祭りのあと   忍びのあと >佐助・幸村・才蔵
【SIDE 佐助】

 軍議を飛び出した勘助と幸村が合流したのは、翌々日の夜の上田だった。
決裂したら、と予め決めておいたことだが、

「叶ってほしくなかったことが現実になったな」

 庭をのぞんだ廊下の途中、幸村は憂鬱そうな表情でどんよりと曇り気味の空をみている。

「どさくさ紛れとはいえ、こっち(上田)に戻れてよかったですがね」

「ああ、場合によっては足止めも覚悟していた」

 上田は幸村の居城だ。
 昌幸から受け継いで、お館様に戻し、再び戴いた。
 勘助もここに逗留している。不便がないようにと屋敷も与えたが、たまった城の政務を片づける手伝いをするため、ほとんど戻っていなかった。


 長篠の、あの大敗からわずか四日間。
 武田は分裂した。
 合流時点に現れなかった時点から、兆しは見えたが、今回の会議ではっきりと勝頼の狙いも、器もしれてしまった。
 馬場や甘利など主な武将もこちらに逗留し、既に十勇士の穴山小助が次の主、武田信之公を迎えに出ている。

「勝頼殿は、諏訪か?」

 勝頼の実家は諏訪だ。
 織田後の同盟がどう動くかわからない。しばらくは落ち延びる他ないだろう。隠れるのだとしたら、親類縁者は無難だった。

「いや、それがさ。まさかの上杉なんだよね」

「は?それは一体……」

「大将が軍神に託したらしいよ」

「だっ、だが、上杉とは、」

「そうだね。川中島で何度もぶつかった上杉は、武田の敵だ。でも、敵の敵は味方ってとこじゃない?」

佐助はあえてもう一つの可能性は指摘しなかったが、

「……違う、であろう」

 やはり幸村は気づいたようだ。

「勝頼殿への伝言はあくまでもご本人へのものではないか」

 つまり、武田へのものではない、ということ。

 ――十中八九間違えないと思うけど、言い切っちゃっていいもんだか?

 あまりにきっぱりしたものいいに、佐助の方が戸惑う。
 それでも、幸村はしごくまじめに頷いていう。

「事実そうでなければ勘助殿に血が長らえるための配慮をと、言伝を残した理由が見当たらない」

 ――何?大将ったらこっそりしこんでたの?

 いやはや、なるほどと思う反面、「待てよ山本のオッサンだ」とどこかで警鐘がなる。
 幸村が動けるように、正当なことだと白々しく言うくらい容易くやってのける、それが軍師。

 とはいえ、「……今いってもせんのなきこと」と流す若武者の真意もまた見辛い。
 佐助は急激に聡くなった主に、一層注意を払う。
 かかる火の粉を払う役は自分が負いたい。その為、本人にも気付かれぬ必要もでてこよう。

「それよりも、あちらの動きは、どうだ?」

「徳川方の動きは悪くないよ。もちろん、警戒に警戒をして越したことはないが、三方が原でさんざん真田の旦那にやられてるとはいえ、三河の武士はいさぎよい。もし決まれば、すっぱり考えを切り替えるはずだ」

「そうか」

 下る相手がおそらく、徳川であることは皆が知っていた。
 こちら側に残った者は、その選定先については勘助にまかせた。
 ただ幸村だけが「どこでも文句は言わぬ」と断ったうえで、理由は必ず聞かせてほしいと、気むずかしい軍師に告げていた。
その後も、いちいち説明を受けている。

 ――勉強熱心なのはいいことだが……。

 佐助には戦場から一歩遠ざかった幸村が、遠く感ぜられてならない。
 ぐんと芯の強い瞳はそのままに、この先未来を見据えているのだろうが……これまでのようながむしゃらさが刷り減った。代わりに、どうにもはかなさが連想されるのがよくない。

