RED EVE

家に帰ってきたら、義妹が自分の部屋に勝手に上がりこんで寝息をたてていた。

「どういうことだ?」

 景吾は頭を抱えた。
 名前は。呼び名は
 言動の無邪気さのせいか、幼さが前面に出てもっと下に見える少女とは、兄妹になって三ヶ月が過ぎようとしている。
 大分慣れてしまった気がした。
 よく考えればたかだか三ヶ月とはいえ、始めのうちから一方的な会話はかなり交わしていたものだ。
 彼女はよくしゃべり、表情もころころと変わる。よく笑い、よく拗ね、よく怒る。
 ついでに、口癖は語尾の「ぴょ」。

「ん……」

 気持ちよさそうに寝ている少女を見て、脱力した跡部景吾。職業;学生。属性:金持ち。
 他人に指図されるのは好かなかったが、彼女の場合は「おねだり」に見えて、ついつい付き合ううちにすっかり懐かれている。

 は寝返りを打って、近くにあった景吾の手を掴んだ。
 広い屋敷の中で、彼女は下のフロア全体を占有していたが、寂しいらしい。
 もともと三人つれて来た下僕――と本人たちも認めているのはどうかと思うが、執事に教育係、専属医兼ご学友の三人衆は彼女にべたぼれだったので語弊はない――が忙しいことも手伝って、景吾がいないときですら大概このフロアに入り浸っている様子だった。

「おい」

 スー。  広すぎるベッドに寝息を立てている少女は身じろぎ一つしない。

「おい、

 景吾は今度は頬を軽く叩いたが、反応はさっぱりだった。

(仕方ねーな)

 部活で疲れて幻影を見ているわけではなさそうだ。
 まあ、しばらく放っておいても問題はないだろう。
 そう、判断して、横のタンスを漁った。

(戻ってくるころには起きるだろ)

 浴場とは別に自室にあるシャワールームに向かいながら景吾は義妹のことを思った。

*****************************

 は可愛らしいというよりも生意気だった。
 最初から三人の愉快な手下を従え、物怖しない態度で自分に問いかけた少女の一声は

「なんでお前が、の兄妹になるんだぴょ?」

 ときている。
 理由が飲み込めないあたりはまだ子供なのに、口調は一人前。
 そのギャップが面白くて、彼女も同じ「跡部」なのに自分を『跡部」と呼ぶあたりが何となく愛らしくて景吾は「義妹」を認知した。
 おまけに彼女の三人の下僕たちは、当人有能のつもりで、事実能力は高いにも関わらず、どこか間抜けさがあり、これが彼女の選択ならなかなかいい趣味だと思えた。
 むしろ「姫」に振り回される三人を見るのも悪くないと思っている節があった。
 やむなく三人が仕事に出払ったとき、わざとらしく兄貴顔で彼女の相手をし、あとで三人をからかうことも気づけば定着していた。

(それでも妹(あいつ)自身、嫌いだったら、無視してたはずだけどな)

 脱衣所からシャワー室に入り、蛇口をひねり、再び義妹のことを思う。

「まあ嫌いじゃねーか」

 迷惑なやつだと口にしかけて、出てきた言葉は優しい響きを持っていた。
 シャワーの温度を調整していた景吾は自分の声に強烈な違和感を覚える。
 一人っことして今まで気ままに過ごしてきたもので、最初反発を親にさりげなく告げたときのことを思い出したからだ。
 当然、我がままをいうほど子供ではなかったから、最初の一言で黙り込んだが、その一言はまさに「わかったが、そう簡単には馴れ合えない」だったのである。
 ……と。そのとき、いいタイミングで温度の熱くなりすぎたお湯が景吾の足に注がれる。
 景吾は慌てて青い方へ温度調整を傾けた。

 適当に身体と髪を洗い、着替えるまで、二十分……
 それから髪を拭きながらベッドサイドに戻るのに五分……

(………………………。)

最短で戻った自分に首をかしげたが、理由は明白である。

「勝手に動き回られるのは困るからな」

 一人呟いた声に、返す者はいない。
 ゆっくりベッドに腰掛けて、彼女の顔を覗き込む。

 スー

(まだ寝てやがる)

 本当のところ、部活で疲れた身体を休ませたかった。
 さっぱりした上こんなに心地よく寝ているぴよこを見れば、休息に眠くなってくるものだ。

「まあいいか」

 最後はもう自分でも何がいいのか分からなかった。
 景吾はそのまま眠りに落ちた。
 まだ少し濡れた髪が頭にかぶったタオルに水摘を落としていた。

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「べ……」

何か、声が聞こえる。

「起きるぴょ?」

「ん……」

景吾はおきてたまるかとばかりに枕を抱きしめた。

(うるさい枕だ……樺地よりしゃべってやが……???)

