「こないだは災難だったね」
――移動のバンにおいて行かれたことを言っているんのか?
いつものことだぞと、小十郎は成実の方を見た。
そもそも、メンバー(小十郎)が足りていないことに気付かず出ていったやつに、言われたくはないところである。
「ねー?」
同意を求められてるのか、なめられてるのか。
――ただ単に暇なだけだな。
そのだらけた口調からして、何も考えていなさそうだ。
文句を諦めて、小十郎はため息を落とした。
先週の「災難」を改めて思い出す。
「地元のタクシーだと思ったら、仙台から医者を届けたばかりの同郷の車とはな……知っていたらもう少し慎重にナビゲートしていたが」
まさかタクシーに行先(場所)を間違えられるとは思わず、会場名だけ告げて、任せてしまったが運のつき。ぜんぜん違う場所に下ろされそうになるわ、その後も迷うわ……散々な目にあったものだ。
「けどさ、故郷のやつってことは、話は弾んだんだろ?」
「よけいに怒りづれぇ」
「そりゃそっか。ま、設営が終わってなくてリハのスタートも延びてたし、ラッキーだったな」
「ああ……。それより成実、こんなところでだらけてていいのか?」
「何が?」
「今日は殿と音あわせだときいたが」
「あー……それがさ」
答えづらそうに成実は頭をかく。
アクシデントと言うよりこの仕草は……
「政宗にいつもの【癖】が出たか」
「そう」
【癖】といえば可愛く聞こえるが、要するにスランプの一種。
しかも事情は極めてややこしい。
「殿の場合、曲自体が出来ないわけじゃないんだよなぁ。できあがってからだから……」
だから面倒なのだ。
「さっき、部屋いったんだけどさ。俺が入ったら「ちょっとでてくる」ってそのまま、ベランダ。……ありゃ二時間は戻らないって。たぶん、また例の「一音」足りないってやつだぜ」
そう。これが【癖】。
「一音足りない」というその彼の癖は、新譜を書いていて気に入らないときに出る独自の症状だ。
どうやらコード進行であるとか、メロディラインであるとか、はてはフェイクであるとか、「こだわりの音」を探して修正をかけようとする。かけられず、引きこもる。ついでに、他のメンバーと会わなくなる。
「――こだわるのはいいことだが……」
でもあれはやり過ぎじゃ?
聞かれれば、小十郎も、そこは頷かざるをえなかった。
「俺、わっかんね」
そう成実がいいたくなる気持ちも、二週間も引きこもり&連絡つかない状態になる(ある意味)被害者側として十分理解できる。
「そう言ってやるな」
小十郎にしても、そんな風に成実を諌めておいてなんだが【政宗のその癖にだけはさっぱり理解できん】というのが正しいところ。
「もともと、あの人引きこもり目だからね」
「小さい頃は体もあまり強くなかった。仕方ないだろ」
「けどさぁ、あれ、結構高層ビルの夜景バックにこもってる自分が好きなんだよ?従兄弟だからわかるって。あのひと、半端にナルシストだから」
あ、もちろん「半端」だから、ちゃんと実力もわかってて、意地っ張りに上目指すだけなんだよ。そこが格好いいんだよね。ETC……
珍しくビールを片手に、押し掛けてきた彼の従弟は似たような仕草で、あっけらかんと「彼」を語る。
――いちいち的を得ているのはつきあいの長さってやつだろうが…これ以上成実に言いっぱなしにさせておくと、俺もつい口を滑らしちまいそうだ。
サブリーダーとしてそれはやめておきたい&よろしくないと、理性が叫ぶ。
――ひとまず、止めておくか。
成実の手からビールを奪い、ぐびっと代わりの飲み干す。
ついでに、こんっと軽く肩をつついて、ギターを渡し、
「ボーカルってそんなもんだろ」
何事もなかったように、自分もベースを手にした。
手持無沙汰に予約したスタジオの、空き時間は一時間を切っている。
だが、別に狙いがあったわけでもない。
何の気なしに訪れた成実としてそれは同じだろう。
「小十郎もクールだよね……。俺としては、サブリーダーにまで、変に引きずられておたおたされても困るから、いんだけど」
「政宗は大丈夫だ。お前も信頼してるから、こうしてぐだぐだしながらも、次の、準備してるんじゃないのか?」
「――はは、ばればれ?」
自分もそうだから、分かるのだと、言ってやったらどう返すだろうか。
けれど、それは言わない。言いたくない。
代わりに、ただ政宗をまねた表情でニヤリと笑って、肯定する。
「だろうな。だから、こっちに来たんだ」
小十郎ならいると思ったから。
成実も、食えない笑みでスティックを投げてよこした。