 ――鍛錬も怠らず、いつもどおり食事や甘味もこのんでいるが……。
  それが、徳川に関係するのではないかというのは己が穿ちすぎているのだろうか。
  ―― 徳川は伊達と組んでいる。――
 信玄がいたときから知れた事実。
 徳川に下ると言うことは則ち、伊達と表立って構えない誓いを立てることだ。

 ――この人はそれを飲み込んだのだろうか。

 唯一本気で向かうと決めた相手を捨てられるのか。
 佐助は、彼がそれを出来ると疑わない反面、そうなることがよいとはどうしても思えなかった。
 信玄のみならず、あの竜も、敵ながら、これまでの幸村を造り上げてきた要素に見えるのだ。

 幸村の潔さはしっている。
 だがあたりもせず 徳川への下賜を受け入れる彼は何に闘志を向けよう。
 勘助が、幸村が間違っているとは思わないが……。

「けど、徳川にくみすれば――」

「ああ、政宗殿とは当たれぬな。本多殿とも。さりとてそれは今一時のことよ」

「――自分で天下でもとるつもり?」

「やもしれん」

「ちょ、ちょっと旦那」

 本気ではないだろうが、更に真意を探るべくあえて慌てて見せる。

「冗談だ。だが武田は長らえよう。その為に俺は賭けるのだ」

「徳川に?独眼竜でなく」

 確信した口調。その判断は冷静で正しいといわんばかりの。
 にやりと犬歯を覗かせて企むような主のやり方はどこか信玄を思わせた。

 ――ああ。でも別に意外とも思わない。

 幸村というひとは計算が働かないわけではないのだ。その方向より更に働く直感と情熱に引きずられるだけで。

「安心せよ。その為の手はお前に頼んで増した」

「あちらにもまだ幾分はいるか?」と主が指す「手」とは、自分らのような草働きの者のこと。

「依田や木曾のところには残ってるけど、三ツ者は甘利家以外潰えたから大丈夫でしょうよ。残る連中も、御里……甲賀のやつが多いもんで、そっちづてで仕事を探してるのには、こっちから声をかけておきましたよ」

 信玄は引き抜いた選りすぐりの上忍(素破)を軍団に組み立てた後、三人の武将に十人ずつ与えた。
 彼らを三ツ者と言う。
 だが、幸村に伝えたとおり残るのは甘利家の忍びのみ。残った者は、今蘭に乗じて主を探す(くらがえする)か里へ戻る他ない。

 ――上手く、そこをひきぬけたのは運が良かった。
 そう思う。だが……

「うむ。さすがは猴飛佐助、我が一の忍」

「はは」

 こう褒められては、苦笑が漏れた。
 なんのことはない。
 武田流を愛する彼等には寝返りではなく、あくまで領内での移動であることを切り口に話を進めればよかった。さもなくば幸村の名をだせばよい。彼等は真田の忍扱いをしっていた。

 ――そりゃ俺様を見て、真田隊の忍贔屓をしったんでしょうが……。

 そんなんで誉められていいんだか。
 複雑な思いがある。
 そもそも武田と真田は気質がにているのだろう。
 入隊のお誘いに「お主のように呼ばれては忍べなくなるな」と抜かしたあちらの上忍がよい例。そんな軽口が叩ける軍ほかにはないのである。

「ま、行動をともにした経験から、実力の見当がつくのもありがたいかな」

失われた三好の伊三・清海入道ら、十勇士の穴を考えると彼らがこちらについてくれたことは収穫だ。

「仲間に取り込めないかと提案されたときはなんて無茶言う!と思ったけど……」

 命令の効果は思いの外に出ている。

 ――でもいつのまに、政がうまくなったんだ?

