「ふぅん次の主演、ガモーズ事務所の子なんだ」
猿飛佐助は、渡されたばかりの台本を片手に唸った。
電話口では、明らかに「YES」がほしいのだろう。マネージャーが焦ったように「いいだろう?」と聞いてくる。
――ま、気持ちは分かるよ。
なんせガモーズといえば、芸能界で敵にしてはならないランキングナンバ−3には確実に入る大物プロダクション。
元所属タレントにはTiger And Dragonの武田信玄や上杉謙信もおり、ドラマ畑でも重要視されていた。
「――うーん。ガモーズに偏見はないんだけど……」
だが、佐助に出演交渉がきた映画に出るのは、その事務所内でも比較的新しいユニットの看板アイドル。しかも演技経験はなし、ときている。
「やっぱり初めての子ってところがネックか?」
「ほんと悪くないとは思うんだ。
ていうか、俺様、どんなやつが来ても演じる自信あるし?」
――でもなぁ。
文句をつけたくなるのは、人気ナンバーワンアイドルグループの一番株だからか。
これでも佐助は名脇役なのだ。小劇団から始めて五年。地道にのぼりつめ、今年はブルーリボン賞の助演男優部門も貰った。この道については自負がある。先日、「主役の人気で生き残ってるだから」と叩かれたことが思いのほか堪えていたのかもしれない。
「ならいいだろ?なあ、頼むぜ。お前がいないと画面が締まらないって、あちらさんたっての希望なんだ」
「うーん、そう言われちゃうとたしかに悪い気はしないよね」
「奥州プロのミュージシャン、なんつった?政宗?んときも、監督が褒めてたじゃないか?演技の才能を引き出す名脇役だって」
「そりゃねぇ。竜の旦那は、事実上手かったし。両親もミュージシャンと俳優かけもちしてるサラブレッドだからねぇ」
「今度のも同じだって!押しも押されぬ人気ユニットのメンバー相手に、演技法を教えられるのは猿飛佐助!誰にでも化けられるお前しかいない!!」
マネージャーの悲鳴が届いた。
やりすぎの感もある。でも、少しだけ考えてから、佐助は結局いつものセリフで引き受けることにした。
「いいぜ――所詮脇役ですからねっと」
ありがとうと電話口で崩れおちてるに違いない相手の様子に苦笑しながら、携帯を切り、
「けど脇役が力見せてやるよ」
一人ごちた。
主演のせいでダメになったなんて言わせるつもりはないのだ。
台本は悪くないどころか卓越している。
原作はベストセラー、お茶の間を賑わす話題の作家松永久秀の著作だ。
一度読みといたそれを、再び佐助は、セリフにマーキングしながらめくりはじめる。
――顔合わせの一週間前――
* * * * * *
――同日、同時刻――
【SIDE:真田幸村】
「ううーむ………ううー」
幸村は朝から唸っていた。突然、仕事が来たのだ。
昼の取材が終わり、夕方バラエティ番組収録のために、キー局に移動してもなお呻いている重症ぶりであった。
「……諦めよ、幸村。貴様には合いそうもない仕事だが社長の命令だ」
慰めにもならないことを言うのは毛利元就。
その横で、
「いいなぁユッキー。俺も映画とか出てみたいよ」
羨ましげに言うのは、けいちゃんこと前田慶次。
二人とも幸村と同じユニットの、ガモーズ事務所タレントである。
「なら変わって下され」
「やだ」
まさかの即答。
幸村が「えええ」と崩れ落ちる横で、元就は「ほぉ、貴様が本を読むとは」と妙なところに関心を寄せていた。
「ナリさま、ひでぇ。……まあ、実際本っていうか――単純に俺、その原作者が好きじゃないんだよね」
ほら、最近よく出てるじゃん?
慶次の親指がクイッとさしたそこには特大液晶画面。
ワイドショーのセットには、オールバックを渋く決めた、最近話題のコメンテーターが陣取っていた。
「松永久秀か」
「元就殿も知っておるので?」
「幸村、お前、人の名前くらい覚えよ。あやつは今が旬、使える駒よ」
あれの原作とは、確かに風雅ではあれど我も好かないな、と「ナリさま」は肩を竦ませる。
慶次も「流行ってるよ?雅じゃないねぇ」と同意という名の、追加攻撃。
「ふ、不勉強であった………流行っているのか。……っと、それはそうとして!俺は!俺は、セリフの覚えに不安が……(ごにょごにょ)」
後半は、だんだんと小声になっていく(ついでに顔が真赤)ものだから、残る二人にはほとんど分からない。
だが、
ぽむっ。
思わず手を打つ二人である。
幸村のことだ。演技以前にセリフが覚えられないとでもいうのだろう。
チームメイトとしてその記憶力のなさに泣かされている身としては、とっても分かりやすい。
「このままでは俺は共演者に迷惑をかけてしまう」
絶望に頭を抱え込む、ダメな子、幸村。
だが、これも新譜でソロパートをもらうときなどに見かける光景だった。
さくっと、元就は相槌を打って同意する。
「だろうな。主役といえばセリフも多い。ただでさえ松永の作品はややこしい日本語だ。苦労しよう」
下手に慰める気すら起きないのは薄情だろうか?だが、毎度毎度幸村の師(スカウトしてきた元祖ガモーズアイドル信玄)にむかって「叱って下され、おやかたさまああああああ」と叫ぶ幸村はもういい加減、うざったい。
泣きそうになっている幸村の肩を叩いている慶次は慶次で、
「おいおい、追い打ち掛けちゃダメだって」と言いながらも、
「というが、こやつが初回から歌詞をミスしなかった回数は数えるほどではないか?」
「――」
元就の言葉に否定どころか無言を返してしまうあたり、いい勝負だ。(むしろより惨い追い打ちじゃ?という説がある)
二人の肯定に、慰められるとは思っていなかったが、幸村は更に気落ちして、縮こまっている。今にも化粧台の端っこに、小さくのの字を描きそうだ。
とはいえ、彼らのユニット【天守閣】はこれくらいでフォローを入れあうような生易しいアイドルユニットではない。何せ、「天守閣に上り、天下を競いあうような強さをもった戦人」がテーマなのである。
勝手に立ち直れ、とばかりに、何事もなかったように元就と慶次は話を続けているし、幸村は幸村で少し経てば会話に加わるのだろう。肩は落ちていたが、その姿勢から徐々に「うおおおお」とみなぎりはじめて(?)いた。
「で、周りは誰なの?主演つったって映画なんだから、脇は固めてきてんだろ?どうせそれなら問題ないよ」
慶次がからからと笑い飛ばせば、一応はリーダーとされている元就が、情報を付け加えた。
「そういえば、社長の蒲生が、客演に【世界のノブ】がいると威張っていたが」
「へえ、ハリウッドから織田信長が帰還たぁ、すごいね。でも1シーンだろ?」
「うむ。ギャラがかかりすぎる。メインは幸村の他には、忍び役者が出るらしいぞ」
「忍び?」
こんな感じで始まる本です。