祭りのあと   後のまつり >幸村・家康他
【SIDE 佐助】


 会合後、すぐにも佐助は、【自分の動きどころ】を尋ねた。
 佐助は今や、形式上ではあるが、武田忍びの頂点にいる。幸村のそばにいたくはあるがそううまくもいかないことも理解できていた。
 幸村とて、そこは承知のうえで、家康に忍び隊を扱う権限を託したのだ。
 もっとも、同時に佐助に目で「武田の利益になる範囲で動くよう」命じていたのだが……。

 ――そんなこと、あちらさんもご存じでしょうがね。

 だからこそ、家康の意向は最大限汲まなければならない。
 ましてや、結果的に託された命令は、無難でいて要になる【四国の情報収集】なのだ。
 多少、無理をしてでも≪完璧に≫やらねば、かえって疑われよう。(何せ、おそらくこれは小手調べであって、真田・武田に悪く働く任務ではないのだ)

 ――だが、そうなるとどうやっても十勇士……ってか、俺様自ら出向かなきゃならない……。

 痛いところではあるが、服部との手分けといわれてはうん といわないわけにはいかない。後れを取ることは、真田忍びとしての矜持が許さなかった。

 ――……そうやって、忍び同士をそうやってかちあわせるとはな。

 佐助は、家康が≪服部にも同様任務を与えていますよ≫といわんばかりに話をしてくれたことに舌打ちをこぼしながら、庭を歩く。
 普段の忍び装束から用意された袴に着替えるのも、姿を消さないのも、ここが敵陣だからこそ、だ。
 下手に忍んでいようとすれば、かえってこちらの忍びと鉢合わせ、気まずい思いがする。そればかりか下手に刺激すれば、私闘に巻き込まれかねない。
 勝つ自信はあったが、今は状況が状況。一太刀とも交えたくないのだ。
 そのためなら、多少手持無沙汰な現状も敢えて、楽しむふりをするほかない。

 ――ほんと、参るよ。

 追ってくる監視の目と、その持ち主の気配に、佐助は肩をすくめた。
 ここでのんびりしていて腕がなまることはないが、のんびりしたくとも、服部の気をうけた敵陣で呑気な状況でいるなど難題にもほどがある。

 ――なんて恐ろしい試練をくれるんだか……

 口に出せない分、心のうちで思う存分ぼやいて、≪そちらの方≫を見れば、あちらからも同じように澱んだ空気が流れてきた。

「同僚ってのは、勘弁願いたいってか?」

 ――俺もだっての。
 敢えて口にするが、反面、心強さがないわけでもない。
 こうなったら、今さら。共闘はかまわないのだ。上下が決められ、それが忍びら自身の上下とされさえしなければ、草のものは主を見限ることなく、そのままついていくだろう 。
 武田の下の忍びならずと、指揮が保たれる方法。
 その計算は悪くないといえた。

 ――まさか、全部分かっててやっているのか?
 ふと思いついて、足が止まる。
 ぞっとしない考えだ。


 忍びのそのような性質も見抜いて、高い矜持をもった武田忍びを感服させる方法として≪同盟≫という形をとったのだとしたら?

 信玄よりことによっては考えの読みにくい家康である。
 もしも、彼がそんな忍びの実状までも計算しつくして死角のないように動いていたら?


 佐助には、相手が底知れない化け物か何かのように感じた。
 しかし、事実はおいおい見えてくるだろう。そんな呑気さも今はある。
 天下がどう転ぼうと、おそらく忍びに直接かかわることとも思えない。武田だけを信じてきた身、幸村を信じる今はあるがその本人の進む道も今や茨。

 奥州にいくのがいいか、悪いかその予想すら、今の幸村からはつきがたいのだ。 
 それより――


「楽しそうに、まあ……」

 佐助が、肩の力を抜きながらも注目するのは幸村の様子だった。
 目と鼻の先。その、同場との隙間。
 中庭部分を使って、幸村は忠勝を相手に手合わせをしている。
 今、佐助にとっては、確定しない未来の勢力図やそれぞれの理想論などより、よっぽど現実に伺える幸村の素の表情の方が、大切だった。


 音もなく移動するからくりのような重臣は、後方に回り込み、腕を繰り出す。
 虎の若子はその力を利用して上空に浮き、炎を仕掛ける。

 ちりり。
 衣装の焼ける匂い。
 避けられて、再び距離をとる。

 眼孔が鋭く、紅く煌めく――。

 勧められ、ためらいがちに手にした槍が、今本気で繰り出されている。
もちろん度が過ぎたら誰かが止めるのだろう。
 さまざまなところで、忍び(警邏)の目は光っている。けれども、どちらも力をぎりぎりまで手加減しないで出し切ろう――ぶつけようとしている。
 あきらかな熱量と、周囲を巻き込む気迫。

