「本能寺にて、信長公、御腹召されし候!!攻め入りしものの正体、未だ分からず!」
各陣に衝撃が走った。どこの使者――あるいは忍びも、同じ文言を抱えて戻ってきたのである。
天下にもっとも近いと言われていた尾張の、織田信長が倒れた報せ。
それは、やがて疑うものもなき「事実」として、戦人を動かしていく。
【SIDE 明智】
城の奥殿…二の丸からでてきた明智を、家臣団が捕まえると、明智はどうしたのですか?と笑った。
ふふふと何かを含む笑みにたじろぐものはいない。あわてて、家臣たちは情報を伝える。
「そうですか、信長公が……。それは残念ですね」
「とっ、殿……!他にご指示は?!」
「ふふふ……そうですね、さて?これから、どうしましょうか」
こちらに尋ねられても困る。
武将たちはこわばった顔を見合わせた。
【SIDE 前田】
同時刻、能登は前田家。
唸る家長、前田利家を前に、見かねた正室まつが声をかける。
「犬千代様」
「・・・・・・・・・・・・うむ」
「本当かどうか、疑っておられるのですね」
「ああ。だが、そのような時間もない」
「ええ。仮に本当だとしたら手を打たねば」
前田は能登を信長に仰せつかったばかり。北陸の押さえは未だ弱く――織田の参下にあることでどうにかなっていた部分もある。
まつは周囲の情勢を的確につかんでいた。
利家は、城主であり、織田の家臣でもある。
「――柴田権六殿に連絡を。近く、一揆や反乱が起きるだろう」
「はい、承知つかまつりまする。伝令を」
「尾張も……荒れると分かっていて手が出せぬとはふがいないが」
「今は仕方ありませぬ。――慶次もどこにいるのやら、尾張にいなければよいのですが」
【SIDE 徳川】
「まさか、」と。
三河にいた徳川は一言口走ったきり、動作を止めた。
「そんなはずが」
「事実にございます。首の確認はさせぬようにしたのでしょう。そばに森家の四男の死骸もあったそうで」
「・・・・・・そうか」
横につき従う最強の武士、本多忠勝の方を伺い、
「戦になる」
「・・・・・・・・・・・・」
「上洛の勢い、火の如しと謡われた武田をいかに止められようか、わからないが、わしは、やるほかない。おめぇも――やってくれるな?」
忠勝は動かない。
ただ意志を強く放つ目が、その重い鎧の隙間、光を放った。
家康にとって、それだけで十分だった。
「用意を」
三河が動き出す。
数日前に、予感あって、伊賀を越えておいた代価は思いもよらないところで払われるのであった。
【SIDE 豊臣】
堺衆とある勢力を背景に、急進を続けてきた豊臣秀吉にとって、織田の軍勢は未だ滅するに難しいものだ。
ところが中心の魔王が倒れた。
「秀吉、これはまたとない契機だ。君の時代の下準備は出来たよ」
配下があるといえども、魔王とその下では天と地ほどに違う。
知らせを聞きつけた半兵衛は興奮したように、秀吉を呼んだ。
「……ああ、堺衆と御君に連絡は?」
「抜かりなく」
「ならばよい。こちらには大量の武器と、それらを抱える商人がついている」
「後は、口実。任せておいて。そこは僕の出番だね」
「頼んだぞ」
そういいながら、半兵衛の頭には既にとある構図が浮かんでいた。信長の配下にない秀吉、彼が利を得るために完全な計画だ。
【SIDE 長宗我部】
「魔王が死んだか。ざまぁねぇ……」
四国と織田との関係はあまりよろしくなかった。
魔王に許可を得て、四国統治の暁には、長宗我部の統治を将軍のもと認定することは一度は交わした約定。
ところが織田は中国遠征のおりに、それを自ら攻め破ろうとした。
――あのとき、しらを切られた雪辱は果たされたが・・・・・・
「奴がくたばったところで・・・・次に天下に近けぇのは誰だ?」
