RED SIGN
いい試合だった。
(手塚国光……すげぇ男だ)
完璧な状態でないコンディションの相手と戦うのはあまり好きではない。
相手が手塚だったから……こっちのことも分かるだろうプレイヤーだから――否、分かってるだろうだからよかった。
周りがどう思うかは関係ない。
プレイヤー同士にしか分からない試合がある。
いや、分からないのが試合だ。
だが、無性に「俺様」になれない――なんだか疲れている部分があるのも事実だった。
久々に極度の緊張を強いられるゲームだったせいかもしれない。
「まあ、どの道勝者は俺様だけどな」
(じゃあなんで行かないんだ?)
午後十時。
そう、この時間普段なら景吾はとっくにあの部屋に出向いているはずだった。
その部屋の主はやたら元気のいい幼い声の……。
「勝手に入ってたぴょ」
そう黄色い髪のふわふわした……。
「ぴょ?」
すぐ前に現れた少女に景吾は目を見開いた。
もう寝ているはずの彼女はベッドにのっかって、足をぷらんぷらんさせていた。
少し眠いのだろうか。
目を擦っていたが、景吾を見て手を止めた。
「試合見に行ったぴょ。だからぴょ……」
「だまってろ」
無性に腹がたった。
同時に切なくなった。
景吾は静かに彼女を抱き上げた。
――軽い。
「ぴょ?」
「ちょっとは黙ってろよ」
「何か嫌なことあったのかぴょ?」
「なんでもねーよ」
なんでもないのならこの時間は以下略。
目を逸らして、をおろして、元々彼女のいたところにこしかける。
「なんで来なかったぴょ?」
ぴょこぴょことやってきて、はその膝の間に入り込む。
景吾は遠ざけず、そのまま目だけを合わせないよう視線を斜め下に送っていた。
「あん?気まぐれって言ったはずだろ?」
約束があったわけがないのは事実だ。
だが、疲れてもいかない日がなかったことも本当で、景吾は言ってみて自分で驚いた。
(調子が狂う)
「でも毎日来てくれてたぴょ……嬉しかったぴょ」
(くそ…いいたいのはこんなことじゃねー。第一これじゃ八つ当たりじゃねーか)
意を決して、を見たがぴよこはきょとんとするばかりでその表情に特に嫌悪は浮かんでいない。
「おい。試合、よかったか?」
やがてぽつりと聞く。
――肯定して欲しいなんて笑わせる。
けれど彼女の口から出た言葉ならばようやく純粋に喜べる気がした。
彼女は悪の首領のつもりでいるが、本当に悪いことは嫌っているような勘が働いている。
けが人相手に……と責められたら、なんて可愛いことを思う自分が馬鹿馬鹿しい。
(しかも相手はこいつ限定かよ)
実際勝てた自分を誇りに思っているし、周囲にもそう思ってくれる仲間がいて……。
それでもどこかこの義妹には気を使ってしまうのも事実。
(とうとう焼きが回ったか)
と、ちらりと少女の方を伺うと……
彼女は首をかしげてから急に目を輝かせ、
「跡部は格好よかったぴょ!すごいぴょ!もあんな風にみんなに応援されてみたいぴょ!」
興奮も冷めやらぬ調子で言った。
本当に自分のことのように嬉しそうで、見ていて人を和ませる。
癖なのか、景吾の腕を引っ張ってパタパタとふる。
「勝者はぴょ!」
「ああん?何言ってんだ?俺様だろ?」
「今日はそういうことにしてやってもいいぴょ」
「ガキが生意気いってんじゃねぇ」
「ぴょ〜?!」
ようやくいつもの調子が戻ってきた。
目の前に、とびきり生意気で我侭な義妹がいる。
「あー!でも、指鳴らせないぴょ」
「じゃあ駄目だな」
してやったりと笑ったが、拗ねるかと思われたは更に極上の笑顔を見せた。
「そうぴょ、跡部にやってもらうぴょ。それでぴよこが台詞だけ言うぴょ」
「俺は演出係か?」
「うっ……ぴょ……ならの部下達にきいてみるぴょ」
「いや、待て!――教えてやるから」
何となく面白くないので、景吾は提案した。
がまた笑う。
さっきまでへらへらしやがってなどと思っていた笑顔が今は少しだけ可愛い――景吾はそう認めた。
だが……。
「ー!来いって言ったろ?駄目じゃん、抜けだしちゃ」
遠慮なく開いていたドアから飛び込む人影があった。
(確かの幼馴染の……)
「空!」
が迷わずそちらに走り出す。
「空」もこちらを見向きもせず、の手を取った。
彼(男であることに注意)は 再婚のとき、にくっついてきた「ご学友」で、同じ屋敷で暮らしている。ちなみに医者の卵。スキップで研修医として仕事を始めていた
「はいはい、わかったから。俺、陸(執事)じゃないからがみがみ言わないよ。でもな、。わかるだろ?」
「うん。ごめんぴょ」
何やら親しげに――この二人は思えばいつもそうなのだが、話をしている間、景吾は疎外感を感じた。
「ごめんぴょ。、空と約束してたぴょ」
はぴょこんと頭を下げて、そうして去っていく。
(こんな時間にかよ……?)
なんとなく嫌な空気が漂う。
空がすごい形相で一瞬、こちらを睨んだ。
「じゃあまたぴょ。おやすみぴょ」
返事もきかずに。いや、すぐ返事をすればよかったのだが、それよりも前に空――幼馴染の少年にがさらわれてしまう。
景吾はなんとなくまたむしゃくしゃした。
「勝手にしろよ」
こんな時間に何をするというのか?
(あいつ、を……)
「っ」
景吾は舌打ちしたが、理由が自分でもよくわからなかった。
明日、自分はの部屋に行くのだろうか?
あるいは彼女がまた来るのだろうか……それとももう二度と……。
「やっぱり気まぐれだ」
景吾はそのままベッドに仰向けになった。
相変わらず体温の高いの熱が残っていて、眠りを誘うが、まだ気持ちがおさまらなかった。
明日の部活は調整のみの予定だったが、榊に頼み込んで少し苦しくやってもらおうか。
まだ日にちはあるからOKが出るはずだ。
テニスは全て関係なく打ち込めるからいい。
そうしよう。
景吾はそんなことを思いながら、夜半まで眠りにつけなかった。
(あいつはどうしてる?)
幸せそうにスースー寝てるのだろう。
(どこで?――馬鹿馬鹿しい)
想像の翼ばかりが黒く染まって、大きく広がるのだ。
朝が遠く感じた。