妹交換(後)



側  伊武SIDE】

 楽しいお泊り会が終って(桔平ら不動峰側にはさして有効な情報はなく単にを囲む会と化したが)伊武はを送り届ける役を命じられた。
 予想していたから問題はない。
 橘や石田、他のメンバーがと跡部の兄妹以上の関係に気づかなかったのは、お気楽というべきか幸運というか……。

【 ――俺が心配することじゃないし…… 】

 彼女が誰を好きか、なんて今更だけれど、どこまで問題がこじれてるのか、気にならないわけではない。
 ……というか、気にしなくても、勝手に向こうが暴露しにくるのだ。
 そう、今のように……。

「らっき」

 相変わらずな態度とよく読めない口調で、災難は向こうから飛び込んでくる。


 *    *  *  *  *  *  *  *
<<側 SIDE>>

 は、少しだけ戸惑いながら送ってくれる伊武の手を握り返して、ふと……きゅっと握られた手が、慣れ親しんだものとは違う。その違和感に悲しくなった。
 気付いたのだろうか。
 伊武がふと、動きを止め、は、必然的に彼の背中を仰ぎ見る(小さすぎて少し遅れてとまったものだからそれしか見えなかったのだ)
 ……が、クリアにならない視界とは裏腹、伊武がストップした理由は、すぐに分かることになる。

「らっき」

 数日前に――あんなことがあって、ちょっとだけ(ほんのちょっとだけだ)分からなくなった「その口癖の持ち主」。
 声と、飛び出てみえたオレンジに、は先ほどとは比べ物にならないほど強烈な違和感を覚えた。
 胸にぎゅっと苦しくなるような、重苦しいような感覚……

「出といでよ」

 出くわしたのは見慣れた、少し優しい、意地悪そうな顔の少年。
 まるであの夜の前に戻ったみたいだった。

「きよ……ぴょ」

「あ―………犯罪予備軍の千石さん……ていうか、あっちの人もどうかとおもうけど、ここは急いで返さないと橘さんに怒られるし…ていうか……」

 強張ったのは、伊武の声か、それともの指先か。
 警戒してるのは、さすがのにも分かった。なんのかんの庇われている。
 立ちいちも、決して千石とを一直線に向き合わせないよう、深司は大分気を使っているようだ。

 ――でも、平気だ……ぴょ……

 つんつんと裾をひっぱって、知らせようとする。
 ただ一向に、伊武は気付かない。

「それはちょっとひどいような」という千石の弱い声に、

「自業自得」

 にべもなく返した。
 なのに……

 ――らしくない……ぴょ……

 千石は抗議しない。
 自分の言い訳にこそ傷ついたように、はっと口を押さえていて、そのあとはもう、はははと力なく笑っていて……
 それがには何だか辛かった。

「何を言われても、今回は俺のせいだから」

 遠くをみるでもなく、視線を逸らすばかり。
 合わせる顔もないのか、とは、首をかしげた。
 こんな風に彼が距離を自分からとるとは、信じられないのだ。

 ――きよ……泣きそうぴょ?

 守るような伊武の背中から離れるには、まだ勇気はない。
 でも……「らしく」ない清純のこともまた気にかかるから……

《跡部君にはしてるんデショ?なんで俺じゃ――駄目?》

 何度も合間に、いたぶるかに聞かれたことまでがふと頭をよぎって……
 それでも――
 文句は出てこない。

 好きなら平気だろ?
  好きなんだよ――
   悪ぃかよ?

 似てるけれど、違う声と……
 同じように泣きそうな、清純の、今の様子、それからこないだの――笑いながら景吾にまでも許してほしがってた……とが思ったあの顔が、重なって仕方なかった。

 ―― 俺じゃ駄目?

 二人がどう違うかはますます分からなくなる。
 けれど、は一歩、

「あ……」

 引きずられるように、視線に招く手に――前に一歩。進みでる。

「きよ……」

「うん」

警戒を緩めない伊武が見る中、静かに二人は視線を結ぶ。

 ――あ……
 ぎゅっと……ますます苦しくなる鼓動に、小さい唇はただただ空気をすう。
 そうして……

「きよ……の馬鹿……」

 やっと一つ言を紡いだ。

「……。……だよね」

、もうきよとは……」

 ――話せないと思って……
 会えないと、会っちゃいけないと思って……だから……だから……

 言葉はあふれるのに、なんで声にはなってくれないんだろう。
 不安定な身体を、腕が支えてももうは迷わなかった。
 振り払うでもなく、後ろから抱き上げようとする伊武を目で静止。
 広げた千石の手にも飛び込まない…… どちらも選ばず、一人立っていた。
 反対に……俯きかけた瞳が、ゆっくり瞬く間、彼も待っていたのだ。

