利家は濃との会談を果たす手前、柴田に呼びだされたようだ。
ぎりぎりのところを捕まえた慶次と濃は周りの支度を手伝いながら、ひそやかに言葉を交わす。

聞けば、濃の予想通り和議は進んでいたとのこと。
既に利家はこの少し前、その仲裁として、派遣されていた。
織田の家臣であったこと、幼き頃慶次の友であったことなどを含めれば……因縁からすれば確かに前田がふさわしいと言わざるを得ない。
慶次からすれば複雑ではあるが、決定は覆せない。此処にはもう風来坊ではなく――前田のモノとして、いるのだ。

――その和平が今破られようとしている?

状況は読めていようが、慶次から見た濃姫は非常に落ち着いていた。
自分の身柄の話以前に、利家に現状を聞きだして――僭越ながらと、対応策を投げている。

「かりそめの和議だったのね」

「やはり濃様もそう思われるか。――だが一帯、どうしていいものやら。某にはこの国の先がかかっておる」

「ええ。分かっていてよ。――利家……いえ、前田殿――」

「気に召されるな。濃様は、信長様の――唯一のご正室、家臣の某が守るは当然と心得ている」

あまつさえ信長に変わって庇護のむねをつたえてきた利家に濃は、息を飲んだようだが、すぐに体面をただし、慶次にも例を伝えてきた。

「感謝を」

「気にしないでよ」

とはいうものを、このご時世、主君など消えればすぐに忘れるモノが多い。ましてや、それを体現してきた織田勢だけに、断られれば消える覚悟だったに違いない。それから、せめてもの御礼にと、利家に「敵はあちらに」と率直な言葉を投げかけた。

「それは……」

「今回の件、豊臣だけでは敵わない。奥にいるのは、名前どおりの権威よ」

「つまり――……」

「そのまま能登に籠るのだとしたら、一度伝令を」

次の手を示した。しかし、誰とは応えない。
その直接言わぬこと自体が、「誰か」を示している。
先頃の交渉処は山崎、宝寺――京で名を告げられぬ方があるとすればその身分すなわち――

――貴族か?朝廷か?

慶次とて、状況は多少読める。

「でも、能登からって?」

「きっと勝家は陣をすぐに張るでしょう。合戦の地をどこに設定するかは分からないけれど、合流箇所を考えれば、此処より能登から移動する方が早いわ」

「……うむ」

――なるほど。
勝負はそれからということか。
ならば先回りをしよう――慶次は松風の用意に走った。
戦いまでの猶予はない。
数日後、伝令にて長浜落城勝豊の寝がえっていた情報とともに、岐阜城が落された旨が伝えられる。慶次と奥村従える数百騎は既に能登に向かって旅立っていた。

かのひと、が誰かは後ほど