 この人のなかではまだ、戰への布石のつもりなんだろう。
 さりとて、着実に変わりつつある主が佐助には、また一つ畏怖の対象になる。
 そうならざるを得ない理由は分かる。

「沼田には伝令を向けてある」

「信幸様を仲介に?」

「某が兄上に会いに行くのは不自然でもあるまい」

 事実下るとなれば、先日の戦相手。
 使者は真意を疑われ、斬って捨てられてもおかしくなかった。
 どういった性質のものをたてるべきか。家により好みもある。探りを入れる意味でも、既にあちら側に下った信幸とゆかりのある幸村を、というのは至極当然の考えだ。
 そういった政むきな話も、もう幸村自ら気づき、進めねばならない状況にある。

「周囲にばれたら意図は読まれる――」

「まだ長篠の余波がある。浪人に紛れていけば大丈夫だ。心配ならば、小助もおいていく。派手にあばれてもらおう」

「見掛けは似てても中身はてんでなんだからあんまり無茶はいわないでよ、旦那」

「自慢の影だ。多少無理は言う」

 冗談めかしているが、実際本気なのだろう。
 その目は笑っていない。何か決意している目だ。
 こうなったら主を止めることなど出来ない。
 幸村そっくりな見た目から無理ばかりさせられているうちに、武士ならぬ忍者に転向させられてしまった穴山小助――仲間の一人を思い出し、佐助は「頑張れ」と無責任に呟いた。 

「佐助はついて参れ」

「言われずと」

 ――そんな不穏な道に自分以外の誰を護衛にさせられるって?
 才蔵あたりならまだ安心だが、できれば自分がいきたいというのが本音。
 願ってもいない命令に、自然と上唇があがる。
 あとは、此処、上田の状況と、交渉の進め方を大方把握しておけばよい。

「山本の旦那はなんと?」

「兄上の情報と併せて使者を選定する。そのための刻を定めて待つと」

 ――徳川相手だ。最初の使者が受け入れられても、どうなるかわかったもんじゃない。

 条件をあわせたり、無茶を交わしたり、そういった知略は次の段階としてどうしても必要になる。幸村ではもちろん、そこは甘利や馬場などの武将であってもつたない。

 ――山本の旦那が生き残ってくれて本当によかった。

「勘助殿に任せれば安泰であろう。某は、夜更けには出よう。早い方がいい」

 幸村が静かに促す声に、うなずきながら、佐助はこの先を思った。
 未来を憂うでもなく、単純に己のすべき用意だ。

 なにせ時間はあまりない。
 再編成したばかりの、忍び隊の取り仕切りと、戦中抜けた情報収集。
 幸村はやがて厩の方に向かい、足を向けた。
 早速馬の準備を申しつけに行ったのだろう。そんなこと敢えて言わずとこちらでするところだが、幸村のその律儀さと、自分の目でしっかり確かめる几帳面さは幾度も戦局を救っている。
 感心するように佐助は、その後姿を見ていたが、そのうち、ふと視線を障子に淡く映った影を認める。
 気配は見知ったものゆえ、警戒はしない。
 何気ない、そぶりで檜の板に足を進め、唇を動かす。

「徳川には服部がいる。才蔵はそちらに。上田は小助と、十蔵に任せる。三ツ者のやつに、尾張を。本能寺後あのあたりはごたついてるはずだ。徳川がどう出るかわからないが、会合・仲介の儀が沼田でとは限らない」

 沼田にて誰か徳川のものがくるのなら安全だ。
 信幸はそう幸村に悪くはしないし、使者が斬られようと、沼田であうことを了承した時点でまずそうひどいことにはならない。問題は別の場所をといわれたとき。
 意図を知るにはそれぞれの地の状況を知る必要があった。
 その点、武田の忍び、中でも三ツ者は諜報にたけていた。戰忍として戦いに特化する自分たちの中にもそういったものはいるが、いかんせん手が足りていない。

