So I`ll be your……

「……で、どうしてお前はに近づくんだ?神尾よ、『杏ちゃん』はどうした?杏ちゃんは?」

 軽く言ったの兄――神尾の中では既に跡部景吾はそうインプット済みである――に神尾はどもりながら、

「そ……それはそれで……そりゃ、杏ちゃんはいい子で好きだったけど……。大体、そっちだって!」

「はあ?俺のはふざけただけだぜ?」

 お前、マジだったろうが?
 景吾はそう言う。
 神尾は答えられなくなっていた。

ちゃん……)

 小生意気で可愛い少女のことが頭からはなれない。
 おかげで、失恋もすっかり忘れていた神尾である。
 ここ数日、部活のない日は彼女を見ようと付近をうろついた。
 伊武にストーカー呼ばれされるのも厭わなかった。
 その結果ー―こうして、見つかっては景吾に文句を言われるのだが。

 (それにしても……義理の兄っていっても、これじゃ「シスコン」jだろ?)

 一度伊武に聞いたときは「違うんじゃないの」と軽く流されてしまったが、「疑わしい」と今度こそ神尾は思い、決意した。
 シスコンでない場合の想定が全くできていないからこそ彼は「神尾アキラ」だった。

*     *     *     *      *     *

 「困ったときの千石さん」は最早神尾の中でキャッチフレーズと化していた。
 跡部景吾は少なくとも裏では呼び捨てな辺りに、格段の差を感じられる。
 その差はこの何でも相談室から来ていた。
 今日も……。

「千石さん、部活前に失礼します!!!」

 わざわざ遠出で尋ねる神尾に、相手はにっこり(ここにも「裏」を感じないあたりが神尾が神尾たる所以があるわけだが)。

「いいよ」

 気楽な返事をする。
 横で、たとえ、南が

「ちょ、ちょっと……」

 と慌てふためこうとも。
 時には、千石と同級生の女子生徒が話込んでいる最中に訪れて(修羅場だと気づかないあたりも神尾が〜以下略)相手の少女が少し嫌な顔をしたりもしたが、千石は引き受けてくれる。

(千石さんっていい人だなぁ)

 試合に勝てたのも本当に偶然かもしれない。
 いや、そもそもこの人、時々本気じゃないのかも?と思わせるところがあるし。
 神尾の中の千石評価は上がる一方である。

「(ボソリ)………で、多分、最後に一番痛い目見せられるんだろ。ま、いいけど……」

 午前中ストリートテニスに付き合ってもらっていた伊武深司が今日はくっついてきて、そんなことを言ったが神尾は気にしない。気にしないからこそ〜以下略(←しつこい)

「それで、神尾君。いったいどうしたんだね?」

 芝居がかった口調で、千石は言う。

ちゃんに会いに行くたび、兄貴に邪魔されるんですが、『義理の兄妹のシスコン』ってあまり聞かないと思って……。あの人、何考えてるのかよくわからないから、千石さんなら邪魔されず、ちゃんのそばにいる方法を知ってないかと思ったんですけど」

「あー?」

 千石は首をかしげて(そりゃそうだろう、『義理の兄妹』ではシスコンとは言わない)、それから今度はにやっと笑って、

「おれのいない間に点数稼ぎは駄目だよ」

 と釘をさした。
 神尾は忘れそうになるが、この人もライバルなのだったと思い出した。
 その割りに軽く見えるのが難点だけれど、牽制されたときは本気で怖かったから多分本気なんだろう。

「でも、ちょっと可哀想だから秘策を授けよう。さらちゃっていいよ、少しの間なら」

 おれが取り返しに行くまでね。
 千石はそういって、キーを渡してくれた。

「一番いいのは、これをネタに「景吾」に会いに行くこと。それでね……」

 耳打ちをする千石。
 横で呆れる南。
 一瞬、顔がこわばる伊武。
 そんななか神尾は

「え……」

「ん?まあこれでに会えるんだったらラッキー。で、いいじゃんか」

「はあ。(……まあそうか。)そうですよね!ありがとうございました!」

 交渉成立に気をよくして、立ち去った。
 内容を聞いていた伊武が千石を睨みつけ――だが、諦めたように南に視線を傾ける。
 南は「すまない」と口の形だけで謝罪した。
 苦労人である。
 彼には咎がない。
 悪いのは、その意味が知れないと分かっていながら神尾に悪知恵を吹き込んだ千石清純。
 確実な「黒」。

*     *     *     *     *     *

 やめた方がいいと伊武に散々とめられた神尾だが、「どうしてだよ?」と問い詰めると、珍しく向こうが黙ってしまい、話にならない。結局のところ、伊武は憤ったような表情で、神尾を見て、「帰る」と告げて去っていってしまった。
 神尾は何となくむしゃくしゃしながら、でも、やっぱり親友が止める理由がわからなかった。
 そうこうしているうちに目的地――跡部邸についてしまう。

「深司のやつ、なんでああはっきりしないんだよ」

 必要のないところでは無駄にきついのに……。
 大喧嘩したわけでもなかったが、珍しく歯切れの悪い親友の顔は複雑で、彼がかなり大人な方だと分かっているだけに気が重い。

「けど、謝るにしても……」

 理由がわからないのだから仕方ない。
 杏のときもそうだった。
 桃城のことを知っていて、深司は言わず、だが、言ったところで変わったのかと逆に聞き返されてとまったものだ。

(……ということはちゃんにも?)

