きってのシスコンと名高い(あるいはこれさえなければ人気も段違いにあがるだろうと嘆かれ続けている)橘桔平はにこやかに応える。
 自分がそう思われている事実を知らないからこその笑顔である。

「そんな言葉を教えたのは誰だ?」

「ん」

 まずいということは分かったらしい。
 ははぐらかした。
 なかなか頭のいい子だ。
 だが、ここに回避に胸をなでおろす伊武はいない。
 杏が代わりに怒られることになるのだが、それはまた別の話。
 ともかく、

「跡部がそうなんだって、聞いたんだぴょ」

 誰からとは言わない。
 だが、誰が言った云々以前に、それは今ここにが来ているという現状からもしっかり裏づけの出来てしまうもので……。

「…………」

 やはりそうか……。
 と桔平が思ったのも無理もないことだった。
 そして、それをこっそり影で杏が聞いていたことも。
 また実はおしゃべりなところのある、普通の女の子杏が、それをもらしたため、不動峰内での跡部の評価が「橘さん2号」、あるいは「伊武の敵」などといういわれのない(が、事実は……の)呼び名とともに、質を変えたのもまた、仕方のないことだったのかもしれない。

 橘桔平はというと、何を考えているか分からないが、ともかく驚愕の表情を一瞬だけ見せて、

「あの跡部が……だったとは……」

 と呟いたという。
 同類?と思ったかどうかは当然定かでない。
 伊武の忠告はある側面において、うまくいったらしい。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

<跡部景吾帰宅後>

 四人部屋で一緒になったのがなんの因果か、忍足、ジロー、岳人、宍戸では合宿と変わらない。
 挙句に半端に事情を知っているものだから、ジローに義理の妹の存在をばらされた挙句、忍足がに興味を持ち始めていて、まずい予感があった。

「でもさーあとべー。あんまり寝付けなかったみたいじゃん」

「そうそう。なんや?その子のことが心配やったちゃうん?」

 などなど散々からかわれた跡部景吾である。
 が、もう帰宅。
 危なげなものを感じた忍足から、何とかの詳しい情報を死守しつつ、宍戸に「だせぇ」と言われたので報復しつつ、帰宅した時間は午後六時のことだった。
 が……。

のやつ、帰ってねぇのか」

 どうやらもう一泊世話になったらしい。
 苛立ちはあるが、安心感も大きかったのはやはり妹がいる橘に預けてあるせいだろう。
 伊武もいやいやとはいえ、の面倒を見てくれているだろうし、彼がいると親友の神尾は何もできないのでいい牽制効果も生み出している。
 計算は完璧だったはず。

「ちょっと迎えに行って来る。夕食は食べるから用意を頼む」

 バックを置いて、遠くはない不動峰の方面まで景吾は珍しく徒歩で出向いていった。

**********************************************

 十数分後。
 ようやく再会を果たす兄妹を、妹を預かっていたもう一組の兄妹が楽しそうに眺めていた。
 当然付き合わされた伊武が「なんでおれが……」とぶつぶついいながら同席しており、部長に黙らされながらも神尾までいる。

よ、お前、不動峰の連中に随分なつかれたようだな)

 景吾はいい意味で可愛がられてきたらしいの頭を軽く撫でてやってから、「行くぞ」と手をだした。
 兄貴らしい気持ちになったもんだ、と思うが、手は緊張でほんの少しだけ震えた。

「お帰りぴょ。テニスをしたぴょ」

 嬉しそうに話すにほんわかした空気が流れた。
 でも、僅差で、周囲の様子が可笑しいことに気づく。

「くっ……くっ」

 杏が大爆笑していた。
 ついでに言えば、神尾が「やっぱ兄さんしてんな」と伊武に呟き、呆れられている。
 それだけじゃない。
 実を言えば、玄関裏に隠れていた不動峰のメンバーみんながこちらを見ていた。