「枕?」

 目を開く気力はない。
 取りあえずぎゅうと潰すと、「ぐぇっ」とあえぎ声が聞こえた。
 やわらかい感触と心地よい温かさ。
 そのまま優しく抱きしめるように腕を回す。

「ぴょ〜?!」

 続いて叫び声。

「げっ」

 景吾は慌てて手を離した。
 黄色い枕は……――こともあろうに彼の義妹であった。
 寝ぼけながらも目覚めた景吾は不機嫌である。
 意外と低血圧だった。
 他人がいるところで寝られるのが不思議なほど本来デリケートな部分があったりもする。
 は既に距離を取って、枕元にちょこんと座り込んでいる。
 肩まで伸びた黄色い髪がこちらに向かってふわっと揺れた。

「帰ってくるのが遅いのが悪いぴょ」

 開き直るでもなく、告げるに景吾の機嫌は一気に悪くなった。
 布団をずらして、肩肘をつき、そちらに向かって低く唸った。

「無理言うなよ」

 ――頭にくる……。  苛立ちが増していく。

「待てとは行ってないだろ?ああん?」

 結構本気で目が据わっていた。
 が慌てるのが目に分かったし、義妹にかまうつもりこそないものの喧嘩やら揉め事はよそうと思っていたが、抑制がきかないのは後ろめたさのせいだろうか。
 確かに抱きしめたぬくもりは奇妙に残って、景吾を苛んでいた。

「すっ……すごんでも知らないぴょ。だってぴょ……だって…一人は……いやぴょ」

「はあ?寝てるくせに何いってんだか。待てないなら同じだろ?」

「ぴょ……」

 一気にの目がうるんだ。
 景吾はこの目が非常に苦手だった。
 のでなく、女子供全般。
 泣く=うざいの公式が頭にあった。
 どうしてか分からないが、多分面倒なことに巻き込まれすぎたからだろう。
 部活の連中の方が多少問題があれどよっぽど付き合いやすい。
 しかし、は泣かなかった。
 涙は落としたりしない。
 景吾は初めて気づいて、また気分が悪くなった。
 結構酷いことを言っている自分が走馬灯のように頭を駆け回る。
 唇を噛んだとき、がしゅんとした顔を上げて、きっぱりと、

「折角家族になったんだぴょ。お休みくらい言いたいぴょ」

 そう希望した。
 お父さんもお母さんもでかけっぱなしだからと追い討ちがかかるが、こちらは独り言のつもりらしい。顔がまたしゅんと下がっている。

(正直馬鹿か……たちの悪ぃ……)

「もうこの部屋に来るな」

 逆に危険だと思った。
 家族になりたくなったわけではないから正直面白くなかったが、それ以上に何か狂わされる自分がいる。
 テリトリーに侵入を許してしまったり、そのまま寝顔まで見られていたとあって、非常にプライドに触った。

「う……いやぴょ……」

 でも、景吾はどうにも負けた気がした。
 まるでクッションみたいなふわふわな少女の声は決して耳障りなものではない。
 空気も別に、心地悪いとはいえない。
 おまけに簡単に遊んで捨てるのも手だとか、最初とんでもないことを考えたことも忘れてしまうほどのお子様ときている。
 安眠の妨げどころか、安眠を呼ぶ小さな彼女。

(髪、柔らかかった……ちっ…俺は今何を……)

 こしゃくなことに察してか察さずかぴよこのその柔らかい飴色の髪の毛が一筋降りてきた。
 覗きこんだ真っ直ぐな瞳が逸らすことを許さない。

「駄目かぴょ?」

 万人が騙される「お願い」だ。
 三人も間抜けな実例を見せられている景吾としては引っかかるわけがない、そう思っていたし、ひっかかってやる気もなかったが、珍しく気まぐれが勝った。

(兄妹ごっこにつきあって、あの三人をあたふたさせてやるのは悪くない)

単に眠くなって思考力が鈍ってきたせいもある。

(……お子様の体温は高いから伝染するってやつだ)

 だが、取りあえずこれ以上この部屋にその「何か」を残されたくなかったので、提案する。
 かき乱されては堪らない。
 主導権はゲームだろうが何だろうが自分が握りたい。

「わかった。じゃあお前の部屋に寝てな」

 「いやぴょ」とにすぐさま反抗されたが、唇に触れて黙らせてやった。
 子供扱いしているつもりで、言動は既に女扱いしている自分に景吾は気付けない――いや、無意識に気付くのを回避した。
 手で招いて、静かにその微かに気にしていた「ふわふわ」をくしゃりと撫でてやるさまが、まるで彼女を壊れ物のように扱っているということも。

「馬鹿。俺が行ってやってもいい。気まぐれだから保障はできねーが」

「そうかぴょ」

の声が急に明るくなる。

の部屋にくればいいんだぴょ!が寝てても起こしていいぴょ!」

 何が嬉しいのかが笑う。
 ついでにうざいほど(と景吾は認識した)抱きついてくるが、避けるのも面倒なので「枕」がわりにしてやった。
 ちょうどいいサイズ。
 満足し、ついでに景吾は少女を黙らせたことで優越感に浸った。
 なんだか余計面倒なことになった気がしなくもないが、また眠くなってきた。
 ぴょー?とかいうほげほげの、もう意味も音も抜け落ちたBGMがあったが、無視して続ける。
 疲れすぎてヒューズが飛んでたのと、実のところ「枕」の反応が面白かったのとが理由だった。

(明日は朝練か、目覚ましかけとくか)

それすらだるい。

(確か朝早いのがいたな……こいつの下僕で)

 朝を起こす役目の背の高いオールバックを思い浮かべて、その騒動を少しだけ楽しみにしながら、景吾は軽いを持ち上げて、もう少し上に位置をずらした。
 顔をあわせて、一言だけ

「あいつが探しに来るだろ」

問いかけるでもなく宣言し、すーすー寝息を立てた。

「……………ぴょ?」

の方はしばらく凍っていたが、やがて諦めたようにやっぱり睡魔に負けて眠りにおちていった。

 

******おまけ******

 朝、案の定物凄い形相で探しに来た陸があったが、その陸も一瞬ほのぼのしい、まことに兄妹のような光景(昔、そういえば空と寝てたこともあったので)に安心し、その後悲鳴代わりにばふばふと本物の枕で景吾をたたき起こし、返り討ちにあったという。

END


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