RED OR BLACK

起きるなり目に飛び込んだ見慣れない景色に戸惑った。

(あ?……ここ、どこだ?)

 寝ぼけるのは柄じゃなかったが、疲労で身体が重い。
 明け方まで起きていたのだから無理も無いのだが、本人は気づかず、シーツから抜け出すこともしないでいた。
 二度寝しようかとタオルケットを引っ張ったとき、逆側に重りがあって、はじめて事態に気づく。

(……黄色い髪……)

 だ。
 そういえば素肌に直にケットがまとわりつく感覚も久々なものだ。

「……そういうことかよ」

 声を返す者はおらず、変わりに平和に眠りを享受する義妹の寝息が聞こえる。
 恐らく午前中一杯起きてこないに違いない。
 あれだけの運動量で、更に傷みも伴っているのだから仕方ない。
 何となく申し訳ない気持ちも手伝って、景吾は自分起き上がってベッドサイドに腰掛けると、彼女にタオルケットをかけなおした。
 それでもしばらく頭が起動していなかったが、無意識に撫で付けた小さい頭が動いた途端急に現実感がこみ上げてきた。
 このままいたら反応してしまいそうでまずい――朝一番の思考としてはどうかと思うが、たいてい男などそんな生き物だと諦めて、ともかく部屋に戻ろうと決めた。
 脱ぎ捨てた服を拾い、代わりにバスローブを羽織って(前に部屋に来たとき置いていったものだ。そのときそこまで予想したわけではないつもりだったが、今思えば――と景吾は自分にため息をついた)ドアの前まで行く。

「おきてねーな」

 そんなことの後で会いづらくはあるが、だからこそいてやりたいとも思う。

(混乱するだろーけどな)

 告白の続きを無理に言わせる気はないが、そこはかとなく訪れる変化を待ってみたい。
 だがまず荷物を置きに入らないと、と景吾が内心焦ったのは心にふと彼女の幼馴染がよぎったせいもある。

(あいつにはちょっと、な……)

 今更ながら卑怯なこと、汚い手は使いたくない。
 景吾はそのまま、気持ちを振り払って、とにかく外に出ることにした。

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 人の気配は既にあった。
 長身の世話役その1は常に、彼女のそばにいる。

「出てこいよ」

 戸惑った振りをしているが、表情がこわばっていた、それは彼女の連れてきた執事「陸」だった。
 いつもは後ろに流して整えている髪が乱れ、数本前に垂れている様子はそのまま彼の本質を表すようで、景吾は少し動揺した。
 想像はついていた。 真面目に職務につきながらもなんだかんだで彼女を本気で溺愛している彼は日々の生活でも垣間見えた。

(けれど届かないってこともこいつにはわかってんだろーな)

 だから多少冷たく言うのだ。

「抜け駆けしたけど、マジだからな」

「ええ」

 低く重苦しい答え。
 空気に反して攻撃になってくのはどうしてだろうか?
 景吾は自嘲ともつかない笑みで返す。

「わかってんだろ?兄貴なんだぜ?」

(――いいのかよ)

 怒りに震えてるくせに。
 唇も手も――。
 景吾はわざと目をそらせないよう、大分背の高い相手をしたから覗き込むように、すれ違いざま聞いたが、陸は真っ直ぐな瞳を返した。
 少しだけ俯いてから、覚悟した応えは――

「幸せなら」

 ――反吐が出る。
 ブラックなあいつ、レッドなおれ。
 どっちがどっちだ?

(衝動を堪えて情熱を秘めるのはあっちで、どす黒いのが俺じゃないか?)

「っ……」

 そのとき景吾が一瞬後悔したことを陸は見抜いていたに違いない。
 陸が苦笑いしながら出した答えに偽りはないのだろう。
 晴れやかとも取れる笑みに、ショックを押し隠すのは景吾の方だった。

「海なら殴るでしょうね」

「お前は?」

 ――泣くのでしょう。と声が聞こえた気がする。

(くそまた同じだ。卑怯なやり方だけに後悔がないってわけじゃねーんだ)

 それに対して相手が軽く流し、大人の男を見せ付けることが堪らない。

「……なんて、私が格好付けてるだけですね」

「……くっ」

 景吾はのどを鳴らす。
 その横を思いやるように穏やかな表情を見せ、陸が一度頭を下げて通りすぎていった。
 その優しさが追いやることを恐らく知っているのかもしれない。

(なあ樺地。こういう勝負のがきついよな?)

 けれど試合とおなじで、後悔がないのは相手の心持次第だから――陸はいい相手だ。
 空は土俵に上がる前に取り上げた感があるが、陸とは最初からどこかでこうなる予感があった。

「俺もだ」

 言葉はこれ以上意味を為さない。
 景吾はそれ以上相手の反応に振り向きもせず部屋に戻った。

********************************

 再び部屋に戻ったとき、陸の気配は感じられなかった。

(まあ許されたとは思えないけどな)

 後味の悪さは残る。
 怒るだろう眼鏡のお目付け役には説明するつもりはないが、陸に関してはその押しの弱さに同情を禁じえないところがあったし、仕事振りに関してもそれなりに敬意を払っていたのだ。
 誰より空のことを考えると、頭が痛い。

「めんどくせー」

 ならやめろと自分でも思うが、無理な相談だ。
 勝手にドアを開ける。
 迎える影はない。

(起きたのか?)

 ……と、小さい影が覗いた。
 バスルームの方である。

「……?」

 バスルームの鏡の前に、座り込んでいるぴよこがいた。

「………」

 返事が無い。
 不安と再びもたげた罪悪感で、昨日の言葉が嘘に感じられて思わず無意味な謝罪が口をついて出そうになる。

(謝ったってしかたねー)

 悪いことをしたとだけは思いたくない気持ちも在る。
 景吾はの髪をまた優しく撫でてやり、甘いなと思いながらも自分に照れて少々ぶっきらぼうになりながらも、抱きしめてやった。

「……ぴょ……」

「どうした?」

「あの……」

「らしくねー。はっきりいいやがれ」

 偉そうな口調とは裏腹に、声は優しい。
 はやがて顔を上げた。
 顔が真っ赤に染まっている。
 可愛いと思う反面、何を言われるかおっかなびっくりしながら聞く。

「きききき、き、昨日……」

「ああん?」

「言ったこと本当ぴょ?跡部はのこと、その……嫌いじゃないぴょ?」

 ああ。
 合点がいった。
 もっと直接的な言葉を口にしたことで、は戸惑っているのか。
 それはつまり――。
 景吾は楽しくなってきた。
 悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。
 何のことは無い、ただ 気持ちが軽くなっただけ――ほんのちょっと救われただけ。
 身体の細胞が、脳がまたペースを取り戻す。 

「ばーか。好きって言ったろ?」

 耳元を舐めて、紅くなる少女をそのままかかえあげた。
 まだ育ちきらない身体に重みはそれなりにあったけれど、でも軽々と抱きしめて。

「まだ痛いか?」

 顔を歪めた姫君を見つめ、ベッドまでまた連れて行った。

「もう少し寝てろ」

 不安そうな瞳を、そばによることで瞑らせて――瞼に口付ける。

「そばにいてやる」

 やわらかい髪が顔にあたってくすぐったかったが景吾は離さなかった。
 起きて、が恥ずかしそうに笑いかけるまで。
 泣きそうな顔で、でも

「……好きぴょ」

 耳元で囁く、そのときまで。


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