BLACK PRINCESS「は?」
そこら辺にいた彼女のつれて来た執事――陸というか言う名前だったと景吾は認識している――に尋ねると、温和な笑顔で彼は「推測ですが……」と返した。
「キャロのところに行ってるいるのではないでしょうか?」
耳慣れない言葉に戸惑うが、どうやら人名のようだ。
西洋系だろうか?
首をかしげたが、やがて「キャロ姉ちゃん」という単語が脳内本人の声紋情報で検索にひっかかった。
が慕っている(ライバル視してる?)らしい人物だ。
だが、どこに住んでるのか分からない。「ああ?」
詳細を話せと目でせかすと、横から景吾より二、三年上に見える眼鏡の青年が出てきて、
「秋葉原のことですよ」
すかさず言った。
のお目付け役、海である。
景吾はこの少年が何となく苦手だったが、この際場所さえ分かればどうでもいいとばかりに話を続けた。「へえ、あいつ道分かってるのか?」
――景吾の義理の妹はどう考えても地元の駅どころかこの付近ですら、一人で脱出できるとは思えない少女である。
それ以前、実の兄(義理だが)である景吾以上に、過保護な三人がそのまま彼女を送り出すとは考えがたかった。
と、そこにきてふと思い出す。
が母方の家からつれて来た従者は三人だったはずだ。
この二人のほかにもう一人、比較的景吾に年の近い少年がいた。(ああ、あいつがいないのか)
景吾はそのの幼馴染、空のことを思い浮かべる。
彼のことは嫌いではない。
そして、その真っ直ぐな瞳の先には必ずがいた。「あいつがついて行ったんだな?」
聞くとも為しに呟くと、最年長の食えない笑顔がほんわかとした表情で
「ええ、あれで空は頼りになりますから」
「確かに方向感覚においては、犬並に頼りになりますが……でも、空のしつけは失敗していますよ、陸<教育>主任?」
海はジト目で陸を見やる。
どうやらこの二人自体は仲が悪くないのだが、海は空とはあまり相容れないようだ。
景吾は、だからこいつ(海)は俺とも合わないのか、と納得した。
空はより単純だが、どこか自分に似てるものがある。「はん?お前が教育担当てわけか?」
陸を見て景吾はようやく三人を把握し始めたように言った。
相手はまたも何も応えなかったが、それはそれで肯定として、部屋に戻る。(空がいるなら平気だろ)
部活は休みの月曜、普段なら榊にピアノのレッスンを頼んでいるのだが、今日は研究のためにレッスンは延期。
平たく言って景吾は退屈していた。
気晴らしにテニスも小一時間ほどしてきたが、壁打ちのみではそう間が持たない。
更に言ってしまえば、実は部活の連中に誘われた映画も蹴ってしまったのだ。
原因は言わずもがな……がいると思ったからだ。(ついてねーな)
「そうだ、陸」
「はい何か?」
「お前、オールバックはやめとけ。はげるぞ」
陸はぐふっと吐血するような動作で下がりながら、にっこり笑って、
「余計なお世話です」
と眉間にしわを寄せる。
取りあえず軽い憂さ晴らしの成功に満足して、景吾は自室に戻った。*******************************
数時間後。
「お前……」
ピアノの練習を終えた景吾は自宅内の音楽室を出た廊下で、【単品】の空と遭遇した。
空は「ん?」と首をかしげながらポテトチップスを頬張っている。「おい」
「あ?なんだ?」
さっぱりわかっていない顔を見て、少々嫌な予感がした。
「と一緒にいたんじゃねーのか?」
「え??いんや。だって俺今まで仕事してたしー。その前は遊んでたけどよ。あいつ、学校の宿題海に見てもらうの嫌がって聞きに来たから。な?ほら、あんたも帰り遅いしさぁ」
のほほん。
空は疲れたらしくべたーとつぶれるように顔を横長にして見せた。
つむった目と結ばれたままにぃーっと伸びた口が全く緊張感を無くしていた。(やっぱりな)
「なに?なんかあった?」
「いや……」
気づけば即答していた
(自分で迎えに行くか)
景吾はそれが珍しくいい考えに思えて、さっさとその場を去った。
後に残された空はまたのほほんと首をかしげ、そのまま自室のある三階へ上がっていった。******************************
「あのお子様(ちび)が……」
一人で秋葉原まで行けるほどの能力は無いが、ぴよこにはバイタリティがあった。
駅まで出る三十分。
道すがら探した。
人にも聞いたが見つからない。
軽く見つかるつもりだったもので、陸には一応の話をして、最悪手伝う要請をしてあるとはいえ、景吾はそろそろまずい気がし始めていた。(まいった)
見つからない。
秋葉原まで本当に行っても見たが、いなかった。TRRRRRRRRRRRRR
『はい』
「見つからない。そっちはどうだ?」
携帯から屋敷(陸直通)にかける。
『戻っておりません。不安ゆえ一応空を派遣しておりますが、まだ見つからないようで……』
「そうか……。もっと早く伝えておけばよかったな」
『いえ、我らこそ、もっと早く様の行動パターンから割り出して、行動すべきでした』
(御託並べてる場合か?)
