RED TRAP
「」
少年はいつも夜中にやってきて……。
「ぴょ?」
「……あん?お前、まだわかってねぇのかよ」
一人罠に嵌っている。
* * * * * * * *
「寝てたのか?」
「うんぴょ」
無断で寝室に入り込んできて、こともあろうにベッドサイドに腰掛けた少年に、は馬鹿正直に頷いて、反感を買った。
にしては威勢が足りないのは寝ぼけているせいだろう。
目をとろんとさせながらも、ものろのろと上半身だけ体勢を立て直した。
「……ちっ」
彼は思わず舌打ちしたが、その意味をが分かればそもそも彼がいらだつこともない。
は実際、八時に『中将K』(教育係「海」を象った人形。仕事が忙しいので、本人の代理になっている)と歯磨きをして、九時にはふかふかのお布団に包まれていたが、ここは本来答えるべきではなかった。
案の定、自分で聞いておいた少年の方が罪悪感に俯く羽目に陥っている。
(無理しやがって……。――ちょっとは警戒しろよな)
――と彼が思ったことを当然彼女は知らない。
「そうぴょ。跡部は遅すぎるぴょ」
確かに彼女の反応は、「夜中に男女二人が同室」というシチュエーションにしては、あまりに無邪気すぎたのだった。
おまけにずっと待っていたのだろう。
彼女は少し口を尖らせて言うが、その様はまことに愛らしい。
少年、景吾はここ数日ずっと、この義理の妹のところに夜忍び込んでは何をするでもなく、帰っていくを繰り返す。
「……馬鹿か?お前、お前ももう跡部だろうが?」
「むぅ……」
ああん?
冷たい目で見る景吾はいつもながらの「俺様節」を披露したが、語尾が弱かった。
最近義理の妹になった彼女はおしゃまな性格で、一目見て「いい=手を出すか」と最初は跡部も軽く思っていたものだが、なつくと思う以上に「幼い」意味で愛らしくなり、何もせず日々が過ぎている。
は小動物系の雰囲気をかもし出して、景吾が色々「コト」を起こすことに抵抗を与えた。
ことに、の母の再婚前から、彼女の世話を行っていた三人(執事やら教育係やらご学友やらで、皆ぴよこにべた惚れであることは疑いようがない)が屋敷の仕事に終われるようになって以来、寂しいのか、年の近い景吾に口げんかをふっかけたり気がつくとそばにいたりしたもので、何となく調子が狂わされた。
手を出そうと近づいて、成り行きでこんなことになっている。
「怒ったぴょ」
はようやく寝ぼけ状態から目覚めたらしい。
目がらんらんとしているところを見ると、怒っているようだ。
(唐突に不機嫌モードかよ?)
「やめとけ。塞ぐぞ?」
適当にからかってやる。
「ここで」と付け加えて、唇をなぞって見せた。
がすぐ意味に気づいて、顔色をかえる。
「ぴょー!!」
不毛な会話しかないとわかっていて部屋のドアをあけておくは意外と寂しがりのようだ。
景吾は自分の方こそ、毎回なんだかんだで忙しい自主練と勉強の後に訪ねてきている事実を棚にあげ、ほくそえんだ。
妹として純粋に可愛がるのも、酔狂だが悪くない気がし始めている。
「」
「だぴょ」
「?」
わざと流し目で誘うふりをする。
「まさか俺様が来る意味を知らなかったってわけじゃねぇよな?」
これくらいまでならのこと分かるだろうかと期待してのことだ。
いまや他意無く大切に思えてきた義妹だからこそ、からかい半分だった。
だが……。
「跡部はたくさん仕事があるから長くかかって……ようするに疲れてるってことぴょ?」
がっくりする。
は変なところで鈍いのかもしれない。
ふう。
景吾はため息をついた。
(計算ってことは――ないか……)
「跡部はやめろよ……景吾なり兄貴なり勝手に呼んでいいから」
毒気を抜かれて、布団から出ようとするを抑えるようにぽんっと頭を撫でてやる。
「ほら、寝ろ」
一言。
(――なんで、わざわざお守りしに来てるんだ?俺?)
自分に問いかけてみて、それから、
「そうだな……お前、ひよこみたいだし。疲れてるときにはいいか」
起き上がったのひよこ色の髪をつまみ、小さなおでこにこつんと遠慮なくおでこをぶつけた。
小さい体が下で跳ねたが気にせずそのまま抱え込む。
「何するだぴょ!痛いぴょ」
は急に顔を真っ赤に染め、ふがふがしている。
(おもしれーやつ)
再び景吾は彼女が義妹だという事実を残念に思った。
――抱き心地が非常によろしい……。
自分で迫ろうと思っておいてなんだが、なんだか気恥ずかしくなってきた跡部景吾【一応健全な青少年?】である。
いろいろと鬼気迫るものがあり、慌てて離れるが……
「跡――おにぃちゃん……か、ぴょ?……悪くないぴょ」
その隙に、可愛げなく景吾を押しのけて言うに不覚にも、全国のロリコ○の気持ちまで分かりかけてしまう。
さして笑ったわけでもなく、小憎たらしいふくれっつらからの台詞なのにも関わらず……。
「もういい。跡部で……」
げっそりする景吾の心も知らずぴよこがますますむくれてみせる。
「ぴょ〜?せっかくがいいって言ってるのにひどいぴょ」
「ほっとけ」
景吾はベッドから退こうと立ち上がり――
「おい」
「何か文句あるぴょ?」
「この手はなんだ……?」
見れば確かにぴよこの手が服から離れない。
身動きがとれなくなって、ベッドに腰を下ろした。
「…………」
珍しくだんまりを決め込むぴよこ。
髪飾りをとって撫で付けると、跳ねていた髪の毛ごとしゅんとしてしまった。
「」
景吾はもうここにくるのは最後にしようと思った。
捕まってしまう……。
(こんなお子様に?はっ、冗談)
だが、捕まりかけている。
「お前、まだわかってねぇのかよ」
は答えない。
多分、気づいていないのだ。
自分の気持ちにもこちらの意向にも。
それが景吾を妙に切なくさせた。
「馬鹿が……」
言って、何故かなきそうな目をしているぴよこの髪をまた撫でた。
そうされると気持ちがよいらしく、肩に頭を預けかけたを引き寄せて……。
精一杯冷たく返す。
「ここにいるってことがどれだけ危険か、教えてやるよ」
強引にきつく抱きしめて、脅して……もう二度とここに自分をいれないように、と……。
(おれとしたことがこんなちびに足元すくわれるとはな)
脅したふりで、その後は「冗談」で済むはずだった。
それで恐れて、が不用意なまねをやめればいいと思ってのことだった。
――は逃げなかった。
その瞳に、あるいは逃げられなかったのかもしれないのに、景吾はこのまま汚してしまいたい衝動に駆られた。
「くっ」
景吾は「冗談だ」と辛うじて声を振り絞り、部屋を出た。
しかけておいたかなりきつい冗談(ジョーク)は、景吾自身に跳ね返り、一人また罠に嵌った少年は自室で朝練までの数時間苦し見通すことになった。
* * * * * * *
「跡部」
少女はいつも夜中に義兄を見て……。
「……お前、まだわかってねぇのかよ」
からかう兄の本心に、本当は少し惑わされている。
紅いトラップ――。