「俺……謝らないから」

「き――」よ、と名前を呼ぶタイミングを塞ぎ、

「拒まなかったことで傷つけるのは自分だけじゃないのに、は分かってないし?」

 いつもの余裕ある顔と、毒を含ませた言葉も、夕日のせいか馬鹿みたいに危うく見えてしまうから……

 ――……分からなくないぴょ……

 辛いのはきよをみても分かる、と口を開けばよい。
 なのに、千石は、それこそが許せないように口をふさいで、にそれをさせてくれない。

「おい――」

 静止した伊武をも気にもかけず腕で止め、指先で封じた小さい唇よりも、自分の方が震えるような調子で、の無言の声に抗議した。

「――違う」

 それは、焦燥を移すまなざし。

「違うって――」

「……ぴょ?」

 やがてひきよせかけた、掴みかけた指が力を失い、ぽんっと伊武が、橘が、するように頭をなぜられる。

「もうしないけど、掴まっちゃ駄目だよ?」

 どんな気持ちで言ったのだろうか。

「―きよ…にかぴょ?…」

「さあ?」

 それは宿題ね?と、くしゃりとした髪の毛ひとふさ、口付けた顔はいつもどおり。

「カエサルのものはカエサルに返すよ」

 ――「大切だから」
 そう告げた相手はきっとではないが……「……俺がいくと殺されちゃうから頼むね」と託す相手など一人しかいない。
 それが分からないじゃない。
 分からないなら、とっくにきよの手中に収まっていてもよかったのだ。

 ――でももう出来ないぴょ……。

 抱きしめてもらって、癒しになって……こちらも可愛がられることで何かのかわりを作るなどもう出来ない――
 ぬくもりを与えられることにはなれていても、唯一人の変わりになんてなれっこなかったのだ。一時のまやかしだって安定はあげられやしなかったのだ。
 ――きよの一人は…ちがうぴょ…
 そして自分も――
 ただ、

「きよ!」

 引き止めなきゃいけないのは、彼ももう答えを持ってるからだ。
 知っていて苦しんでいて……それでもその道を(どんな道かわからなくとも)選んだからには、この人を心底傷けたくはない――、とは思った。
 それから身勝手な願いと……

「景吾にあいに来るぴょ!」

 声にぴくりとされても、何度でも言うべきことは一つだったから、叫んだ。

「……じゃなくて?」

 ――自分は関係なくてもいいぴょ……

「景吾、きよを待ってるぴょ。だから絶対来るぴょ。はいなくてもいいぴょ」

 必死に言ううちに、ようやく気付いていた……。
 ううん最初から分かってたのかもしれない。

 ――自分より傷つくひとがわからなくても、傷つけたくないのは……
 自分など関係なく、ただ傷つけられない人は……

「――わかった?」

 「清純」から返される声はすっかり調子を取り戻している。
 いたずらな景吾の友達。
 の仲間みたいな、お兄ちゃんみたいな人。
 それは代わらなくても……「おにいちゃんの代わり」にはならない。

の一番の人にとっても、きっとは一番で」

 ――きっと、殺しちゃうどころかゆるしてしまうほどが特別なんだよ?
 らしい、嘘のない言葉がを貫いた。

「――特別なんだよ?――」

  そう、君が……
 奥に隠された名前を選ぶまでもない。
 伊武が、呆れたように「あーあ……気づかせなくてもいいのに」とぼやくのをみて、は首をかしげた。

「特別――……ぴょ?」

  そういうのならば、多分そう……
 「景吾」は特別なのだ。
  代わりようのない兄は、兄だから、が理由でなく――
 彼だからが理由。
 だとしたら……

「うんぴょ。きっと、待ってるぴょ。……心配、させたくなくて…………」

「うん」

 ぽんっと頭と肩に降りる手。
 これこそ兄のような温かさと見守る様子……

 ――兄でなくなっていた彼には……大好きな特別な人間からだと、別のものになってしまうそれを、は少しの合間享受した。



「   特別 だから   」

 
    だから、大切にしたいぴょ?
  護ろうとしてくれる人たちと、彼自身を……。

 だから、帰ろう。
 伊武の手を取って、は歩き出す。
 彼に会いたくなった。たぶん、妹ではない感情で。


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