いい。とか 何とか、そんなことを言って、電話を切る。
向こうもを心配しているのだろうことが分かったが、景吾は景吾で焦っていた。(仕方ねぇ。もう一度、駅を見てくるか)
四つ角をUターンして、駅前の一角に来る。
閑静な住宅街だ。
駅前の商店街も派手さはなく、静かな石畳に少しの人影。
それゆえ、駅のホームまで一直線に見渡せる。
――と、景吾の目に黄色がかった髪の少女が移った。「あの馬鹿……」
こけそうな足取りでかけてくる少女につられ、早足になったが走り出せるほどの気力は残っていない。
榊のいないときの下手な部活よりも疲労を強いられた一日だ。「跡部ぴょ!」
恥ずかしい――そうは思わなかった。
相手は満面の笑みを浮かべていたが、それも目に入っていない。
飛びつききれず、滑り込んできたぴよこの頭を抑えて落ち着かせる。「遅いぞ」
「ぴょ?」
「心配するだろーが?」
「したのかぴょ?」
嬉しそうな顔が気に食わないので、応えず歩き出す。
勝手にぴよこが手を取ってきたが、景吾は振り払う気も起こらなかった。
安心する体温だった。*****************************
何故こんなことになったのだろう?
を迎えに行って……五月蝿いくらい話を聞かされて――。「心配しましたよ、様!」
「、お前迷子になってたんじゃないよな?」
「ともあれ無事で安心です。景吾様に感謝しなくては――」
三人にも、自分の気持ちで探しただけなのに無駄に感謝されて――。
何となく面白くない気持ちで三人に囲まれるを見ていたら、当のに手を引っ張られ……振り払わなかったのはそこにいるか確かに不安だったからなのだが、逆に気をつかわれて部屋に誘われた。
当然深い意味なんてなかったはずだった。
それがこうなってた。
部屋に二人。
この状況にも大分なれたはずだった。
景吾はいらいらしながら、の後ろ姿を見つめた。
時間はまだ早いが、もう十時。
明日の支度をしていい時間だ。
座る場所が他にあまり見当たらないのでベッドに腰掛けたのが問題だった。
横にちょこんと腰掛けながら、
「今日はおねえちゃんがこっちに来てたぴょ」
振り返って笑う少女は幼すぎるが、その手が触れると鼓動が跳ねた。
(くそ……俺もガキってことなのか?)
自嘲気味に笑って、だがそのまま引き下がる自分は許せないので、彼女をまたからかう。
「それより、簡単に男を部屋にいれるもんじゃねーぞ」
「んぴょ?」
「また……するぞ?」
キスだって覚えてやしないに違いない。
半ば本気で唇をなぞったところでやっと気づいて、彼女は真っ赤になった。
どこか逃げ腰になっている。(ほらわかってねー)
だからこそ、だろう。
景吾は次の言葉に驚かされた。「……お休みのキスならいいぴょ?」
可愛らしい許可は景吾をたきつけるのに十分だ。
(空ならどうすんだ?)