 いや、それはない。
 あの無邪気さは恋を知るものではない――神尾は自分に言い聞かせる。
 すると、ふと門の前で、大きな壁が立っていた。
 人間の壁。樺地である。
 期待はずれに目を曇らせると、下に小さい少女の姿が見られた。

ちゃん」

「あ、神尾かぴょ。……深司はどうしたかぴょ?」

 セットでカウントされているのだろうか。
 深く考えず「今日はちょっと機嫌が悪いみたいで」と神尾は別れ際の深司を思い出しながら応えた。

「そうぴょか」

 は何か思案した後、「まあいいぴょ。跡部に用かぴょ?」と可愛らしい笑顔を向けた。

「いや、お兄さんにというより……」

 ちゃんに会いたかった。
 言おうとしてもなかなか声にならない。
 樺地はそばに控えてじっとしている。
 景吾に従順だが、多分言わないでくれるだろうことも、神尾には何となく了解できた。
 だが、そううまく言えていたら横からかっ触れるなんて恋愛せずに済んでいただろう。少なくとも自分から玉砕できていたに違いない。
 そんなこんなで、結局次の言葉はにバトンタッチしていた。

「分かったぴょ。に用があったぴょ?それともテニスでも教えてくれるかぴょ?」

「え……え、あ、うん」

 嬉しいお誘いだ。
 断る理由はない。
 千石は兄の方にと秘策を授けてくれたが、取りあえずそれは後でいいだろう。
 神尾は午前中から引き連れていたラケットを一層大切に抱えて、

ちゃんもテニスやれるの?」

 お誘いを受けることにした。

 打ち合うには少し足りなかったが、練習を少し見て、その後軽いラリーをやった。
 樺地もいたので、ちょうどよかった。
 二人だけだと勝手が分からない。
 もっとも樺地はいるだけだったが。
 それでも橘の指示に従うことに慣れすぎた神尾は練習メニューなんかを考えることなど到底できず、結局樺地の頷き(と顔色)を見て、決めていた。

「楽しかったぴょ〜!ありがとうぴょ」

「いや、こっちこそだよ」

 芝生に寝転んで、話をする。
 至福の時である。
 そこで、ふと神尾は思い出したようにもう一つの用件を切り出した。
 この時間をまた作るための一歩である。

「千石さんに頼まれたんだ。忙しくなったから代わりにって」

「…………」

 はその名前が出た途端何故か黙り込んでしまい、大丈夫かと様子を伺った神尾から目を逸らすように、

「清純はズルイぴょ」

 とだけ呟いた。
 千石さんは何か言ったのだろうか?
 そういえば、彼女が「清純」と名前呼びにするのも初めてな気がする。
 神尾は首をかしげる。

「でも跡部は清純が好きぴょ。は困ったぴょ」

ちゃんは千石さんに会いたいの?」

 言葉がついて出た。
 まさか、とは思う。

(千石さんのこと好きなのかな)

 そんな考えが頭をよぎる。

「ううんぴょ。別にキヨに用なんてないぴょ。でも、清純は今に会いたくないんだぴょ。だからその鍵を神尾に渡したに決まってるぴょ。も……」

 何があったのだろうか?
 顔がこわばり、不自然な笑顔がゆがんで涙目になった。

「えっ、えっ、あの……喧嘩でもした?」

 何があったのか?
 聞こうとしたそのとき、コートの方に人影がきた。
 跡部景吾である。
 ラケットを下げているところを見ると練習帰りなのだろう。

「ああん?神尾じゃねぇか。今度は何だ?」

 不機嫌そうな顔はのところでとまる。
 来いよ、と、手が差し出された。
 は手を取ろうとして……

「千石さんに伝言を頼まれて。多分しばらく使わないからこれを俺に貸しといていいかって。『駄目なら景吾が持っててよ。おれ、今のところいらないから』だそうで」

 神尾の言葉に凍った。

「あ?」

 面食らった表情に、何だかこっちが虚をつかれる。
 景吾は「ちっ」と舌打ちしてから、を見た。
 ぴよこは何かを不安そうにしている。
 らしくなく、ぴとっとこちらにくっついてきた。
 神尾はそれが嬉しくも、何だか複雑な空気にやられて、ここに伊武がいないことを後悔した。
 樺地が一旦景吾から庇うようにを抱いて、その後、ゆっくり景吾の前に差し出す。

「珍しいじゃねぇか。あの馬鹿がよ」

 皮肉に口元が歪められ、景吾はそれを受け取ると、

「返しとけ」

 神尾に言った。
 千石に言われたことを思い出す。

『多分、そういえば鍵はともかく神尾君はに会えるようになると思うけど?』

 なんてったって、騎士団員ですから?
 茶化すように言った彼の言葉。
 それよりも先に、の表情が飛び込んでくる。

「あ……」

 気づけば言っていた。

「いいのかよ?ちゃんは会いたくないって言ってるのに」

「ああん?」

 訝しげに景吾がこちらを見やる。
 本当か
 は「ううんぴょ」と笑った。
 無理がばれない表情に、神尾はあっけにとられた。

(そうか……お兄さんに気をつかってるんだ)