「綱元は?」
「つな?つななら、自分でアレンジかいてるって。さっき後から合流するってメールも来たよ」
「あいつもか」
どうやら、全員が全員して、政宗が音を決めるまでの「WAIT」時間を、ただの休息時間にする気はないらしい。
「殿の腕と、最終決定は信じてんだよ」
「違えねぇ。こっちもこっちで今ある部分はさっさと完成させちまえばいい」
「一音に悩むタイプはいないけど、そのこまっかいタイプのお殿様の期待にこたえるってなるとね。それなりに熱意も時間もかかりますから」
「ああ」
なんのかんの意地っ張りな姿勢は、ALASTOR全員が持っているのだ。
自分らとて、Rockを追及する気概は失っていない。
殿一人に任せては、バンドは成り立たないと知っている。
「これだから、意味わっかんないプロモーションの文句つけられちゃうじゃね?」
「……あ?ああデビュー時の雑誌の特集か」
「マジで没ってよかったよね。【俺たちは上洛した、伊達ワルを広めるために】とか俺マジで無理。俺ら、そんなに暑苦しくねーって……」
「確かに、暑苦しいっていうのとは違うな。せめてもう少しCoolな煽り文句が欲しかったが……」
「最終的に【奥州六苦蛮土】だしな……一歩間違えると暴走族っつー」
「【粋でいなせな伊達バンド】とどっちがいい?」
「――あー……まだ奥州のがいっかな」
正直あまり変わらない気もしたが、これは結構成実的にはきいたようだ。
一気に大人しくなる。
「でもさぁ、実質、「殿」って族並みにびびられてるよな。そう考えれば【六苦蛮土】でもありかも…」
「あ?」
話が唐突に飛びすぎて、微妙についていけない小十郎である。が、成実は気にもせず話を続ける。
「ローディー……殿についた楽器もちとか、まあボーカルだしめったにないけどさ。結構びびってんじゃん?」
「……HEROについてるようなもんだから、仕方ないだろ」
「んー。ていうより、幻滅されてないかの方が俺は心配だね」
「幻滅……?」
「だってさ。ただでさえ音を探して引きこもっちゃったり……繊細っていえば聞こえはいいが、あのひと神経質じゃん。こないだも笹カマが喰われたって大騒ぎしてたの覚えてねーの?」
「あったな、そんなことも……。……むしろ、あの笹カマ食ったのお前じゃ……」
「うんにゃ」
「そうか。ならいいが……」
「つな」
「は?」
「だから、食ったの、綱元。でも、殿気づかないでめっさ怒ってて――ローディーの子涙目だったじゃん。さすがにアレ以上暴れると他のスタッフの空気もやばかったから、俺のストックあげたんだけどさ」
「知ってたならなぜ――」
なぜ教えてやらない。
教えてやれば、ローディーも疑われて追いかけ回されたりせずすんだろうが。
言おうと思うが、その前に、
「つなだし」
当然のような答えが返って、小十郎は絶句した。
一方で、確かにと思う気持ちもあるのだ。
なんせ、鬼庭綱元は、反応が微妙に読めない分怖い。食べ物の恨みは恐ろしいがそれ以上に何となく咎めるのが引けるキャラだった。
閑話及第。
「それはいいとして、ローディーの前で追いかけ回されるようなことをまたどうしてお前は……」
「いやー、だって笹カマ一個であそこまで怒ると思う?」
答え:思わない。
「………」
黙り込むこっちに否はない。
そういいたいところだ。
だが
「虫の居所が悪かったというより、それはお前が何か他の部分を刺激したんだろう……」
「ーん。相変わらず、血が繋がっている従弟ながら、あの人のイラっとするツボがわからんわ」
「他人の俺らの方がもっと分からない」
「ですよねー。……取りあえず、ついついやっちゃうこともあるんだけどさ。次からは気をつける。――食べ物の恨みには特に」
「そうしとけ」
「だから、とりあえず今は小言抜きにして、練習つきあってよ」
「分かった」
――おれだって小言を言いたいわけではないんだがな。
微妙に勝手な解釈をしながらもなんのかんの練習に余念がないあたり、やはりこの人もあの人の従弟なのだろう。
呆れ半分、感心半分にベースに手をかける。
いつの間にか用意されていた電源と、奏でられる派手なギター音が小十郎のプライドを刺激していく。高く、より高く――高みへ……。
そうして、残りの二人が揃うまで、なんのかんのと我を忘れて演奏をすることになる。その集中力はさながら「一音」を探す「殿」に近いものがあるのだが、集中している二人は気付かない。30分後、殿とドラムの彼がスタジオに入って、スタートの合図を出すそのときまで「いつもの待ち時間練習」は続いた。