誰がどう動こうと、関係なく、四国は自分の元におくつもりではある。ただただ、気がかりなのは毛利や、西方面諸武将の動きだ。
「はたして、鬼がでるか蛇がでるか」
場合によっては、先に打って出ることとて必要になるかもしれない。軍備の強化は、今や最優先事項となっていた。
【SIDE 毛利】
毛利元就は手元の書類を丸めて投げ捨てた。書は、忍びらの手を借りて作られた織田の中国攻めに対する報告書である。
「水軍の用意を一時解け」
だが完全には撤退せぬように、と注意に付け加えて、本殿へ戻る。
副将以下、毛利の軍は一様に落ち着きを取り戻していた。
昨今、織田ほどの驚異を持つ敵はいないのである。しばらくは時間も稼げるであろう。
「これも日輪の加護よ」
つぶやくと、緊張の代わり、じわじわといきる実感がわいてくる。まだ大丈夫だ、誰かがその上で話しかけるようだった。
【SIDE 島津】
「どういたしますか?」
「どうもこうもなか」
九州の勢力は、まだまだ消えない。
いくつかの小さな国はその下に受け入れたものの、いくつかは大友宗麟下に取り込まれている。
そればかりか、伊東に至ってはまだまだ隣、自分たちに牙をいつむくか見張る姿勢を崩さない。
「まずは地盤を気づいてこそ。誰が天下に近づこうと……毛利の次に来るのはこっちじゃ。その前にせめて九州ば、わしらが手でまとめねばいけん」
他に手を打つ余裕などない。
きっぱりとした当主の言葉に、家臣は静かにうなだれる。
天下の夢がないから、とあきらめたからではない。それは戦況の中、冷静に判断するこの年の功に感心したからこその、敬意を表する動きだ。
【SIDE 本願寺】
「顕如様、こんなことならば早々に織田と和議など結ばなければよかったのでは?」
「勅命ではいたしかたあるまい」
「いや、しかし」
報告と同時に論議が始まる。
本願寺の御堂、中心で、顕如は僧たちの状況を見渡していた。
顕如は言葉にこそしないが、織田信長のことは認めてもいた。
確かに宗教的には驚異であり、政に関わる物としてもやっかいな敵とみなしてはいたが、あちらが自分を思うほど自分自身は彼を疎んじてはいなかった……と。そう、分析している。
その信長と争って数年。
天皇の勅命で和議がなったのはつい先頃のことだ。
そしてそれは織田がこの先天下をとる前提としてかかれたもの。
信長なくして織田との和睦はあり得ない。
このままでは交わした書も意義を一時的には失う。
信長の訃報が、僧たちの間で物議を醸しだした背景はここにある。
若い僧はいきり立ち、再び攻めいられる前にと一揆を薦める。老いた僧は僧で、誰の下へ向かうべきか政をし向ける。
俗にまみえ、欲にまみえる本願寺。
それはそれでもいいと、顕如ですら思っている節はある。
が……
「おちつくのだ、和議することが仏の導きであったとなぜ考えられぬか!!!」
顕如は、叫ぶと同時、四の五の言い合う連中を叩きとばしていた。
――織田がどうした?最初から何かをあてなどしていない。利があり、受けた和睦だが、今更翻すこともまた許されない。
そこには、本願寺の美学があり、仏の導きがある。
「一度決めたことは、翻さん。我らが翻すは、そこに利(=理)なきことに気づいたとき。今回はただ状況が動いたにすぎぬ。理は動かん」
「ですが魔王は」
「それもまた導き、過去を引きずるでなく、得た誓約から何を搾り取るかの方が大切だ」
「おおおお」
「本願寺は勅命を受け、このたびの戦いには関与せぬことを決めた」
「わかりましたぞ―――、筋肉了解!!」
【SIDE ザビー】
領土こそ持たないが、九州中国地方に少しずつ浸透しつつある宗教の祖、ザビーは多くの信者の前に語った。