 そう思い、さっさと千石の言葉に切り替えようと、今日用意してきた宣言をした。

「おい、氷帝の跡部景吾、俺も時折寄らせてもらうからな」

「なんでだよ?」

ちゃんに会いに。兄貴だからって許可とるなんてそんなの横暴だろ。『束縛しすぎ。それとも兄貴じゃないつもり』かよ?」

 最後は千石いわく「とっておきの文句」だそうだ。
 意味も分からず使った神尾だが、景吾の表情が凍った。

「お前、それ……」

「『どうせ敵になれないんだし、いい』だろ?」

 どうせ敵(ライバル)にはなれないんだし、いいデショ?
 清純の言葉にこだわらず告げた神尾だが、そのショックをうけたような跡部景吾の表情にはさすがに戸惑った。
 こんな顔をみたことはない。
 なにせ、あの跡部景吾だ。

(……あれ?またか……?)

 さきほど親友が見せた微妙な空気より更に重い空気。

(そりゃ、いきなりの兄貴だって知って態度変えたけど。おれ、舞い上がってたけど……)

 何故彼がこんなに冷たい目でこちらを見るのか
 そもそも見ていないのか?
 分からない。

「勝手にしろ」

 景吾は踵を返した。
 ぴよこも何が何だか結局分からなかったらしい。
 呆然としている。
 神尾は取りあえず許可がおりたと言えるのかどうか、ふと真剣に考えた。
 これで追い出されるようなことはなくなるだろうが、本当にこれでよかったのか?
 そう思うと、なんだか苦い思いがある。

「待つぴょ。キヨは練習試合が立て込むからなくすと思ったぴょ。きっと……だから……」

 が景吾を追っかけていったが、振り向かない様に諦めて戻ってくる。
 珍しくの言葉も景吾には届いていないらしかった。
 とんでもないことをしてしまったんじゃないだろうか?と不安になる神尾である。

ちゃん、ごめん。俺……」

「いいぴょ。神尾のせいじゃないぴょ。あれはキヨが悪いぴょ」

 景吾の方はといえば、樺地が行ったようだ。
 はちょこんと、芝生に座り込んで、

「全部清純のせいぴょ」

 と言うが、神尾には理解できない。

(つまり、跡部景吾と千石清純の喧嘩に巻き込まれたのか?)

 だが、知る限りなんだかんだであの二人は仲がよかったはずだ。
 神尾が「?」マークを連発していると、は唐突に、元気になって、

にもうまくいえないことがあるぴょ。きっとキヨにもあるぴょ。でも教えてくれないからも跡部も困ってるんだぴょ」

「へえ、仲良しなんだね」

「そうだぴょ。だから平気ぴょ……。深司もそうぴょ。神尾も早く仲直りするぴょ」

 ある意味でドンピシャで、ある意味で見当違い。
 でも確かに……と神尾は思った。

「深司のことだから、きっと明日には忘れてるよ」

「そうだぴょ。深司に平気だって言っておいて欲しいぴょ」

「ん?ああ」

 神尾はまたしても、よくわからないことをどさくさに引き受けさせられて、まあいいかと納得する。

(ともかく、これでテニス教えに来られる)

 嬉しい。と素直に神尾は思えた。

「じゃ、また来るよ」

「待ってるぴょ」

*     *     *     *     *     *

 後日、伊武に何食わぬ顔で近況報告をすると、

「……あーあ……これだからアキラは……」

 となにやらまた同情の眼差しを向けられた。

「なんだよ、それ。あ、そうだ。ちゃんが、平気だって」

「何が?」

 俺もよくわかんないって……。
 神尾は取りあえず前後の会話を伝えた。

「いえないことが、か」

 確かに知りたくなかったことだとしても……今知ってて……自分もいえないことがあるし……
 伊武はぼやいて、

「何だよ?」

「……あーあ……あの子も苦労するよなぁ………俺もたいがい……」

「だから、いったいなんなんだ?」

「休日一緒したことがあるだけだ」

「えええ???」

「――ていったらどうするかなーアキラ、と思って」

「なんだ嘘かよ……」

「さあ」

「おい、深司ィ〜!」

 いつもどおりの日々。
 結局時折はのところに遊びに行くものの、神尾アキラ、負け役のまま。
 跡部景吾は最初こそ放っておいてくれたものの、しばらく後、結局千石を伴って現れ、厳しい『監視』を始める。
 黒い騎士団長の座は相変わらず彼のものなのだ、と神尾は思った。
 そして、

「ゴメンネ、そろそろ時間できたから鍵返してもらっとくよ。戻ってきてラッキー」

 と、軽々しく鍵を奪った千石もやはり食わせ物らしい、とその頃になってようやく気づくのだった。


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