「あんな顔しちゃって……」

 そんな中にも、幸村にはどこかすがすがしさがある。
 晴れやかな主の顔をみたのは久し振りだ。
 本気で極限までやりあうことによ って、かえって冷静さを取り戻したらしい。
 張りつめた中でなんとかと策を弄していた幸村も頼もしくはあったが、どこか不安定でぽっきりと折れてしまうのでは?と心配もしたものである。
 今ならその心細さの原因も分かる。
 
 交わされた槍に、もっていかれる力を利用し、加速をつける。
 戦国最強の本多の背を蹴り、重心を切り替える。
 そのキレのある動き。 
 まるで、かつてに立ち戻ったような、ゆとりのある構え。

 いつだって真田忍びを動かしたひたむきさがそこには見える。

 ――俺だけじゃない。

 上田の守りにおいた、小助や才蔵にも見せてやりたいと、佐助はそう思っ た。
 もちろん敵陣ゆえ、警戒は忘れていない。
 だから……


「休憩だ」

 やがて臨戦体制を崩して、縁側にてをついた幸村を察知すると、すぐさま近づいて手ぬぐいを渡す。
 その間、周囲をけん制することも忘れない。
 さすがに疲れたのか、幸村はゆっくり息を整えていた。
 忠勝も横で体を捻っている。
 ついで、水筒を受け取ると、幸村は頭から水を浴び、「涼しい」と目を輝かせた。

「ちょ、ちょっと!風邪ひくって」

「大丈夫だ」

 本当かよ?疑いたいが、まあ時間的に言ってどのみち湯殿の準備はされているだろう。
 ――ここにきて、小言を言わなきゃってのもどうよ?
 思いつつも、なんでだか、≪らしい≫幸村に、安心して、更に一言二言いいたくなった。

「あんまり派手にやりあって、怪我とかさせないようにね」

「大丈夫だ。忠勝殿は強い」

「あのね……旦那が怪我しても駄目だって分かってる?軍師殿が暴れるでしょうが」

 怪我させることはもちろん、されることも困る。
 釘を刺すと、幸村は手拭いで汗をぬぐいながら、

「む」

 唸った。
 その様子があまりにのどかだったから、忍のくせに笑みの一つもこぼしたくなった。
 もちろん、戦国最強の男、本多忠勝が屋敷に入っていったのは確認のうえだ。

「これにて本日はお開きということか」

「もう充分でしょうが……」

 残されるは二人。
 「ところで」、とここで敢えて声を潜めるのは癖のようなものだが、敢えて、佐助はこほんと咳き込み、逆に声を強めた。
 聞かれず下手に警戒されるより開示して安心させたい情報もある。
 うかつなことはしない佐助だから、本気で隠したい内容はどのみち敵陣(ここ)では口にしない。

「奥州へは――」

「分かっておる。お主は別の仕事があろう」

「ばれてた?」

 正直なところ、自分は上田に戻る暇があるか怪しいなと思っている。
 帰りから誰かをつけさせるか、それは流石に危ないか。選定する状況にある。

「安心せよ、徳川殿はいったことは守る御仁。託した方がよい」

「っていっても、俺様も仕事なんでね。流石に、誰もなしとはいかない。 旦那の帰城には誰かをつけるよ」

 ここをさっさと出たくはあるが、入城が服部に許される前に先に呼び寄せた下のものがくるのもそう遅いことではないだろう。

「誰がくる?」

 察知して、幸村が聞く。

「小助が……」

 口にしたとたん、キッと、きつく こちらを睨まれる。
 速度だけで考えればここは才蔵の出番なのだ。

 ――小助を指名する意味が看破されたということか。

 佐助は、主の鋭さに感嘆した。
 小助はいざとなれば幸村の代わりになる。
 だが、奥州へは小助が行くという道を要した己に対し、幸村のこのきつい視線は「否」を告げていた。 
 唇こそかみしめられていないものの、汗をぬぐうために取った紅の鉢巻は皺が着くまで握りしめられ、震えた。

 ――怒っている……。
 やっぱりねぇと思う反面、これはもう言ってもきかないという過去の経験が脳裏をよぎった。

「ならば明日まで滞在し、上田に戻る。それでいいな?」

「分かりましたよ」

 付き合いの長い自分としても答えなどとうに識っていて、≪言ってみた≫ところもある。

 ――小助自身が入れ替わろうと必死になるかもしんねぇが……それは俺様しーらないっと。

 長は長とて、十勇士については此処で対処してもらうときめたのだ。後の騒動はあっさり忘れることにする。
 それより、今は次の手だ。

「佐助、奥州についての情報は集められるな?」

「どのみち、あちらさんにも頼まれるだろうから」

「≪居る≫のか」

「――ああ。≪前≫にね」

 ――ちょうどそのことを考えていた。

 なんとも頃合のいい質問に、佐助は頷く。
 情報は常に必要であり、それはどの局面においても絶やしてはならない――これは信玄の方針であり、 勝頼は知らぬ存ぜぬと見事に無視してくれたものの、武田の情報網自体は滅んでいなかった。
 奥州にも≪居る≫のだ。上洛戦≪前≫から潜入する上忍たちが。

