人気者は辛いよ   >小十郎・慶次(政宗・成実 and so on…)

「おい……」

政宗の言葉に、メンバーが止まった。
「あ」と声を漏らしたのは、バンで政宗の隣を陣取っていた成実。彼の従弟である。

「やべ……」

頭を抱える成実同様、政宗も同じように俯いて、髪をかきむしっていた。

「綱元」

そのまま、後の席に悠々と腰かける鬼庭綱元(ドラム担当)に向けて呼びかける。声が地を這うように低いのは、半分やつあたりモードだからだ。
だが、相手は相手でもっとひどい。
端的に、

「……俺も気づかなかった」

と述べて、軽く肩を竦める。
同じ落度とはいえ、結構な態度である。

「綱さ、一瞬遅れたけど、今気づいたばっかっしょ?」

「実は」

ちゃっかり、しっかり、酷い人、である。
政宗は、そんな仲間の反応に嘆息しながら、

「コントしてる場合じゃないだろ。車止めろ」

ようやく、運転手に声をかけた。
理由は、ひとつ。

仲間を一人置き忘れてきたから、であった。

*      *      *      *
リハーサルでは鬼の小十郎と呼ばれ、ライブでは最高のパフォーマンスならぬ、「ド迫力の煽り」をこなす片倉小十郎(口癖は「今盛り上がってないやつ、前へ出ろ!前へ」)
しかし、彼の寝起きはすこぶる悪い。
悪いというか、薄い――…… 本当に、ぼけーっと。ただぼーっと遠くを見つめるままに十分、三十分とすぎ……みんなに合流してからも軽く二時間は無言を通す。

しっかりしている分、この癖は顕著に出ていて、どんなときでも変わらなかった。
ライブ当日やレコーディングの日はそれでわざわざ2時間以上前に目覚ましをセットいるそうであるから、相当のものである。

まあそんなわけもあって、小十郎は誰より早く楽屋入りして、「覚醒しない状態の二時間」をぼーっと過ごすと決め込んでいたので、遅刻はなかった。
ただ、その分そのどうしようもなく「気配の薄い状態」を全スタッフに目撃されていたのであるが……そこはそれ、気にならないものらしい。
スタッフの方も最初こそぎょっとするものの、ローディー(楽器の持ち運びやメンバーの世話についている見習い)に至るまで慣れてしまい、今では「寝起きの片倉小十郎は放っておくべし」が暗黙の了解になっている。


ところが、である。
そんな小十郎の癖があだになるシーンが一つだけあった。


それが「ツアー」。



メンバーやスタッフが揃って寝泊まりしているからこそ安心してしまう場面でもあり、前日遅くまで活動している過酷な場面でもある。
メンバーはこのときばかりは「目覚まし」でなく、スタッフの掛声や、マネージャーからの内線電話で寝起きしていた。
そして……


「…………」

早起きだから大丈夫/いつも静かだからもう起きて乗っているに違いない……そう誤解されて、小十郎が次の場所へのバンに乗り損ねる「事故」が稀に発生していた。
全員そろった!よし、時間より早いが出発だ!→あれれ?寝起きで無口なだけでいると信じてたはずのあの人がいないよ……の流れである。
今回も、そうだ。
部屋でぼけーっとしていた小十郎は、ふと我に返った。

「……何時だ!!」

時計を見る。
九時四十分。まだ十分バンが出るまでに間がある――そのはずが、出発済み。
毎度のことなので、自分でも予想はつく。
安心するより先に携帯を手にする。
チェックアウトの作業も、ベースの積み込みもいらない。
後はこの身一つでダッシュするだけだ。
携帯からはタイミングよく着信音が鳴り響き、

『悪ぃ、小十郎!急ぎで追ってきてくれ』

「……政……ザネ、か?」

『うん。声似ててごめんー。殿も、反省してるから急いであげて』

「――反省するならご自分でかけてくればいいものを……」

『あー、タクシーの手配してんだ。止まって追いつくの待つより、先にリハ始めちゃった方がいいかなって感じだから』

「そんなに早く出てたのか……」

思わずぼやきたくもなるというものだ。
いつもどんなに早くても十分前程度だというのに――しかも、むしろ今が集合時間ジャストだというのに、どういうことなのだろうか。
これって新手のメンバーいじめか?……そう思う片倉小十郎(こう見えて20代・強面)

『Sorry、小十郎!成実のやつが、昨日飲んでて寝坊しそうだったから時間を早めに伝えたんだ。スタッフの集合は俺らよりどうせ三十分以上前だからな、その頃でいいだろうと……』

「ならば綱元まで何故その時間にきているのですか――。あれはあれで低血圧だったと思うが……」

そうなのだ。政宗はリーダーとしてツアーとライブだけはスタッフミーティングに早めに顔を出す性格ではあるが、綱元はもともと出発ぎりぎりに集まるタイプ。彼さえそろわなければ、流石にメンバーが半分……出発もなかったはずなのだ。