「なんだ?どうした?」

 ぎょっとした景吾を責められるものはいない。
 みんな一応にほのぼのしいものを見るような目をしていて、気味が悪い。

 シスコンと噂されているとは知らない景吾は取りあえず、無視することにして、桔平に礼を言う。

「世話になったな」

「いや、お互いさまだ。妹を持つ身としてはそれなりに分かる」

「?」

 流石に部長の言葉に笑うわけにもいかず、不動峰のメンバーは笑いを堪えているが、橘にさえ退かれた(「同類認定」なのかもしれないが、橘本人は無意識なので何ともいえない)氷帝の部長の「シスコン」っぷりを勝手に想像したのか、みな一様に息を詰まらせていた。

 伊武はため息混じりに、間違えても「シスコン」という単語をが景吾に聞かせないようにと密かに願った。
 すぐ横で杏が、「私が言っといたわ」と軽く笑ったので、安心だとは思ったが、「最近こんな役まわりばっかりなんだよな……」とぼやいたのは言うまでもない。

「あの跡部がね……」

「あー……まあ」

 杏の言うことはもっともだが、自体はシスコンなんて可愛いものじゃないと流石に分かっている伊武は黙り込んだ。
 わざわざこれ以上巻き込まれる理由もない。
 景吾はそんなやりとりに気づくはずもなく、さっさとを連れて屋敷に戻ったのだった。

*****************************************************

おまけ
「楽しかったのか?」

 食事後、日課になっているピアノのレッスンを終えて、景吾は自室でくつろいでいた。
 当然のようには訪ねてきて、ベッドを占領している。

「うん、はお姉ちゃんがずっと欲しかったぴょ。杏お姉ちゃんはとっても優しいぴょ。それにお姉ちゃんのお兄ちゃんも本当のお兄ちゃんみたいだったぴょ」

「そりゃよかったな」

 確かに全身からいかにもな「兄貴」オーラを持つ橘である。
 自分と比べても仕方ないのだが、それでも思わず景吾は反芻してしまう。

(本当の兄貴ねぇ?)

 それが感傷だとは知っている。
 自分はそうなりたいわけではないことも。
 でも最近は、その単語にこうも呼吸が苦しくなる事実に気づいていたから――。
 景吾は読みかけの本をおいて、無言でベッドサイドに座り、次の瞬間、無性にそうしたくなって、もっと話をしようと近づいてきたを軽く抱きしめた。

「なあ、

 最近思うのだけれど。
 自分で考えるよりも聞いてしまった方が早いとか。一体彼女にとっての自分は何なのかとか。
 勝手に答えを出していたようだと初めて気づいて、ふと不安になったり。
 基本的に自信過剰だからー―それはあの一回の言葉のせいだろう(*RED参照)が――ある程度期待はしているのだが。
 景吾は聞いた。

「お前、どっちが欲しい?」

 兄らしい兄になった自分と、今の――多分一生兄貴にはなれないがそばにいてやれる自分と。
 は欠けた言葉だらけの質問を理解できずに、眉をひそめる。

「跡部はがいなくて寂しかったぴょ?」

「さあな。そうは思わなかったぜ?」

「ぴょー」

 怒ったらしい。
 楽しくなってきたので素直にクスクスと笑ってみた。

(まあ、いい)

「なあ明日は代休だが、どうする?」

「ぴょ?」

「練習は午後からだ」

 ああ。お休みなのか。
 合点がいってが「なら午前中はでかけるぴょ」とねだるその前に、

「?!」

 の景色を反転させた。
 自分ごと仰向けに倒れただけ。
 下にしたら、何をするか分からない怖さがあるから。

「知ってるか、俺は兄貴じゃねぇーんだぜ?」

 抱きしめたまま耳元に囁く。
 できれば午前中いっぱい彼女を抱きしめて、眠りたい。

「怖くないから……」

 抱き込んでしまおう。
 震える肩にキスをして、久々の温かい感触に落ち着いた。
 帰ってきたのか。
 馬鹿みたいなことを思う。

「だからもう少しだけこうさせろよ」

「ん……」

 寝息をたてて彼女が寝てしまうまで、手を出せなくなった理由を景吾は一人考えていた。
 それは確かな不安。


> 戻る <