祭りのあと   後のまつり >幸村・家康他
【SIDE 幸村】

 半分強がりとはいえど、一度はった意地は張り通さねばならぬときが武士にはある。
 幸村は持ち前の衣装の中で一番よい仕立てのものを纏い、ここにきた。
 道中の浪人衣装は脱ぎ捨て、普段より些か豪華な紅い染めを羽織ったその姿。
 座敷に迎えられる手前、庭の池ごしに対面した己の様はどこぞの歌舞伎ものを思わせ、ふと笑い出したい気分に襲われたものだ。

 ――……あの者はいかにしておろう。

 聞くところによれば、シズガダケの辺りで見掛けた者があったとか。
 前田にいるのだろうか。
 どのみち、思いだされる歌舞伎ものはどこに身を置こうが、どこにも属さぬに違いない。

 ――不思議なことだな。

 こうなって初めて、幸村にも彼が彼なりに何かを負う武将だと合点がいく気がした。
 己も所属が曖昧になり、それでも何かに尽くそうとするうちに、差が明確に見え、また重なりも明確に理解できた。

 慶次は国には縛られない。
 名に縛られない。
 身分に縛られない。
 だが一見自由で後ろに誰も背負わぬかに見えれど、その実しっかり背負わされている。

 それは彼が自分自身決めた道理のようなものであり、守り通したい感傷であり、力を持つ者としての自覚……どれも分かりにくいが一つ秩序を作っている。
 幸村にも何故そう言い切れるか正直なところしっかり理解出来ないし、本人も説明など必要としてはいまい。

 ――それでも慶次殿はいつでもきっちりと代償や責任込みでものごとを引き受けている。

 相手に何かを求めない。
 欲することもしない。
 偽善かしれないが、だからこそ、一人でいてもぶれないのだろう。

 ――ならば俺はどうか?

 獅子脅しの音色に耳をすませながら鑑みる。
 
 今、幸村は一人だ。
 真田ではなく、武田とも言い切れぬまま、ここに坐す。

 ――それだけではいかんのだ。

 武田を背負ってここにいる自分は確かに独眼竜のような覚悟があるか怪しい。 慶次と同じ道も取れないだろう。
 それでも一人、敵陣にいる覚悟が武将としての意地がある。
 そしてその他に「何か」が必要だと。
 真剣に感じていた。

 出発前からだった。
 変わり身を申し出た影武者(小助)に、幸村は

≪――少し遅かったやもしれん。
 かのひとがいるいないにかかわらぬ己の在り様を覚悟することをよけて来たのやしれぬ。≫

 そう語ったが、だからといって、幸村はそのことを「今さら」とは思わなかった。
 今からでも切り換えねばまた何かを失うのだろう。
 庭では今度は鳥が鳴いていた。
 やがて、襖が開く音がし、反応して飛び立つ。

 ――ここはその答えを出すためにも、凌がねばならぬ場だ。

 思い巡らすのは、後でいい。
 幸村は眼をあける。
 そうして、馴染みの影をとらえた。

 *        *      *      *

「悪い悪い、だいぶ待たせてしまったな」

「これくらい待ったうちに入らぬ。むしろお待たせ致したはこちらの方であるかと」

「なんの気にすることはない。」 

 はっはっ。
 快活に笑うのは城主。
 彼が直接出てくるだけ希望が見えるものだったが、幸村はその明るさに圧倒された。 

 実際、幸村が、徳川と相対した≪三方が原≫でまみえたのは本多忠勝のみ。
 総大将は討ち取ることはおろか、目にすること叶わずだったから、これは事実上、はじめての面会になる。
 なのに、何故だかその人柄については、会った瞬間に直観的に分かったような気がした。
 家康は、内心急いている幸村に、のんびりと構え、

「それで、武田はわしに何をしてほしいのじゃ?」

 あっさり聞いた。

「武田は、信玄公を失い、二手に分かれもうした」

「ふむ。勝頼殿と、お主等か。主等は武田信之を据えると聞くが既に手元にあると思ってよいな」

「先日。まだ元服しておらぬゆえ、正式な儀は待つことになるが、我らは主として仰ぐ所存。庇護を必要として、三河殿にお願いつかまつる候。武田は――」

 ――それを持って三河殿に下る――

 言うにも、悔やまれる誓い。

 ――一度決めたとて、これでお館様の夢は断たれる。その終止符となる一言を、この幸村が告げるのか。

 息をぐっと飲み込み、熱くなる目頭を懸命にこらえる。
 口を開き、もう一度本気を伝えようと目をあげる……

 すると、

「よしっ」

 にかっと。楽しそうに笑う彼と目があった。

「その印に、おめぇがうちに貸し出される。何、人質というほどのもんでもねぇ。なんでも、本多正信がいうに、人手が足りないから貸してくれるという話。こっちも困ってたからなぁ」

「ははあ……」

「これで同盟は決まったな」

「は???」

 ――ど、同盟とは……どういう?

 幸村は自分の目がまん丸くなっているのを感じた。
 家康前に失礼だとは思う。御前にあって、思わずとはいえ声を漏らすこと事態が既に不遜ではないか。
 わかってはいたが、処理が追いつかない。

 ――こ、これはどういうことだ。
 思うや否や、思わず周囲に助けを求めていた。
 というのも、見知った気配を感じたのだ。 

「さすけぇぇぇ」
 思わず口が滑って、飛び出した名前に、我ながら「正式な場でなんという体たらく」とは思うが、あとのまつり。
 がっくりと肩を落とすももう遅い。

 ところが、咎めの声はきかれず、その代わり、場の硬直をとくように、自分の忍びが降りてきていた。

「……お初にお目にかかります?真田忍隊、長をつとめる猿飛佐助と申します。以後お見知り置きを」

「さすっ――」

 本来ならばますます駄目な、この状況。
 さしもの幸村も、さきほどの自分の無礼を無視して、思わず問いただそうと佐助を止めようと思うが、更に追い打ちをかけるかに佐助は困惑しきった表情で、言う。ちなみに、姿勢はきちんと膝をついた状態であるのがせめての救いだ。

「や。なんか、服部のやつに、いってもいいといわれたからきたというか……旦那」

 ちょっとこれ、どうなってんのよ。
 とでも言いたそうだ。
「俺にもわからぬわ」といつもの調子で返しかけて、その前、

「――これはどういう?」

 佐助が主の声を追い越した。
 幸村が慌ててみれば、家康は三度にかりと笑む。
 どうしたことかは分からないが、本当に機嫌が好さそうだ。
 
 ――かといって、このまま引き返すわけにも……

 罠であるとは思わない。
 しかし、説明は聞かねば引き下がれない。

「それは、一体――」

「上田で報告を待ち望んでるかたがおるであろう。早く帰って知らせてやるがよい」

「旦那、こりゃ山本の旦那が裏にいることももうばれてるみたいよ?」とこっそり佐助が耳に入れる。
 実のところ、隠すつもりはなかったが、三河を苦しめた武田の策士、山本勘助が生きていることはまだ白状していない(そこは本人により止められた。流石にこの会合では問いただされたら幸村も言うつもりではあったが)
 何に驚いてよいのか、幸村は戸惑ったが、反面、「家康が帰すといえば、自分は帰れるのだろう」ということは何故か確信を持てた。
 そもそも馬があったのかもしれない。
 あるいは家康におかしな、人好きする空気があったせいかもしれない。
 下ることも辞さない覚悟の会合は、おかしな方向に流れだしていた。


続く>SIDE佐助

ごめん 遅くなりました。ラストは佐助側に続く