『成実の部屋にいたんだろ?どうせ……。ちょっと時間が出来るとすぐつるんで遊びたがる。修学旅行のガキかってききたいとこだがな』

「――はあ……まあそれならそれでいいですが」

それ以上に突っ込むと、下手にカップル疑惑なんていうトンでもない噂がある「仲良し二人組」だけに、じゃの道から蛇が出てきそだ。
小十郎は、「ここは流しておくに限る」と踏んで、話を戻した。

「でも、タクシーを何故……ホテルで手配した方が早いと――」

『お前の顔しらねーで、893御断りだって乗車を断った運転手がいただろうが。融通利かせて、さくっと近道してるくれんのは、事務所経由に限るしな』

「…………」

事実だが、我ながら思い出したくないエピソードでもあった。
思わず黙り込む。

『あー、ま、あれだ。偶然、知り合いが軽井沢(こっち)にきてるっていうからな。今日のライブのチケットの代わりに、頼んでやった。バイクのが早いだろ?』

「かえって危ないと思うのは俺だけですか……」

『ま、ばれなきゃ大丈夫だろ』

言葉と同時に、ツーツーと電子音がして、向こうが一方的に切り上げたことが分かった。
思わずぼやいた小十郎を責めるものはいまい。

「…気楽にいってくれる」

何せ実際、この十数分後、ちょっとした「移動」が大変な事態へ発展するのだから。

*      *      *      *

「やっぱり……お前か」

「おいおい、竜の右目に嫌がられるとは、折角一躍買えると思ったファンとしては涙ものになっちゃうよ」

「前田――」

「おっと、その名前は流石にまずい」

「……そりゃな。業界ってより、お前の場合全国区だ」

政宗が小十郎を迎えにやらせた人物、それは小十郎予想通りの相手であった。
がいかんせん彼の知名度がよろしくない。
小十郎も小十郎でいかつい容姿が手伝って、バンド系のファンの中じゃ、目立つ方だったが、「面割れしている」ことについては、【お迎えの彼】の足元にも及ばない。

「……迎えに来られる方ならまだしも……」

天下のアイドルが一介のバンドマンを迎えにいくなんて馬鹿げた話、きいたことがない……。
言うにも及ばず思わず口をあける小十郎に、当のアイドル(ガモーズ事務所/アイドルユニット「天守閣」所属)前田慶次は、にかっと笑った。
ファンならば「けいちゃん!」と悲鳴を上げる人好きする顔だ。

「いーってことよ。それとも、俺のバイクじゃ不満?」

「走りには自信があるよ?」と続けられると、否定はしづらい。
それに、彼は確かに腕もいいのだろう。小十郎にメットを渡し、後部シートに促す姿は格好いいだけではなく、相当の「慣れ」を感じさせた。

「――いや。やむを得ないな。ありがたく乗せてもらおう」

「そうこなくちゃね」

言いながら、エンジンをふかせて裏口を出る。
このホテルの裏からの道は相当込み入っているし、会場まではせいぜい三十分。おまけに出待ちのファンも、恐らくバンを追っているからもういないはずだ。
大丈夫とふんでの進路であったが、ここで、大変なことが起きた。

「あれ???ちょっと…………」

一個目の通りを通過し、近くの別のホテルの看板(数キロ先の矢印)を目にしたそのとき、なんというか独毒のオーラを放つ女性の塊が見えたのだ。
ひそひそとしているつもりなのだろうが漏れ出ている黄色い声と、不自然に柱やガードレールに群がるその姿。
小十郎も規模は違えど覚えがあるもの……

――これは……

間違えない。
まごうことなき【オッカケ】だ。

「おい、まずいんじゃないか?」

「……俺もそう思う」

「……それ以前だ。てめぇは、他のメンバーのスケジュールを把握してないのか」

「最近はソロが多いし、天守閣としてのスケジュールはナリが管理してるんだよ……」

ははと、力なく笑う前田慶次の様子に、彼以上にがっかりしながら、小十郎は推測を述べる。

「で、その【ナリ様】のファンに見えるんだが……」

「そういえば、今日なんかの収録ってきいたかも……」

力なく言う運転手。
さすがの、小十郎は嘆く気も失せ、ファンなのだろうなと核心させるにいたった緑色(「ナリ」様のイメージカラーだ。これは聞かずとも楽屋でワイドーショーを見ていれば分かる程度に、国民が知っている)だらけのその集団に肩をすくめた。
今さら「てめぇも、だから近くで仕事があったんじゃねぇか?気づいとけよ」と、叫んだところで、ときは戻らない。
というか、四の五の言ってる余裕などないのだ。

――大切なのは、いかに「前田慶次だ」と気づかれないでこの道を抜けるか。あるいはそれでこちらに流れるオッカケを振り切るか……

 たまにではあるが、本命が出てこないことにイライラしたファンが、とりあえず誰でもいいからと別の芸能人に気づくなり追いかけてくることがあるのだ。今はそれを避けたい。相手が相手、天守閣の別メンバーなだけに下手に追われると事故につながりかねなかった。