 佐助は、彼ら潜入向けの武田忍びを纏める者から聞かされていた。
 纏める者――信玄の他に一人。幸村の父、昌幸である。
 そして、その権限は今勝頼が武田の忍び隊を見放した以上、幸村のもとにあった。

「ちょうどいいから、あそこも纏め直すか」

「小助には不向きであろう?あれで人見知りだぞ」

「知ってる。ま、別の手を考えるよ」

「某は十勇士でなくとも――」

「分かってる。数が足りていない場合はそうさせてもらうさ」

 正直なところ、徳川からの依頼以外にも、同盟としての意地の見せ場、動く者は優秀であればあるほどよく――幸村につける忍びも、能力は選ぶが、十勇士を確実にとは言い切れない状況にある。

 ――なに、さっさと終わらせて、合流するさ。

 言ったら来るなと遠慮されそうなので、佐助は言葉を飲み込んだ。
 落ち着いた幸村に羽織を着せ、手拭いを受け取る。
 本来小姓の仕事かもしれないが、古くからの習慣で違和感はない。

 ――それも伊達にいちゃ出来ない。他の連中もいない。

 かといって、どう変わるという主でもあるまいが落ち着かないものがあるのは、いかがしたことだろう。
 忍び失格の文字を脳裏でふりきって、あ、と声をわざとらしく上げた。

「いっとくけど、甘味食べ過ぎないでよ」

「そんなことしないわ!」

「あそ。ならいいけど。――あと、右目の旦那の言うことはよくきくこと」

「政宗殿ではなくていいのか?」

「竜は、遊びに誘いそうだから危惧してんの。結構自由そうだけど北は御家柄も厳しい。同盟かとはいえ、旦那は不穏分子ととらえられることもある」

「危険は承知の上」

「小助が本気で行かせたくないとゴネるほどの、情勢だ。そこは頭にいれておいて」と、何気ない言いあいに混ぜて、唇の動きで情報を伝えれば(これも幸村が忍びのまねごとの一環で、誤って覚えてしまった技術だ)

「分かっておる」

 言葉を重ねられた。
 軽口を返しながら、佐助はこれまで以上に頭を回転させ、明日の(幸村伝いの)勘助への伝言を考えていた。

 家康との取引材料は何か?
 ――俺様じゃ足りない。

 この先の無理難題をいかに、さきまわりできるかに掛っていると知っても、想像がつかない。忍びがごとと、政は、似ているようで違うのだ。
 軍師にご意見伺いをする間すらなく、明日から己は、西へ。幸村も、数日後には北へ立つ。

 ――まあ・・・・・・

 ちらりと横を見れば、幸村は「安心せい」と笑い、なぜか自分の肩にふれた。

 ――俺が慰められてる場合じゃないでしょうが……。

 けれども、その様子に、このひとならば情報を得て、分析するより先に本能で答えを導き出すだろうという奇妙な確信が生まれた。
 家康が佐助の主に期待するものは測りかねる。だが、伊達への影響を何がしか与えることに疑いようはなく……幸村の身の安全は、同盟の名のもとならば、幾分保障はされるだろう。甘んじて軽くみる気はないが、それとて三ツ者が守ればいい。

「さ、そうとなれば今日はさっさと休んで。明日以降に英気を備えて下さいよ」

「おう」

 ちょうどよく、湯殿を案内する者が来て、話はそこで切れた。
 見張りは続けるが、近づいてきていた服部の様子も大分ゆるい。
 本気であくびをしてるのを目撃して「こりゃ演技じゃなくて、あんま気を張ると馬鹿見るかも……」と思ったのは内緒である。
 敵陣での、しかしながらのんびりした可笑しな一日は終わっていく。
 すぐにも、朝になり、三度殺伐とした戦いのもとへ、それぞれ赴くのだろう。
 

 ――それでも、日は過ぎる……

 武田はまだ、潰れない。
 だがどうなるのか?
 佐助は、幸村の願う≪信玄の想いを消さない方法≫を思い描きながら、夜を越えた。忍びの身には到底見当もつかないから、結果「幸村らしさ」を潰させない方法へと、思考は移り変わっていたのだけれど。



そうした翌朝、幸村と佐助はそれぞれ上田と、四国へ旅立つ。その数日後、幸村は正式に徳川からの使者として、奥州、伊達政宗のもとへ一次的におさまる。
奥州の竜は、苦虫をつぶしたような顔で、彼の口上を聞いたという。

ラスト!長かった……うえに ちょっと状況説明のために地の文が多かった今回……。武田会議だの、後半だのもうちょい会話やりとり・シーン増やして いつかまとめなおします
詳しくは更新MEMOへ。