 全て事実だった。
 佐助は言うだけ言うと、自分も用意に動こうとした。
 ところが、どうしたことか影は動かず、その命令に、くっと低く嗤った。

「長殿、三ツ者を手に入れたのは良かったな」

 付け加えられる言葉は、影――霧隠才蔵なりの、皮肉だ。
 当初甘利家以外の三ツ者をいれることに懐疑的だった佐助を知っているせいだ。更に言えば、

「主の命に珍しく首をかしげていたからどうかと思ったが……【長殿】」

「才蔵、黙っときな」

 【長殿】と彼がいちいち繰り返し言うのも皮肉。
 佐助が声に不機嫌をわざと滲ませるも、堪えた様子もなく、姿を表してくるのも全て「確信犯」だから。
 仮に、今此処に筧十蔵あたりがいたら、「不快っていうか、複雑なんだよ」と解説を加えて呆れた顔で両者を眺めただろう。
 佐助自身も分かっていることに、この影――霧隠才蔵という男は、自分の矜持を刺激して楽しんでくる節がある。
 何せ実力では五分、わずかに上かしれない相手だ。それでも結果的に佐助が上におさまったのは実際は幸村の信頼と、性格の向き不向きによるところが大きい。

 とはいえ、ただでさえ伊賀者・甲賀者と張り合う仲ということもあり、佐助としてはそんな相手に「長」と呼ばれることは「厭味」にほかならない。
 忍びにおいて「矜持」などない、といってもやはり許し難いところであった。
 それでも「長」と大人しく呼ばれているのには理由がある。

 ――分かってるから、敢えて呼んできやがって……
 
 いらだたしいが、佐助は今彼からわざとらしくでも「敬われること」になれざるをえない。
 新参を多く取り込んだ部隊の編制には、分かりやすい目印が必要だった。
 今は、旗印がなければ統制が乱れかねない。
 そこで、佐助が正式に、「上」についたのである。(これまでのように名だけ、ではなく、公式のあれこれで、いかにもな「長」をしている。…どのみち武田流だけに緩めではあるが)


 ――けどな、さすがに回りに目がないときくらい普通にしてろって。

 きっとそちらをにらむ。怒気を、剥き出しにするかわりに完全に押さえて、低く唸れば気配が消えた。

 霧隠の字はだてではないのだ。
 腹立たしいが、実力は折り紙つき。
 これでも彼には頼りにしている。
 向こうも、遊びはここまでと心得ているのだろう。すぐに声だけが遅れて上から降ってくる。

「三ツ者は既に送った。お前からの命ということにしてあるが内情はいつもどおり十人――八人で治めればいいだろう。こちらで判断できることに指示は不必要」 

「ああ、」

 頭領だけ凄くても軍は成り立たない。
 自由に判断させても軸がぶれないものたちがいる方がよほど安心だ。
 事実、三ツ者は才蔵に任せれば安泰だと思える。

「やっぱお前が長やるべきだったんじゃない?」

「よく言う。自分より幸村様のおそばにあるものがいると、身内でも警戒を解かないやつが」

「忍びの基本だろ」

「訂正する、それは守役の基本だ」

「どちらでもあったようなもんだ。少なくとも昔は」

 あきらめて認めてしまえば、才蔵も呆れたのか関心したのか言葉を返してこなかった。

 ――才蔵のやつこそ、【姿を隠すことで有名だというのに目立ちたくない!】とかって逃げた癖に……よく言うぜ。

 憎まれ口はお互い様。それでも信頼は出来る。

 ――大丈夫だ……。

 これで、武田の情報網だけは守れた。
 佐助は、自軍の状況を――忍びも含め見直し、少しだけ向上した気分で、用意にとりかかった。

 武田は分かれた。だが残っている。幸村もまた――変わる部分こそあれど、彼らしい彼として残っていくだろう。
 懸念や不安は消え、成長を好ましく思う余裕が出てくると、反対に、今回の素早い計算も、主に誇らしさを覚える要素に変わる。

 ――自分も、隊の長として、また使われ場所が変化するだろう。それもまた運命か。

 そのときとて、守れる背中があるのならば自分はどんな働きもする。
 忍びらしくない、といわれた忍びもまた、次の局面に変化しようとしていた。

これから佐助 暗躍 本気のターン。動きが少なくてすみません。全部描くと時間かかるのでひとまず 忍び好きの自己満足でこれだけアップ。   3月5日追記 内容修正しました