「どうする?」

「あー……こりゃナリに頼むっきゃ仕方ないね」

ナリ、とは天守閣メンバーのうち一人、毛利元就。
確か彼のファンは熱狂的であり、彼の方がある意味で「オッカケ」てまで求められるタイプである。その当人に今ここで登場願えれば、最悪こちらに気づかれたところで、こちらを取る人間は少ない。

「今かけてみるわ」

運転補助して。
言うなり、ハンドルを片方小十郎に託して、携帯を取り出す慶次。

「あぶねー……」

慌ててハンドルを握り、上手く調整しながら、

「その分過激なのも多そうだが」

言うと、「ごめん!マジで緊急事態!……ナイス!!そのまま、エントランス、出てよ。……わかったって。その分、あの仕事OK出すから!」とどうやら了承を取り付けたらしい慶次が、

「ボディーガードはついてるから」

器用に、小十郎の疑問にも答えを返してきた。

――ボディーガード……?

「女の子は怖いよー。……あ、もうそろそろ、そこ通り抜けるから見てて。分かるって」

言われるなり、ホテルの敷地付近にさしかかる。
裏側のエントランスの横を通り抜けなくては2ブロック先の会場にはたどり着けない。
そして、その瞬間、


どどどどどどどどっ

地響きではないのだが、あきらかに可笑しい騒音と、

「うそ」
「マジで!」
「きた!!!」
「きゃああ」
「あ、××。聞こえる?こっちにきたよ?」
「ちょっと裏側だって!」

コンサートやライブの悲鳴とも違う、不気味な声の伝播とが近くを支配した。端的に言って、動いている。蠢いている。
数百人のファンがホテルの周囲、そこかしこから出て、もう周囲の目お構いなしに移動しているのだ。裏側のエントランスへ向かって。

裏側のエントランス――明らかに不自然なタイミングで、遠めからも不機嫌と分かる表情で、幾人ものボディーガードを伴った【ナリ様】こと、毛利元就が現れたところへ……

集まる。集まる。集まる。
本当に、今までどこにかくれていたかと、気味悪さを通り越して、不可思議に思えるほどの人、人、人………ファンの群れ。

中には、自分たちの側に回りこんできたタクシーなどもあったが、タクシーで待機するほどのヘビーなファンだ。
必死すぎて、こちらを目撃されたことはされたが、かまう暇もない。

あっという間に、過ぎ去ってくれた。


「…………」

「……ね?」


数百メートルを離した先で、慶次が後ろに向かって聞く。(さっきの速度では、流石に会話など無理だったがちょっと速度も緩まったから、聞こえた)
小十郎は、「なるほど」と妙に納得したような返事をしていた。

相手がとんでもない「アイドル」であり、かつ、さらに恐ろしく上回ったファンを持つ「アイドル」がいる、という事実を思い知ったせいもあるが……

――これが、成実の言ってた熱狂的なファンってやつか。

という、ずれた感想だった。
小十郎は幸か不幸か、今のところ男性ファンも多く、女性でもこういったノリのファンは持っていない。
どちらかというと、先ほどのノリに近いのは断然【政宗】のファンなのである。(成実も、女性ファンが多いがさっぱりしていて、普段からくだけていてファンサービスが多い成実に必死にたかるタイプのファンは少ない。鬼庭も小十郎とは違う意味でマニアックなファンばかりだ)

「……うちでも、一時期本気で、政宗がファンから逃げ回っていたが……」

「まあ、女が好きっつったって、ここまでくるとね……」

「ああ……。それにALASTOR(うち)はRockBANDだからマシな方かもしれねぇ」

「だろうね」

アイドルはむしろこう群がられてナンボなのだろう。
普段から別に慶次をチャラチャラしているとは思ってもいない小十郎であるが、ALASTORのライブに飛び入りしたときの歌のうまさなどからむしろ「ここまで歌えてなんで本気で音楽をやらないんだ」くらいのことは思っていたものだから、感心してしまった。

――人気商売ったって、俺はやりたくない、と成実も言ってたが……

これでは本当に大変だろう。
偶にALASTORに飛び入り参加したり、ライブに来たりしてたわいもない時間を過ごす日のは、慶次なりに「アイドル定休日」のつもりなのかしれない。

「あ、けど、これは異常だから。元就んとこは、本当に一時期ストーカーだのなんだの本当に大変でさ」

続けられる話を適当に聞き流しながら……
小十郎は、今日のライブでは、多少政宗と一緒になって羽目を外す慶次を許してやろうと、彼なりのプランを立てていた。

結果、この日のライブでは前代未聞のALASTOR×天守閣 伊達政宗AND前田慶次によるコラボレーションが飛び出すのだが、それはまた別の話。



ALASTORの日常……には、慶次も外せないらしい、の図。(訳:書くつもりじゃなかったのに、慶次が紛れこみました)