「OH!優しかった信長広が……残念です」
「ザビー様、魔王は我々にそれほど優しくは」
「世間はむじょう、しょぎょうむじょー、愛は無情!!!・・・・・・・・・・・・」
だいぶずれている。
だが、それ故に、戦いに乗り出すこともな様子だった。 戦えば凶器とも言える信者たちだけに、他国への影響も大きい。
伺っていた周辺の忍びたちが、放っておいて大丈夫と、胸をなで下ろしたことは言うまでもない。
【SIDE いつき】
各地で一揆を起こしている、農民の少女、いつきたちは、もとは織田の統治下にあった。
奥州に住居を移してからも、その元で苦しめられた過去は忘れられない。
だからだろう。他の地より、大幅に遅れて届けられた知らせに歓喜の声がそこかしこから上がる。
「いつきちゃん!魔王が死んだど!」
「よかったな〜!だども、みんな気を抜くでねぇ。お侍はまだまだおる。おらたちの戦いは終わらねぇ」
「おう!」
目的は天下ではなく……さりとて、このように彼らにも織田信長の死は小さな波紋として広がることになる。
【SIDE 北条】
織田信長滅すの報せを誰より早く受けたのはおそらく、この人、北条氏政。
風の悪魔と呼ばれし、伝説の忍びを飼っているのだ。
伝達の早さは当たり前。
今川、朝倉・浅井をとられて、北条は常に織田に(戦力敵に)次の標的へと睨まれている状態にあった。
当主は、ご先祖のご加護を思い、風魔を前に、思い切り安堵の息を吐く。
「しぇぇぇぇー、助かったわい」
だが、一流の忍びはそこまで状況が老人に優しくはないと知っていた。
一人で守るには、小田原は広く、周囲は弱すぎる。
赤銅の髪に半分隠れた顔を、難しくしかめ、ふるふると首を振って「否」を唱える。
残念ながら、ご老人は不穏を訴える彼に、気づく気配もなかったが。
【SIDE 上杉】
「謙信様」
彼の<美しい人>である、くのいちは、懸念の声を上げた。
謙信は、それを制して、深く肯く。
「よいのです、かすが」
「ですが、武田はこの機とばかりに上洛を進めるでしょう」
「あのおかたならば、そうでしょうね」
「っ」
思慕ともとられかねない慈愛に満ちた表情が、くのいち――かすがを苦しませると、謙信は知っているのだろう。
悔しげにゆがみ表情を柔らかく撫で、宥めるように続ける。
「いずれ、ときはみちるものです」
上杉は冬。
今は籠もると決めた時期。
動くつもりはない、そう語る当主を複雑な思いで周囲はみていた。
【SIDE 伊達】
「HA!とうとうくたばったか。この機に一気に中央にいくぞ!!」
魔王の破滅は、ちょうど北を押さえかけていた伊達にとって、朗報だった。 冬を終えて上杉が出る前にと、父の敵を次々説く出していた時分。
ちょうどよい頃合いだ。
二本松では、側近――小十郎や、成実が危惧を抱くような、撫で斬りを行い、師である虎乙に窘められた。
その禅僧も亡くなり、武田の上洛、母の裏切り・・・・・・月日は彼に休みを与えない。
大変な星の元に生まれついてくれたものだと、自らの当主につくづく思い知らされる伊達軍だが、先頭にいるかの当主、伊達政宗自身には迷いがなかった。
「まずは北条だ。小田原を探ってこい」
報告を終えた黒はばきに次の指令を与える。
そんな政宗を、つき従う片倉小十郎は、誇らしい思いで見つめている。
――このお方はやんちゃな若君から、本当の意味で戦を知った殿になられた。
視線に気づいたかの主は、<あの日の約束>を確認するように小十郎に小さく声をかけた。
「いいな、もう待たねぇぜ?」
「はっ。この小十郎、どこまでもおともお致します」
あの日……徳川と同盟をくむと決めた日。
最終的な判断は政宗自身だったが、今は待つべき、堪えろと忠告をくれたのは小十郎であった。