想像してすぐ答えをはじき出す。
(据え膳くわねーな。意外とあいつは……)
でも自分は――。
(もらえるもんはもらう主義なんでね)
優しくおやすみのキスらしい仕方をする。
最初はスローで……でもそう簡単に唇を話さなかった。
角度を変えて数度。
これは完璧に恋人同士のキスだ。
本人が知らずと否定しようと。「……っ……」
(やわらけー……)
景吾の感覚は支配されていた――憎憎しいがこんな風になったのも初めて。
彼女を意識して味わったのが初めてだったせいだろうか。
前は「弾み」である。
今度は逆。
どさくさまぎれだが、気はある。
更に深く、舌を進入させたところで、「あっ」とかぼそい声が聞こえた。
ねっとりした口付けはあまり好くものでなかったけれど、体温の高さが心地いいの同様、なんだか妙に熱が快く感じる。「っ……ょ……」
もがき少女の髪をなぜて――いつの間にかそれが癖になっていたが――できるだけ優しく、だが必死になっていた。
「こんなの……キスじゃない…ぴょ……」
ようやく唇を離した少女ににやりと笑うことすら出来ず、ただただ彼女を、を凝視した。
何があったのか分からないのだろう。
は呆然とこちらを見てるだけだ。
流石にまずったかも――明らかに冷めていく自分を景吾は冷静に見ていた。
ゆっくり小さな手に触れるが、ぴよこは逃げなかった。
だから……。「したかっただけだ」
決まりが悪くなって本当のことをもらした。
気持ちに嘘はない。
真っ向勝負を挑む気はなかったが、空にも本人にも触発されたのだろうか?
言葉は勝手に漏れていた。「この間のも……?」
「ああ、そうだな。治療じゃなかった――嘘ついた」
「酷いぴょ!」
「――仕方ねーだろ。お前が……!」
(わかってねぇよなぁ。覚えてるんだか?)
熱に浮かされてキスしたほっぺたの感触がまだ浮き上がるようだ。
「が何をしたぴょ!」
――この可愛げのない口を塞いでしまえばいい。
誰かが囁きかけたが、景吾は思いとどまった。(やめた。わかってねぇんだ、やっぱりこいつ……)
少しは許された気になっていたが、もう一つ越えてしまってくれないと気持ちがもちそうに無かった。
気が削がれて、から離れる。
でも手だけはまだ辛うじて重ねていた。
も離す気配がなかったからだ。
疑問を投げかけるようにの視線が飛んだ。
塞ぐべく、小さい顔に手をあてて、ばふっと彼女をゆっくり静める。「早く寝ろ」
景吾はいつの間にか定着した保護者づら(兄貴づら)を装って、そっぽを向いた。
本気になったつもりな自分がへどが出るほど笑えてきた。(続けたらどうなるか不安だなんて、ガキだろ?がき)
自分の滑稽さを笑いたかったが失敗して、笑みが笑みの形をとらなかった。
「なあ。お前、長いキスの意味知ってる?」
は応えなかった。
でも、小さな手をまた景吾に重ねた。「教えてほしくねー?」
こくんと頷く気配があったわけでもない。
だが、了承に思えた。
景吾はこちらを伺う視線を捕らえた。
ぴよこは逃げない。
シルエットは再び一つに重なった。「お前、ずりぃよ。ガキならガキのままでいろよ?」
理不尽な言葉に
「ぴよこは大人ぴょ」
強がりな声が響く。
憎まれ口を叩くまで回復した少女の手を景吾は握り返した。「夢見てんなよ、不用意に生意気言うと痛め見ることになる」
「……苦しいけれど痛くないぴょ」
キスのことだろう。
分かるがそれは反則な物言い――少年にはまだ刺激が強すぎた。「だからそういうこと言うなっていってんだ」
(――わかってねぇ)
数度目のため息は前ほどの切なさを伴ってはいなかった。
ただもし仮に誰かがいたら、その苦笑が今までより大人びて映ったに違いなかった。***************************************
一方
3人の勤め人は反省していた。「なんで気づかなかったんでしょうね、我らが」
海の呟きにため息が落ちる。
「景吾様なら安心できますよ、海」
「陸元帥。それはどうか分かりませんよ?あくまで「義理」の兄君――萌えるシチュエーションというやつでは?」
陸は何を考えているともつかない笑いで応える。
横で空だけが、可哀想そうなことに、「ん?でも俺、あいつのこと好きだけどなぁ?てかさー、んな心配する方が無粋だって」
と、忠告していた。そんな彼を辛そうな顔で彼を見やった陸だけが徐々に海の不安を裏付ける事実に気づき始めていたのかもしれない。
END