そんな側近の意見をくんで、政宗が、[残った織田の知己]に混ざる提案をしてきたのはついさきほど。
おそらく断られるだろうことはわかっているが、同盟の形は示して、うまく利用をする……そんな知略を唱える余裕が、今の政宗には備わっている。
小十郎は深く頭を垂れた。
「てめぇら準備はいいか。Are you ready guys?」
派手に打ちあがるのは奥州の花火。
「Yeah〜」
城は一斉の叫びに、包まれた。
【SIDE 武田】
上洛線の最中、三方が原で徳川を退け、今やとぶとりを落とす勢いの武田。
その陣の中心に武田信玄は、静かに瞑想していた。
「ぅおやかたさまぁぁ!今が契機でございます」
そこに、飛び込むは赤い若獅子。
彼も彼の忍びから報告を受けたのだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
事情もわかる。彼のいいたいことも。
信玄は目を閉じたまま、答えない。
「ぅおやかたさまぁぁ!!」
思い切り声をため、動けと、その内に告げる若者。
信玄は一別し、彼とは別の方向にゆっくりと口を開いた。
「……上杉はどうだ?」
すると、上空ーー声をかけられた方から降り立つ者がある。
忍びだ。
黒い陰、迷彩で固めた様相で目立ちすぎる忍びは橙色の髪に手を当てた。
猿飛佐助、武田の家臣、真田家一の忍びだ。腕は信頼されている。
「今のところ、動きはありません」
彼の手短な報告に、大将は岩のような大きな体をふるわせ、
「うむ!」
立ちあがる。そうして、若武者、真田幸村にまっすぐに視線を投げた後、兵士たちに向きなおった。
「これが最期の機会だ!みなのもの、ようきけ。いよいよときがきた!
これがこの信玄、上洛の最後の機いなろう。
老いたからではない。これで上洛を果たし、日の本をまとめるからじゃ!!
織田は滅びたも同然よ。徳川にも、そこの幸村が一矢報いた。
引くな、進め!!都は目の前ぞ!」
声をきき、大軍が前へ進む。前へ、前へ。
止める者はもはやいない。
その先に何が見えるのだろうか。
* * * *
さて各地でそんな反応がある中のこと。
本能時から数刻……山道を一人、共もつれず歩く武者(もの)があった。
松永久秀・・・・・・梟雄といわれる男。
信長をして、何度も裏切り、そして幾度も寝返りながら、唯一生きてきた武将である。
「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。・・・・・・はて?あれは裏切られると知っていた者の目。いつまでも持つと己を信じてすらいない」
だから消えようと、誰に消されようと気になどするまい。
そのことを、松永は<識って>いる。
――……にも関わらず信長が往生際が悪く、しぶとく生き残ってきた理由などしれている。
大志を抱いたかでも、天命でもない。
――なんのことはない。走り出した後を継ぐ者を定められず、よもや迷い人を生み出しかねぬ状況でくたばれ亡かっただけのこと。
「……はて、犬は勝手にいきるが、籠の中を出た蝶はどうなろう?あれが、つれていきそびれたとして、どこで舞を踊ろうか」
いやはや、それが見られるのであればそれもまた絶景かな。
呟いて、唇を少し上に逸らすその御仁はいったい何を考えるのか。
彼らしくまとう煤と、かすかな炎の香り。いつもどおりといえばいつもどおりの姿。
真実を知るは、魔王と、彼を滅した人のみ。
時代は新たな局面を迎えようとしていた。
異説婆沙羅史 序
本気で序章。序がないとさっぱりわからんので 作りました。ここから ばしばし 本能寺後の、さあどうするよ?織田周辺VS 武田の上洛きゃっほー〜で物語スタートします。